最初のシ者
西暦2002年。
魔の時、セカンドインパクトの衝撃は今なお世界を覆い尽くしていた。
冬月コウゾウもまた荒れ果てた世界を見つめ生き抜いてきた。
地獄。
セカンドインパクトを表現するのに、これ以外の言葉は必要なかった。
そして、その地獄を乗り越えて、彼はその船に乗り込んだ。
セカンドインパクトの直接の原因を調査するために南極へ向かっているのだ。
だが、冬月の心は悶々と沈んでいた。
この南極行きには二重三重の思惑が絡み合っている。
彼はそれを露見させないための隠れ蓑の1ピースとして参加を要請されたのだ。
調査がまともに行われないのは分かり切っていた。
冬月は吹き付ける寒風も構わず、甲板の上で遠い水平線を見つめていた。自分自身の境遇への軽いいらだちがある。
「ふー」
ため息をつく。白い息が風に巻かれて消えていく。
自分は生き残るべきだったのか・・・・
そんな思いが胸によぎる。
生き残って何をしようというのか。
多くの知人友人が死んだ。親しい者も、不仲の者をいたが、死んでしまっては同じだ。
ふと、一組の男女の顔が思い出された。
男の方は不遜で傲慢な冷笑が不思議と似合う嫌な男だった。
女の方は・・・・優秀な生徒だった。そして、それ以上に・・・・・
冬月は自分が自嘲していることに気がついた。忘れたはずだ。
もう二度と会うこともあるまい。
会いたくとも、あの地獄の中で儚く命を散らしている可能性の方が高いだろう。
その時、風に混じって微かに歌が聞こえてきた。
吹き付ける風、船の駆動音、切り裂かれる波の音。それら雑多な騒音の中でその歌は奇妙にはっきりと彼の耳に届いていた。
冬月もよく知っているメロディーを口ずさむ歌い手を捜して首を巡らすと、甲板を囲むように取り付けられた鉄柵に、一人の男が腰掛けていた。
強風の中でなんと危険な行為か。
バランスを失えば、そのまま海の中だ。
だが男は気にした風もなく鼻歌のように歌を口ずさみ続けた。
その、不遜で傲慢は表情には見覚えがあった。
まさか・・・・
「歌はいいですね」
彼は言った。
「歌は心を潤してくれる。人類が生み出した文化の極みですよ。そうは思いませんか。冬月先生」
男は空を見上げていたが、彼の言葉は冬月に向けられているらしい。
「なぜ、私の名を」
冬月は彼が自分の知る人間でないことを願ったのかもしれない。
だが、
「知らない者はいませんよ。失礼ですが、あなたはもう少し自分の立場を知った方がよろしいかと思いますよ」
男が初めて冬月を見た。
それを見つめ、冬月の心臓が跳ねる。
「き、君は六分儀君か」
「今は碇ゲンドウですよ。冬月先生」
「い、碇、ゲンドウ」
「改めて、よろしくお願いしますよ。冬月先生」
「すると君は・・・・」
「そうです、あなたが密かに想いを寄せていたスイートキャンディー碇ユイと結婚しましたよ。結婚式には招待できず、申し訳ありませんでした。」
そしてゲンドウはにやりと笑った。
スイートキャンディー碇ユイ。冬月の研究室内で密かに広まっていたユイの愛称だ。
命名者が冬月であるのは公然の秘密だった。
「なぜ、その名前を知っている」
口に出かかった質問を必死に飲み込む。
「いやー、いい結婚式でしたよ。新婚生活も実に順調でしてね。昼夜を問わず毎日ラブラブっすよ。おっと、今のラブラブには変な意味はありませんよ」
実に楽しそうにしゃべり続けるゲンドウ。冬月のこめかみに青筋が浮かぶ。
「子供も産まれましてね。まあ、いなくてもいいんですが、ユイがどうしても欲しいといって、いや、随分がんばりましたよ。うわーはっはははははははははは」
冬月はゲンドウに対する第一印象を思いだした。
「イヤな奴だ」
その言葉が、冬月の中の引き金を引いた。
コンマ3秒で決断する冬月。
「あ、あれはなんだ、碇君!!」
冬月は水平線の彼方を指さして叫んだ。
「どれですか」
ゲンドウの注意がそれたところを見逃さず、冬月はすばやく靴を脱ぐとゲンドウに向かって投げた。。
子供の頃、リトルリーグでセンターを守り、ライフルアームコウちゃんと恐れられた腕は衰えていなかった。
ガン!
派手な音が響いてゲンドウは座っていた鉄柵から落ちた。
極寒の海へ。
「なにすんねーーーーーーーーーん」
ドッボーーーーーーン!!
声に続いて何かが海に落ちる音が聞こえた。
ゲンドウに当たって跳ね返った靴を履き直すと冬月は無表情にその場を離れた。
むろん事故の報告をするつもりもなかった。
乗務員が瀕死の碇ゲンドウを救助したのはその3時間後のことであった。
奇跡的に彼は生きていた。
寒さと恐怖の為に海へ落ちた際の記憶を失っていたので、事故原因はわからなかった。
密かに舌打ちした者約一名存在したが。
それが冬月と碇ゲンドウの再開だった。
本人たちが望むと望まぬとに関わらず、二人はもう一度出会ってしまった。
何をなすために。
それは誰にもわからなかった。
西暦2003年
人類進化研究所。
所長室。
その日、人類進化研究所所長の碇ゲンドウに旧知の人物が面会を求めた。
多忙を極めるゲンドウであったが、その面会者の名前を見て会うとこを決めた。
客は冬月コウゾウだった。
「だが、私もいそがしい。風呂に入る時間を利用して会う。と伝えたまえ」
受付嬢にそう伝え、ゲンドウはにやりと笑った。
ロビーで30分ほど待ちぼうけを食らった冬月は、大きなガラスの向こうに広がる自然を見つめていた。これだけを見ていると、あのセカンドインパクトの大惨事が嘘と思えるから不思議だった。
いや、嘘などではない。
彼の手の中の鞄にはあの地獄、セカンドインパクトに関する重要な資料が入っていた。その真偽を確かめなければならない。あの男に。
不意にエレベーターの自動ドアが開き、ゲンドウが現れた。
メガネを掛け、相変わらず顔色も悪い。そしてなぜか浴衣姿だ。手には黄色い洗面器。その中にはお風呂セットが入っている。
「待っていてくれたんですか」
冬月を見るなり、ゲンドウはそういった。
「君がそういったのだろう。どうでもいいが、その格好はなんだ」
「言っていませんでしたか。私も忙しい。これから風呂に入るんですが、その時間ならお話しできます。最近は家にも帰れないほど忙しいんですよ」
ゲンドウはにやりと笑う。冬月が拒否できないとわかっているからだ。それがわかっているので、冬月は渋い顔で沈黙するしかない。
「では、行きましょうか。冬月先生。タオルは備え付けの物がありますから」
そういってゲンドウは歩き始める。
その後ろを歩きながら冬月は質問を発しかけ、やめた。
冬月にとってそれは重要なことであったが、今、その質問自体に意味はない。
「へちまはないのか」
どうもタオルにはなじめない冬月なのであった。
銭湯を思わせる、思いの外広い風呂場。
他には誰もいない。
二人でならんで湯船の中に座っていた。
「セカンドインパクト。知っていたんじゃないのかね、君らは。その日あれが起こることを。君は運良く前日に引き揚げていたと言ったな」
静かな風呂場に、詰問するかのような冬月の声だけが響く。
その声は大きくはないが圧倒的に鋭かった。
しかし、ゲンドウは無言のまま、あらぬ方向を見つめている。
「全ての資料を引き揚げたのも幸運か」
いらだちを込めて、冬月の声が鋭さを増す。
「いろいろ調べさせてもらったよ」
冬月は話す。
「君の資産。子供の養育には金が掛かるだろうが、個人で持つには少し額が多すぎないかね」
その言葉にゲンドウの唇がめくれ上がる。
笑っているのか。
「さすがは冬月教授。経済学部に転向なさってはいかがですか」
その言葉には冷笑が込められていた。
「そのつもりはない。ただ、わたしはあれを起こした人間たちを許すつもりもないよ。彼らは確信犯だ」
冬月は冷笑を無視し、続けた。
濡れないように握りしめていた、紙片をゲンドウに渡す。
ゲンドウは紙片を広げ、目を通す。
「まだこんなものが処分されずに残っていたとは、意外です」
あくまで余裕を失わないゲンドウ。
「それはほんの一部だ。セカンドインパクトの裏に潜む君たちとゼーレの死海文書。公表させてもらう」
強い意志を込めて、冬月は言い切った。
「お好きに、ただその前に・・・・」
そっと、湯の中の冬月の手にゲンドウの手が触れた。
「な、なにを」
驚いて、ビクッと身を引く冬月。
「一時的接触を極端に避けますね。恐いんですか」
「風呂場で男に手を握られて狼狽えないほど、人間ができていないんでね」
「男を知らなければ、裏切られることも、互いに傷つけ合うこともない」
「そ、そうか・・・・あまり関係ないような・・・」
「でも寂しさを忘れることはできない」
「いや、だから、そんな話は今はどうでもいいんだ」
「人は寂しさを永久になくすことはできない。人はひとりですからね。ただ、人は忘れることができるから生きていける」
一方的に話し続けるゲンドウ。
冬月を煙に巻こうとしているのか。
ぷるぷると、冬月の肩が震える。
「話を逸らすんじゃない。答えたまえ、碇くん!」
冬月が声を張り上げて、怒鳴った。いつもは冷静な彼にとっては珍しいことであろう。
だが、ゲンドウはそれにも答えず、不意に立ち上がった。
そして、冬月に向き直る。
ちょうど、ゲンドウの股間が冬月の目の前だ。
「う・・・・」
再度後づさる冬月。
「人は常に心に痛みを感じている」
なおも話し続けるゲンドウ。
冬月を見下ろすように見つめ、信じられないことだが、わずかに微笑んだ。
「心が痛がりだから、生きるのもつらいと感じる」
冬月は不気味さと、正体の掴めない恐怖にまとわりつかれていた。
「ガラスのように繊細ですね。特にあなたの心は」
ゲンドウは真っ正面から冬月の瞳を見つめ、そう言った。
「私が・・・・?」
呆然と聞き返す冬月。
「そう、コウイに値しますよ」
「コウイ・・・・」
もう一度ゆっくりと笑うと、もったいつけたようにゲンドウは言った。
「冬月、俺と一緒に人類の新たな未来を作らないか。ってことさ」
ゲンドウは自分自身に酔っていた。
だが、冬月の痛いぐらい握りしめられた拳はわなわなと震えていた。
彼は切れた。
「わけわからんこと言ってごまかすなー!!!」
冬月が手に持ったタオルを湯に漬け、振り回した。
湯を含んだタオルは凶悪な凶器になる。
パーーーーーーン!!!
ゲンドウの顔に真っ赤な痣ができる。
「やりやがったな、このおいぼれ」
ゲンドウが洗面器を投げる。
「うるさい、この偏屈メガネ!!」
冬月も負けていない。シャンプーを溶かした湯をかけて、ゲンドウの目を封じようとする。
「き、きたないぞ、そんなことだから、ユイに振られるんだ」
舌まで出して、ゲンドウは冬月の心の傷に塩を塗り込む。
「きさまー、触れてはならんことを・・・・・最初っからセカンドインパクトなんか、どーでもいいんじゃー。俺はお前に嫌がらせしたいだけなんやーーーー!!!」
遂に本音をぶちまけた冬月。
「あー、てめー、なんじゃそりゃー」
抗議の声を上げるゲンドウ。
しかし、既に冬月に他人の声を聞くだけの理性は無かった。
「お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ、
お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ、
お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ、お前さえいなければ、。私はユイ君とラブラブで、お前の代わりにここの所長にだってなれたんだ!!!!!」
一時間後。
係員が浴槽に踏み込んだ時、彼らはぷっかりと湯に浮かぶ二人の男を見つけることになる。
その間、何があったのか誰にもわからないが、彼らの間に何らかの妥協が成立したのは、どうやらこのときであったらしい。
もっとも、真相は闇の中であったが。
サードチルドレン・ゲンドウにつづく
いいわけ
遅れに遅れて申し訳ないです。高嶋さん。なんとか形になりました。
しかし、おめでたい投稿にこんなものお送りするとは・・・・・悪気はないっす。
最初に考えていたのはオペレーター3人組のコメディーだったんですが、どうしても書けなくなって急遽変更しました。
やっぱり親父は書きやすい(自爆)
なお、ラストの一言はちゃんと稲葉さんにご許可いただきました。
稲葉さんありがとうございます。
そして、高嶋さんおめでとうございます。これからもがんばってください。
それでは、ごきげんよう。
nary@mxb.meshnet.or.jp
Genesis Q
記念コメント(偽シンジ編)
シンジ:どうする、アスカ・・・?
アスカ:どうするって何をよ?最初っから言いなさいよ。わかんないじゃない。
シンジ:いや、相手が相手だから、いい加減なコメントも出来ないだろ?
アスカ:アンタバカ!?相手が誰だろうと、アタシは遠慮なんてしないのよ!!
言いたい事を言わせてもらうからね!!
シンジ:それはアスカの話だろ?僕は違うんだよ。それに・・・・
アスカ:それに、何なの?もっと歯切れよくしゃべりなさいよ。もしかしてア
ンタ、もったいぶってる訳?情けない自分をごまかそうとして・・・
シンジ:違うよ!!僕が言いたかったのは、稲葉さんのゲンドウで失敗してる
し、またゲンドウだから困ったねって言いたかったんだよ。
アスカ:アンタ、自分の父親を「ゲンドウ」なんて呼び捨てにするの?
シンジ:あ、しまった・・・・
アスカ:もしかして、アンタはシンジじゃなくって、高嶋なんじゃない!?
シンジ:う・・・ぼ、僕はシンジだよ。嫌だなあ・・・アスカってば、冗談ば
っかりで・・・・
アスカ:アンタ、声が震えてるわよ。
シンジ:そ、そんな事ないよ。ア、アスカの気のせいだよ、きっと。
アスカ:・・・・嘘。やっぱりアンタ、高嶋ね!!
高嶋 :ばれちまっちゃあしょうがない。naryさん、おひるにん同士、またお
話しましょう。
アスカ:高嶋!!ここはエヴァのキャラしか出れないとこなのよ!!しかも私
信めいた事を口走って!!
高嶋 :でわ、さらばじゃ!!
アスカ:あっ、待ちなさい!!せめて感想でも言ったらどうなの!?この馬鹿!!
って、逃げられたか・・・・マサカリを用意しておけばよかったわね・・・
さてさて、記念投稿第三十二弾はnaryさんの作品です!!
ありがたい事でゲス。私と違って、naryさんは投稿にんじゃないのに・・・・
ほんと、うれしいです。naryさん、ありがとうございました。私もお返しとい
う事で、次の50万ヒットには必ず投稿致しますので。
ところで、私の作品はらぶこめでも「らぶ」中心なのに対して、naryさんのQ
は「こめ」がいいんですよね。それに私はシリアス部分も好きで、ほんと、い
ろんな人がいろいろ楽しめる、いい作品ですよね。私のは偏りすぎてまして・・・
ま、それはともかく、naryさんはゲンドウがお気に入りという事で、今回頂い
たのも、ゲンドウです。稲葉さんのゲンドウに続くとの事ですが・・・くくっ、
面白っ。いやあ、私もコメディが書ければ、胃が痛くなくならずに済むんです
けどねえ。久しぶりにへぼレイでも、書いてみませうか。無理矢理になんです
がね。
何だかろくなコメントになってなくてお許しください。私も舞い上がっており
ますので。では、今回のところはこの辺で。ありがとうございました。
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