<仮面>

 使徒との戦いも終わり、チルドレンたちにも平和なときが訪れた。各人おのおのが新しい生活
をおくる中、シンジは冬月副司令より一通の手紙を受け取った。
 シンジが何の用だろうかと思いつつ開いた冬月からの手紙は、こんなふうな書き出しで始まっ
ていたのである・・・。

                                    *


・・・シンジ君。新しい生活はどうかね。みんなと仲良くやっているか。高校にも進学し、君を
取り巻く環境もずいぶんと変わったことだろうな。それでも精神的にも肉体的にも極度の緊張を
強いられていたあの頃とは違い、今ではかなり落ち着いたことだと思う。今日私が伝えたかった
のは他でもない。君の父親、碇ゲンドウのことについてだ・・・。


  使徒襲来の恐れがなくなった今、ネルフは国連管理下の一機関として、エヴァの封印及び保守
点検を主なものとするものへと移行していた。使徒に対するエヴァは確かに有効に機能を果たし
た。しかし、使徒のいなくなった今となっては、その有する力はあまりにも大きすぎるものなの
である。いわば冷戦時代の核爆弾。使用するにはあまりにも効果が大きすぎ、敵対した勢力双方
がそれを用いたとき、後に残るのは敗者のみというもの。
 そんな中、碇ゲンドウをはじめとする旧ネルフのスタッフは機密保持のこともあり、引き続き
その職務に就いていたのである。しかし、シンジはなおもゲンドウとは別居のままだった・・・。

                                    *

・・・シンジ君、君はゲンドウのことを嫌っていたな。自分を捨て、何年間も先生の家に預けて
いたあいつのことを。そして久しぶりに呼び出されてみれば有無を言わさず、エヴァに乗って使
徒と戦えなどと言われれば当然だ。そしてその後、君を含め、まわりのものに取った冷酷な態度。
そのゲンドウを嫌ったのは私としてもよく理解できる。しかし、それはゲンドウの持つ一面でし
かない。職務、というか実のところは目的を達成することを熱望するがゆえにつけていた偽りの
素顔だ・・・。


 突然のことにシンジは疑いを持った。これは副司令の名をかたる誰かが、自分のことを騙そう
としているのではないかと。しかし、便箋に書かれているのはまぎれもない副司令のあの達筆な
字。


・・・信じられないかもしれないが、本来碇ゲンドウは、君に似て繊細な心を持つ男だ。確かに
わたしも初めてあったときの印象はとてもよいといえるものではなかったよ。なにしろ無口なと
ころは昔も今も変わらないからな。しかし、君も知っていると思うが、ゲンドウが指示を出すと
きによくとっていた格好、机の天板に肘を突いて口元で両手を組むあの格好。あれは自ら課した
役わりを、頑なまでに守ろうとしている無意識のあらわれだよ。外部からの意見を排して自らの
考えを固持しようとするとき、人というのは自分のからだ、特に顔の一部、鼻やあご、口などに
手を触れてしまうものだというからね。きっと本来の感情に流されまいと自分を押さえるためだ
ろうな。『男はロジカルでないから・・・』そうリツコ君は言ったそうだが、そのとおり男は元
来感情的な生き物だと思う。しかし、いったんこうと決めたら、その目的達成のためには逆に女
性よりロジカルになり得るんだ。目的達成を第一とし、そのために他の感情は切り捨てたの
さ・・・。実際、ユイ君と君がそろっていたころのゲンドウは、今よりずっと穏やかな感じだっ
たな。手を後ろや口元で組む、自らのからだに触れることで心の支えを必要とするような格好は
あまり取ってはいなかった。むしろオープンな感じだったことを覚えている。
 逆に女性は元々がロジカルな存在さ。子供を産んである程度まで育て上げなければならないか
ら、どうしても現実主義者になる必要があるからなんだろうがね。でも、その目的達成の過程は
むしろ感情的だ。君も知っているだろう。リツコ君の前任者である実の母親赤木ナオコ博士と、
一番始めのレイのゲンドウをめぐる関係がいい例だ。科学者としての能力がゆえにナオコはゲン
ドウに必要とされている、そう、ユイ君は思いたかったんだろうな。生前、ユイ君が心の奥底で
抱いていた不安。それが子供によくある暴露癖に加え、レイという新たなる存在を得て噴出した
格好を取ったんだ。それに対してはナオコのほうも、当時の自分とゲンドウとの関係の危うさか
ら、いつかはこの関係も崩れてしまうのかもしれないといった恐れを抱いていたに違いない。そ
の両者がぶつかり合い、あの事件があったのだと思う。それに対して私は、ゲンドウの口からナ
オコがもう用ずみだなどとは一度たりとも聞いていない。むしろ、これからの研究成果に大いに
期待しているかのようなことを聞いたよ。それに関係を迫ったのはナオコのほうからだったのか
もしれん。やはり業績をいくらあげたとしても、それを祝福してくれるものがいない生活は砂を
かむようなものであったに違いない。人生の半ばを過ぎ、彼女も連れ合いというものが欲しかっ
たんだろうな。だったとしたら、仕事の上だけではあるが一番の理解者であったゲンドウに、し
だいに心を引かれていったとしてもおかしくはあるまい。あれで結構女性にはもてたらしいとユ
イ君から聞いたことがある。それが証拠に死者に鞭打つようなことはゲンドウはしなかった。た
だ沈黙を守っただけだったよ・・・。
 それはリツコ君との関係でも同じことだ。娘が母親にどのような感情を抱いていたのか。また、
母親の記録からゲンドウのことをどういうふうに知らされていたのかは推測するしか方法はな
いのだがね・・・。ただ、母親譲りの激高症だ。ゲンドウから迫まられたというが実際のところ
はどうだか・・・。そのようになじられたとしてもゲンドウはあえて何も言うまい。結果として
はそのとおりになったのだからな。口を開けばどのような形であれ、リツコ君をさらに傷つけて
しまうことになる・・・。母親と同じくその引き金をひいたのがレイだったとは皮肉な話だよ。
ゲンドウほど女性関係で誤解をされているものをわたしは知らんな。君と同じように他人を傷つ
けることを恐れるため、結果的にそれがあだとなるんだろう。でなければあのユイ君と結ばれた
はずはない、そう君は思わんかね?
 それにサードチルドレンとして君が選ばれたときも、あいつは悩んだに違いない。なにしろ君
はユイ君との間の一粒種だ。しかし、適格者の人選は当時、ほとんど進んでいなかった。もし新
たなる適格者が他にも選ばれていたとしても、君を選んだことだろう。君が身をもって知ったよ
うにこれはつらい仕事だ。しかし、誰かが泣かなくてはもっと多くのものが泣くことになる。ど
うせ泣くものが必要とされるのなら、自分を含めた身内のもので最大限その責を担うことにしよ
うとでも考えたんだろうな。それがつらい仕事を他人に命じなければならない任を負わされたも
のの、残酷なテーゼとでも言うべきものなんだよ・・・。
 それほどまでにして達成しようとしたものは、ゼーレの老人たちの思い描いていたものとは違
ったより人間らしい未来の実現なんだ。ゲンドウやユイ君がゼーレと関わったときにはもうすで
にかなりの部分で計画が進行しており、もうどうにも阻止できるような状態ではなかったらしい。
ならば仲間を集めて獅子身中の虫となり、できる限りの変更をしてやろうとしたんだろう。でも
ゲンドウのやったことすべての動機のもとになったのは、君をはじめとするすべてのチルドレン
たちに未来を見せたいといったユイ君の思いがあったからなんだ。その後でわたしも誘われ、つ
いには協力するつもりにもなったんだがね。実際、どえらいロマンチストだったよ。あの男は。
 そして、あの事故が起きて、ユイ君は帰らぬ人となった。それでゲンドウも覚悟を決めたらし
い。それまでは今のゲンドウからは想像できんことだろうがかなり迷いもあったらしい。君と似
て、人を犠牲にしてまでも目標を達成することにためらいがあったようだ。でも、ユイ君が帰ら
ぬ人となったことで決心がついた。何も手を打たなければ自分の愛する者たちが次々と同じよう
な運命をたどる。そんなことはユイひとりでたくさんだ・・・とね。だから努めて冷徹な仮面を
かぶろうとしたんだよ。それもMAGIの力を借りて、強制的に第二の人格というべきものをそ
の身の内に作り上げていったんだ。感情を一切排除し、効率と目的の達成を第一とした冷徹な現
実主義者としての自分をね。MAGIの付与されているのはナオコの人格だ。もしその思いを口
にできるもんならばどのようなことを言ったのかな。たぶん血の涙を流したことだろう・・・。
 そういったわけで、ゲンドウは言わば精神的なリハビリの最中だ。もう冷徹な第二の自分から
解き放たれてもいいのだが、永年にわたって演じつつけたものは今日明日といった短い時間でお
いそれとは戻らない。君もあの戦いを通じていろいろなことを学び、成長したと思う。今までは
ゲンドウ自身からも君には知らせてくれるなと言われていたので黙っていたが、もう話してもい
いころだろう。ゲンドウを許してやってくれとはとても言えた身分ではないが、もう少し時間を
やって欲しい。そうすれば本来の自分を取り戻せるはずだから・・・。

                  *

 ここはネルフ司令長官室。碇ゲンドウただひとりが事後処理のための執務を執り行っている。
そこへインターホンによる連絡が入ってきた。
「司令、サードチルドレンが面会を求めています」
「通してくれ」依然とかわらぬ、感情のない声でそう告げる。
扉がひらき、シンジは中に通された。
「よく来たな、シンジ・・・」
そう言って出迎える父の顔にはもはやサングラスは見当たらない。そのかわり、遠い昔シンジが
好きだったあの笑みが浮かんでいたのだった・・・。


                 おしまい


記念コメント(地獄の選択編)

シンジ:なるほど、こういう捉え方もあるんだね。 アスカ:アンタ何他人事みたいなことを言ってんのよ? シンジ:いや、僕はこんなだましにはのらないからさ。 アスカ:だまし? シンジ:そ、だましだよ。アスカもリツコさんも散々騙されてきたじゃないか。 今更ここで僕だけ本当の話なわけないだろ? アスカ:あ、アンタ・・・夢ってもんがないの? シンジ:夢もいいけど、もうちょっと現実を見つめないと駄目だよ。そもそも あの極悪な父さんが急にやさしくなる訳ないよ。 アスカ:まあ・・・そう言えばそうね。でも、高嶋は悩んでるみたいよ。 シンジ:えっ!?それ、どういう事さ!? アスカ:アンタの親父を結局悪人のままで終わらすのか、それとも善人の片鱗 だけでも見せるのか・・・ シンジ:なるほど・・・で、今のところはどっちが優勢なの? アスカ:そんなことアタシが知ってる訳ないでしょ。 シンジ:まあ、言われてみればそうだね。 アスカ:あいつはそもそも計画性なんてゼロなんだから。ちょっと読んでみれ ばすぐ解ることじゃない。 シンジ:確かに。高嶋さんもそれは公言してはばからないところがあるからね。 アスカ:そうなのよ。普通だったらそんなこと恥ずかしくて言えないんだけど・・・ シンジ:でも、はっきり言っておけば、言い訳も出来ていいんじゃない? アスカ:アンタ、高嶋の思考パターンにそっくりね。情けない・・・ シンジ:仕方ないだろ?僕は元々こうなんだから・・・・ アスカ:まあ、そんなことは百も承知なんだけどね。って、何だか長くなって きたくせに、落ちがないわね。 シンジ:そうだね。どうする? アスカ:1:マサカリで頭をまっぷたつ。2:アタシと濃厚なキス。どっちが いい? シンジ:そ、そんな無茶な・・・・じゃ、じゃあ、3のこのまま終わりにする ってのは・・・? アスカ:却下!!マサカリとキスで真剣に悩むんじゃないわよ!!死!! シンジ:ぐえっ・・・・やっぱり2にしとけばよかった・・・・ アスカ:今度生まれ変わるときはきちんと2を選択するのね。じゃあ・・・・ シンジ:ううう・・・・ばったり。
記念投稿第三十八弾はnoikeさんです、しかも5つ目です!! こんなに沢山ありがとうございました。お礼を申し上げます。 さて、今回の内容ですが、ここ数回のだましだったって言うのは無しのようで すね。うれしいような、寂しいような・・・・ともかくそういう事です。 しっかし、冬月もどういうつもりなんでしょうね?やっぱりゲンドウのことを 心配してたのかな?こいつのことも、よく分かりません。まあ、かくしEVA では冬月は、マヤちゃんがリツコのおまけであるように、ゲンドウのおまけで すから・・・おまけですらない日向・青葉コンビは悲しいですね。次の登場は いつのことか・・・ペンペンクラスだな、こりゃ。 余談はこれくらいにして、ありがとうございました。投稿は締め切りですが、 noikeさんもどこかに投稿を続けてくださいね。では・・・・

noikeさんへのお便りはこちら: noike@fa2.so-net.or.jp
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