<調査報告書>

 アスカがサルベージされてから、すでに一週間近くが過ぎようとしていた。しかし、エ
ヴァとのシンクロ率は依然として変わらない。何としてでもアスカにはエヴァとシンク
ロを果たし、再度出撃可能となってもらわなければならないのだ。そんな中、ミサトは
ゲンドウから一つの書類を渡され、アスカに手渡すようにとの司令を受け取ることとな
ったのである・・・。

                                    *

「ねえ、アスカ、入ってもいい?」
 ミサトは自分たちのマンションの中にあるアスカの部屋の前に立っていた。依然として
シンクロ率の上がらないアスカは自分の部屋に閉じこもり、テストのあるとき以外はそ
こより出てこようとはしなかったのである。
「どうぞ・・・」中からは生気のない返事。
 ミサトはドアを開けて中に入った。うつ伏せの格好でベッドに顔をうずめているアスカ
の姿をそこで目にする。
「何よ・・・」そういう声も何とはなしに投げやりな雰囲気。顔を上げようとすらしな
い。
「司令からあなたに見せて欲しいといわれたものがあったの。それで持ってきたわ。ま
あ、目を通しておいてちょうだい」
 そう言ってミサトは書類袋を机の上に置き、部屋の外へと出ていった。あとにはアス
カ一人が残される。
 しばらくアスカはそのままの格好で動こうとはしなかったが、ついにはベットより起
き上がり、その書類袋を手に取った。
「まあ、他にすることもないし、見てみるか・・・・」
 そう言ってアスカは袋の封を開け、中の書類の束を手に取る。そこには以下のような
題がつけられていた。


                ネルフ(旧ゲヒルン)ドイツ支部における

              強制シンクロ実験時連続事故の原因究明調査報告書
 


 作者は加持リョウジ。赤いインクで極秘のスタンプが大きく押してあった。
 アスカは興味をおぼえ、その書類に目を通し始めたのである・・・。

                  *

・・・2003年から5年にかけ、ネルフドイツ支部において行われたエヴァ強制シン
クロ実験時において、被験者の精神に異常をきたす事故が連続して発生した。このこと
は適格者の人選が思うように進まなかった当時においては計画中止にもいたる大問題で
あり、その解決方法が大至急模索された。なお、その解決には当時の開発責任者である
惣流・キョウコ・ツェッペリンがあたり、以後はその回収された日記からの抜粋を掲げ
ながら報告を続けることとする・・・。


・・・ふうーん、母さんってそんなことをしていたのね・・・


 アスカは続きを読む・・・。


・・・まずはこの報告書に登場する惣流・キョウコ・ツェッペリンとはいかなる人物か。
それをうかがい知る上で有用と思われる箇所を抜き出してみる・・・。


                                    *


             <惣流・キョウコ・ツェッペリンの日記からの抜粋・1>


2000年4月1日
 ・・・今日、急に気分が悪くなり、なかなか収まらないので、医者に診てもらう。答
えは予想に反して「おめでた」とのこと。始めはエイプリルフールの悪い冗談かと思っ
たが、そうではないと言う。確かにそのおぼえはあるが実際そう言われてみるとちょっ
と信じられない。予定日は12月4日だそうだ。夫に相談してみる。その答えは何とも
悲しいんだがうれしいんだが半々といったような表情。ちょっと心配になったので堕ろ
そうかと言おうとした矢先、君は産む覚悟があるのかときかれる。僕はそうして欲しい
と言ってくれた。それで私も覚悟を決めた。赤ちゃん待ってるわよ・・・。

2000年12月3日
・・・陣痛が始まり、入院する。夫も研究を休んで付き添ってくれた。・・・

2000年12月4日
・・・無事、女の子を出産。標準的な重さだそうだ。目の色は青、髪の毛は栗色、顔立
ちはどちらに似ているだろう・・・。サルのようでまだわからない・・・。

2000年12月7日
・・・かねてからの約束、男の子だったら夫の、女の子だったら私の希望する名前の中
から選ぼうというものから「アスカ」と名づけることとする。セカンド・インパクト後、
世の中は大変だからせめて明日に希望を感じさせるものがいいと思ってのことだ。夫も
賛成してくれた。アスカちゃん、これからよろしくね・・・。


・・・ここから読み取れるに夫婦仲は良好。精神的にも安定しており、空想癖や被害妄
想とは無縁の人物であったと思われ、その人物が書き残した記録は信用するに足るもの
と思われる。なお、学歴、職歴およびその能力についての評価は公式記録を参照された
い・・・。


・・・母さんらしいわね、自分の子なんだからもう少し誉めてくれてもいいのに・・・。


 アスカは苦笑いを浮かべつつ、続けてページをめくる。


 ・・・当時、ドイツ支部においては将来の適格者不足の問題に対処するため、補助的手
段で機械を使用し、強制的にシンクロ率をあげて適格者の基準を緩和させる試みが行わ
れていた。しかしながら、社会復帰不能となるような精神異常に被験者が陥ったのであ
る。その数は十名を越え、ただでさえ少ない適格者候補の数を著しく減らすこととなり、
一時的ではあるがE計画そのものを根底から覆しかねない状況下に追いやったのである。
当時の状況はキョウコの日記に詳しく書かれている・・・。


                                    *


       <惣流・キョウコ・ツェッペリンの日記からの抜粋・2>


2004年11月20日
・・・今日の被験者もだめだった。強制シンクロ実験終了後、エントリープラグ内の被
験者は頭を抱え込み、膝を丸めて外界との接触を一切拒絶するかのようだ。近づくと脅
えたように後ずさり、意味不明の声をあげ、暴れまくる。これで11人目、いくらシン
クロ率の低い被験者でもかまわないとはいえ、もともとが少ないためその数にも限りが
ある。それもエヴァを起動させるのには到底いたらないシンクロ率で実験を停止せざる
をえない。せめてどんなことが起きたかのかを被験者の口から聞くことができたのなら
よいのだが、それも今まで一言もヒントとなるようなものは得られていない。せめて被
験者たちの社会復帰が早からんことを祈るばかりだ・・・。

2004年11月24日
・・・先日の実験の際の状況を再度洗い直してみる。とにかく、次の被験者が決まるま
でに原因を突き止めなければ・・・

2004年11月26日
・・・実験の際の状況を洗い直してみが、今までどおり何の問題もない。しかし、何ら
かの問題があるはずだ・・・

2004年11月29日
・・・今日、委員会のおえら方に実験の進捗状況を詰問される。何人貴重な適格者候補
を無駄にすればいいのだとか、無駄に費やした金で本来なら何万人もの難民に毛布及び
食料が配給できただとか聞いたようなことを言う。そんなにことが簡単なら、私の前任
者はどうだったのかと聞き返したくもなる。結局は金と物は用意するから何としてでも
解決しろの一点に終わるのだ。それでもだめなら私を前任者と同様、くびにするまでの
ことだろう。しかし、それでは今までの被験者及びその家族に顔向けができない・・・。

2004年12月3日
・・・無駄とは知りつつ、もう一度実験の際の状況を洗い直してみる。何かしていない
と落ち着かない。委員会からまた進捗状況の問い合わせだ。報告することなどありはし
ないのに・・・。原因が解明されるまで、新しい被験者を使った実験の一時凍結を申し
入れたが聞き入れられなかった。明日はアスカの誕生日、なのに帰ってやれそうにもな
い。もう何日娘の顔を見てないのだろう。これでは母親失格だ・・・。


・・・そういえば、あんまり母さんが家にいたって記憶はなかったっけ。いるときの顔
っていえばいつも疲れてたような気がする。それでも一応すまないとは思ってはいたの
ね・・・。


・・・このあと一週間ほど、さらに実験の際の諸条件の洗い直しに心をくだく様子が書
き連ねられている。この様子から強制シンクロ実験を取りまく状況は、当時漏れ伝わっ
てきたよりはるかに追い込まれていたようである。しかし、ようやくのこと、原因の手
がかりとなるようなものを被験者たちの治療記録の中に見つける。以下はその記録であ
る・・・。


                                    *


     <惣流・キョウコ・ツェッペリンの日記からの抜粋・3>


2004年12月11日
・・・今日、手がかりを求めて被験者の治療記録を読んでいたら、気になる箇所があっ
た。みな一様に、救助のため駆けつけてきた医療スタッフのことを恐れるかのようにそ
の接触を断固として拒むことだ。この現象は治療室へ移された後、専門の治療スタッフ
に対しても変わらない。かといって家族のものが見舞いにきた場合には、自閉症患者の
ようにむっつりと口を閉ざしたままで、別に暴れる気配はないのだ。どういうことだろ
うか・・・。

2004年12月15日
・・・あれから何人かの医療スタッフに、被験者たちの様子について直接聞いてみた。
やっぱり答えは同じ。いずれの患者も自分たち医療スタッフについて強い拒否反応を示
すそうだ。しかし、興味深いことも聞けた。あるスタッフがたまたま非番のとき、私服
姿で治療室を訪れた際には拒否反応を示さなかったという。してみると医療用のユニホ
ームにでもトラウマを持っているということなのであろうか。それとも、そのユニホー
ムに代表されるような医療一般に対するものなのか・・・。

2004年12月18日
・・・前の開発責任者の書いた中間報告書を再度検討してみるが、現在自分が行ってい
るものとたいした違いは見受けられなかった。ならば、多少なりとも報告書に書かれて
いない事実を、直接あってきいてみよう・・・。

2004年12月20日
・・・前任者に面会のアポイントメントを取ろうとしたが、体調が優れないことと報告
書に全部書いてあるとの理由で応じてくれなかった・・・。

2004年12月22日
・・・再度、アポイントメントを求めるが、また拒絶される・・・。

2004年12月24日
・・・らちがあかないので直接会いにいく。幸い在宅中。というより、体調がすこぶる
悪いらしく、外出が無理な様子。70代前半、といったところだろうか。あきらめたよ
うで一応は話に応じてくれる。が、その内容はほとんど中間報告書と変わらず、新しい
ことはほとんど聞けなかった。医療スタッフに対する拒絶反応のことも話題にしたが興
味を示さない。あまり無理をしてもいけないので早々に話を切り上げて帰ることとす
る・・・。

2004年12月25日
・・・前任者から突然電話があった。なぜ、そんなに計画を押し進めようとするのだと
聞かれる。そうじゃない、これでも医者のはしく、いたずらに被験者たちを苦しめるの
が耐えられないからだと答える。そうしたら黙って電話を切られた。何か気に障るよう
なことでも言ってしまったのだろうか・・・

2004年12月27日
・・・先日、前任者訪問の際の御礼かたがた、御見舞いの品を贈る・・・。

2005年1月5日
・・・年がかわり、また憂鬱な作業が再開される。一日も早い事態の解決を。そして犠
牲となった被験者たちの回復の早からんことを・・・

2005年1月7日
・・・前任者から今日、この間のお礼の御返しと称するものが送られてくる。中身は娘
のためだろうか、絵本だった。意外と優しいのかもしれない・・・。

2005年1月9日
・・・久しぶりに家に帰り、家族団欒のひとときを過ごす。アスカに先日もらった絵本
を読んであげた。結構気に入ったらしい。意外とこの子、利発そうにみえる。親の欲目
だろうか・・・。

2005年1月11日
・・・家に帰ったら、先にもらった絵本をまた読んでくれとねだられた。読むのはいい
けれども付録としてついてきた音声ディスクじゃだめなのかと尋ねたところ、ディスク
を再生装置に入れても読み上げてくれないという。不思議に思って再生してみると、物
語の内容ではなく、あの開発前任者のメッセージが入っていた。それと前任者の日記の
コピーとが・・・。


                                    *  
                

                      <開発プロジェクト前任者の日記>


 ・・・このディスクに収められているのは私の日記のコピーの一部分である。私が行っ
た実験がいかようなものであったかを幾分なりともわかってもらえることを祈ってのこ
とだ。本来ならば実験記録および、研究日誌をお見せできればいいのだが、研究の性質
上極秘扱いとされ、そのオリジナルはすべて委員会のもとにあり、閲覧不可能である。
私個人の記録に関しても守秘義務をたてに取られて、没収された。よってこのような形
でしかお伝えできないことをわかってほしい・・・。


2003年3月13日
・・・「アダム」が到着した。今までに選び出された適格者候補の中では飛び抜けたシ
ンクロ率を記録したものが。強制シンクロをかければなんとかエヴァを起動させるまで
にもっていくことができそうだ。これが成功すれば彼は最初の人類の希望の星。エリー
トパイロットとなるであろう・・・。

2003年3月14日
・・・今日、「アダム」と直接初めて顔を合わせる。しかし、驚いたことには「アダム」
は重度の身体障害者だった。母親の胎内にいる際、催奇性の強い薬物による影響のため
四肢の発達に影響が出た結果だ。なおかつ視覚、聴覚のほうにもその影響は及んでいる
らしい。むごいことだ。しかし、知能的には標準をかなり上まっているという。ぜひと
も協力を取りつけて実験の成功に結びつけたい。なお、この被験者を用いた実験につい
ては非公開として進めることが委員会の方から申し渡された。だから本名はふせられ、
「アダム」の名がかせられているのだろう。また、それは本人の希望でもあるという。
最初の希望の星が身体障害者では格好がつかないためだろうか・・・。

2003年3月15日
・・・「アダム」としばらく話をした。言葉は不自由であったが、車椅子の天才ホーキ
ングを支援したことで知られている作文システムの発展型のおかげで意志の疎通には問
題ない。確かに知能という点では申し分なく、この点で彼に助けられるものと予想され
る・・・。

2003年3月16日
・・・引き続き「アダム」と話をする。彼が自分が生まれたこと自体に負い目を感じて
いることがいやでもわかる。いつも自分の面倒を見ていなければならない母。それも自
らの過失によって引き起こされた結果だ。経済的にも精神的にも過度の不安に脅かされ
ている家族。けれどもそれから逃れるすべはない。他人よりも明晰な頭脳を持っている
がためにその苦悩はことさらに深かった。せめて愚鈍でありさえすればこんな苦しみも
味あわなくてすんだのにと悲しそうにもらしていた。そんな中で、委員会より被験者と
しての申し出があり、経済的にも見返りが大きいので受けることにしたという。このま
ま家にいても家族に迷惑をかけるばかりだったから・・・。

2003年3月21日
・・・「アダム」の精神的、肉体的基礎データの収集が完了したのでいよいよ強制シン
クロテストに移る。どうか成功してほしい。彼以上の被験者は見つかっていないのだか
ら・・・。

2003年3月22日
・・・予想以上の結果が得られた。「アダム」の興奮がこちらまで伝わってくるかのよ
うだ。エヴァと神経接続されるおかげで、失われていた五感すべてを手に入れられたと
言っている。それにまだシミュレーションの段階だが、自らの足で大地に立つことも可
能となり、生まれて始めて普通の人間、誰にも迷惑をかけずに生きて行ける喜びを味わ
ったとも。よかった。科学者冥利に尽きる・・・。

2003年4月10日
・・・順調に強制シンクロの基礎的データが収集されていく。何よりも14才にしては
平均をはるかに越える「アダム」の頭のよさと、今までベッドの上から動けなかったた
めにつちかわれた忍耐力の賜物だと思う。それに新しいからだを何としてでも得ようと
している執着心も。「アダム」には失礼だが、神は最高の被験者をこの世に送り込んで
くれたらしい。感謝する・・・。

2003年6月8日
・・・だいたい必要な基礎データの収集が終了したので、次のステップに進むことが検
討される。課題となるのは強制シンクロの度合いをさらに上げたときに生じる事象の収
集および不都合事があればその解消策の検討である。「アダム」に話すと彼も乗り気に
なっていた・・・。

2003年6月10日
・・・ハイパーシンクロテストを開始する。初めての試みなので10%ずつあげて各段
階でのデータをとることとする。なお肉体に与える影響から、そのシンクロ継続時間は
30分を限度とすることにした・・・。

2003年6月12日
・・・シンクロ率110%、特に異常なし。実験続行する・・・。

2003年6月15日
・・・シンクロ率120%、特に異常なし。実験さらに続行する・・・。

2003年6月19日
・・・シンクロ率130%、「アダム」が異常を訴えてきた。何だか頭の中に直接話し
かけられているような気がするという。初めての現象なのでテストを取敢えず打ち切る
こととした・・・。

2003年6月21日
・・・もう一度シンクロ率100%からやり直してみる。110%・・・、120%・・・、
130%・・・。やはり130%を越えるあたりから頭の中に直接訴えかけられるよう
な感じがするという。内容ははっきりとしないそうだ。ただものすごい不安を感じると
いう・・・

2003年6月25日
・・・中間報告書をまとめ、委員会に提出した。その際、もうこれ以上のハイパーシン
クロテスト続行の打ち切りもあわせて具申したが、却下される・・・。

2003年6月27日
・・・「アダム」に委員会の方針を伝えた。私としては気が進まない。しかし、「アダ
ム」はあえてやってみると言ってくれた。これがみんなに貢献できる唯一のことだから
と言って・・・。

2003年6月30日
・・・シンクロ率150%を設定してやってみる。「アダム」には、危険だと思ったら
すぐちらで回路を切断すると申し渡す。110%・・・、120%・・・、130%・・・、
140%を越えるあたりから、「アダム」の顔が苦痛に歪み始める。そして150%を
越える。もう限界だ。そう思って強制回路切断を行おうとしたが、スイッチが入らない。
なおもシンクロ率は上昇し続け、ついには200%にまで。そして「アダム」はけもの
のような悲鳴をあげ、ぐったりとしてしまった・・・。

2003年7月9日
・・・「アダム」はあれ以来意識が戻らない。いわば脳死状態。スイッチが入らない原
因はどう考えても誰かが手を加えていたとしか思えないものだった。もしかしたら行き
着くところがどんなものであるのかを探り出すために、委員会が手をまわしていたのだ
ろうか・・・。

2003年7月11日
・・・実験の解析の結果が出た。「アダム」が意識を失う前、コアの部分から「アダム」
に向けてかなりの情報が行き交ったことが判明した。そのパターンはまるで「アダム」
の精神に干渉し、乗っ取るがごときもの。その過負荷に「アダム」の精神が耐えきれな
かったのだろう。この現象を「精神汚染」と命名し、委員会に即刻その報告書を提出す
ることとする・・・。

2003年8月1日
・・・「アダム」の意識は戻らない。そこへ委員会から「アダム」の処分が決定された
ことを通達してきた。バスに乗せろという。つまりは安楽死のことだ。あんなに貢献し
てくれた「アダム」を、事故にあって早々に廃棄処分にしろとはいくらなんでもひどす
ぎる。せめて、もう少し手を尽くしてからでもいいのではないかと言ってみたが取り合
ってもらえなかった・・・。

2003年8月3日
・・・今日「アダム」のいる病室へ行ってみたら、すでに裳抜けの空だった。その脳は
解剖にまわされ、A10細胞の発達の具合を調べるのだという。最後の最後まで人類の発展
のためだと称する輩たちに利用されたのだと思うと思わず涙がこぼれてしまった・・・。

2003年8月5日
・・・今日委員会より、ついに待望の適格者があらわれたとの報告があった。そのシン
クロ率は、強制シンクロ処理を行わなくても十分にエヴァを起動させることが可能だと
いう。委員会はこのことを知って、「アダム」の廃棄処分を決めたんだろう。もう十分
な基礎データは得られたし、最後のご奉公ということか。用済みのからだは解剖にまわ
して利用するだけ利用するというのが本当のところだろう・・・。

2003年8月15日
・・・委員会から新たな実験再開の命が下る。題目は機械的な補助手段をこうじること
による適格者選定の際の基準の引き下げ。つまり、そうそう高いシンクロ率を示す適格
者は現れにくいことを見越した上での裾野の拡大だろう。「アダム」を使用した際に得
られたデータを元に、本来ならば適格者として選定に漏れるものを機械的な補助手段を
こうじてすくいあげようというものだ。すぐにも始めろという・・・。

2003年8月20日
・・・新しい基準に基づいた適格者候補が送り込まれてくる。一応数名程度の人選が済
んでいるらしい・・・。

2003年8月23日
・・・「アダム」の際の実験データを元にして強制シンクロ実験を最初の適格者候補に
適合するように調整を始める。取敢えずはエヴァが起動する程度が目標なのでそれほど
問題があるとは思えない・・・。

2003年8月25日
・・・強制シンクロ実験開始。シンクロ率75%程度のところで急に被験者が苦しみ出
した。急遽実験を取りやめる。しかしながら被験者は相当強いダメージを負ったらしく、
話を聞ける状態ではない。医療スタッフにそちらは任せるとして、原因の究明に全力を
注ぐこととする・・・。

2003年8月26日
・・・解析の結果、どこも問題となるような箇所は洗い出せない。「アダム」のときと
条件はいっしょなのに・・・。

2004年4月1日
・・・またも実験失敗。これで9人目だ。みな比較的低いシンクロ率のところで精神に
障害をきたしている。もしも、自分に適格者としての能力があればこの身で確かめてみ
ることができるのだが、それもかなわぬこと。委員会からは早く対策をこうじろとの矢
の催促。取敢えずは適格者候補のリストも底をついたようなので実験は一時凍結状態と
なった。これ以上無駄な犠牲者を出さなくていいので、心の底ではほっとしているとこ
ろだ・・・。

2004年5月1日
・・・今日付けで開発責任者としての任を委員会から解かれた。以後の処置は新任の責
任者に任せるという。なお守秘義務を厳守するようにとの委員会からの脅しにも似た通
達が付け加えられていた。その後保安部員がやってきて、私的な記録を含め、一切合切
を回収していく。新任の責任者に幸多からんことを神に祈る・・・。


 ここまで読んであの前任の開発責任者の取った態度にも納得がいった。たぶん、今でも
監視の目は緩められていないだろう。多分死ぬまで。もしかしたらその死期を早めるよ
うな処置まで行っているかもしれない。あの委員会ならやりそうなことだ。
そのあとには私的な意見だがと但し書きをつけた原因についての考察が書かれてい
た・・・。


・・・以上で私が行ってきた実験の概要は理解していただけたと思う。そして実験の失
敗原因を調べていて気にかかったことがある。被験者たちが苦痛の悲鳴をあげる直前、
コアから「アダム」のときと同じような情報の奔流が流れ出て、被験者に注ぎ込まれて
いるということだ。その情報を解析してみるとどうも「アダム」の脳波パターンに似て
いる。それも怒り、恐れ、絶望といったようなものが主な内容。してみると「アダム」
の思考パターン、むしろ残留思念とでも言うべきものがあの事故の際にコアの中に吸収
されて留まっており、それが強制シンクロをかけられた際、被験者を襲うのだろうか。
その時の情報とは「アダム」が今までに味わってきた絶望、恐怖、あきらめの念。詳し
く言うならば社会的、生物学的にとても正常な生活を送れないという悲しみ。家族にか
かる負担に対する申し訳のなさ。そしてエヴァシステムによって一度は得られた希望を
むしり取られた無念さ。まだ生きているという自覚を持ったままからだを処分されてし
まう恐怖。そして、それを実行に移す医療スタッフに対する嫌悪感だ。新しい希望に対
する執着心が大きかったぶんだけ、そのパワーは計り知れない。それらが一体となった
思いがコアからの情報の流れに乗り、被験者を襲う。とても正気ではいられまい・・・。
 以上のことは当然のこと報告書にまとめて委員会に提出した。が、何をたわけたことを
言っているのかといって一笑に付され、相手にしてもらえなかった。委員会としても、
自分たちの非道な行いを糾弾されるのは面白くなかったのだろう・・・。


 なるほど、それで医療スタッフに対する反応の説明がつく。彼ら被験者たちには「アダ
ム」の味わった恐怖が刷り込まれているのだから・・・。


・・・新しい責任者になられた貴女に忠告する。委員会のような人でなしとは違い、貴
女は本当の医者の心を持っているお方のようだ。ならばわかってくれるだろうと思う。
新しい被験者をいくら使っても無駄だ。あのコアに刷り込まれている「アダム」の残留
思念をクレンジングできない限りは同じ結果となると思う。そしてコアというものは適
格者以上に貴重な存在。コアあってのエヴァシステムであり、適格者はそれを人間が意
のままに扱おうとするためのインターフェイスにすぎない。代わりはきくのだ。新しい
コアの発見がない以上、「アダム」の残留思念が刷り込まれたあのコアを使い続けるし
か方法はない・・・。


・・・そこまで読んでいた私の服をアスカが引っ張っていた。手には封筒を持っている。
私宛てのものらしい。何も連絡なら、電子メールで十分なのにと思いつつも受け取り、
封を切った。目いっぱい華美な封筒と書状、なおかつ封印は蜜蝋まで使ってある。内容
は何と娘が適格者として認められたのだというもの。その抜群のシンクロ率に加え、知
能も相当高いのですぐにも専門の教育を施したいとの申し出までついていた。最大級の
賛辞を尽くしている。しかしながらすべてを知った今の私には悪魔からの召喚状にしか
思えなかった。何か手を打たなければ、娘がいずれその毒牙にかかることは逃れられな
いのだから・・・。


                                   *


 ・・・この後の日記にはキョウコが相当悩んだ様子が書き連ねられている。夫にも相談
したようだ。そして最終的に行き着いたのが、自分をこの世界に対するアンカーとして
コアの中の「アダム」の残留思念を引きずりだそうというもの。粒子論に基づくならば
「アダム」の残留思念も粒子の固まりであり、引きずり出した瞬間にシンクロを強制切
断すればコアには再び引きこもることはないだろうという予想の上に立つものだった。
自分にも適格者としての素質があることを前々から知っていたらしい。そして日記の最
後の部分にはこう書かれている・・・。


                                    *


       <惣流・キョウコ・ツェッペリンの日記からの抜粋・4>


2005年2月15日
・・・今日強制シンクロ試験に参加する意志のあることを委員会に提出する。身をもっ
て経験してみたいからだというもっともらしい意見書をつけて。多少なりとも自分にも
その資格があることは前々から調べがついていたのでその記録もつける。本来ならば開
発責任者を危険な被験者として使用することなど許されるはずもない。が、もともとの
適格者候補の数が限られている上にこの事故続きだ。わらをもすがる思いだと委員会の
方でも受け取ったに違いない。許可はすぐ下りた。明日、実験に参加する・・・。

2005年2月16日
・・・強制シンクロテストを受ける。思ったとおり「アダム」の思念が流れ込んでくる
のを感じる。心構えがあったぶんだけこちらに有利だったとはいえ、相当ダメージは大
きい・・・。

2005年2月18日
・・・さらにシンクロ率を上げたテストに挑む。前回のときよりもさらにダメージが大
きい。しかし、ここで止めては元も子もない・・・。

2005年3月1日
 ・・・ついにシンクロ率が130%を越えた。体の方はもうぼろぼろ。次の実験まで少
し休まなくてはならない。しかし、次の実験は「アダム」をして脳死状態に陥らせた2
00%だ。たとえあれからセイフティー回路の開発が進み、強制切断が瞬時に行われた
としても不安が残る。あなた、それにアスカ、私を守ってね・・・。

2005年4月1日
・・・ついに成功した。しばらくは眠りたい。疲れた・・・。

2005年4月3日
・・・ようやっと眠りから覚めた。まだふらふらする。実験はうまく行っただろうか・・・。

2005年4月5日
・・・実験はある意味では失敗だった。「アダム」の残留思念が私の頭の中にこびりつ
いている。どうも引きずり出したのはいいが、行き場を失ったそのものが強制切断のシ
ョックで私の頭の中に焼き付いてしまったらしい。そしてもう「アダム」は正気を保っ
ていなかった。あるのは破壊衝動と今まで味わってきたつらい記憶の反芻だけ。「アダ
ム」が受けた仕打ちを考えてみれば当然のことかもしれないが・・・。

2005年4月7日
・・・ますます「アダム」の思念が私を支配するようになってきた。精神病患者の親に
育てられた子供もそうなるといった症例があるそうだが・・・。

2005年4月9日
・・・もう耐え切れない。日記をつけられるのも後わずかか・・・。


・・・ここで日記は終わっている。このあとキョウコは自殺を図り、その際娘を道連れ
にしようとした。しかしながら、最後の瞬間に正気に戻ったらしく、その時の音声記録
が監視をつけていた保安部の盗聴記録に残っている。また、父親はその後再婚したが、
それはキョウコがシンクロテストを受ける前に二人で取り決めてあったことらしい。万
が一のことを考えて今までの記録の分散を主眼に置いたものだ。事実、開発前任者がキ
ョウコに贈ったディスクの写しはこの父親から得られたものであった。その機密保全に
はそうとう気を使ったものと思われる。何しろわざと大腿部を骨折をし、その治療に使
ったチタン合金にマイクロカプセルに入れたチップを埋め込むという手の込んだやり方
だったから。それを取り出すのも相当な苦痛だったに違いないが、彼は提供してくれた
のである。それほどまでに妻を愛していた男を再婚に踏み切らせたのは妻との約束のた
め。そうすることで委員会の監視を欺き、なおかつ肉親という名の絆をどんな形でもい
から残しておいて欲しい、いずれアスカにもそれが必要となるときがくるであろうから
というキョウコのたっての願いからだったという・・・。
 なお、その後、強制シンクロテストの被験者が精神障害をわずらったという記録は残
されていない。また、シンクロ率100%を割るようなところにおけるコアからの精神
汚染の危険性は、機械的な補助の占める割合が大きくなるにつれて指数的にその度合を
増すとの報告がキョウコによってなされている。使用に耐えうる適格者の発見、及び精
神汚染の危険性を考慮し、以後、強制シンクロの研究はE計画の本流よりはずされるこ
ととなったのである・・・。


 アスカはもう何も言えない。枯れ果てたと思っていたものが両の目から止めどもなく
頬を伝って流れ落ちていくのがわかった。


 加持の調査書はこう結んであった。


・・・最後に保安部が盗聴していた音声の記録、キョウコの最後のメッセージとでも言
うべきものをコピーしたディスクを資料としていっしょに提出することとする・・・。

 アスカが袋を探ってみると、はたしてそれはあった。べッドに腰掛け、ディスクを機
械にいれて再生されるのを待つ。そして夜の帳が落ちてきて薄暗い部屋の中、静かな口
調でキョウコのメッセージが再生された・・・。

・・・アスカ、ごめんね。これ以上は無理みたい・・・。このままだといつかは本当に
あなたを手にかけてしまう・・・。そんなのにはとても耐えきれない・・・。でも、悪
いのは「アダム」じゃないのよ。それは私たちの持つ原罪とでもいうべきものなのかし
ら。より高い存在を見るとどうしても手に入れようとしてしまう・・・。そのために払
う犠牲がどんなに大きなものであってもね・・・。それにお父さんのこともごめんなさ
い。私が無理を言って聞いてもらったの。本当は優しい人なのよ。私にはもったいない
くらいの人だったわ・・・。アスカ、明日を信じて生きて行きなさい。私の分までも・・・。

                *

 ここはネルフ司令長官室。机の天板に肘を突き、口元で両手を組み合わせるいつもの
格好で碇ゲンドウは赤木リツコの報告を受けていたところ。広い部屋に冬月コウゾウた
だ一人が、影のように寄り添っていた。
「・・・それで回復に向かっているんだな・・・」
「はい、この調子でならあと一ヶ月程度で起動レベルまで達するものと思われます」
「・・・そうか、ご苦労。下がってくれたまえ・・・」
そう言ってゲンドウはリツコを下がらせる。そしてリツコが退出するのを見届けてから
コウゾウは口を開いた。
「・・・しかし、アスカ君が回復しているのはめでたいな。あの報告書がいい薬になっ
たようだ。加持も向こうにいる間、やることはやっていたらしい」
「ああ・・・、人間、溺れているときにはわらをもつかむさ。たとえそれが見せかけの
わらであってもな・・・」
「そのかわり、できるだけわらに似せたものが必要だ、という訳か・・・」
「ああ・・・、すぐに偽物だとわかってしまっては意味がない。だから、できる限り本
当のことを混ぜるのさ・・・」
そしてゲンドウの口元には笑みが浮かんだのである。

                 おしまい


記念コメント(血の絆編)

アスカ:・・・・・ シンジ:・・・・アスカ・・・? アスカ:・・・・・ シンジ:・・・・アスカ、大丈夫? アスカ:・・・・大丈夫よ、心配しないで。 シンジ:でも・・・・ アスカ:心配しないでって言ってんのよ!!アタシに話し掛けないで!! シンジ:・・・・・わかった。でも・・・・いや、やっぱりいい。 アスカ:・・・・ありがと、シンジ。 シンジ:・・・・・ アスカ:・・・・・ママ・・・・ シンジ:・・・・・ アスカ:・・・・シンジ? シンジ:何、アスカ? アスカ:・・・シンジのママもアタシと同じでいないのよね? シンジ:・・・うん。 アスカ:どうしてシンジは普通でいられるの?アタシはママにこだわり続けて いるのに・・・・ シンジ:アスカがお母さんにこだわっているのと同じで、僕は父さんにこだわ っているから・・・・ アスカ:お母さんは気にならないの? シンジ:もちろんなるよ。でも、現実に近くにいる父さんに比べると、それほ どじゃあないと思う。 アスカ:・・・・どうして親ってこんなに気になるのかしらね? シンジ:やっぱり人に残された最後の絆だからじゃないかな? アスカ:・・・血の絆? シンジ:うん。そう思う事によって、人は一人じゃないんだって自覚出来るん だと思う。 アスカ:そうなんだ・・・・ シンジ:まあ、僕がそう思うだけなんだけどね。 アスカ:・・・・その血の絆から、逃れることは出来ないのかなあ? シンジ:・・・さあ・・・・? アスカ:誰かへの愛によって、血の呪縛から逃れることが出来るとは思わない? シンジ:・・・愛? アスカ:そう。少なくとも今のアタシは血の呪縛からは逃れられてると思う。 シンジ:・・・・ アスカ:アタシはママを思う以上に、シンジのことを想ってるから・・・・ シンジ:アスカ・・・・ アスカ:だからシンジも、アタシのことを想って。そうすれば、きっとお父さ んからも逃れることが出来ると思うわ。 おわり、にした。無理矢理。切れないんだもん。ごめんなさいね。(自爆)
さてさて、記念投稿第三十四弾はnoikeさんです、しかも四つ目です!! またまた、ありがとうございます。ちょっち難しい話ではありますが、興味深 く拝見させていただきました。どうも私が書けそうもないタイプのお話ですの で、それだけにためになりますね。 さて、noikeさんはいつもいつも頂いているのですが、感想のメールが一通も 来ていないそうです。多分、かくしEVAの読者層の好みとは違うというのが 原因かもしれませんので、私も心苦しく思っております。宜しければnoikeさん の作品を読んで何か感じるところがありましたら、是非メールを送ってくださ い。きっと喜ばれると思いますよ。 しかし、なんだか数ばかり増えてしまって、そのせいで読んでいない方も多い ではないのかと危惧しているところです。密度が薄くなってますからね。ほん と、何だか作者の方には申し訳のないことです。ここでお詫び申し上げます。

noikeさんへのお便りはこちら: noike@fa2.so-net.or.jp
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