新人類エヴァンゲリオンAgency 
    「知られざる、淡き恋歌・夢の涯」其の壱


「お呼びでしょうか、司令。」

葛城ミサトは、自分の所属する組織−−−−−−国連直属の特務期間ネルフの
最高責任者であり、同居人碇シンジの父親でもある男、碇ゲンドウの執務室に
来ていた。

「君に、やってもらいたい事がある。」

いつも通り、机に両肘をついた体勢で・・・ゲンドウは、何の感情も覗かせな
い声音で言う。

「・・・・・・どのような事でしょうか?」

姿勢をより正し・・・正確には身構えて、ミサトは次の言葉を待った。

古今東西、上司がもったいぶる時は、大抵ロクでもない事と相場が決まってい
る。

「そう身構えんでもいい。大した事ではないのだからな。」

顔に出ていたのだろうか。ゲンドウの横に控えている参謀、冬月コウゾウが口
を添える。

だがミサトは、沈黙を持って答えた。そう言われてハイそうですか、と相好を
崩すほど、人生経験浅くない。

・・・しかしそれも、ゲンドウの次の一言で消し飛んでしまった。

「葛城三佐・・・スキーに行きたまえ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


          ◇          ◇          ◇


「・・・・・・本当にいいのかなぁ?」

東北弾丸リニア超特急「おおぞら」内。

ネルフの誇る汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンのパイロット、「第三の適格
者」碇シンジは、今日何度目か分からないつぶやきを発していた。

「アンタバカぁ?司令が行け、って言ってんだからいいじゃん。もし何かあっ
ても、あたし達のせいじゃないわよ。・・・そんな事より、このあたしとの旅
行なのよ!もっと楽しみなさいよ!」

その隣の席から無責任な答えを返してくれたのは、同パイロット「第二の適格
者」惣流・アスカ・ラングレー。1/4だけ入ったゲルマンの血が、栗色の髪
とマリンブルーの瞳に現れている。

「・・・・・・碇君といっしょに旅行、碇君といっしょにスキー、碇君といっ
しょに食事、碇君と・・・・・・」

シンジの向かいに座り、頬杖をついてあらぬ方を見やりつつ、何やらぶつぶつ
言っているのは「第一の適格者」綾波レイ。蒼銀の髪とルビーのような瞳が、
見る者に強い印象を与える。

「・・・まぁ、何かあったらヘリを回せば済む事だし・・・でもどうしようも
なくなったら、お願いね。」

レイの隣で足なぞ組みつつ、シンジに向かって意味深なことを語ってくれたの
は、ネルフ技術部責任者にしてミサトの旧友、赤木リツコ。金髪のショートだ
け見ると日本人ではないように見えるが、柳眉が黒いので染めているだけと知
れる。なぜ染めているかは不明である。

「・・・あ、は、はい。」

ちょっとどもって返事をするシンジ。・・・どうやら、リツコは少々苦手のよ
うである。

「・・・シンジ。アンタ、リツコの言ってる意味ホントに分かってんでしょ〜
ね?」

どことなく不機嫌そうに、アスカがシンジに確認する。シンジは慎重に言葉を
選びつつ答える。

「・・・要するに・・・緊急の時には・・・その・・・僕が先行して戻る、っ
てこと・・・だよね?」
「・・・そ〜よ。分かってんじゃない一応。」

ほっとしかけるシンジを遮るように、アスカは強い口調で付け加える。

「ただし!それはあくまでも『どうしようもない時』だけなんだからね!アン
タ一人でいいとこ持ってくなんて、許さないわよ!!」
「・・・う、うん・・・わかってる・・・」

突きつけられた指に目を寄せつつ、シンジは頷いた。・・・「いいとこだけ持
って行く」つもりなぞさらさら無かったのだが、それを言ったら後で何をされ
るか分かったもんではない。

「・・・相変わらずだなぁ、アスカは。」
「強気が身上だから、あの子。」

シンジ達の席の通路を挟んで隣で、ネルフ諜報部所属・加持リョウジは好意的
な笑みを含ませて言った。その隣では、ミサトが同種の笑みを浮かべている。

「・・・それにしても、葛城。本当に大丈夫なのか?パイロットが全員と作戦
部長、更には技術部の責任者まで慰安旅行に来ちまって?」
「私に言わないでよ、そういう命令なんだから。・・・それはそれとして、何
でアンタまでここにいるのよ?」
「暇だったからさ。・・・それに葛城と一緒にスキーが出来るんだ、逃す手は
ない。」
「ばっ、バカっ。何言ってるのよっ。」

真っ赤になりつつ、それでもシンジ達には聞こえないように、小声で食って掛
かるミサト。

それに余裕の笑みのみで答えながら、リョウジは思案を巡らせていた。

(・・・さてさて、司令は一体何を考えてらっしゃるのやら。まさか本当に、
葛城達を労ってやるってだけじゃあないんでしょう?)

一方、シンジは未だアスカの攻撃を受けていた。

「・・・あたしは天才なんだから、アンタはあたしの言う通りにしてればいい
のよ。そうすれば、何でもうまく行くんだから。」
(・・・そりゃあ、確かにアスカはもう大学まで出ちゃってるけど・・・)
「大体、アンタはバカでドジで鈍いんだから、任せてなんかおけないわよ。ア
ンタがドジったら、後始末はあたしがするんですからね。分かってんの?」
(・・・アスカが後始末なんて、一度もした事無いじゃないか。家でだって戦
闘だって・・・)
「それにアンタは内罰的だから、ほっといたらどんどん悪い方へばっかり行っ
ちゃうじゃないの。危なっかしくて、一人になんてしておけないわよ。」
(・・・そうかなぁ・・・僕ってそんなに信用出来ないかなぁ・・・)
「それでアンタに何かあったら・・・」
(・・・僕に何かあったら、って・・・)
「・・・・・・あ。」
「・・・・・・え?」

自分が何を言ったかに気が付き、顔が赤くなるアスカ。アスカの台詞の意味が
分からず、きょとんとするシンジ。

「・・・っち、違う!そうじゃなくて・・・そ、そう!アンタがいないと、晩
ご飯作る奴がいなくなっちゃうでしょ!?べ、別にアンタが怪我したらどうし
ようとか、また行方不明になったら心配だとか、そ、そんな事はちっとも思っ
てないんだから!いいわね!?そうなのよ!!わかった!?」
「・・・え、あ・・・うん。」

アスカは耳まで真っ赤になりながら、速射砲のように台詞を吐き出す。その分
思慮が回らず、かなり自爆度の高い内容になっているのだが・・・言ってる本
人も言われている側も、その事には全然気が付いてないようであった。もっと
も、大人組は笑いを堪えるのに一苦労していたが。

『・・・アラアラ、あすかチャンタラ・・・相変ワラズ意地ッ張リネェ。ソコ
ガマタ、カワイインダケド。』

突然、シンジの脳裏に響く、澄んだ女性の声。だがシンジは全く慌てる事なく、
言葉に出さずに返事をする。

(・・・可愛い?アスカが?意地っ張りだって言うのは、そうだと思うけど・・・)
『ナァ〜ニ言ッテンノヨ頭脳体。《心配シテナイ》ッテ意地張ッテルンダカラ、
ホントハ頭脳体ノ事ガ心配ナノヨ。可愛イジャナイノ。』
(・・・・・・そーなの?)
『ソ〜ヨ、決マッテルジャナイ。頭脳体モソロソロ、コーユー《ビミョ〜ナお
とめごころ》ヲ理解シタ方ガイ〜ワヨォ?』
(・・・そーかなぁ・・・そーなのかなぁ・・・なんか信じられないんだけど・・・)

シンジを頭脳体と呼ぶ《声》の主は、全く姿を見せる気配が無い。だがシンジ
は、それに全く頓着する様子が無かった。まるでそれが、当たり前の事である
かのように。

「・・・・・・こらバカシンジ!なぁ〜に又ぼけぼけ〜っとしてんのよっ!?」
「え?あ・・・うん、ごめん。」

自分から注意が逸れたと気付いたアスカが、再びシンジに食って掛かる。反射
的に謝りながら、シンジは内心ため息をついていた。

(・・・そうなんだよなぁ・・・僕以外には、この《声》聞こえないんだよな。)
「そもそもこのあたしが、こうやって話し相手になってやってるんだから、も
っとうれしそうな顔しなさいよ・・・って、こらっ!言ってるそばからボケッ
としないっ!大体アンタはバカでドジで鈍いんだから・・・」
『・・・アラアラァ?あすかチャンタラ、何ダカ話ガ戻ッテナァイ?』
(・・・・・・誰のせいだよぉ・・・・・・)

嘆息するシンジ、怒りつつも何処か楽しそうなアスカ、自分の世界に逝っちゃ
ったまま帰ってこないレイ、そんな子供達を笑いながら見守るミサト、リツコ、
リョウジ。そしてシンジの心にだけ語りかける謎の《声》。

この6人+αを乗せ、弾丸リニアが向かうは新青森。

復活した青函連絡船で賑わう、港町である。


          ◇          ◇          ◇


「・・・ふ〜ん、これが《れんらくせん》とかゆ〜もん?随分とみすぼらしい
のねぇ。」
青函連絡船乗船場。

第七艦隊で来日した惣流・アスカ・ラングレー嬢の、新生青函連絡船を見た第
一声である。

そしてアスカは、自分と同じ戦闘空母に乗った事のあるシンジに同意を求めた。
珍しくも。

「ねえ、シンジもそう思うでしょ・・・って、こらシンジ!何こそこそ先行こ
うとしてんのよっ!?」

だがそのシンジは、既に船に乗り込んでいた。その右隣は、ちゃっかりレイが
せしめていたりする。思わず青筋が立つアスカに、シンジはしどろもどろに弁
解を開始する。

「だ、だってさ・・・僕は、船とかって良く分かんないし・・・そんな真ん中
に立ってたら迷惑になると思うし・・・」
「・・・ふぅぅぅん、すると何?だからアンタは、一人でさっさと行こうとし
た訳?このあたしをほっといて?」
「あ、いや、あの、その、そ、そういう訳じゃなくて・・・」
「・・・碇君は、一人じゃないわ。私がいるもの。」
「ファースト!アンタには聞いてないっ!」
「いや、その、だから、あの、つまり・・・」
「・・・あーっ!もういいわよ!さっさと部屋行くわよ、バカシンジ!!」

ずかずかと大股でタラップを登ったアスカは、やおらシンジの左手をつかむと、
引きずるように足早に歩いて行った。ちなみにシンジの右側には、相変わらず
ぴったりとレイが張り付いている。さり気なく手を握っていたりもしているの
だが、シンジもアスカも気が付いている様子はない。

「・・・仲いいわね、あの3人。」

その様子を後ろから見ていたリツコが、ポツリと呟く。それを受け、ミサトが
右肩から下げたバッグのひもを直しながら明るく言う。

「そりゃあなんてったって、保護者がいいもの。」
「・・・そうかそうか、シンジ君はそんなにしっかりしてるのか。」
「・・・・・・かぁじぃ?ど〜ゆ〜意味かしらぁ今のぉ?」

そんな会話を交わしつつ、子供達の後を追うミサト達である。

「・・・でも本当に・・・あの子達、変わったわ。」
「そうよね・・・最初の頃を思えば、本当に良く変わってくれたわ。」
「・・・ああ・・・」

言って、遠くを見る大人達。

レイは、感情と言うものが欠如した子供だった。

アスカは、自分以外の何者も認めない子供だった。

そしてシンジは、他人を恐れる子供だった。

今でも、基本的にそれは変わっていない。

だけど。

レイは、シンジにだけは笑顔を見せるようになった。

アスカは、シンジが自分には必要だと気付いた。

そしてシンジは、レイやアスカに傍にいて欲しいと思いはじめた。

子供達は、確実に変わりつつあった・・・・・・


          ◇          ◇          ◇


「・・・ち、ちょっとアスカ・・・?」

船室前まで引っ張られて来たシンジが、おずおずとアスカに話し掛ける。振り
返りもせず、ぶっきらぼうに返事をするアスカ。

「・・・・・・なによ。」
「・・・あ、あのさ・・・その・・・」
「な・に・よ!?男でしょ!?はっきりしなさいよ!」
「・・・・・・手・・・・・・」
「手?」

ようやく振り向き、自分の右手に目を向けるアスカ。更にその先には、シンジ
の左手があった。そのまま視線を上げ、シンジに言う。

「・・・手がどうかした訳?」

何でもない事のように、サラッと言うアスカである。だがその頬には、うっす
らと朱が差している。

「いや・・・だから・・・いつまで繋いでるのかな、って・・・」
「・・・・・・シンジは、嫌なの?」

シンジの瞳を覗き込むようにして、アスカが問う。少しだけ哀しそうな瞳で。

それに気が付いた訳ではないのだが・・・シンジは何故か、いつもより慌てて
答えた。

「え?・・・い、いや、別に嫌って訳じゃないけどさ・・・」
「嘘。」
「そ、そんな事ないよ!」
「・・・ホントに?」
「う、うん。」
「そ、ならいいじゃない。」

言って微笑むアスカに、シンジは思わずドキッとした。

(・・・な、何だかアスカ・・・ちょっとかわいいかも・・・)
「・・・碇君、そろそろ船が出るわ。早く荷物を、置きに行きましょ?」

そんなシンジの心情が表に出てくるよりも早く、今度はレイがシンジを引きず
って行く。必然的に、アスカもいっしょに引っ張られて行く事になる。

「・・・こらちょっとファースト!?いきなり引っ張らないでよっ!いいとこ
ろだったのにぃ・・・」
(折角シンジといっしょの旅行なのに・・・ほんっとに邪魔ね、この女。何と
かして、二人っきりになる時間を作らないと・・・)
「・・・碇君、後で甲板に出てみない?きっと、気持いいと思うの。」
(弐号機パイロット。碇君といつも一緒にいる人。・・・でも、この旅行中は
私もいっしょ・・・ずっといっしょ・・・)
「・・・あ、綾波、そんなに引っ張らないでよっ!?」
(うう・・・このままみんなのところまで引っ張られて行くのかなぁ・・・目
立つのきらいなのに・・・)

三者三様の思いをよそに、出港を知らせる汽笛が鳴る。

『・・・ン〜、相変ワラズ青春シテルワネェ。・・・サテサテ、ドンナ旅行ニ
ナルノカシラ?タッノシミダワァ〜〜〜〜〜〜。』

無責任そのものの口調でつぶやく《声》とともに、連絡船は新函館まで4時間
の旅に出た。

彼らを待ち受けるものは、果たして何か?


《つづく》

記念コメント(初号機様とシンジ君編)

シンジ:困ったなあ・・・・ アスカ:どうしたの、シンジ? シンジ:あ、何でもないよ!!僕、ちょっと自分の部屋に戻るから!! アスカ:・・・・ シンジ:はあ・・・それにしても、僕はかくしEVAシンジなんだよな・・・ 圧縮さんが言うように、頭に初号機なんて住んでないんだよ。でも、 出てきてもらわなくちゃ困るし・・・・ちょっと念じて呼び出して みようか・・・・? シンジはそう言って両目を閉じて念じた。すると・・・・ 初号機:アラアラ頭脳体、何カ用デモアルノ? シンジ:うわっ、でたっ!! 初号機:ソンナ言イ方ハナインジャナイ?冷タイワネェ〜。 シンジ:で、でも、僕はかくしEVAシンジだし・・・・ 初号機:ココデハソンナ事ハ関係ナイノヨ。何デモアリナンダカラ。 シンジ:そうなの? 初号機:ソウヨ。頭脳体モ、モット割リ切ッテ考エナイト。 シンジ:うーん・・・・ 初号機:ソレヨリ頭脳体、カクシEVAデハウマクヤッテルノ?あすかチャン ヤれいチャンを泣カセタリシテナイ? シンジ:そ、そんな事してないよ。 初号機:本当ニ?本当ノ本当ニ? シンジ:ぼ、僕ってそんなに信用ないの? 初号機:マァ・・・ハッキリ言エバソウネ。おとめごころヲワカッテナイミタ イダカラ・・・・ シンジ:僕は男だよ。そんなの分かる訳ないじゃないか。 初号機:本当ニソノ娘ノコトガ好キダッタラ、ワカッテアゲラレルハズヨ。 シンジ:・・・・・ 初号機:頭脳体モソノウチワカルワ。ダカラ今ハ二人ニヤサシクシテアゲル事 ネ。 シンジ:うん・・・・ 初号機:カクシEVAノ頭脳体ハ相談相手ガイナイミタイデ大変ダケド、頑張 ルノヨ。ジャア、私ハコレデモウ消エルカラ・・・ シンジ:あ、ありがとう・・・・ってもう消えちゃったか・・・何だか不思議 な体験だったな。メモしておこう。(爆)
記念投稿第三十弾は、プロフェッサー圧縮さんの小説です。とってもすばらし い作品をありがとうございました。ぱちぱちぱち・・・・ で、このお話なんですが・・・圧縮さんによると、五話まで続くそうです。お 楽しみに。でも、ほんと、いい出来ですね。私のようにささっと書いてそれで おしまいとするようなものとは違い、丁寧に作られていると思います。私もち ょっと考えさせられてしまいました。 あと、私のコメントも圧縮さんのご指定で初号機様を出してみたんですが・・・ なれないだけにへっぽこですね。お恥ずかしい限りです。あ、そうそう、この お話は設定が圧縮さんのSSのものなので、よくわからない方は、そちらを読 んでみてくださいませ。そちらもこれ以上に面白いものですからね。 私もとっても気に入ったもので、色もいつもの黒でなく、白に変更です。まあ、 それでもへぼいのに変わりはないんですが、スキーという事で・・・ 最後にもう一度、圧縮さん、ありがとうございました。続きを本当に楽しみに しておりますので、無理のない範囲で書いてくださいませ。

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