アンドロイドシンちゃん

 それは、突然訪れた。  その日、僕は先生に呼び止められて、家に帰るのが少し遅くなっていた。アス カとミサトさんには一応電話で伝えたが、学校から直接晩御飯の買い物を済ませ て帰ることにした。 「今日は何にしようかな・・・」  そんな独り言をいいながら交差点を曲がったときにそれは訪れた。  最初は不思議と痛みはなく、俺って超能力でもあったのかな?と思うほど宙を 舞った後、激しい痛みとグシャという何かがぶちまけられたような音が聞こえた。 僕の体はおそらくゴムマリのように少し跳ねながら転がっていたのであろう、地 面や周りの壁にに赤い物が飛び散るのが分かる。多分僕の血であろうと思う。や っと落ち着いたと思ったら、女の人の悲鳴や、救急車を呼べと叫ぶ男の人の声が 聞き取れた。  一時たったときだろうか、ミサトさんとアスカの声が聞こえる。 「シンちゃん!!シンちゃん・・・」 「こらシンジ!しっかりしなさい!あんたがいなけりゃ・・・・」  ごめんと言いたかった、しかし、僕には声を出す力すら残っていなかった。顔 に何かが落ちてきた。それが涙だという事が分かった。とても温かかった。今ま で経験してきたいろんなモノよりとても温かかった。だんだん、周りの音が何も 聞こえなくなってきた。そして、闇が訪れた・・・ 「ごめん、おまたせ」 「??ミサトさん・・・」 「ミサトでいいわよ。あらためてよろしくね。碇シンジ君」 「ミサトさん、どうしたの?」 「ごめんなさい。こういうとき、どんな顔をすればいいのか分からないの」 「綾波・・・・」 「ねぇ・・・シンジ、キスしようか・・・」 「あ・・・アスカまで・・」  今までのことが走馬燈のようにあらわれては消えあらわれては消えていった。 「う・・・う・・・もう疲れたよ、パトラッシュ」  思考回路もおかしくなったらしい。ふたたび闇が訪れる。 「アスカ?ミサトさん僕はどうなったの?ねぇ・・・みんな・・・僕は・・・痛 い!目が僕の目が・・・誰?僕の目をいじくるのは誰?痛い!今度は右足!くぅ! 左足も!どうなっているんだ・・・く・・・今度は・強烈に・・・ねむくなって ・・・きた・・・」  暗闇に身をゆだねて僕は永遠に続くような眠りについた。 −ステーション・ネルフ医療室・第一日目−  ピ・・ピ・・ピ・・ピィー!! 「!!」  変な発信音がしたため、僕は目が覚めた。 「あれ?僕は・・・死ななかったのかな?」  プシュ!空気が抜けるような音がした。音がした方を見ようとしたが首が何か に固定されているらしく、見れない。 「目が覚めたのね・・・良かった・・・・」  綺麗な声だった。まるで、天使のようなそんな表現がピッタリはまる声だった。 やっぱり、僕は死んだんだな、天使が迎えに来るとは・・・ 「あなたが、眠ってからもう8年も経つわ・・」  そういって、その女の人は僕の顔をのぞき込む。とても綺麗な人だ、どことな くアスカに似ているが、こんな綺麗ではなかった。ん?8年?8年って・・・ 「??ちょっとシンジ、なにキョトンとした顔しているのよ、まさか私を忘れた 訳じゃないでしょうね・・・」  少し寂しそうな表情になる。 「ごめん・・思いだそうとしても頭の中が何か混乱して・・・」 「無理ないか・・・8年間も眠りつづけていたらね・・・私よ、惣流・アスカ・ ラングレーよ・・・忘れたの?」 「え!?」  僕は一瞬、自分の耳を疑った。アスカがこんなに綺麗になっちゃうなんて、そ れに8年間も眠っていたなんて・・・ 「それより、体の具合はどう?一応、最先端と言われる物は全部使ったつもりだ けど・・・」 「え?気分はいいよ、ただ、体が全然動かないんだ・・・さっきだってドアの方 を見ようとしたけど首が回らなかったし」 「おかしいわね・・・サイバネティックは目が覚めると同時に互換無く使えるは ずなんだけど」  そう言って、アスカはキーボードをたたきはじめる。その仕草はどことなくリ ツコさんにそっくりだ。 「そうよ、リツコさんは私の先生だもん、今呼ぶわね。それと今日はミサトも来 ているわよ」 「サイバネティック?なにそれ?それに、どうして僕の考えていることが分かる のさ?」 プシュ!ふたたび空気が抜けるような音がする。 「シンちゃん!目が覚めたのね!」  その質問を遮るようにミサトさんが入ってくるなり僕に抱きついてきた。後ろ からはリツコさんもついてきている。 「ミサトさん・・・僕はどうなっちゃったの?」  しかし、ミサトさんは僕のお腹の所で泣くばかりで何も答えてはくれなかった。 「あなたは、死んでしまったのよ」  かわりにリツコさんが答えてくれる。え?死んだ?僕が、やっぱり僕は死んだ んだ・・・じゃ、これは夢? 「現実よ」  アスカが言う。 「だから、どうして僕が考えていることが分かるの?」 「この端末はね、あなたの脳と直結しているからよ。さぁもう動くわ・・・」  じゃぁといった感じで僕は泣いているミサトさんを慰めようとミサトさんの肩 に手をやった。  チュィィィン・・・ウィィィィン・・・カシャ!  聞き慣れない音を立てて僕の手が動く。 「あれ?・・・これ・・・僕の手?」  ふたたび聞き慣れない音を立てて首を持ち上げた僕は自分の手を見て驚いて声 も出なかった。そこには、まるでエヴァンゲリオン初号機のような紫色にコーテ ィングされた手が自分の意志で動いている。気絶しそうになるぐらいのショック を受けた僕は気を失わないように精一杯だった。 「しっかりしなさい、シンジ君。あなたは生き返ったのよ」  リツコさんの言うことは耳に入らなかった。しかし、アスカがキーをたたくた びに何となく気持ちが落ち着いてきた。 「アスカ・・・何をしたの?」 「直接落ち着くように命令を出したのよ。この端末でね・・・」 「アスカ、端末を切り離してよ・・・もう大丈夫だから・・・」 「そうはいかないわ、まだ生命維持装置はこの端末からシンジに移していないも の・・・だから、我慢してね・・・」 「それじゃ、僕の考えていることをモニタするのはやめてよ。これじゃ、何も考 えられないじゃないか」 「そうねそれじゃモニタのアプリは切っておくわ」  アスカはそう言うとマウスをクリックする。  ほ・・・僕の頭の中まで詮索されたら困るよ・・・だって、僕はアスカのこと が・・・あ!そう言えば綾波は、綾波はどうしたんだろ? 「リツコさん、綾波は?綾波はどうなったの?」 「レイは、あなたの側にいるわよ」 「え?どこに?あ!綾波・・・いつの間に・・・」 「最初からここにいたわ。碇君が心配だから」 「あ・・・そう、気が付かなかった」 「碇君・・・・良かった」 「ファーストはね、あんたが目覚めるまでほとんどそこにいたのよ」  そうなのか、綾波そこまで僕のこと・・・ 「碇君、私3人目だけど、あなたのことが・・・よかった」  みるみる音を立てて赤くなっていくレイ。そんなレイを見てシンジも赤くなっ ていく。そして、 「何二人とも赤くなっているのよ、大体シンジを治したのは私なんですからね、 私、一生懸命だったのに・・・」  アスカが悲しい表情でシンジを見つめる。 「アスカ・・・分かっているよアスカ、アスカの気持ちはよく分かっているよ」 「そりゃそうよね・・・なんせ私が生き返らせたんですもの!」  パァと明るくなるアスカ。しかし、その瞳は潤んでいる。 「それはそうと、使徒はもう来ないんですか?」 「えぇそうよ、シンジ君。それと、今から言うことを真剣に聞いてちょうだい」 「はい・・・」 「ここは、第参宇宙ステーションのステーションネルフの医療室なの」 「宇宙ステーションと言うことは・・・地球はどうなったんですか?」 「サードインパクトにより地表のほとんどが失われたわ、私達は運良く助かった のマギの判断で以前から建造中だった宇宙ステーションに生き残った人たちを乗 せて新天地を求めて地球を飛び出したの」 「じゃ、父さんも無事なんですか?」 「いいえ・・・残念ながらサードインパクトの時の怪我が治らずに帰らぬ人とな ったわ・・・」 「??どうして、僕みたいにサイボーグにしなかったんですか?」 「だって、碇司令はあなたに身体を・・!」 「?身体をって・・・まさか、この身体は・・・父さんの?」 「そうよ、碇司令の身体をベースにサイバネティック技術を使って肉体と精神を 復活させたのよ」  この身体に父さんの身体が・・・僕は、目をつぶって父さんのことを思い出し た。 「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ・・・」 「人は思い出を忘れることで生きていける。だが決して忘れてはならない事もあ る・・・」 「話しは聞いた。よくやったなシンジ」 「すべては心の中だ。今はそれでいい」 「・・・・父さん・・・」  僕が感傷にひたっていると・・・ 「何、暗い顔しているのよシンジ?」 「そうよ、あなたのお父さんはあなたの身体として生きることを望んだのよ。そ して、あなたは・・・」  一番聞きたいことをミサトさんは言いかける。 「何ですか?ミサトさん僕は・・・?」 「あなたは、私達と生きていたい。どんなことがあっても生きていたいと願った のよ。そして、私達はありとあらゆる方法を使ってあなたを復活させたの。迷惑 だったかしら?」  ミサトさんがしれっとそんなことを言うのでとりあえず僕は自己問答してみる。 『僕は、生きていたかったのか?そりゃそうだ・・・こんな中途半端な気持ちの まま一生を終えたら・・・僕は、アスカや綾波になんて言えばいいんだ?それに 父さんとの問題もあったし・・・』 「またそうやって、暗くなる。生きているんだからもっと明るくならなきゃ!ね、 シンジの生還祝いにパァーッとやりましょ?」  アスカがこれ以上無いって言うぐらい明るく僕に接してくれる。 「碇君、私・・・私・・・ほんとに良かった。碇君が交通事故にあったって聞い たとき私泣いていたんだと思う。初めて泣いたはずなのに何だか初めてじゃない ような・・・そして、思い出したの。私、碇君が・・・スキだって・・きゃ!言 っちゃった言っちゃった・・・」  綾波って性格変わったんだ・・・すごく明るくなったような気がする。そうか、 綾波も変わっちゃったんだ。3人目って言ってたっけ?最後なんだよな、この綾 波は・・・??なんだ?この気持ちは・・・僕は・・・アスカが好きで、綾波も 好きなのか?僕は・・・僕は・・・ 「それじゃぁシンジ。歩いてみてよ、データとるからさ」 「ん?あぁ・・・分かったよアスカ」  僕は、力を入れて立ち上がろうとした。少しぎこちないが何とか立ち上がるこ とは出来た。次は歩くことだ。 「シンちゃん、歩くことだけ考えて」 「・・・なんか、初めてエヴァに乗る時みたいだ」 「そうね・・・似たようなもんね・・・」  アスカがそんなことを言いながらキーボードを心地よくたたく。すると、何と なくぎこちなさが無くなった様な気がした。今なら歩ける・・・そう思ったら不 思議と無意識のうちに歩いていた。 「この状況ならもう大丈夫ね・・・ほとんどの事は出来るはずよ。ベースは事故 る前までのシンジと変わらないんだから・・・」 「その端末で、何でも出来るんだ・・・僕の事なら何でも・・・」 「それは違うわ、シンジ君。この端末はあなたの生活行動を調整するためにつな がっているのよ生活行動が出来るようになったら外すわ・・・でも今は生命維持 装置がくっついているから外せないだけ、分かって頂戴」 「・・・分かりました・・・」 「あ!!そうそう!シンジ、聞きたかったことがあるんだけど・・・8年前あな たが病院に運ばれる救急車の中で言った言葉なんだけど。パトラッシュって誰?」 「え?パトラッシュ?僕そんなこと言ったっけ?」  言ったことは覚えていたが自分でも分からないのでとりあえずとぼけてみせる。 「言ったわよ、私はあなたのことなら全部覚えているんだから」 「・・・・犬だよ、犬の名前だよ・・・セカンドインパクトよりもっと前にやっ ていたアニメの台詞だよ。僕はその台詞が好きだったんだ。もし死ぬような事が あったらこれを言おうって決めていたんだ」 「そうだったの?へぇ・・・そんなアニメがあったんだ・・・」 「そうだよ、アスカは知らないの?」 「知らないわよ、そんなの!」 「ふふふ・・・・あはははははは・・・・」  急にミサトさんが笑い出した。アスカが素早く抗議する。 「どうして笑うのよ!」 「だって、あなた達見ているとなんか変わってないなぁと思って・・・はははは」  その後、笑いが絶えない病室。結局その日は歩く、走る、掴む、跳ねるのデー タをとって終わりだった。それと、僕の生還祝いのパーティーは次の日に延期す ることになった。理由は今日中に僕に打ち込まないといけないデータが大量にあ るからだそうだ。 −ステーション・第三区域・第二日目−  約束どおり生命維持装置もインプットされ、装甲板も外されて普段着を着る。 そして、僕は普通の生活に戻った、と、思えた・・・ 「シンジィ・・・ご飯まだぁ?ゴキュゴキュゴキュ・・・・」 「シンちゃん、ゴメン、もう一本取ってくれない?」  ついに、結婚することなく37歳になってしまったミサトさんは昼間だという のにビールをかっくらっている。そして、8年経ったと言うことは22歳になっ たアスカもかっくらっている。今夜は僕の生還パーティなのに・・・出来上がっ て参加するつもりかなぁ・・・僕は、ため息を一つつくと、冷蔵庫からビールを 取ってミサトさんに渡した。 「はい、ミサトさん。でも、これが最後ですよ、きりがないから。アスカもそれ でおしまいだからね・・・約束してくれないとご飯作るのやめるよ」 「分かったわよ、シンジこれでおしまいにするからご飯、はやく作ってよ」 「えぇ・・・これで終わりなの?私の楽しみってこれしかないのに・・・」 「今夜いっぱい飲めるじゃないですか、それまで我慢してください」  だだをこねる二人を何とかなだめて、キッチンに戻った僕は、とりあえずフラ イパンを熱くして卵焼きを作ることにする。卵を溶いて塩を一掴み、醤油と胡椒 を少々入れてフライパンに流し込む。そして手際よく形にすると見事にシンジ特 製の卵焼きが完成する。次は空揚げだ。ここに来たときに醤油に漬けておいた鶏 肉を一口大に切って小麦粉を付けて空揚げにする。頃合いを見て油からあげる。 香ばしい香りがキッチンを包み込む。 「懐かしいにおいだな・・・僕は生きているんだ・・・」  生きていることを確信しつつ盛りつけにかかった。サラダ(と言ってもキャベ ツを手でちぎっただけ)と空揚げと卵焼きをバランスよく盛りつけると、さっそ うとダイニングに運んだ。コードレスの炊飯ジャーはすでにセットされている。 「うわぁー!!おいしそう!さすがシンジ!コンビニの弁当とは訳が違うわ!」 「いっただきまぁーっす!」  ミサトさんは手を合わせると早速かぶりつくように食べ出す。 「いただきます!!」  負けじと、アスカもかぶりついた。 「いただきます」  少し控えめにそう言った後、食べはじめる。その様子を真剣な顔で見ているア スカ。口の中身はまだ入ったままだ。 「どうしたの?そんな顔して・・・僕の顔になんかついてる?」 「いや、何でもないの・・・ただ、大丈夫かなって」 「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だと思うよ。アスカがやってくれた 事だし・・・リツコさんも僕の身体を作ったんでしょ?」 「そうよ、リツコも結構はまって作ってたから、大丈夫よ」  物を食べながら言うミサト。 「そうよね・・・この天才アスカ様が作ったんだもの、大丈夫だよね」  そういってまた食べはじめる。  僕も、とりあえず卵焼きを食べてみることにする。何となく前より正確に味が 分かるようになったような気がする。アンドロイドだからだろうか他にも目もよ く見えるし、ニオイも前よりかぎ分けられられるような気がする。気のせいなの かな?・・・アスカに聞いてみてもいいがまた病室に戻るのは嫌だし・・・端末 をつなぐのすら不快感を覚えるからなぁ・・・ま、いいか・・・ 「ごちそうさまでした、さてシンジ、パーティーまでに残りの動作のチェックを するわよ。ゴメンだけど私の部屋に来てくれる?」 「え?アスカの部屋に?」 「そうよ、今回のデータは私の部屋で十分だわ」 「分かったよ」  そう言って、僕とアスカはアスカの部屋に行った。アスカの部屋は大型コンピ ューターが1台とそれにつながっている端末が3台ある。まさに電脳ルームと言 っても差し支えないような部屋だ。 「それじゃ、片足で立って、目をつぶって。バランス力の測定よ」  僕は回線を頭につけて言われたとおりにする。10秒後バランスを崩しだして フラフラしだす。そしてついにはたえきれずに足をつけてしまった。 「15秒ね・・・よかった、普通の範囲内ね・・・」 「より人間に近いんだ・・・」 「そうよ、アンドロイドだからって何でも出来る訳じゃないの、ちゃんと成長す るんですから自己学習機能が付いているんですからね・・・」  自慢げに言うアスカを見ていると嬉しくなった。は!そう言えば、今は二人っ きり・・・ミサトさんはテレビを見ているし・・・今しかない!こんなチャンス は滅多に無いぞ! 「ア・・アスカ・・・ちょっと、いいかな?」 「なによ、シンジ」  じっと見つめるアスカ。見つめられると話しずらいな・・・ 「あのさ・・・僕・・・こんなになってから言うのも何だけど・・・あの」 「なによ、はっきり言いなさいよ、男でしょ?」 「アスカのことが・・・好きだったんだ・・・」 「なに、いきなりバカなこと言ってるの・・・でもシンジその言葉を待っていた の、ずっと待っていたのよ。私、ひょっとしたら弐号機の初陣の時からその言葉 を待っていたのかも知れない」 「アスカ・・・ごめん。こんなになってから言う言葉じゃないよね。だって僕は ・・・ん・」  いきなり、アスカが抱きついてキスをしてきた。少し乱暴なキスだったがその 唇はとても優しかった。唇は離したが身体をくっつけたままアスカは、 「その先は言っちゃダメ・・・私は、別に構わないのシンジがそばにいてくれれ ば、私の側にいて生きていてくれれば、それだけで十分なんだから」  そう言うと離れて、 「さぁ、シンジ力加減のデータを取るわよ」  と、言う。いつものアスカに戻ったようだ。  その後、約束の時間まで、データを取りながらアスカは今までのことを話して くれた。サードインパクトのこと。このステーションのこと。僕の身体のこと。 楽しい時間はあっと言う間に過ぎるものだ。約束の時間は向こうからやってきた。  約束の時間になったので僕たち3人はパーティーの会場に向かった。僕はミサ トさんの運転が心配だったが、ステーション内の車は全て自動制御で走行できる らしい、行き先をセットしたら後は車が勝手に走ってくれるとのことだ。 「さぁ、ついたわよ」  そこは、セカンドインパクト世代は泣いて喜ぶような居酒屋だった。車から降 りて店に入ると、リツコさん、綾波はもう来ていた。 「いらっしゃい!シンジ君」  ん?どこかで聞いた声だ。どこかで・・・ 「いやだ、忘れたの?私よ、私」  またこのパターンだ・・・誰だろう?三つ編みした髪の毛にそばかす・・・も しかして・・・ 「洞木さん?洞木さんなの?分からなかった、見違えたよ」 「お世辞がじょうずになったのね・・・あ!それと・・・」  そう言って、洞木さんは奥の部屋に入って行く。すると、 「いててててて・・こらイインチョー耳掴むな!痛いやないか!分かった分かっ た、自分で歩くっちゅうねん!」  すぐ分かった。トウジだ。この関西弁は忘れるわけがない。トウジも生きてい たんだ・・・嬉しくて涙が出てきた。あ・・・ケンスケはどうしたんだろう?ケ ンスケは・・・ 「やぁ、碇、久しぶりだな・・・」  店の奥からビデオカメラを持った背の高い男の人が現れた。かけている眼鏡が 妖しく光る。ケンスケだ。みんな生きていたんだ。涙で目の前がぼやけた。何も 見えなかったが嬉しかった。 「さぁ!パァーーーーッとやるわよ!!」  ミサトさんの鶴の一声でシンジ生還パーティー(宴会)がはじまった。 「カンパーイ!!」×8 「いやぁ・・・生き返ってほんとによかったな・・・センセ」  いきなりトウジが隣に座って話しかけてくる。1杯目だというのに既に半分出 来上がってしまっているみたいだ。 「ん!どないしたんや?そんなけったいな顔して?」 「え?そんな顔してた?」 「しとった、しとった。もう、これ以上ない、言うぐらいしとったで?」  そう言って、グイッと一気に飲み干す。タンと音とともにコップを置くと、 「ま、なんにせよ、こうやって生き帰ったんやから、そんな顔せんと飲めや!」 「分かったよ、トウジ」  トウジがなみなみと僕のコップに注がれる。僕は、 「注ぎたいときは飲みたいとき」  と言いながら今度はトウジに注いでやる。  周りもそれぞれ手酌で飲んだり、注ぎあって飲んだりしている。全く平和な時 が流れていた。  一時間ほど経った頃だろうかみんなデロデロになりつつあった。 「こら!バカシンジ!!どうして、事故ったりしたんだぁーーー!!」 「そうだぞー!!どうしてだぁーー!」  いきなり、アスカが抱きついてくる。負けじとレイも抱きついて来た。両手に 花状態のシンジ。息が酒臭い。 「ご・・・ごめん、その辺のことは、あんまり覚えてないんだ・・・」  そこだけきれいにスッポリと記憶がないのでそう答える。 「覚えてないだぁ?思い出させてあげましょうか?」  抱きついたその手をぎゅうううと締めつけてくるアスカ。顔を見ると泣いてい る。つられたのか文並も泣いている。 「いた・・・痛いよアスカ」 「おぉーお!ワシらは邪魔者やな。よっしゃ!こっからは、みんなバラバラで飲 みに行こうないか!ケンスケいくで!」  そう言うと、僕と綾波とアスカを残して、みんな出ていった。ミサトさんは最 後に「頑張ってね!」と声をかけて居なくなった。 「うっく・・・えっく・・・シンジ・・・シンジ・・・」 「碇君・・スキ・・・」  その後、泣きやんだ2人を連れて、ミサトさんに聞いていた自分の家に向かっ た。居酒屋から少し歩いたところにその家はあった。セカンドインパクト以前の スタイルで建てられたその家は、白い壁に赤い屋根のモダンでシックな造りだっ た。僕はまだぐずっているアスカをなだめながらその門の鍵を開けて、中に入っ た。表札には碇シンジと、S・A・ラングレー、綾波レイの名前がが仲良く並ん でいた。気のせいだろうと思って玄関に入ったが、玄関にあった物を見るとどう やら気のせいではなかった。赤い靴と白い靴がこれまた見事に仲良く並んでいる。 どうやら3人で暮らすという事は事実らしい。 「シンジ、ずっと待ってたんだから・・・私達、あなたと暮らす為にちょっと無 理してここに住んでいるの。やっと・・・やっと、シンジと・・・」 「碇君の為なら何でもするわ・・・絆だもの・・・と言うより、碇君がスキ」  再び抱きついてくる2人。そのまま、泣き崩れていく。見た目は22歳だが心 は何だかまだあの頃の何も変わっていないアスカと、性格が表に出るようになっ てとても前の面影が無くなった綾波と、そんな2人に好かれている僕は・・・僕 は・・・そんな平和な環境の中にどっぷりと浸かっていた。  それから、3年後・・・・人間が住める環境が全てそろった惑星に到着したス テーションは次第に惑星への移住をはじめた。その惑星はとても心地良い風が僕 の心を平和にしてくれた。そして僕は、みんなの前から姿を消した。実際には活 動限界が近いからだろう。みんなが元気に過ごしているのを確認して安心した僕 は、もうみんなの前には居なくても良いのかもしれないと思った。自分で決めた んだ。もう、心残りも何もない。どこか遠くで静かに活動を停止しよう。そう思 って、僕はみんなの前から姿を消した。置き手紙でも書いておけばよかっただろ うか・・・アスカは知っていたかも知れない。最近よく「大丈夫?」としつこく 聞いてきていた。 「はぁ・・・生命維持システムが1%をきった・・・か・・もうすぐだな・・も うすぐ、解放される。本当の意味で解放される」  そして僕は静かに目を閉じた。涙がこぼれた。僕は、まだ生きていたいのかも 知れない。しかし、もう考えると言うこともできないぐらい消耗していた。  山奥で動かなくなったシンジを最初に見つけたのはレイだった。 「碇君?碇君・・・い・・かりくん・・・?」  今にも泣き出しそうな声をシンジにかける。しかし、シンジはピクリとも動か ない。レイは意を決するとシンジを抱き上げて、麓の町におりていった。 「バカシンジ!目を開けなさいよ!!またこんな気持ちにさせるわけ?あんた、 どれだけ私に心配させたら気が済むのよ!!!」  しかし、シンジは動かない。待機モードも、維持システムも動いていないのだ から仕方ない。アスカが一番分かっているはずなのだが、悲しさを紛らわすため に怒鳴り散らしているのだ。  とある教会、レイは一人で祈りつづけていた。もちろん、シンジが生き帰るた めである。アンドロイドとしてではなく、ちゃんとした人間として生き帰るため に祈りつづけている。少し経った頃、アスカが隣に座って一緒に祈りはじめた。 そして、トウジ、ヒカリ、ケンスケ、ミサト、リツコの順で座り、皆無言で祈り つづけた。どれだけ祈っただろうか、辺りは暗くなり夜になっていた。それでも 皆、祈りつづけた。強く・・・強く・・・・すると、夜空から一筋の光りが教会 を照らし出した。その光りがステンドグラスから何色もの筋となって皆を照らし つづけた。 「僕は、みんなの心の中に居るよ・・・いつも一緒さ・・・」  シンジの声が聞こえた。みんなほぼ同時に顔を上げる。そこには、羽を羽ばた かせながら降りてくるシンジがいた。 「センセ!生き帰るんや!ワイ達にはお前が必要なんや!」 「そんなことはないよ・・・トウジには洞木さんがいる・・・ただ、僕のことは 忘れないで」 「いや・・・いやよ、シンジ!あなたがいなけりゃ私、わた・し・・・」 「アスカ、僕はいつでもアスカの側にいるよ。アスカの心の中にいるから」 「碇君、私もそっちに行く・・・」 「綾波、それだけはダメだよ。今からはみんなと生きて行くんだ。分かったね? アスカ?綾波をよろしくね」 「何勝手なこと言ってるのよ、あなたが生き帰れば済むことなのよ・・・はやく 帰ってきなさい」 「ミサトさん、ごめんなさい。でも、でも僕はあの時、死んでいるから僕の時間 はあの時のまま止まったままだから・・・ミサトさんは加持さんと仲良くやって いってください」 「知っていたのね・・」 「今の僕には、みんなの心が見えるから・・・」 「じゃぁ私達がどんな気持ちでいるか分かるのよね・・・それじゃぁ・・」 「それは、分かるけど、かなわない願いだよアスカ。もう、僕の体と脳は死んで しまっているのさ・・・」 「だめなのね・・・もう・・・」 「そうだよ、アスカ。もう、ダメなんだ・・・おっと・・・時間のようだ・・・ それじゃ、僕はこれで帰ることにするよ、居るべき所に・・・・」  そう言って、勢いよく羽を羽ばたかせると一気に空に向かって飛び立った。一 同は唖然とその光景を見ていたが、一斉に外に走り出た。 「じゃ、みんな・・・さようなら・・・・」  最後に聞こえた声だった。みんな、泣いていた。止まることもないその涙は、 次第にみんなの心を癒していった。突然、風が吹いてきた。初めてここに来たと きに感じた平和な風だった。その風に乗って一枚の羽がフワリと落ちてきた。ア スカはその羽を掴むとそっと抱きしめて、止まりかかっていた涙を再び流した。 再び風が吹いた。その風も、心を癒してくれた・・・・ 終わり
 いかがだったでしょうか?  最後の方はなんか変ですけど、こんな終わり方にしたかった!!  と言うわけで、これを書きながら泣いている。泣き虫なOHCHANです。  初めてシリアス(ちょっとギャグ入り)を書きました。本当はバリバリのギャ グ物を書くつもりだったんだけど、私のパトスが足りないんですかね・・それを 許さなかったです。そんなわけで、今度、ホームページを開設しますんで、開設 したらそっちもよろしく!
記念コメント(シンジ、死の恐怖編) シンジ:僕・・・死んじゃうんだ・・・・ アスカ:何言ってんのよ、これはお話でしょ?アンタは死なないわよ。 シンジ:ほんと!? アスカ:当たり前じゃない。そもそもアンタはすぐ物事に入り込んじゃうたち なんだから・・・・ シンジ:しょ、しょうがないだろ?僕は元々こういう性格なんだよ。 アスカ:もっとしゃきっとなさいよ。それでもアンタ・・・・ シンジ:何、アスカ? アスカ:それでもアタシの恋人なの!? シンジ:こ、こいびとぉ!? アスカ:そ、そうよ。悪い? レイ :悪いわよ。碇君が困ってるじゃない。 アスカ:あ、アンタいつのまに!? レイ :私は碇君の行くところ、どこでも現れるのよ。 アスカ:(な、なんて不気味な女なの!?) レイ :さ、碇君、こんな自分勝手な女は放っておいて、私と一緒に行きまし ょ。 シンジ:あ、綾波・・・? レイ :早く。あの人は、危険な隠し武器を持っているわ。 シンジ:隠し武器!? レイ :そう、あの恐るべきマサカ・・・ アスカ:死にさらせ!! シンジ:う、うわっ!!いきなり何すんだよ、アスカ!!危ないじゃないか!! アスカ:ちっ!!外したか。 レイ :碇君、危険よ。早く逃げましょ。 アスカ:シ〜ン〜ジ〜を〜は〜な〜せ〜ぇ〜 シンジ:な、なまはげだぁ!!はじめて見たぁ!! アスカ:誰がなまはげだぁっ!! シンジ:ぐえっ・・・・ こうしてシンジは、なまはげアスカの手によって短い命を終えた。 彼のはじめの死への不安は、あながち外れではなかったのだ・・・・
さあ、記念投稿第八弾はOHCHANさんのSSです!! いやー、なかなかの長さで、読み応え十分でしたね。ほんと、ありがとうござ います。そしておめでとう!!いやー、めでたい。ぱちぱちぱち・・・・ で、私の感想ですが、ほんと、面白かったです。よくありがちならぶこめでな く、オリジナリティーにあふれてる感じがしました。私には欠けている部分だ けに、見習わなくてはいけませんね。 また、細かい内容では、アスカもレイも素直にシンジ君にらぶらぶなのが、結 構新鮮でした。よく考えてみると、こういうシチュエーションって言うのも、 有りそうでないような気がしますね。特にかくしEVAはどろんどろんなだけ に・・・おっと、かくしEVAと比べるのは止めましょう。私が墓穴を掘るだ けです。 では、最後に一つ。OHCHANさんには、もうひとつ投稿を頂いております。 ほんと、ありがとうございます。二つもいただけて私はうれしいです。是非も うひとつの方も、読んでくださいね。

OHCHANさんへのお便りはこちら: ohchan@po.synapse.or.jp
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