安らぎの場所
「あの子は、特別だから」
どこに行っても、そう言われた。
「12歳でもう大学に行ってるんですってね。えらいわぁ」
「まさに千人の一人の天才ね」
周りの大人たちはみんなそう言う。
でも、決してワタシにはみんな心を開かない。
おだてておいて、それでおしまい。
賞賛の奥にある嫉妬と怯えの視線を、ワタシはいつも感じている。
大人たちの世界に、ワタシの居場所はない。
「ほら、◯◯ちゃん。あなたも惣流さんところの娘さんみたいにしっかりしなきゃダメ
でしょ」
「◯◯ちゃん、アスカちゃんのお勉強の邪魔しちゃ悪いから、こっちで遊んでなさい」
・・・・そう。同年代の子供は、誰もワタシに近づかない。
ワタシが大人にちやほやされているから。
ワタシが、特別な人間だと思っているから。
同年代の世界に、ワタシの居場所はない。
一方、大学では。
「アスカちゃん、えらいねー。その歳でおれらと一緒の事を勉強するなんて」
「おれらが苦労する問題をすらすら解いちまう。さすがだよ」
20前後の大学生が、ワタシのことをそう持ち上げている。
でも、聞いてしまった。
「あのアスカってガキ。自分のことを何だと思ってるんだろうな」
「おれらのことを見下したようなあの視線。自分はおまえらとは違うんだぞ、みたいに
見やがって」
「ガキはしょせんガキだ。せいぜい、おだてておくに限るな」
「はっはっは、そりゃそうだ」
そういって、高笑い。
ワタシの居場所は、ここにもない。
この世界に、ワタシの居場所はない。
「君が、惣流・アスカ・ラングレーだね」
彼がワタシの前に現れたのは、いつのことだろう。
飄々とした風体は、いままであったどんな人とも違っていた。
ワタシを気味悪がる大人とも、ワタシを遠巻きにする同年代とも、ワタシをバカにし
きっている大学の人とも。
全く、違っていた。
どのパターンにも、彼は当てはまらなかった。
「おれはこれから、君のネルフ内でのパートナー的存在になるもんでね、加持リョウ
ジ、 っていうんだ」
「加持、リョウジ・・・・」
ワタシは、いつも大人たちに対するようにキッとその青年をにらみ付けた。
負けるものか、騙されるものか。ワタシは、一人で生きるんだ。そう思いながら。
すると、彼、加持リョウジは笑いながらワタシにこう言った。
「君は、どこか以前のおれに似てるな。そうやって他人を拒絶しようとする」
・・・・ワタシは、びっくりした。
自分の内面をぴたりと言い当てられたのは、初めてだったからだ。
「そうやって生きるのもいいが、疲れるんだよね。どこか」
「・・・・なんで、そう思うの? どこが、疲れるの?」
「心の安らぎを、人は必要としているからだよ。アスカちゃん」
「・・・・心の安らぎ?」
「自分の全てをひけらかすことのできる相手。何の警戒心も抱かずに、傍らで眠ること
のできる相手。それが、人には必要なのさ」
「・・・・ワタシにはそんなの要らない。ワタシは、一人で生きていくもの」
「ひとりは、つらいぞ。おれはそのつらさを、いま身にしみて知っているからな」
寂しそうな笑顔。遠くを見つめるその視線に、わたしははっと胸をつかれた。
なぜ、この人がいままであったどんな人とも違う気がしたのか。
それは、たぶんアタシに似ているからだ。
いまのアタシに、この人はどこか似ているからだ。
「まあ、とりあえずこれからはよろしく、アスカちゃん」
「・・・・ちゃんなんて、呼ばないで。アタシはアスカ。アスカよ」
「わかった。アスカ。よろしくな」
そう言って差し出された手を、アタシはしっかりと握りしめた。
この人なら、ワタシの事を分かってくれるかも知れない。
この人の言う心の安らぎを、わたしはこの人のもとで得られるかも知れない。
そう思ったから。
だから、ワタシは一生懸命に背伸びをしようと決意した。
加持さんにあった女性になるために。
この時から、いままで以上に背伸びをしようとし始めた・・・・。
「・・・・久しぶりに、加持さんの夢を見たな・・・・」
目が覚めたワタシは、誰に言うとでもなくそう呟いていた。
昔の夢。加持さんを見つめ続けていた、あのころの夢。
「結局、ワタシの勝手な思いこみだったけどね・・・・あれは・・・」
加持さんは、ミサトだけを見つめていたから。心の安らぎを、彼女に求めていた人だ
ったから。ワタシでは、加持さんの心を安らげる事ができないんだと、 そう気づいたか
ら。
「ふふっ・・・・あのころのワタシって、バカだったのよね・・・・」
「ん・・・・」
小さな寝言。傍らの布団で、シンジが寝返りをうった。
その向こうで、ミサトが高らかないびきをかいている。
一時はミサトを嫌ったこともあった。好きだった加持さんを、ワタシから奪っていく
女性だったから。顔も見たくないと思った時期もあった。
でも、いまは違う。
もう、加持さんはワタシの中にいない。心の安らぎを求める人じゃない。
だって。
「だって、ワタシには、シンジがいるから・・・・」
そう、シンジがいるから・・・・。
ワタシは、シンジの寝顔を改めて見つめてみた。
赤ん坊のような寝顔。母親のもとで、何の警戒心も持たずに眠る赤ん坊のような、シ
ンジの寝顔。
ワタシが側にいるから? そう思ってもいい?
心の内で、ワタシはシンジに問いかけてみる。
答えは返ってこないが、それでもよかった。
わたしは、シンジが側にいれば心が安らぐ。加持さんが言っていたように、シンジが
側にいれば、ワタシは安心して眠りにつくことができる。
昔とは違って。
そう、いまは、安心して眠ることができる。
あの病院に入っていた頃のように、何かにおびえながら眠ることは、アタシにはもう
ない。誰にも必要にされないんじゃないかと、怖がりながら眠ることはもうない。
シンジがいてくれるから。シンジの優しさに、あたしは心の安らぎの場を見つけたか
ら。
「シンジ・・・・だから、ワタシはシンジが、好き・・・・」
ワタシはシンジの寝顔にそう呟くと、再び枕に頭を預けた。
「今度は、シンジの夢を見るわね・・・・おやすみ・・・・」
ゆっくりと瞳を閉じた。
暗闇が、ワタシの視界を覆った。
<了>
記念コメント(厭世アスカまるしー高原さん編)
アスカ:・・・・・
シンジ:・・・アスカ?
アスカ:・・・・全て偽りよ。
シンジ:ど、どうしたの、アスカ?
アスカ:加持さんはアタシみたいな子どもは真剣に相手にしないし、ミサトは
ミサトでアタシの事を考えてるようで、実はアタシを嘲笑っているわ。
シンジ:な、何言ってんだよ?そんな事ある訳ないじゃないか。
アスカ:シンジもそうよ。自分の側で暗くされてるのが嫌だからアタシにやさ
しく見せてるだけ。アタシの身体目当ての奴よりずっとたちが悪いわ。
シンジ:どうしたんだよ、アスカ!?今日のアスカは何だかおかしいよ!!
アスカ:おかしいのはアンタ。アタシはどこもおかしくないわ・・・・
シンジ:・・・アスカ・・・・
アスカ:ヒカリもそう。委員長だから、一人ぼっちのアタシにも仕方なく接し
てるだけ。アタシは特別なんかじゃない。ヒカリに特別なのは、鈴原
のバカだけ。そして、ファーストは・・・・
レイ :あたしを呼んだ、アスカちゃん?
アスカ:呼んでないわよ。アンタは感情を持たない人形じゃない。アタシには
何の興味もないわ。アンタも無いだろうし・・・・
レイ :あたしはアスカちゃんに興味あるよ。しんちゃんにどうしてそんなに
好かれるのかとか・・・・・
アスカ:・・・・・
レイ :アスカちゃんにはマサカリももらったし、ご飯も食べさせてもらった
し、アスカちゃんはやさしいよ。
アスカ:あれはアタシじゃないわ。
レイ :ううん、アスカちゃんはアスカちゃん。みんなおんなじ。
アスカ:違うって言ってんのよ!!
レイ :ううう・・・・いぢめないで・・・・
アスカ:いじめてなんかないじゃない!!アンタもアタシをはめようとする訳!?
レイ :ううう・・・・あたしはただ、アスカちゃんを元気付けようと思った
だけなのに・・・・
アスカ:余計なお世話よ!!
シンジ:アスカ!!そういう言い方はないだろ!!綾波に謝れよ!!
アスカ:うるさいうるさいうるさい!!
シンジ:どうしてそんな事言うんだよ・・・・みんなアスカが大好きなのに・・・・
レイ :そうだよ、アスカちゃん。みんなアスカちゃんが好きなんだよ。
アスカ:・・・信じない・・・・アタシは信じない・・・・・
シンジ:どうしてそんなになっちゃったんだよ・・・・僕は・・・元気で明る
いアスカが好きだったのに・・・・・・
アスカ:・・・・・
シンジ:こんなアスカは・・・・アスカじゃないよ・・・・・
レイ :しんちゃん泣かないで・・・・あたしのしんちゃんを泣かせないでよ、
アスカちゃん!!
アスカ:・・・・こんなアタシのために・・・・涙を流してくれるの・・・?
シンジ:・・・当たり前じゃないか。僕はアスカの事を・・・・・
レイ :しんちゃん・・・・・
アスカ:・・・・ごめん、シンジ・・・・・
シンジ:・・・アスカ・・・・
アスカ:・・・・・アタシが・・・・アタシが間違ってた・・・・・
レイ :アスカちゃん・・・・・
アスカ:・・・アタシは一人じゃなかったのね。みんな、みんなアタシの事を
思ってくれてたんだ・・・・・
シンジ:そうだよ、アスカ。アスカは一人じゃないんだ。綾波もいるし、僕も
いるから・・・・・
アスカ:シンジ・・・・・
シンジ:だから、元気を出して。アスカには、みんながついてるんだから・・・・
アスカ:・・・ありがとう、シンジ・・・・アタシ、何だか頑張れそうな気が
して来た・・・・・
シンジ:そうだよ、アスカ。一緒に頑張ろうよ。
アスカ:うん・・・・・
さて、記念投稿第二十三弾は、丸山直之さん、二つ目のSSです!!
二つもいただけるなんて・・・・ページ持ちで、しかも卒論でお忙しいという
のに・・・・ありがとうございます。ぱちぱちぱち・・・・・
で、私の感想の前に、このコメントですが・・・・ごめんなさいね、丸山さん、
高原さん。思いっきりダークで手のつけようがないです。ううう・・・・しか
し、最近は書くもの書くものみんなダークで、どうしたんでしょうね、私は・・・
さて、私の感想ですが、いいですね。さすが丸山さんです。はじめは思いっき
りあれですが、最後はしっかりと締めてくれます。ダークなだけでは終わらな
いんですね。いいことです。
丸山さん、ありがとうございました。私もそのうち、そちらに投稿でもしてみ
ますよ。まあ、「逃亡」が終わったらだと思いますが。あまりあてにせずお待
ち下さいませ。では、今日のところはこの辺で。
丸山さんへのお便りはこちら:
丸山直之(f6269870@ca.aif.or.jp)
そして丸山さんのページはここ:
エデンの黄昏
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