Evangelion Short Story
SMILE

 暗闇に彩られた室内。

 
 無機質な天井が、少年を見下ろしていた。

 ベッドの上に横たわり、天井を見上げる。

 彼の視線は天井に向けられてはいたが、しかしそれを見てはいない。

 少年は、考えに沈んでいた。

「明日・・・・そう、明日」

 少年は、その言葉を誰に言うとでもなくそう呟いた。

 この数日間、少年は考え続けていた。

 自分が生き延びるべきか、そうでないべきか。

 
 少年の意志は不確定であった。

 そう、この数日間は。

 僕が生き延びて、なにが残るのだろうか。

 僕が生き延びなければ、なにが残るのだろうか。

 そう、考えてみた。

 答えは、出るのだろうか。

 少年は、ふと、視線を横にずらした。

 ベッドの脇に、一枚の毛布が置かれていた。

 丁寧にたたまれている毛布。それは、少年にあることを思い出させる。

「・・・・シンジ君」

 彼は、再び考えに沈む。

 彼らが生き延びるべきなのか。僕が、生き延びるべきなのか。

 少年・・・・渚カヲルは、考えていた。

 
 

 
 初めて彼を見たのは、湖の畔だった。

 何かに苦悩する表情。カヲルはそれを、無言のまま見つめていた。

 そしていつしか、自分が歌を歌っていることに気づいた。

「歌はいいねぇ」

 なぜそんなことを言ったのだろうか。

 
 彼にはいまだ、わからない。

 
 しかし、そのことを不思議に思っているわけではない。

 なぜなら。

 少なくとも、シンジという少年の心を、一時的にでも苦悩から忘れさせる

ことが出来たから。

「僕も、シンジでいいよ・・・・」

 そう言ってはにかんだ笑みを浮かべたシンジの顔を、カヲルは今でも思い

出す事が出来る。

 あの、小さな笑顔。小さな、しかし印象深い笑顔。

 委員会の大人たちに、モルモットのように扱われていた彼にとって、久し

ぶりにみた、それは人としての笑いだった。

 シンクロテストの後、彼のことを待っていたシンジ。

 シャワーを浴びていたとき。風呂場で交わした会話。

 そして、この部屋で語らった内容。

 全てを、カヲルは鮮明に思い出すことが出来る。

 シンジは、彼を信じていた。友達として。心許せる、友として。

「それを・・・・明日・・・・」

 再び、カヲルはそう呟いた。

 明日、僕はそれを裏切る。

 委員会の絶対命令。

 
 NERV本部の破壊、地下のアダムへの回帰。

 それが定めとはいえ、あまりにつらいことだった。

 アダムへと回帰するためにここを破壊する。それはシンジたちの死。そし

て、アダムへ回帰することは自らの消滅。

 
 シンジたちを殺すことなく、アダムへも回帰しない。それは自分の死。し

かし、シンジたちの消滅はない。

 生と死は、自分にとって同価値である。

 自らの消滅か、この世からの消滅か、どちらかでしかないのだから。

 では、僕はどちらを選ぶべきなのか。

 カヲルは、再びもとの問いに帰る。

 僕は生き延びても一人だ。そしてそこに待っているのは、アダムへの回帰。

 シンジ君は一人ではない。仲間と、彼を愛してくれる人、彼が愛する人が

周りにはいる。

「・・・・消えるべきは、シンジ君たちではない。僕なのではないか」

 望むべき未来のない、自分に比べれば、シンジたちの方がまだ希望があるの

ではないだろうか。

 カヲルは、そう考えてみた。

「僕は、君に会うために生まれてきたのかもしれない」

 シンジに告げた言葉を改めて脳裏で反芻してみる。

 君に会うために生まれてきた。

 どちらが主で、どちらが従か。

 主を殺して従たる自分がいきのびる?

 それが正しいことなのか?

 未来。

 小さく、そう呟いてみる。

    
 そう。僕には未来はない。

 シンジ君たちには未来がある。

 それだけでも、どちらが生き延びるかは明らかなのではないだろうか。

「・・・・・・・・・・・」

 カヲルは、ゆっくりとベッドから起きあがった。

「・・・・そうなんだろうね。シンジ君」

 扉を開け、部屋を出る、

 通路を通り、エレベーターを昇り、カヲルは、いつしかあの湖の畔へ、

シンジと会った、あの畔へとやってきていた。

 空は、すでにうっすらと明るくなっていた。

 鮮烈な青でもなく、深い漆黒でもなく。

 
 それは、限りない優しさをもって、見上げるものを包み込む色だった。

 第3新東京市は、まだ眠りについている。

 多くの人が、それぞれの夢を抱きながら、眠っている、

「・・・・僕たちよりも、シンジ君、君たちこそが、生き延びるべき存

在なんだね」

 カヲルは、そう呟いた。

「僕は、決めたよ。君を裏切るかもしれないけど。君の気持ちを裏切る

かもしれないけど、委員会の指示通り、アダムを目指そう。そして、君

を待とう。君の手にかかることを願って、君を待つよ。

 理不尽な願いかもしれない。でも、僕はそうすることで、君のそばに

ずっといれるような気がするんだ。

 僕がいなくなった後、それをシンジ君、君が克服したならば。そう、

それを克服したならば、僕は君のそばで、いつも笑っていられるだろう

から」

 カヲルは、ここにいない少年の名を呟いた。

「君は、本当に僕の好意に値する少年だったよ。ガラスのように繊細で、

しかしそれでいて、芯は強い。僕のことを克服できれば、君は本当に強

くなれるだろうね」

 シンジの笑顔を、カヲルは脳裏に思い浮かべてみた。

 はにかむ笑顔。心からの笑い。

 カヲルはそれをしっかりと心に刻み込むと、きびすを返して湖畔を後

にした。

 白み始めた空が、そんなカヲルの姿を見下ろしていた。

 わずかに、空がほほえみかけたように思えたのは、気のせいだろうか。

 エヴァ格納ケイジ。

 カヲルは。弐号機の前に立っていた。

 ・・・・さあ、はじめるか。

「行くよ、おいで、アダムの分身、そしてリリンのしもべ」  

 轟音と共に、弐号機が起動した。

 セントラルドグマ。

 初号機の姿を認めて、カヲルは呟いた。、

「待っていたよ、シンジ君」

 これが、僕と君の、最後の出会いであり、そして別れなんだ。

「エヴァシリーズ。アダムより生まれし、リリンにとって忌むべき

存在。それを利用してまで生き延びようとするリリン。僕には分からないよ」

 戦う2機のエヴァ。それを見つめて、カヲルは呟いた。

 そう、僕には分からない。

 でも。

 その生き延びようとする姿勢こそ、必要なのだろう。未来をつかむためには。

 ATフィールド。

「そう。君たちリリンはそう言っているね。何人にも侵されざる聖なる領域。

心の光。リリンもわかっているんだろう。ATフィールドは誰もが持っている

心の壁だという事を」

 そして、僕たち使徒はその心の壁を限りなく強く持っている。

 一人で、生きるから。

 一人でしか、生きられないから。

 それは、本来必要ないもの。ないほうがいいもの。

 だから、僕たちはこの世からは消えるべきなのだろう。 

 人のさだめか・・・・人の希望は、悲しみにつづられている。

 それでも。希望を持つことで人は生きていける。

 僕は、その希望に、自分の命をかけてみるよ。シンジ君。

 君たちの希望にね。

 
「アダム 我らが母たる存在 アダムより生まれしものは、

アダムに帰らねばならないのか。人を滅ぼしてまで」

 それならば、僕はアダムに帰ることを拒否しよう。

 孤独は、もういやだ。

 人を滅ぼしてまで、生きることを望みはしない。

「ちがう、これは・・・リリス! そうか、そう言うことか、

リリン!」

 アダムも、孤独を選ぶことを拒否したというのか!

 人として生きることで、アダムは孤独を放棄したのか!

 ・・・・つまり、僕と同じ結論に達したのだね。アダム、君は。

「僕が生き続けることが、僕の運命だからだよ。結果、人が滅びて

もね。だが、このまま死ぬこともできる。生と死は等価値なんだよ。僕に

とってはね。自らの死、それが唯一の絶対的自由なんだよ」

 そう。アダムのもとに帰らないこと。それが、自分の死。

 絶対的自由。

 そして、アダムとしてのアダムはもうない。

 ならば、僕が生きるべき理由はない。

  

「さあ、僕を消してくれ。そうしなければ君らが消えることになる。

滅びの時ををまぬがれ、未来を与えられる生命体は一つしか選ばれないんだ。

そして君は、死すべき存在ではない。君たちには、未来が必要だ」

 僕にはない、未来が必要なんだ。

 アダムも、それゆえ人として生きていく。

 
 アダム・・・・。

 ・・・・さあ、僕を殺してくれ。

 シンジ君。

 君にはつらいことだろうけど。

 それが、僕の望み。

 僕の、望み。

 

「ありがとう。君にあえて、うれしかったよ」

 さようなら、シンジ君。
 

 君弐、笑顔が再びもどることを。。

 そして・・・・。

 ・・・・リリンに、未来を。

 

 シンジの笑顔を思い浮かべ、カヲルは瞳を閉じた。

 
                              <了>

(「SMILE」は、徳永英明の同名CDタイトルからの拝借です)



記念コメント(編)

カヲル:やはり丸山君は違うね。何をどうすればいいか、しっかりとわきまえ ている気がするよ。 シンジ:な、渚さん!?どうしてここに? カヲル:僕は確かに渚カヲルだが、シンジ君は前みたいに僕をカヲル君とは呼 んでくれないのかい? シンジ:も、もしかして・・・・男のカヲル君? カヲル:もちろん僕は男さ。何を言ってるんだい、シンジ君? シンジ:い、いや、渚さんって言う、カヲル君にそっくりの女の子が転校して きたんだよ。だから・・・・ カヲル:そう・・・まあ、ここは何でもありの世界なんだ。だから僕も、ここ にこうしていられるんだよ。 シンジ:そ、そうだったんだ・・・ カヲル:そうだよ。一応このお話は、僕が主人公だからね。僕がコメントに出 てこない訳にはいかないだろ? シンジ:た、確かにそうだね。カヲル君の言う通りだよ。 カヲル:で、シンジ君、これを読んで、僕の君への想いが伝わったかい? シンジ:う、うん・・・・何だか、カヲル君の気持ちが分かってうれしいよ。 カヲル:だろう?なら、せっかく僕もここに蘇ることが出来たんだ。僕の気持 ち、わかるだろう? シンジ:い、嫌な予感がするんですけど・・・・ カヲル:君は感が鋭いね、シンジ君。行為に値するよ。 シンジ:カ、カヲル君、字が違う・・・・ カヲル:いや、これでいいんだよ、シンジ君。さあ、僕と一緒に、めくるめく 倒錯の世界へ・・・・ シンジ:い、いやぁ〜!! カヲル:さあ、逃げないで・・・・やさしくしてあげるから・・・・
さて、記念投稿第四十弾は、丸山さんのSS、しかもカヲル君です!! ありがとうございました!! しかし・・・こんなにいいお話を、駄コメントで汚してしまって、申し訳あり ませんでした。お詫び致します。 それにしても、丸山さんはさすがですね。前々から凄いとは思ってましたが、 改めてその才能を見せ付けられた気がします。後発EVA小説ページの中では スピード、クオリティー、共に一、二を争うと私は思いますね。凄いです。 特に、カヲル君をこんな風に描くなんて、予想外でしたからね・・・まあ、私 もこれから渚さんを書く参考にしたいと思います。 では、短いですがこの辺で。丸山さん、ありがとうございました!!一行日記 も頑張って書いてお送りしますので!!

丸山さんへのお便りはこちら: 丸山直之(f6269870@ca.aif.or.jp)
そして丸山さんのページはここ: エデンの黄昏
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