新人類エヴァンゲリオンAgency
「知られざる、淡き恋歌・夢の涯」其の弐
「・・・・・・ね〜シンジィ。お腹空かない?」
「・・・・・・碇君、そろそろ甲板に出て見ない?」
全く同時に、全然違う事を同じ人物に話し掛けた美少女二人は、まるっきり違
うリアクションを起こした。
栗色の髪を赤いリボンでポニーテールにした、黙っていれば清楚な美少女・ア
スカの方は、親の敵でも見るかのような目でもう片方を睨みつけ。
蒼銀の髪をショートにした、とある少年の前以外では神秘的な美少女・レイの
方は、そんな視線なぞ丸で意に介さず、目の前の少年に熱い視線を送っていた。
そして端から見ると、タイプの違う美少女二人に迫られているように見える
−−−−−現にその通りなのだが−−−−−黒髪を適当に切って、まっすぐ下
ろしただけの少年・シンジは、ただひたすらに困っていた。
「・・・え・・・と・・・その・・・」
などと意味をなさない呟きでも困った事を表現してみたりもするが、それで好
転するほど事態は甘くない。
「・・・シンジィ。この船、外見はしけてるけど、食堂はまぁまぁなんだって。
行ってみたいでしょ?」
「・・・碇君。今日は風もほとんど無くて、綺麗な海が見られるわ。気温もそ
んなに低くないみたいだし、きっと気持いいと思うの。」
ずずいと身を乗り出す美少女二人に、反比例して身が引けるシンジである。し
かし特等とは言え狭い船室、そうそう逃げ回れるスペースがある訳ではない。
すぐさま、背が壁についてしまう。
「・・・シンジィ。あたし、ハンバーグがいいな。シンジも、それでいいわよ
ね?そしたら・・・(ぽっ)」
「・・・碇君。風はなくとも、船は揺れるわ。だから・・・(ぽっ)」
一見、何の脈絡もなく頬を染める二人に、きょとんとするシンジである。まぁ
普通はこれだけの台詞で、何を思っているかなんて解る訳はない。
(食べ始めて暫くしたら、わざとドジって自分の分は落とす。そして、あたし
はシンジに食べさせてもらう・・・ああっ、あたしは自分の頭脳が恐いっ!)
(落ちたら危ないから、と言って私は碇君の腕を取る。そして揺れを見計らっ
て、碇君の胸に・・・完璧です、葛城三佐。)
・・・ましてや、こんな妄想に浸っているなぞ・・・シンジでなくとも、想像
の範疇を越えている。
「・・・と言う訳でぇ。シンジィ、早速ハンバーグ落としに行くわよ!」
「・・・さぁ、碇君。落ちたら、危ないところへ行きましょう。」
「え?ち、ちょっと二人とも!?」
意味不明ながらもそこはかとなく自爆している言葉を洩らしつつ、アスカはシ
ンジの右手を、レイは左手を取り、引っ張る。
「ち、ちょっと!痛いよっ二人とも!!」
「・・・あっ!?」
「・・・はっ!?」
いわゆる引っ張りダコ状態になったシンジは、必然的に悲鳴を上げる。即座に
二人は、手を離した。
「・・・・・・ご、ごめんなさい、碇君。」
「あ、いや・・・大した事は無かったから。」
すまなそうな顔をするレイに、慌てて手を振るシンジ。その様子を見て、アス
カは内心舌打ちしていた。
(・・・ちっ、ファーストも《オーオカジャッジ》を知ってたんだ。好きな男
を引っ張りあって、先に手を離した方が実は勝ちと言う・・・)
おーむね合っているような、合ってないよ〜な事を思いつつ・・・アスカは、
セカンドインパクト前にあったと言う、某サッカー漫画状態の二人を睨みつけ
ていた。
「・・・碇君・・・」
「・・・綾波・・・」
しかし、その灼熱の視線も《二人の世界フィールド》にあっさり跳ね返されて
しまう。ぷちぷちと音を立てて、アスカのこめかみに青筋が浮いて行く。
「・・・碇君・・・」
「・・・綾波・・・」
み゛ぢ。
全く、本当に、見事なほど自分の視線に気が付かない二人に・・・アスカの中
で、何かがキレた。
「・・・くぉおぉぉぉらぁあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!
おまえら無視するなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
・・・この後について、子供達は三者三様に口を閉ざしている。
が、後にこの船室を掃除した乗務員はこう語ったと言う。
「噂に聞く、使徒でもいたんですかね?」と・・・・・・
◇ ◇ ◇
「・・・・・・でね、シンジったら酷いのよ!このあたしの目の前で、ファー
ストなんかといちゃいちゃいちゃいちゃ!あったま来ちゃう!!」
どがっ!とハンバーグにフォークを突き立て、アスカはあらかじめ切っておい
た欠片を口に放り込む。むしゃむしゃとやりながら、テーブルの向かいに座る
無精髭の男に、心底腹立たしそうに言い募る。
「大体、ファーストなんかの何処がいいっての?あんな根暗女、相手したって
面白くも何とも無いわよ!そもそもあいつには、《キョーチョーセー》っても
んが欠如してんのよ。あいつとシンジじゃ、上手く行きっこないわ。それにね
ぇ・・・」
自分の事を月軌道まで棚上げした、何時果てるともしれぬ愚痴の嵐に・・・リ
ョウジはただ、苦笑するのみである。
(・・・やれやれ・・・アスカちゃん、だいぶストレスが溜まってるようだな。
シンジ君も、あんな顔してる割には罪作りな事だ。)
自棄喰いと愚痴りを器用に同時進行するアスカを見やり、更にリョウジは呟く。
無論、口には出さずに。
(しっかし・・・ドイツにいた頃のアスカちゃんは、もう少し大人だったんだ
がなぁ。こんな下世話な話をする娘じゃあなかったんだが・・・)
それでも、とリョウジは思う。
それでも、以前のアスカよりはずっといい。
強気と口の悪さは同じだが、その内実は確かに変わった。
昔の−−−−−張り詰めた糸のようなアスカであれば、こんな愚痴など誰にも
話したりはしなかっただろう。
「・・・大体、こぉぉぉぉぉんなにカワイイ女の子といっしょに住んでるって
言うのに、いったい何の不満があるってのよ?ホント、神経疑っちゃうわ。」
ましてやこんな事など、口が裂けても言いはしなかった。昔のアスカは、他者
を全てねじ伏せようとしていたのだから。
だが、アスカは変わった。大人びた仮面を脱ぎ捨て、ごく普通の14歳の女の
子として、再出発しようとしている。リョウジには、それが嬉しかった。疎ま
しく思った事も無いではなかったが、彼は少なからずアスカの事を心配してい
たのだから。
(それにしても・・・最近アスカ、葛城に似て来てないか?昔のあいつも、ほ
っとくと10時間くらいはしゃべってたらかなぁ。)
当時の自分を省みて・・・リョウジは思わず、シンジに合掌するのであった。
◇ ◇ ◇
「・・・・・・う〜ん、そっかぁ。こりはちょ〜っち、困ったわねぇ。」
ぽりぽりと後ろ頭なぞ掻きながら、ミサトは目の前で赫い瞳をうるうるさせて
いる少女を見やる。
「アスカの事だから、シンジ君の目の前では、意地張って知らんぷりすると思
ったんだけど・・・こりゃマジで、作戦練り直さないと駄目ね。」
「・・・・・・どうすればいいんでしょう・・・・・・?」
レイは藁にもすがる思いで、自称人生の大先輩を見つめた。
人生の大半を実験と訓練に費やして来たレイにとって《ニンゲンカンケイ》な
ど、想像だに出来ない代物である。
ましてや《レンアイノカケヒキ》だの《オトコゴコロノツカミカタ》なんぞ・・・
食べ物ではないらしい、と言う事くらいしか解らない。
それでも・・・・・・それでも、自分のこの気持ちが、何と呼ぶものであるか
くらいは解る。
その押さえきれない気持ちを、形にする方法を教えてくれたのが・・・この、
目の前でヱビチュなんぞかっくらっている、戦闘時における自分の上司であっ
たのだ。
「・・・・・・ん〜・・・・・・そぉねぇ・・・・・・どうしよ〜か・・・・・・」
額をビール缶で押さえつつ、ミサトは眉間に皺を寄せて唸りまくる。
(この前の作戦も、アスカに真似されたし・・・アスカってば、本格的にシン
ちゃんにモーションかけて来てんのよねぇ。・・・これってちょっち、ヤバイ
って感じ?)
ミサトは別に、アスカの事が嫌いと言う訳ではないが・・・やはり、純情一直
線なレイの方を応援したくなってしまう。
「・・・・・・とにかく今は、シンジ君にべったり張り付く事。間違っても、
アスカと二人っきりにさせちゃダメよ。もし、逆にシンジ君と二人っきりにな
れたら・・・・・・その時は、キスでもしちゃいなさい。もし、周りに誰もい
ないよ〜だったら、一気に押し倒して・・・・・・」
14歳の女の子に聞かせるなぞ言語道断な話を、とうとうと語るミサトである。
・・・本当に、中学生の保護者なのか?葛城ミサト。
(・・・そんな・・・碇君の目の前でそんな事・・・そ、そんなっ!?そんな
の・・・そんなの・・・え゛え゛っっ!?うそ・・・そ、そ、そ、そんな、そ
んな恥ずかし・・・うそっ!!そ、そ、そ、そ、そ、そんな事までっ!?・・・)
そしてレイは、何時もの如くパニックに陥っていたりする。もう既に、何回か
は聞いているはずなのだが・・・何時まで経っても、慣れないよ〜である。
一説によると、ショックが強すぎて聞いた端から忘れて行くかららしいが・・・
実はミサト、解っててやっていたりする。
(・・・ん〜・・・レイってば、何回話しても初々しい反応よね〜☆ほ〜んと、
可愛らしいったらありゃしない。)
内心のにやにやが顔に出ないように細心の注意を払いつつ、表面上はあくまで
も大真面目に保健体育(但し女子用)な話を続けるミサトなのであった。
(・・・まぁ・・・レイにはもっと、女の子らしくなってもらいたいからね・・・)
本音ではあるが、自分でも言い訳にしか聞こえない事を、胸の奥底で呟きながら。
◇ ◇ ◇
「・・・・・・あら、シンジ君?」
「・・・あ、リツコさん。」
二大美少女怪獣から逃れ、所在なげにぶらぶら歩いていたシンジは・・・同じ
ように、かどうかまでは定かではないものの、暇ではありそうなリツコと出会
った。
「珍しいわね、一人なんて・・・レイとアスカは、どうしたの?」
「・・・あ、いや・・・その・・・なんていうか・・・あ、そ、その!リツコ
さんこそ、どうしたんですか?」
リツコの他意の無い質問に、シンジは「何かありました」としか聞こえないご
まかし方をした。
だがリツコは、それに関して深く追求したりはしなかった。
「私?ちょっとした散歩、ってとこ。・・・ところでシンジ君、暇?」
「・・・え?あ、は、はい。」
「そう。なら、一緒にお茶でもしない?たまには、いいでしょ?」
「は、はい。」
そんなリツコに違和感を覚えつつも、首を縦に振るしかないシンジであった。
今ここで断って、再び追求される愚だけは避けたかったのである。
◇ ◇ ◇
「・・・・・・シンジ君。調子は最近、どうかしら?」
「・・・あ、は、はい。まあまあ・・・だと思います。」
「そう。それは良かったわ。」
「は、はい。ありがとうございます。」
シンジはしどろもどろになりながら、モカのブラックを口に運ぶリツコを上目
使いに見つめていた。
(リツコさん・・・何か、用でもあるのかな?)
後ろめたいところがあるシンジとしては、全てを見透かすようなリツコの視線
がとにかく痛い。とっとと切り上げて逃げ出したいところなのだが、藪蛇にな
ったりしたら目も当てられない。
・・・と、その瞳がすうっと細まった。
「・・・・・・シンジ君・・・・・・私って、そんなに恐いかなぁ?」
「・・・え?」
「別に、解剖したり取って食べたりはしないわよ。・・・まあ、あんな仕事し
てれば、そう思うのも無理ないけどね・・・」
言って、少し寂しげに笑うリツコに・・・シンジは自分が、とてつもなく恥ず
かしい人間であるような気がした。
「・・・あ、あの!ち、違うんです!ぼ、ぼくは、その、り、リツコさんが嫌
いとか恐いとか、あの、そんな事はなくて、だから、その、つまり、あの、り、
リツコさんは、美人だし、あの、スタイルもミサトさんに負けてなくて、だか
ら・・・」
「・・・・・・ありがと。お世辞でも嬉しいわ。」
「お、お世辞なんかじゃなくて!ほ、ホントに、その、僕は、その、だから、
違うんです!ただ僕は、部屋を弁償しなくちゃならないのかと思って、そした
ら、その、ミサトさんが困るし、だから、あの・・・」
「くすくす・・・・・・貴方って、本当に隠し事が出来ない子なのね。」
さも可笑しそうに笑うリツコを見て、シンジは自分が何を口走ったかを悟った。
「・・・ま、あの程度なら気にしなくてもいいわ。別に、誰か死んだ訳じゃ無
し。」
「・・・・・・死んだ訳じゃ無し、って・・・・・・」
唖然とするシンジに、リツコは片目を瞑って見せる。
「ミサトだったら、そう言っておしまい・・・ってこと。」
「・・・・・・は、はあ・・・・・・」
何と言っていいか解らず、曖昧な返事しか出来ないシンジに、リツコは更に話
し掛ける。
「そんな事より、もう少し話をしましょ?こんな機会でもないと、シンジ君と
二人っきりで話なんて、中々出来ないから。」
◇ ◇ ◇
「・・・・・・ふ〜、満腹満腹ぅ。」
アスカは傍目にも解るくらいに膨れたお腹をさすりつつ、椅子にそっくり返った。
「・・・今回はまた、随分と食ったなぁ・・・」
山と積まれた皿を見やり、リョウジは呆れた声音で言った。《太るぞ》という
ニュアンスも込めたのだが、まとめて聞こえないふりをされてしまった。
リョウジは一つため息をつくと、別の話題を持ち出した。
「ところでアスカ・・・髪型、変えたんだな。」
「・・・え?う、うん。ちょっとね。」
何気ないリョウジの問いに、アスカはちょっと照れたような、はにかんだ微笑
みを浮かべた。
「・・・何かいいこと、あったのかい?」
「・・・・・・いいこと、って程のもんでもないんだけどさ。バカシンジの奴
が、お世辞にもなんない事言うから、お情けでこの髪型にしてやってるの。
・・・あ、べ、べつに、バカシンジが喜ぶとか、そんなんじゃないのよ。ちょ
っとしたお情けよ、お情け。」
やたらと「お情け」にアクセントを置いてはいるが、言ってる中身はお惚気に
しか聞こえない。思わず、苦笑いを浮かべるリョウジ。
(・・・しっかし、たまげたもんだ。出会ったばかりの頃は、それこそ寝る時
も身に付けていたもんだが・・・)
胸の内だけで呟き、リョウジはかつてアスカの髪を飾っていた赤いインターフ
ェースを思い起こす。
本来、エヴァンゲリオンを操縦するためのアイテムであるそれは同時に、世界
を救うために選ばれた適格者−−−−−−《チルドレン》である事の証しでも
あった。
それは、家族の絆を捨てたアスカが、唯一すがった自我の拠り所。
だが・・・アスカはそれを、シンジに与えた。それが、どれほどの意味を持つ
事か・・・リョウジには、痛いほどに解った。
「・・・アスカ。その髪型、似合ってるよ。」
「・・・やぁだぁ!加持さんったらぁ・・・」
「本当さ。・・・シンジ君も、アレで結構目が高い。」
「・・・・・・ホントに?」
「俺は、女性の美に関しては嘘がつけなくてね。」
「・・・・・・そうなんだ・・・・・・シンジ、意外とセンスあるんだ・・・・・・」
そしてアスカは、そのまま暫くにこにこしていたが・・・ちびちび飲んでいた
食後のコーヒーが空になると、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「さ・て・と。腹も膨れて休みも取った。後はやる事やるだけよね!」
「・・・おいおい。一体今度は、何をやらかす気なんだ?」
「んふふーーーーーーん。ひ・み・つ☆じゃねー、加持さん!またおごってねー!!」
リョウジの鼻先で人差し指をぴこぴこ動かすと、アスカはツバメのように身を
翻した。
その後ろ姿を見送りながら・・・リョウジは、呟くように独りごちた。
「・・・腹が減っては戦は出来ぬ、か・・・シンジ君も、大変だな。」
◇ ◇ ◇
「・・・・・・とまぁ、これが所謂《四十八手》って訳。けっこぉ、水増しよ
ね〜。」
「・・・・・・・・・はう・・・・・・・・・」
言ってミサトは、ビールの残りを一気に流し込んだ。その前では、瞳を赫い香
取線香状態にした少女が、後頭部から湯気なぞ出していたりする。・・・ど〜
やら、赤くなり過ぎてオーバーヒートしているらしい。
「・・・そ〜言えば、フライパンと卵、持って来るの忘れてたわ。いっつも、
試そう試そうと思って忘れちゃうのよね〜。」
新しい缶を開けつつ、残念そうに呟くミサトである。
いったい何を試す気だ、葛城ミサト。
「・・・・・・それにしても・・・・・・まさか、こんなレイが見れるなんて、
ね。」
ふっ、とミサトの視線が優しくなる。
アレは−−−−−−何時の事だっただろうか。レイに初めて出会った、忘れ得
ぬあの日は。
何も語ろうとしない、あの赫い瞳に逢ったのは。
過去の経歴、全て抹消済み。思考すら、機密と言う名の厚いヴェールに包まれ
ているような、そんな少女だった。
しかも、命令にはいたって従順。復讐者であるミサトにとって、これ以上都合
のいい存在はなかった。自らの良心に傷をつけずに、利用するだけ利用出来る
のだから。
・・・だが・・・ミサトは思い知らされた。嫌がるシンジを無理矢理初号機に
乗せたあの日に、自分がいかに醜いかを。
だから、嬉しかった。レイが自分に、恋の相談をしてくれたのが。
利用していただけの自分を、相談相手足ると認めてくれたから。
そう思うからこそ、ミサトはあれやこれやとレイの世話を焼くのである。多少
やり方に、問題があるにしても。
(・・・ま、ど〜せなら私も楽しい方がいいわよね。)
胸の内だけで呟いて、ミサトは僅かばかりの罪悪感をビールで押し流した。
そう感じるようになった、昔と違う自分に、気が付かぬままに。
◇ ◇ ◇
「・・・・・・そうなのよ。大学時代から、遅刻なんてしょっちゅう。ホント
に、進歩しなくて困るわ。」
「・・・やっぱり。昔からそうなんじゃないかって思ってたんです。」
飲み干したコーヒーが4杯を数えた頃・・・リツコとシンジは、すっかり打ち
解けていた。
共通に苦労させられた、とある人物を肴にしたのが良かったらしい。
(・・・リツコさんって、こんな話もするんだ。意外だったな・・・)
『ソリャア、アノ歳ニナレバネェ。井戸端会議ノ一ツヤ二ツ、出来ナイ方ガオ
カシイワヨ。』
半ば感心したようなシンジの思考に、突然割り込む澄んだ女性の声。だが、シ
ンジは怒りも慌てもせず、平然と対応した。
(でもさ・・・こーゆー話、何時も誰としているのかな?)
『サァ?デモ、一人デ研究所ニ篭リッパナシノ訳ジャナシ、誰カシライルデシ
ョ。女ノ子ノ部下ダッテイルミタイダシ。』
(・・・それもそうだね。)
『・・・マ、ソレダケりっチャンモオバサン化シテ来タ、トユ〜見方モアルケ
ドォ〜。』
かなり、というか思いっきり失礼な《声》に、シンジは慌ててリツコに視線を
走らせる。だが、リツコは先程と全く変わらず、のんびりキリマンジャロなぞ
啜っていた。ホッ、と胸を撫で下ろすシンジ。
(・・・ふぅ。聞こえない、って解ってても、やっぱり心臓に悪い・・・)
『何ヨ〜?事実ヲ端的ニ表現シタダケジャナイノ。私、何ニモ悪イ事言ッテナ
イワヨォ?』
(・・・・・・そーじゃなくて・・・・・・もういいよ・・・・・・)
まるっきり悪びれない《声》に、嘆息するシンジであった。この《声》が聞こ
えるようになって随分経つが、言い合って勝ったことがない。もっとも、シン
ジが人に口で勝った事など、皆無に等しいのだが。
「・・・ねぇ、シンジ君?」
「・・・・・・あ、は、はい!」
「私といると、退屈?」
先程のため息を勘違いしてか、リツコがそんな事を言い出す。大慌てで、否定
し出すシンジ。
「そ、そんな事無いです!ただ、その、あの、ちょっと疲れたって言うか・・・
あ!別に、その、あの、リツコさんといたから疲れたんじゃなくて、その、つ
まり、だから、あの、ふ、船に、その、僕、こ〜ゆ〜船とかに慣れてなくて、
だから、その・・・」
「・・・ふふふ・・・分ってるわ。ちょっと、言ってみただけよ。」
言って悪戯っぽく笑うリツコに、何も言えなくなるシンジであった。そして少
しの間を置き、リツコは切り出した。爆弾にも似た本題を。
「・・・ねぇ、シンジ君。私のところで、暮らしてみない?」
「・・・・・・えっ!?」
「前から思ってたんだけどね・・・やっぱり、ミサトのところはシンジ君にと
って良くないわ。アスカの事もあるし・・・」
「で、でも・・・・・・」
「私も、最近はそんなに忙しくないし・・・一人って、やっぱりちょっと寂し
いのよね。シンジ君が、もし私の事嫌でなかったら・・・考えておいて欲しい
の。」
「・・・・・・でも・・・・・・」
「もちろん、すぐに返事をくれとは言わないわ。この旅行が終わるまでに、答
を出してくれればいいわ。」
「・・・・・・は、はい・・・・・・」
「・・・さて。そろそろ出ましょうか?」
「・・・・・・は、はい。」
レジに向かうリツコの後ろ姿を半ば茫然と見送りながら・・・シンジは、我知
らず呟いていた。
「・・・・・・リツコさん・・・・・・いったい何があったんだ?」
『将ヲ射ント欲スレバ、マズ馬ヲ射ヨ。考エソノモノハ悪クナイケド・・・馬
ガ恐竜ニ乗ッテル事、忘レテモラッチャ困ルワネ。』
その呟きに答えるかのように、《声》がシンジの脳裏に響く。余人には理解出
来ない、謎の言葉が。
・・・様々な思惑と想いを乗せ、船は行く。嵐の前の、静けさの中を。
新函館と暗雲は、すぐそこまで来ていた。
《つづく》
記念コメント
シンジ:困ったなあ・・・・
初号機:アラアラ頭脳体、何ガ困ッタノ?
シンジ:うわっ!!やっぱり出たっ!!
初号機:ソンナ言イ方ハナインジャナイ?私ト頭脳体ハ二人デヒトツナノニ・・・
シンジ:な、何言ってるんだよ。ここは「新人類」じゃないんだよ。かくしE
VAなんだから。
初号機:デモ、コレハ「新人類」の外伝ナノヨネ〜。ソレニ前ニモ言ッタト思
ウケド、ココハ何デモアリノ場所ナンダシ。
シンジ:た、確かにそういう話は聞いた事があるけど・・・・でも、随分前の
話だろ?
初号機:マァ、ソウネ。前回ハ、カクシEVAの100話記念ノ時ニ掲載サレ
タンダト思ウケド・・・・トニカクソ〜ユ〜コトダカラ、ココハナン
デモアリナノヨ。
シンジ:言ってる事が全くつかめないんだけど・・・・
初号機:ソォ・・・・マァ、アマリ考エスギナイノガ一番。考エスギハあすか
チャンニ嫌ワレルワヨ。
シンジ:そ、それって・・・・ひょっとして、かくしEVA読んでくれてるの?
初号機:エ・・・・・エエ、マァ。暇ツブシ程度ニネ。私ガ出ナイノガ気ニ入
ラナイトコロダケド・・・・
シンジ:で、出れるわけないじゃないかぁ!!
初号機:ドウシテ?
シンジ:だって、圧縮さんの作品に出てくるキャラだろ?使うわけにはいかな
いじゃない。
初号機:許可ヲ取ッタラドウ?キット快ク承知シテクレルンジャナイ?
シンジ:だ、だから・・・・そういう問題じゃないんだって。わかんないかな
ぁ?
初号機:ワカンナイワネ。デモ、今日ハジックリ聞カセテモラウカラ。
シンジ:えー・・・・いいよ、もう。うるさいからじゃあね。
初号機:ア、頭脳体!!チョット待ッテ!!
・・・・シンジ君は強制切断をした。って、電源なんてあるのか?(爆)
200話突破という事で、プロフェッサー圧縮さんに100話記念の続きを送
って頂きました。圧縮さん、どうもありがとうございます。
お忙しい中、私の為にわざわざ書いて頂き、喜びのあまり言葉も出ませんです。
出来も私のものとは比べ物にならないくらいいいものですし、お恥ずかしい限
りであります。私も圧縮さんを見習って、いい文章が書けるようになるとうれ
しいですね。
私もこれから頑張りますので、圧縮さんも仕事に執筆にチャットにと、頑張っ
てくださいませ。続きの方も楽しみにさせて頂きますので・・・・
でわ・・・・
プロフェッサー圧縮さんへのお便りはこちら:
mrarc@tokyo.xaxon-net.or.jp
プロフェッサー圧縮さんの作品はここ:いくぽんHP内・SS LIBRARY
「プロフェッサー圧縮’s SSコーナー」
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