かくしEVAルーム 第五部あらすじ

第百三十八話・汚された唇

碇君が帰ってきた。碇君は司令と一緒に暮らしたいって司令にお願いに行ったの。 そして無事碇君は司令と一緒に暮らせる事になったわ。良かった・・・。でも碇君 は私とあの人も一緒に行くってことを伝え忘れたようなの。私には司令を前にした 時の碇君の気持ちが良く分かるから、そのことをうっかり忘れてしまっても仕方が 無いってことを理解できる。だからそのことを非難する気持ちは全く起きないけれ ども、あの人は碇君の事を理解しようともせず碇君を非難し、罰が必要だと言うわ 。酷い人。どうにもあの人は引き下がらないから、私は碇君にキスする事にしたの 。碇君は余りキスされるのが好きじゃないみたいだけど、私はいつでも碇君にキス したい・・・。それで私の気持ちを碇君に伝える事が出来るなら・・・。

・・・ところが碇君の唇に別の人を感じた。私とした事が迂闊だった。碇君の唇を あれが汚す事になるなんて・・・。碇君の帰りをあれが待ち伏せしていて、別れ際 に碇君はキスされたようなの。碇君が帰ってきた時に元気が無かったのはそのせい だったのね・・・。絶対に許せない。私はあれのものが微塵も残らない様、碇君の 唇を私の唇でしっかり清めたの。

第百三十九話・憧れから恋へ

あの人は本当に酷い人。碇君の言葉の揚げ足を取っては碇君を責め立てる。その上 碇君が嘘をついたり人を騙したりすると言う。他の人に対しては分からないけど、 碇君は決して私に嘘をついたり、私を騙したりなんてしない。でもあの人は、そう いう信仰じみたものは碇君にとって重荷になると言う。そしてあの人は私の知らな い碇君を知っていると言う。別に私は碇君を盲目的に崇めてなんていない。・・・ ただ信じているだけ。逆に私はあの人に尋ねたいくらい。相手を信じられない関係 って何?そんな気持ちで碇君に接していてあなたは幸せなの?って。やはり前から 分かっていたことだけど、あの人に碇君を愛する資格なんて無いわ。

・・・そう思ったけどそれとこれは別。私は碇君に関する事ならどんなことでも知 りたい。だからあの人に一生懸命教えてくれるようにお願いしたの。予想はしてい たけど、やはりあの人は意地悪だから教えてくれなかったわ。いつもと違う接し方 をしてみたら分かるって言うのでそうしてみる事にしたの。それにしても碇君を好 きだから碇君の全てを知りたい、という気持ちがどうして恥ずかしいのかしら・・ ・。とても自然の事だと思うのに・・・。

それからあの人の強い意見で、私達は私達も碇君と一緒に行くってことを伝えるた めに再び司令の所へ行く事になったの。確かに早めの方が良いと私も思う。私は司 令に会うのはまだ恐いけど、碇君と一緒になるためだったら私はいくらでも強くな れる。

第百四十話・ビンタとキスは使いよう

あの人と碇君が手を繋いでいる・・・。いつもの私だったら、そんなことは許さな い。でもそれでは私の知らない碇君を知る事は出来ないと思ったから、私はじっと 我慢したの。そうしていると碇君はあの人の事を綺麗と言った・・・。私にも言っ てくれた事が無いのに・・・。あの人は、私が何もしないのをいい事に碇君に身を 寄せたわ。そして碇君はあの人を受け止めたの。・・・碇君どうして?これが私の 知らない碇君?碇君、お願いだからその人から離れて!その手を離して!!

でも私の心の叫びは結局碇君に届く事無く学校へ着いたわ。やっぱり碇君は私より あの人に心を開いている・・・。私は辛い気持ちで沈んでいると、あの人とばかり 話していた碇君が突然話し掛けてくれたの。碇君は私の事が新鮮だと言ってくれた ・・・。でもあまり嬉しくない・・・。あの人が言うには、自分の気持ちを押さえ るのではなくて、色々変化をつけた接し方をすれば、もっと楽しい人生が開けると の事。それって碇君の心が私の方に向いてくれるってこと?あの人が言うには、た まには叩いてみるのも良いって。私は叩かれると痛いから、そんなことされたくな いけど、男の人って違うのかしら・・・。ひょっとするとこれも好きって気持ちの 表現の一つなの?

確かに碇君はあの人にいつも叩かれているのに碇君の心はあの人に向いているよう に思える・・・。私の気持ちを伝えたいから私はいつでも碇君にキスしたい。碇君 を叩く事でより強くその気持ちを伝える事が出来るなら・・・。だから私は思い切 って碇君を叩くことにしたの。もちろんその後のキスも忘れずに・・・。碇君はか なり衝撃を受けたみたいだったから心配になったけど碇君は許してくれたわ。とこ ろがあの人は、碇君の軽口を聞いた途端、突然怒って思いっきり碇君を叩いたの。 碇君の頬は真っ赤に腫れ上がってしまったわ。酷い・・・。

第百四十一話・ひとつになって

あの人は碇君が悪い事をしたから叩いたと言ったわ。でも善悪なんて視点が変われ ばいくらでも変わるもの。だから碇君はあの人に、暴力で価値観を押し付けるのは 止めて欲しいと言ったの。・・・でも本当はあの人はそんなことで碇君を叩いたん じゃないのね。あの人は、私が碇君の頬にキスするのを見て、私があの人と碇君が キスしているのを見ると辛い気持ちになるのと同じような気持ちを味わっていた。 そんなあの人に碇君が不用意なことを言ったことで、あの人は碇君があの人の今の 気持ちを分かってくれていない、と感じ傷ついた。・・・そう、あの人も私と同じ なのね・・・。

碇君はあの人にキスすることで謝罪することにしたの。私のいる前で・・・。私は 碇君とあの人がキスするのは嫌。でも私は我慢することにしたの。碇君がそうした 方が良い、と考えたことだし、私はあの人のことなんて考えずに今まで来たけれど 、あの人はそうじゃなかった。碇君はあの人のそういう所が好きなのかもしれない ・・・。だから私は辛いけど、止めて欲しいけど我慢することにしたの。碇君の心 が私に向いて欲しいから・・・。

第百四十二話・不思議な三角関係

碇君とあの人がひとつになっている・・・。碇君は謝罪のためのキスだと言った。 この言葉を支えに、私は何も感じないよう私の心を凍らせようとしたの。でも駄目 。そのいつ終わるとも分からない長くて情熱的なキスに私は謝罪以上のものを感じ 、私の心は震えはじめた。我慢できなくなった私は、碇君にそのことをそっと知ら せたの。碇君は私に謝って、その優しい微笑みを私に投げ掛けてくれた。どうすれ ば良いか分からなかった私はただ碇君を見つめることしか出来なかった。きっと碇 君にはこれが精一杯なんだろう、碇君も心の中では苦しんでいるに違いない、そう 思うと私は心にまだ痛みを感じていたけど、敢えてそのままにしておくことにした の。

それから司令の所へ私達は向かった。司令は忙しいらしくて、副司令が代わりに私 達のお願いを司令に電話で伝えてくれたの。そして私達が一緒に行くことも認めら れたわ。私は司令が私に特別な感情を抱いていることを感じていたから、ひょっと すると私だけ受け入れられないのではないか、と内心不安に思っていたけれど・・ ・。これからも碇君の側に居られる、そう思うと嬉しさのあまりに思わず碇君に抱 き付いてしまったの。・・・良かった。

第百四十三話・真相、そして残る疑問

これからも一緒に居られる、その事ばかりにとらわれていた私達は肝心なことを忘 れていたわ。司令の住所を知らないって事を。葛城先生への報告も兼ねて私達は職 員室へ司令の住所を尋ねに行ったの。葛城先生は、私達が司令の許へ引っ越すこと を聞くとかなり驚いていた様ね。あの人は葛城先生の保護者としての今までのあり ようを非難し始めたわ。今は司令の住所を知ることが重要なのに・・・。

でもそのやり取りから、実は葛城先生達は今もネルフに所属していて、ある目的の ためにこの学校の職員として在籍しているって事が分かったの。その目的は機密事 項で私達に教える訳には行かないようだけど、あれもその事に関係しているみたい だったわ。私にはあれから碇君を守るという任務があるのだから、私にだけでも教 えてくれれば良いのに・・・。

第百四十四話・終わりのない道

私は赤城先生と司令との関係を知っているから、赤城先生ならきっと司令の住所を 知っているだろうと思っただけなのに・・・。私の言葉を聞いて赤城先生は怒って しまったの。私は謝ったんだけど許してくれず、司令について、愛について私がど う思っているか質問されたわ。私は私の思っていることをそのまま答えたの。司令 は私に別の人を見ていて私は単なる身代わりに過ぎなかった。でも碇君は私のこと を想い私自身を見てくれた。だから私は司令を拒み碇君を愛すると。そして私はた だ碇君を好きだから碇君を愛しているけど、赤城先生は自分を愛して欲しいから愛 しているのではないかって・・・。

碇君は何だか考え込んでしまったけど、この私の気持ち、碇君に伝わったかな。・ ・・私はただ碇君を好きだから碇君を愛している。碇君の愛があの人に向けられた としても・・・。

第百四十五話・血

私の思っていることをありのまま話すと、赤城先生はそんな事を言えるのは私の外 見が良いからで、碇君が私に優しくしてくれたのは私の外見に魅力を感じたからだ 、と言ったの。私は外見なんて気にしたことも無ければ、私の外見に魅力があるか どうかなんて考えたことも無かった。碇君はそんな人じゃない!でも確かに人間的 魅力のあるあの人に比べて、以前の何も無い私に碇君が優しくしてくれた理由はい ったい何処にあるのだろう・・・。だから私は思い切って碇君に尋ねたの・・・。 碇君は外見で判断したんじゃないと答えてくれたわ。でも碇君は、私のことをいつ の間にか気になっていた、それはどうしてだか分からない、とも言ったわ。

あの人は人を好きになる理由なんて理屈じゃないのではないか、私だったから私に 興味を持ったんじゃないのかと言ったわ。でもやっぱり今の私は以前の私と違う。 だから碇君は今はあの人に心を向けているのだろうか・・・。

そうだとすると私はちょっと寂しい。私はもう以前の私には戻れないから。でも戻 りたいとも思わない。昔の私の方が碇君を惹き付けることが出来るとしても、昔の 私は碇君を愛することは出来ないから。今の私は自分が生きていることを実感でき る。私の心を、気持ちを感じることが出来る。好きな人がいるってことがこんなに まで私に力を与えてくれるとは思わなかった・・・。だから私はこれからも頑張る の。今は碇君の心はあの人に向いているかもしれないけれど、何時かきっと碇君の 心が私に向いてくれるまで・・・。

ところが、赤城先生は碇君も私も知らなかったことを言ったわ。私が碇君のお母さ んのクローンだって。だから碇君は私に興味を持ったんじゃないかって。・・・私 は私の生まれが普通じゃないってことは前から分かっている。私が碇君のお母さん のクローンという事実も私にはどうすることも出来ない。でも生まれがどうであろ うと私は私だもの。だから私はその事実にそれほど衝撃は受けなかった。唯一心配 だったのは碇君。私には両親も兄弟もいないから、血の繋がりということが人間関 係にどういう意味があるのか分からない。でも私が碇君のお母さんのクローンだっ て言う事実は、碇君を酷く傷つけたみたい・・・。頭を抱えてうずくまってしまっ た碇君はひびの入ったガラス細工の様だった。だから私は碇君をそっと慰めてあげ よう、と思ったの。でも碇君は私の手を振り払って職員室を飛び出してしまったの 。

第百四十六話・壊れたもの、なおすもの

碇君を追ってあの人も職員室を飛び出して行った。・・・碇君。・・・どうして・ ・・。私は碇君とあの人が出ていって開いたままになっている、職員室の扉の向こ うに視線を向けたまま、ただ立ち尽くすことしか出来なかったの。葛城先生は赤城 先生を厳しく叱責している。伊吹先生が赤城先生をかばっている。でもその光景は 私の心に留まること無くただ通り過ぎていくだけだった。碇君に嫌われてしまった かもしれない・・・。その思いが私の心を凍り付かせていたの。

そんな私に葛城先生が声を掛けてくれた。碇君はちょっと混乱していただけで、私 のことを嫌いになったんじゃないって。でも葛城先生は続けておっしゃったわ。今 の碇君の行動の動機というのは、愛ではなくて、責任感と同情心からだって。そし て碇君が今求めている愛は、司令との家族愛しかないって。碇君が司令に愛されて 初めて、碇君は私達の愛を感じ、私達に愛を注ぐことが出来るようになるって・・ ・。・・・そう、碇君が私に向けていたのは愛じゃなかったの・・・。だから碇君 は前の何も無い私に優しくしてくれたの・・・。

でも、それが同情心からであっても、誰も省みることの無かった私を見てくれたの は碇君だけ。この事実は変わらない。私はそんな碇君を好きになった・・・。葛城 先生は教えてくれたの。これから私がすべき事を。私は私ってことを碇君に分かっ てもらうこと、傷ついた碇君を守ってあげること、そして碇君と司令の関係が良く なるように手助けしてあげること・・・。

碇君・・・。今度は私が碇君を救ってあげる。人を愛することの喜びを碇君が知る ことが出来るように・・・。そしてその愛が私に向いてくれたら・・・。ありがと う、葛城先生。私、碇君のことが少し理解できたような気がする。そして私がこれ からすべき事も・・・。

私の役目をあの人に取られてはならないと、私は急いで職員室を出たの。

第百四十七・百四十八話・真実は再び闇の中へ〜女の強さ・男の強さ

私は碇君の行ったと思われる方向へ碇君の姿を探したの。あの人は今頃碇君に追い ついているに違いない・・・。あの人はいったい何を碇君に言っているだろう。・ ・・私は碇君に謝らなくてはならない。私の存在が碇君を傷つける・・・。それで も尚碇君の前から姿を消すことが出来ない私の身勝手さを許してもらわなければ・ ・・。そして私は私ってことを分かってもらわないと・・・。私は焦る心を押さえ ながら、人気の無い廊下を急いだの。

碇君に廊下の曲がり角でばったり出会ったわ。私は突然のことで頭の中が真っ白に なってしまい言葉が出なくなってしまった。しばらくして私は落ち着きを取り戻し てきたので、碇君に謝ろうと思ったんだけど・・・。碇君が逆に私に謝ったの。私 に頭を下げて・・・。碇君は私がその事実を知っていながら知らない振りをしてい たのではないかと疑ってしまい、慰めようとしてくれた私の手を振り払ってしまっ た事を謝りたいって・・・。私は碇君に隠し事なんて出来ない。いえむしろ碇君に は私の全てを知って欲しいとさえ思っている。私が碇君のどんな事でも知りたいと 思っているのと同じように・・・。碇君は悪くない、ましてやこんな私に頭を下げ るなんて。私は碇君にそんなことしてもらいたくないから、碇君の体を無理矢理起 こし、謝ったの。そんな私に碇君は、私は悪くない、私は私だって言ってくれた。 しかも私のことを大事だと言ってくれた・・・。私は思わず碇君の胸に倒れ込んで しまったの。碇君・・・。碇君だけが私のことを分かっていてくれる・・・。

それから碇君は、私が碇君のお母さんの完全なクローンじゃないのではと言ったわ 。そして碇君の側にいてくれるだけで良いって。・・・でも私は例え完全なクロー ンであっても私は私だってことを認めて欲しい。それに側にいるだけの存在って、 いったい何なんだろう・・・。碇君にとってあの人は、碇君を元気付ける存在、私 は碇君に安らぎを与える存在・・・。碇君は私の長所を伸ばした方が良いって言っ たけど・・・。でもそれで碇君の心が私の方に向いてくれるのだろうか・・・。長 所を伸ばすと言うことは、それはそれで良いことだと思うけれども、それと碇君の 心が私の方に向くと言うことと必ずしも等しいとは思えない・・・。だからこそ私 は碇君を引き付けるあの人の良い点を学ぼうと思っていたのだけれど・・・。

第百四十九話・知りたくなかった真実

碇君あったかい・・・。私は余計なことを頭から追いやって、幸せな気分を味わっ ていた。でも葛城先生がやってきて、私達の間に割って入ったの。あの人は碇君に 私にキスしていいって言ったらしいの。 碇君は、人に言われてキスするなんて事は出来ないと言ったの。当然よね。大体何 の権限があってあの人はそんなこと言えるのかしら。私は抱きしめてもらうだけで 十分だと思っていたけど、その話を聞いていると段々キスして欲しくなってきたの で、お願いしたんだけど駄目だったの。残念・・・。

それから葛城先生は、今晩で最後と言うことで、ご馳走して頂けることになったの 。それから赤城先生の話が出てきて私がクローンだって言う一件の話が出てきたの 。碇君は私が完全なクローンじゃないって事を力説していたけど・・・。やっぱり 碇君はそう思いたいのかしら・・・。私は赤城先生を知っている。あの人は嘘をつ かなくてはならないことは最初から口に出さないって。だから私は碇君やあの人の ようには思えない。赤城先生の言葉はきっと99%正しいのだろう。私としては、 例え私の身体が碇君のお母さんの100%コピーであっても、私を受け入れて欲し い。私は碇君からその言葉を聞きたかった・・・。

第百五十話・傷つけたくない

私達は葛城先生の車に乗り込んだ。あの人は葛城先生の運転を恐れている。情けな い人。碇君は、私に何を食べたいか聞いてくれたの。でも私肉とか魚が苦手だから ・・・。私が考えあぐねていると、あの人が割り込んできたの。あの人は碇君にキ スしてあげるとか言ったのだけど、碇君はあまり嬉しそうな顔をしなかったの。・ ・・私は知ってるもの。碇君は無理矢理キスされたりするのは嫌い。あの人のやり 方は一方的で碇君の気持ちを考えていない。私は碇君に嫌われたくないから、碇君 が私にキスしたくなるのを待つと言ったの。葛城先生も私の意見に賛成してくれた わ。そして葛城先生があの人を諭していると、碇君があの人を庇ったの。あの人が そういう態度に出ざるを得ないのは碇君に原因があるんだって。そうすると葛城先 生は、碇君に言ったわ。どうして自分の気持ちをはっきり示さないのかって。中途 半端な気持ちで接することは、相手を傷付けても自分の気持ちを通すより悪いって 。碇君はきっとその答えを言えないだろう。少なくとも私のいる前では。そう思っ た私は自分から言ったの。碇君がそういう態度を取るのは私に気を遣ってくれてい るから・・・。私を傷つけたくないからだって。

ところが葛城先生は、私の言葉をはっきり否定した。碇君は本当にキスする気がな いんだと。そして碇君は葛城先生の言うことを認めたの・・・。そしてそれが何の 解決にもならないことも、碇君にとってもあの人にとっても良くないことも分かっ ていると。私は、先の葛城先生の私への助言が本当に信じて良いのか確信を持てず にいたけど、それが本当に正しいことを知った。

碇君は葛城先生の言うことに理解を示しながらも、あの人を傷付けるようなことは 決してしたくないと言い張り、あの人に無理矢理キスしたの・・・。碇君・・・。

第百五十一話・逃げた時の罰

葛城先生は、あの人の心が再び壊れることを恐れて、碇君はそういう行動をとって いるのではと指摘したの。あの人は、そういった碇君の行動を非難し始めたの。そ して碇君は言ったの。傷つけたくないっていうのは実は単なるその場しのぎの行動 だったと。・・・碇君はそんな自分が嫌だったって。・・・碇君。心の中で苦しん でいたのね・・・。そして私達は碇君がその場しのぎの行動に出そうになった時の 罰として、碇君にキスすることになったの。私は傍らで聞いていただけだったけれ ども、思いがけ無い展開に嬉しくなったわ。あの人もたまには良いことをするわね 。これで碇君にキスする事が出来る・・・。碇君、どんどん悪いことをして・・・ 。その時は私が心のこもったキスをしてあげるから・・・。

第百五十二話・三者三様

ようやく私達は出発したの。そして何処へいくか私が決めることになったの。・・ ・困った。はっきり言って私どんなお店があって、どんな物が食べられるのか良く 知らないもの・・・。結局みんなが案を出して私が選ぶことになったわ。あの人は イタリアン。パスタとかいう食べ物があるそう。葛城先生はラーメン屋さん。そし て碇君はおそばやさん。わたしはどれが好きと言う訳でもなかったので、碇君が喜 ぶかと思っておそばやさんを選んだの。でもあまり碇君は嬉しそうじゃない。どう して?碇君はもっと色々嗜好を持った方が自然だと言ったわ。やっぱり私って不自 然なのかしら・・・。でも碇君は一緒に色んな物を食べてみよう、と言ってくれた の。嬉しい!碇君はやっぱり優しい。葛城先生は碇君が教師に向いているのではと 言ったけど、私もそのように思う。今はまだまだ駄目かもしれないけれども、今か らでも遅くない。一生懸命色んな事を吸収して、あの人に追いつきそして追い越し て・・・。そしていつの日かきっと・・・。

第百五十三話・同じものを感じ続けたくて

やがて私達は大きな店構えのおそばやさんに着いたの。私達はお座敷に座ったわ。 私はいつもベッド以外は履き物を履いていたし、葛城先生の家でも和室は無かった から、畳に座布団というのは何だか変な感じ・・・。でも碇君って、割と古風な所 があるから、そういう所で私と静かに二人っきりで暮らすというのも良いかもしれ ない・・・。床の間には私の生けた生け花。そして私は碇君のためにお茶を点てる の・・・。どうして私はこんなこと知っているのかしら・・・。思わずまだ見ぬそ の日の事を想像していると、あの人が碇君耳打ちしている・・・。何を話している のかしら・・・。どうせあの人のことだから、碇君に無理難題を押し付けているに 違いないわ。私はお茶を飲みながらそれとなく二人の様子を観察していると、碇君 の様子が変わった。あの人は意地悪そうな顔をしている。きっと碇君に何かしたに 違いない。気に入らないわ・・・。葛城先生はお酒を飲みたいと言いだして、碇君 は少し機嫌が悪くなった。それにしても碇君は何を食べるのだろう。私が碇君を見 ていると、碇君は一緒に選ぼうと言ってくれたの。嬉しい!ところがまたあの人が 意地悪なことを言い始めた。どうしてあの人はいつもいつも嫌がらせをするのだろ う。私が碇君と一緒の物を食べたいと思っていることを知っていて、わざと私の苦 手な肉が入っているカツ丼や親子丼にしろと碇君に言う。嫌な人。それにどうして 碇君の同じ物を食べたいと言うことがいけない事なの?別に誰に強制されている訳 でもなく、自分の意志でそうしている事なのに!結局碇君は親子丼を頼む事にした の・・・。私は碇君と同じが良い。それにこれから碇君と一緒に食事する機会も増 えるだろうし、その度に私の好き嫌いで碇君に気を遣わせるのも嫌。だから私は親 子丼を頼む事にしたの・・・。葛城先生はそんな私を誉めてくれた。碇君は複雑な 表情をしていたけれど・・・。それにしても碇君は本当に親子丼を食べたかったの かしら・・・。

第百五十四話・呆れた酒飲み達

それから碇君はざるそばを追加したの。碇君は何だか決まり悪そうにしている。そ してあの人とアイコンタクトしている。どういうこと?最初に来たのは葛城先生が 注文したお酒とおつまみ。碇君もあの人もビールを一気に飲み干したわ。葛城先生 は私にも飲めと言う。碇君は私を庇ってくれたけど、私は敢えて飲む事にしたの。 碇君が飲むんだったら私だって・・・。私は思い切って一気に飲んでみたわ。・・ ・苦い。それ程美味しいと思わなかったけれども、何だか体が火照ってきて変な感 じ・・・。葛城先生は日本酒を飲んでいる。こっちはどんな味なんだろう・・・。 そこで私は日本酒も飲んでみることにしたの。碇君は慌てて止めようとしてくれた けれど、私は大丈夫。私は決めたの。何でも経験できる機会は逃さないようにする って。その透明な液はビールほど苦くなく、ほんのり甘い・・・。碇君は嗜好を持 った方が良いと言っていたけれど、ビールと日本酒だったら私は日本酒が好き。何 だか私は嬉しくなってきて日本酒を続けて飲んだの。

第百五十五話・甘い受難

葛城先生とあの人はどんどんお酒を飲んでいる。私も何だか日本酒をついつい飲ん でしまう。どうしたのかしら私・・・。自然と手が動いてしまう・・・。それにし ても碇君は元気が無い。お酒も飲んでないみたいだし。葛城先生が碇君にビールを 勧めると、碇君はそれを一気に飲んだ。碇君は結構お酒飲めるのね・・・。

仕事から帰った碇君。私は碇君にお風呂を勧めて、それから晩ご飯を一緒に食べて 、後片付けが一段落したら私は碇君にお酌をしてあげるの。そうしている内に夜も 更けてきて・・・。それからどうするのだろう。確か一緒の布団に寝るのよね。お 休みのキスをして私は碇君の胸の中で眠るの・・・。そんなことを考えつつ碇君を 見ていると、お酒で火照った体が更に火照ってくるのが分かる。・・・何なの、こ の気持ち。碇君の側に行きたい。

碇君は相変わらず元気が無いので、葛城先生がその理由を聞いている。碇君は何か 悩みがあるらしい。するとあの人が碇君はあの人のことで悩んでいると言う。・・ ・あの人は自信有り気に言うけれど私は知っているもの。それは単なる虚勢だと。 私はそんな空虚な言葉は言わない。今の碇君は寂しいに違いない。葛城先生とあの 人は、碇君を他所に二人してお酒ばかり飲んでいるし、私もうっかり日本酒に気を 取られていたから。

・・・ごめんなさい碇君。私がお酌をしてあげる。そう思った私は、碇君は寂しい んだと言ったの。葛城先生は喜んで席を譲ってくれようとしたんだけど、またして もあの人が邪魔をする。せっかく私が思い切って言って得た権利なのに、なんなの この人は。自分が格上だから許されないとか、私より碇君に愛されているからそう する資格はないとか何の根拠も無いことを言う。私は早く碇君の側へ行きたかった から、さっさとあの人との無意味な話を切り上げて碇君の所へ行こうとしたのだけ れど、あの人が掴んだ手を放さない。あの人はどうにも放しそうに無いので、仕方 なく碇君に助けを求めたの。

私は碇君があの人に注意してくれるのを期待したのだけれど、碇君は困ったような 顔をして黙り込んでしまった。あの人に気兼ねしているのね。結局、葛城先生の提 案で碇君は私とあの人の間に座ることになったの。あの人が余計だけど、取り敢え ず碇君にお酌をしてあげられるので、これで我慢することにしたわ。碇君・・・。 私がいるからもう寂しくない。私が碇君にお酌をしてあげるから・・・。そして碇 君は私の注いだお酒をどんどん飲んでくれたの。嬉しい・・・。

第百五十六・百五十七話・親子丼をめぐって〜生きる目的

私がたくわんを食べていると、私と碇君が頼んだ親子丼がやってきた。・・・いよ いよね。私は覚悟を決めて蓋を開けたの。う・・・、気持ち悪い・・・。私は碇君 が食べるのを見届けて食べることにしたの。碇君は励ましてくれたのだけど、とて もじゃないけど自分からは食べられないので、碇君に食べさせてもらったの。肉は 何だか歯ごたえがあるんだか無いんだか良く分からない感じで嫌だったけど、意外 にも私の大嫌いな血生臭さがなかったので何とか食べることができた。・・・碇君 ありがとう。私は碇君に私の心のこもったキスでお礼をしたの。碇君は嫌そうな素 振りも見せずに私を受け止めてくれたわ。良かった。そして私は再び親子丼を食べ 始めたの。

碇君は親子丼を食べ始めないのでいぶかしんで碇君を見ると、あの人が勝手に碇君 の親子丼を取り上げて食べてしまっていたの。何て人なの・・・。食べるものが無 くなってしまった碇君を心配していると、あの人の頼んだ天丼と碇君が追加したざ るそばがやって来た。碇君は親子丼を取られてしまったので、あの人の天丼を食べ ようとしたのだけれど、あの人がまた理屈に合わないことを言って、結局碇君はざ るそばを食べることになったの。碇君はつまらなそうに黙々とそばを食べている。 碇君はもっと分量のある物を食べたかったに違いない。そう思った私は私の親子丼 を碇君にあげたの。碇君はその代わりにそばをくれたの。嬉しい。分かち合うって 事はきっとこういう事を言うのね。そばはあっさりだわ。

碇君と話していると、碇君は私のことを強いと言ってくれたの。私が強いのではな くて、私の碇君への想いが私を強くするの・・・。私はそのまま碇君にその事を言 うと、碇君は考え込んでしまった。どうしたのかな。

第百五十八話・苦い血の味

加持先生がやってきたの。葛城先生が呼んだのね。私はあまりこの人と話しをした ことはないけれども、・・・葛城先生と同じく私達のことを考えていてくれている 人。碇君も時々加持先生に相談しているみたい。やはり大人の人ってのは色々経験 しているから、私達より広い視野から物事を見ることが出来るの。・・・それにし てもこのおそば美味しい・・・。

私がおそばを食べていると、あの人が碇君に何か言っている。なんだろう。そう思 っているとあの人が私に声を掛けてきたの。 私が今までどんな肉を食べてきたのかって。生肉とかユッケとかいう物を食べてき たんじゃないかという。あの人はいったい私を何だと思っているの?いくら私が今 まで社会と隔絶した生活をしてきたからと言っても、生肉を食べる訳ないじゃない の。そう言う風に偏見の目で私を見る人は今までたくさんいた。この人も同じなの ね。私はこの人と話しているのが嫌になって、適当に謝って話をさっさと切り上げ た。私の気も知らないであの人は早くそばを寄越せという。何という無神経。この 人と話しをしていると、私の心はなんだかむかむかしてくる。この感情・・・嫌悪 感?私はこの人を好きじゃない。

私が再びそばを食べ始めると、あの人と碇君が何やら話している。あ・・・、あの 人が碇君に天丼を食べさせようとしている。私の真似をしようというのね。・・・ 酷い。えびの尻尾を碇君に食べさせた。あまつさえ碇君にキスを迫っている。私は さっき碇君にキスしてしまったから、今割り込んでもあの人は碇君にキスすること を当然の権利と主張するだろう・・・。私が二人の様子を観察していると、それに 気付いたあの人があっちを向けという。私はあの人の言うことを無視して、視線を 注ぎ続けることによりささやかな抵抗を示した。碇君・・・。あの人のキスなんて 拒んで・・・。そう思ったけどやっぱり駄目。私は仕方無しに後ろを向いた。碇君 の声が聞こえる・・・。碇君・・・、キスを拒もうとしてくれている・・・。結局 碇君はあの人に無理矢理キスされたけど、私は碇君の思いやりの心が嬉しかった・ ・・。あの人は、そんな空しいキスをした後なんだか沈んでしまった。

第百五十九話・割られたコップ

あの人は何だか沈んでいる。碇君が私のためにキスを拒もうとしたから?碇君も何 だか考え込んでいる。それにしても碇君も拒むのなら、徹底して拒めば良いのに・ ・・。結局キスされてしまうんだもの・・・。複雑な心境・・・。私はお酒の回っ た頭でぼんやり考えていたの。沈黙・・・。私は沈黙は一向に気にならない。話す こともないのに無理して話すことはないと思うわ。やがて加持先生がお開きにしよ うという。碇君と加持先生は何やら話している。それ程大した事を話しているよう には思えなかったけど、どうやら秘密にしておきたいことらしい。碇君と加持先生 が笑っていると、あの人が突然コップをビールビンに投げつけた。・・・乱暴な人 ね・・・。いつもは偉そうなことを言うくせに、実際やっていることはまるで子供 じゃないの。全く始末におえない人・・・。

第百六十話・酔いと切り傷

日向先生と青葉先生が迎えに来てくれた。葛城先生と私とあの人は青葉先生の車に 乗り込んだ。葛城先生は相変わらず大騒ぎしている。あの人は黙り込んでいる。私 も特に話すことはないのでただ葛城先生の家に着くのを待つだけだった。

やがて車が到着した。碇君がやってくる。あの人に話があるのね。あの人は碇君に 謝罪の言葉なら後で聞くと言ってさっさと家の中に入ってしまった。葛城先生達は まだお酒を飲むみたい。碇君は葛城先生にビールとおつまみを頼まれている。私は 碇君のお手伝いをすることにしたの。だって今の私に出来ることとと言ったらこれ くらいしかないし、碇君と一緒に料理をするのは私の楽しみの一つだもの・・・。 ところが私はうっかり包丁で指を切ってしまった。碇君は慌てて私の傷口を吸って くれたの・・・。ちょっと今日の碇君はいつもと違う・・・。お酒のせいなの?そ れともこれが本当の碇君?

第百六十一・百六十二話・気持ちの動くままに〜恋人同士のキス

葛城先生達から解放された後、碇君は私の傷を気遣ってくれたの。やっぱり碇君は 優しい・・・。しかもお風呂の用意もしてくれて、その後ばんそうこうも貼ってく れるって・・・。やがて碇君が私にお風呂の準備が出来たことを伝えに来てくれた 。でもさっきとちょっと様子が違う。素っ気無くお風呂から上がったら教えてくれ って言うと自分の部屋に戻っていったの。あの人への謝罪のことを考えているのね ・・・。私は碇君の入れてくれたお風呂に漬かりながらも、何故か心の中がざわつ いていたの。

私は碇君を待たせると悪いと思って早めに風呂を上がり、風呂から上がったことを 碇君に伝えに碇君の部屋へ行ったの。碇君の部屋の扉をノックする。一度・・・。 二度・・・。三度・・・。・・・碇君眠ってしまったのかしら。私はそっとドアを 開けて碇君の部屋に入ったの。・・・碇君いない。私の心のざわつきがどんどん強 くなるのを感じた。多分あの人の部屋ね・・・。私は居ても立ってもいられなくな り、碇君の部屋を出たの。私はその可能性を強く感じながらも、そうでないことを 期待して台所や居間を覗いてみた。しかし現実は私の淡い期待に応えるものではな かった。私は最後にあの人の部屋の前に立った。何も聞こえない・・・。碇君は私 に風呂から上がったら伝えてくれと言った。だから私は碇君にこの事を伝えなけれ ばならない。碇君がこの部屋に居ることが確実なら、私はこの部屋を訪れる理由が ある。私は思いきってあの人の部屋をノックしたの。・・・・・・返事が無い。私 はそっとあの人の部屋の扉を開けた。碇君はいた。碇君はベッドの横に座ったまま ベッドに覆い被さるように眠っていたの。あの人の手を握ったまま・・・。

・・・碇君。・・・やっぱり私では駄目なの?この人の一体何処が碇君を引き付け るというの?私の心は悲しい気持ちで一杯になった。碇君もあの人も眠っていると は言え、この場所に私が居ることを望まないに違いない・・・。風邪をひくといけ ないので碇君にそっと毛布を掛けてあげると、私はあの人の部屋を出たの・・・。

私は葛城先生の部屋に戻り布団に入った。あの人と碇君は今二人きり。何をしよう と邪魔をするものはいない。どうしているのだろう。私はそのことを考えると良く 眠れなかった・・・。やがて加持先生が葛城先生を部屋に担ぎ込んできた。加持先 生は私に配慮してそっと葛城先生を布団に入れると静かに部屋を出ていった。葛城 先生は大いびきをかいていたけど、私は何よりも碇君とあの人のことが気にかかっ て眠れなかったの。物音は聞こえてこない・・・。やがて午前二時になった。襖の 開く音がする。そして廊下を歩く足音がそのまま碇君の部屋の方に消えていった。 それきり何も音は聞こえてこない。私はそれを確認するとようやく浅い眠りについ たの。

第百六十三話・真夜中の真実

浅い眠りから目が覚める。まだ五時前・・・。私はこれ以上眠る気にもならなかっ たので起きることにしたの。昨日の状態から予想はしていたけれども台所は酷い有 り様。私は気合いを入れて後片付けに取り掛かったの。だってあの人との違いを示 せるのはまだこれ位の事しかないもの・・・。最後に食器を洗う。このように体を 動かしていると、もやもやしていた気持ちがすっきりしてくる。

そろそろ碇君が起きてくる頃ね・・・。そう思いつつ私は昨日の事を考えていた。 昨日は昨日。今日は今日。今日という日を私にとっても碇君にとっても良いものに するためには・・・。

やがて碇君が起きてきたの。碇君は私の事を気遣ってくれて、代わってくれようと したのだけれど、私は碇君にお願いして最後までしたの。あの人と私の違いを見せ るためなんだから・・・。朝食の支度も一緒にしたかったのだけど、また我が侭を 言って碇君に心配を掛けるのもかえって良くないと思い、碇君の勧めに従って休む ことにしたの。碇君は私にお茶を入れてくれた。やっぱり碇君は優しい・・・。こ んな私の事を考えてくれるのは碇君だけ・・・。

碇君は手が空いた様子で、私とお話をしてくれたの。私は決めたの。昨日のことを そのままにはしておけないって。だから碇君に伝えたの。碇君が部屋に居なかった ことを。碇君は気付いたわ。碇君が私との約束を破ったこと。そしてあの人の部屋 に居た碇君に毛布を掛けたこのは私だってことを。

第百六十四話・喜びを表す形

碇君は私が毛布を掛けたことにお礼をいい、それから私との約束を破ったことを謝 った。いつもの私だったら、碇君の気持ちは十分伝わってくるからこれで許してあ げるのだけど、今回は思い切ってあの人と同じようにしてみることにしたの。昨日 の取り決めに従って、碇君には罰としてのキスが必要だって。碇君はかなり渋った けど、私はあたかも私が碇君を叩くような振りをして、私は気持ちを込めて碇君に キスしたの。碇君喜ばない・・・。ちょっとやりすぎたかな・・・。碇君は怒って いないと言ったけど、あの人の真似じゃなくて私らしく自然に振る舞った方が良い と言った。そんな私を碇君は好きなんだって・・・。本当の私を碇君は好き・・・ 。嬉しい・・・。私は思わず料理している碇君に抱き着く。そんな私を碇君は受け 入れてくれたの・・・。

第百六十五話・悔悟の涙

そう、自然に振る舞えばいいの・・・。そう思っていると碇君があの人を起こしに 行くと言う。・・・碇君、あの人にキスされる。・・・それは嫌。そう思った私は その役を買って出たの。案の定あの人はいきなり私にキスしてきた。あの人とキス なんてしたくないけど、碇君とあの人がキスすることを考えるとこれくらい我慢で きる・・・。

あの人は、私にもう少し気を遣えと言う。でも私は碇君の事であの人に遠慮なんて したくない。はっきりあの人にそう伝えると、あの人も碇君の事に関しては今後一 切遠慮しないと言ったわ。望む所よ・・・。あの人は私に気を遣っていると言う口 実で、私の居ない所で碇君に無理を言っているんだもの。

あの人は碇君にキスを迫ったの。あの人また昨日と同じ事をしようとしている・・ ・。でも碇君は分かっていた。だから碇君はあの人を抱きしめると、キスはせずに 諭したの。碇君の言葉はあの人への思い遣りに満ちていた。私はそんな碇君を好ま しく思って二人を見守っていたの。

第百六十六話・毎朝の日課

・・・碇君のお手伝いは私の役目。私は取り敢えず何もすることはなかったけれど も、あの人と同じようにテーブルで待つのは嫌だったので碇君の隣で所在無げにし ていたの。すると碇君は私に葛城先生を起こしてくるよう言った。・・・あの人と 碇君を二人きりにするのは心配だけど、私は碇君に言われた通り葛城先生を起こし に行ったの。確かにこの朝食がここでの最後の食事になるのだから、葛城先生と一 緒の方が良いと思うし・・・。私は短時間でしかも効果的に目を覚ます方法を実行 したわ。それはまず周囲を明るくすること。私は部屋の電気を点け、カーテンを全 開にしたわ。そして窓を開け新鮮な空気を部屋の中に入れたの。そして葛城先生に 言ったの。早く起きてくれって。私は碇君がいつも葛城先生を起こすのに苦労して いるのを知っていたから、中々起きてくれないのじゃないかと思ったけど、意外に も葛城先生はすぐに起きてくれたの。良かった。

私は急いで台所へ戻ると・・・。今まさに碇君とあの人がキスしようとしていた。 私は大きな声で碇君を止めたの。碇君は気まずそうに紅茶を入れ直しに行った。私 はそのまま碇君について行ったの。碇君は私の目を避けている。碇君・・・悪いこ とをしたのね。こういう時に効果的な方法・・・。そう、あの人が言っていたアメ と鞭ね。私は罰として碇君のお尻をつねったの。でも私は怒っていないことを示す ために碇君の頬にキスしたの。これで完璧・・・。

第百六十七話・キスを重ねて

あの人は私のしたことを非難した。碇君と結ばれたいからそうしたのだ、と私が言 うと、あの人は碇君はそう言うのは嫌いだって言うの。そしてそういう事を繰り返 していると碇君に嫌われてしまうって・・・。そしてあの人は碇君は愛のあるキス を求めているのであって、私のキスには愛がこもっていないって・・・。愛のある キス・・・。私はキスに限らずいつも碇君に私の気持ちを込めて接している。そし て碇君は色々な形でそれに応えてくれていると思っていたけど・・・。碇君の私へ のキスには愛がこもっていないの?私が考え込んでいると、碇君は言った。碇君に は愛が足りないんだって。そして碇君の心には穴が空いていて、注がれた愛もすべ て流れ出してしまい、愛で満たされることがないんだって・・・。

私はその碇君の言葉を聞いて理解したの。昨日葛城先生が言っていたことように、 今の碇君に必要なのは親の愛だと。それが碇君に注がれて初めて碇君の心の穴は塞 がれる。そして私にも同情心じゃなくて、愛で応えてくれるようになれるって。あ の人は愛のあるキスを繰り返せば、少しずつその穴は塞がっていくのではないかと 言っているけど、それは違う。私はそう確信したから、その言葉にそれほど動かさ れなかった。でも私はあの人と私の違いも嫌というほど感じたの。碇君は私とこん な話は決してしない。私に色々教えてくれこそすれ、私に碇君自身のことで相談す ることなんて決して無い。碇君は今あの人に心を開いて、あの人を頼っている・・ ・。そこが私とあの人の違い・・・。それは私がまだ物事をよく知らないから・・ ・?でも知らなくても一緒に考えることは出来るのに・・・。そして一緒に成長す ることが出来れば・・・。

第百六十八話・考えすぎは身体に毒

碇君は私達を席に着かせ朝食を食べ始めた。沈黙・・・。私は再びさっきのことに ついて考え始めたの。

人は誰でも自分の存在に、そして他人に不安を抱いている。親は人が最初に出会う 他人。その親の無償の愛は、その不安を和らげ人の心に盤石の基礎を与える。そう して初めて他の人にも優しく出来るし愛を注ぐことも出来るようになる・・・。そ の基礎が不安定である限り、本当に他の人を愛することなんて出来ない・・・。

それでは親のいない私は?私は最初は碇司令にその無償の愛を感じていた・・・。 しかしそれは違った。それでは碇君は?碇君は何も無い私に優しくしてくれた。同 情心から私を優しくしてくれた・・・。同情心・・・それは愛じゃない・・・。相 手を好きじゃなくても同情は出来る。でも愛じゃなくても無償であることには代わ り無い・・・。男と女の愛情。それは有償の愛。一方的な愛じゃない。お互いに相 手を思い遣ること・・・。どうして思い遣るの?それは相手が好きだから。私の碇 君に対する気持ちは何?私は碇君とずっと一緒にいたいと思っている。それは何故 ?それは碇君を好きだから。どうして私は碇君を好きなの?何も無い私を唯一見て くれた人だから。同情心でも私を見てくれた人は碇君だけだったから・・・。みん な私を避けるのに、唯一近づいてきてくれたのは碇君だけだったから・・・。私の ことを本当に考え、気遣い、優しくしてくれたのは碇君だけだったから・・・・・ ・。そして今でも私のことを考えてくれている・・・。

第百六十九・百七十話・現れなかった彼女〜本当の優しさ

私は延々と考え込んでいると、みんなが迎えに来た。洞木さん、鈴原君、相田君・ ・・?あれがいない・・・。どうして?あの人と鈴原君、相田君が何やら遣り合っ ている。私にとってはどうでもよいことなので、あれが今朝姿を見せなかったこと について考えていたの。私達は今日司令の家に引越す。あれは昨日碇君を待ち伏せ て碇君にキスをした。顔を合わせ辛いから?・・・違う。あれのいつもの行動パタ ーンだったら、白々しく碇君に声を掛けてくるだろう。それでは何?分からない・ ・・。でも何かあるような気がする・・・。

私があれがいないことについて口にすると、碇君もその事について考え始めたの。 するとあの人はそんな碇君にまたあの人の考えを押し付け始めた。洞木さんと鈴原 君のやり取りを見て碇君に嫌味を言っている。あの人は碇君のことを考えずにいつ も無理難題を押し付けて求めてばっかり。碇君は優しいから、あの人を傷付けたく ない、あの人の望むことには出来るだけ応えてあげたい、といつも頑張っている。 あの人に何か言われるたびに、碇君は心の中で苦しんでいる。あの人にストレスを 与えられ続けている。私は端で見ていて碇君の気持ちが良く分かる。そして今回も そう。あの人に碇君と鈴原君を比べて守り切れていないと言われた碇君は考え込ん でしまった。碇君はあの人に言われてきっと自分に非がある、と考え自分を責めて いるに違いない。碇君はあの人の言うことを過剰に信用するところがあるから・・ ・。でも私から見れば必ずしもあの人の言うことが正しいとは思わない。私はあの 人の態度に我慢ならなかったのであの人に言ったの。碇君の本当の優しさに触れる ことが出来た人なのに、いつも求めてばっかりで最低だって。碇君を愛する資格な んて無いって。

私の言葉を聞いてあの人はうな垂れてしまった。そして碇君は私にありがとうと言 ってくれたの・・・。やっぱり碇君は自分に自信を無くしていたのね・・・。私は 今の優しい碇君が好き。だから碇君・・・、今の優しい碇君のままでいて・・・。

第百七十一話・自分を認めること

私と碇君は二人で歩いている。あの人は私達の後ろを歩いている。碇君はため息を 吐いた。碇君の様子がおかしいので私は碇君に尋ねたの。でも碇君は何でもないと 言ったわ。・・・碇君は私に心を開いてはくれなかった。・・・やっぱりあの人の ことを心配しているのね・・・。そして碇君は私に謝るとあの人の所へ向かった・ ・・。私は悲しい気持ちで碇君とあの人の様子を見ていたの。

碇君とあの人との間でしばらくやり取りがあったけど、あの人は碇君を置いて再び 歩き始めたの。立ち尽くしている碇君・・・。私は碇君が可哀相になって碇君を慰 めてあげようと思ったの。後ろから碇君に抱き付いて・・・。碇君・・・。私じゃ だめなの?私は碇君のことをあの人よりも強く愛せる。だから碇君・・・私のこと を見て・・・。あの人じゃなくて私のことを・・・。碇君お願い・・・。

でも私の言葉は碇君には届かなかった・・・。碇君は今の自分自身を認めることが 出来ない、そして今のあの人も同じだから、私と同じようにあの人を助けると言っ たの。碇君は、私の好きな碇君のままでいるからと言って、あの人に向かった・・ ・。碇君・・・。

第百七十二話・お互いの色に染めて

碇君は再びあの人のところへ向かった。あの人と碇君の会話が漏れ聞こえてくる。 ・・・碇君は私じゃなくてあの人を必要としている・・・。私はその事実に改めて 衝撃を受けた。あの人は碇君をあの人好みに変えようとした。私は碇君に今の優し い碇君のままでいることを望んだ。碇君は今の自分に満足していない、碇君の理想 とする姿に自分を変えたいと願っている。そしてその理想像はあの人の求める姿と 一致していた・・・。だから碇君は私じゃなくて、自分の理想の姿に変えてようと してくれるあの人を必要としている・・・。私は今までなぜ碇君の心が、あの人に 向くのか分からなかった。今ようやく分かった。・・・でも碇君、それはあの人を 愛しているからではなくて、あの人と碇君の利害が一致しだだけではないの・・・ 。あの人はその事に気付いていて、碇君にも碇君の望む姿にあの人を変えるよう要 求したの。そう、お互いがお互いを必要とする関係に持っていくために・・・。そ して碇君は了承したわ・・・。あの人との関係を元に戻すために・・・。あの人は 元気を取り戻して、嬉しそうに碇君が私よりあの人の方が好きだと言って私の知ら ないキスをあの人としたことを言っているのが聞こえた・・・。

私、薄々そうじゃないかと感じていた。でも改めてこうやってそれが真実だったこ とをはっきり知らされると、やっぱり辛い。こういう時、私は心を凍らせるの・・ ・。そう、冷たいけど痛みを感じないように・・・。昔の私がそうだったように・ ・・。碇君・・・。

第百七十三話・失踪

私は、こういう時いつも自分に言い聞かせる。重要なのは過去じゃなくて今、そし て未来。碇君が私じゃなくてあの人の方をより必要としている事は分かった・・・ 。でもそれはあの人が碇君の望むものを持っているから。それは愛じゃなくて憧れ 。碇君は本当の私を好きだと言ってくれた。私らしい私を好きだと言ってくれた。 私の長所を伸ばした方が良いと言ってくれた。私は碇君のこの言葉を信じる。だか ら私の今出来る事・・・。理科の授業だったけど、赤城先生はまだこない。少しの 時間も惜しいので、私は碇君の料理の本を開いたの。

そうしていると碇君が声を掛けてきた。碇君はこの本を私にくれた。私の料理が上 手になればって・・・。私が料理が上手になるのは碇君の喜び・・・。私は碇君に お礼を言ったの。すると碇君は私の言葉を綺麗だと言った・・・。偽りの言葉も少 しは言える方が人間らしいけど、あの人の真似をする事はないって。碇君・・・。 私は・・・碇君の好きな私らしさを大事にしたいと思っている・・・。でも碇君や あの人のようになりたいと願っている。・・・たとえ私の言葉が汚れたとしても。

碇君は話題を変えて、私の見ていた料理について尋ねてきたの。私はハンパーグの 作り方を見ていた。料理の分野で私の苦手な分野・・・。それは肉・魚料理。私は 前から何とかしなくては、と考えていた。碇君と一緒に料理したり、料理について 色々お話したり、一緒にお買い物に行ったり・・・。それはあの人に邪魔される事 の無い、そしてあの人は味わう事の出来ない私の楽しみ。そして碇君に私の作った ものを食べてもらうのは私の喜び。でも碇君は私の事を気遣って肉料理の話はあま りしなかったし、肉料理の時は碇君が一人でしていた。私はそれをとても寂しく感 じていたから・・・。もちろん私は碇君のために鶏空揚げくらいは作れるようにな っていたけど・・・。だって、碇君・・・私の作った空揚げとても美味しそうに食 べるんだもの・・・。だからもっともっと色んな物を作れるようになって、碇君に 食べてもらいたいの・・・。あの人には決して真似する事の出来ない美味しい食べ 物をたくさん作って碇君に喜んでもらいたい。そうしている内に碇君はきっと私無 しではいられなくなる。そうなって欲しい・・・。私は碇君にしっかり私の事を強 調しておいたの。折りに触れそうしていないと何だか碇君が私の元からはなれてい ってしまいそうな気がするから・・・。

碇君とそんな話をしていると、伊吹先生が教室にやってきて、理科の授業が自習に なった事を告げたの。そして碇君と私、そしてあの人を職員室に呼んだの。伊吹先 生はかなり衝撃を受けていたみたい・・・。そして赤城先生が失踪した事を教えら れたわ。

第百七十四話・大人と子供

職員室には、葛城先生、青葉先生、日向先生がいた。先生達は、当面の方針につい て話し合っている。私達がこの場にいてもあまり意味はないような気がしたけれど も、私達にも今後関係が出てくる可能性がある以上、事態を把握しておいてもらい たいと言う考えなのだろう。何かあったら連絡してくれ、と葛城先生に言われた後 、私達は職員室を出たの。

赤城先生・・・。昨日の出来事と関係があるの?あれも今日姿を見せなかった。そ の事ともリンクしているのかしら・・・。でも私は全くと言って良いほどその関連 性を見出す事が出来なかった。分からない・・・。結局私達は、何かあったら報告 する事くらいしか出来ないわね。私がそう思っていると、あの人は大人扱いして欲 しいとか、身体は大人なのに、とか言い始めた。・・・また何を碇君に言うつもり なの。私が注意して聞いていると、あの人は碇君の子供も作れるとか言い出した。 ・・・私はちょっと想像してみた。碇君と私。そして碇君と私の子供・・・。碇君 と私の愛の結晶・・・。碇君の子供が欲しい・・・。私はそう思ったのでそう言う と、あの人は私はまだお子様だからだめだと言う。そんなこと無いのに・・・。私 は誤解されてはいけないので、しっかりあの人にも碇君にも言っておいたの。私の 身体はもう大人だって・・・。

第百七十五話・歪んだ形

教室に戻ると、相田君が碇君に私達が呼ばれた理由について尋ねたの。碇君は話し て良いのかどうか判断に迷ったのか、私に相談してくれたの。私は赤城先生が居な くなったと言うことは事実なのだから、別に話して良いのではないかと言ったの。 すると相田君は驚き、碇君は慌ててそれ程驚くことじゃないと相田君をなだめたの ・・・。私は碇君が私に相談してくれたことが嬉しかったけど、でもその後の碇君 の様子が変・・・。どうしたの・・・。私が心配して碇君を覗き込んだ。でも碇君 は私のことなど目に入らない様子で、何か考え込んでいる。私変なこと言ったかし ら・・・。赤城先生がいなくなったと言う事実は、碇君が相田君に言ったように簡 単なことじゃないけど、碇君は相田君に不安を与えたくないからそう言ったんでし ょ・・・。それは真実を突いていなくても、思い遣りのある行動だと思うけど・・ ・。でも私は碇君がこの事について考えているのかどうか確信が持てなかったので 、碇君を見守ることしか出来なかったの。

そうしているといきなりあの人がやってきて碇君を叩いたの。相変わらず乱暴な人 ね・・・。あの人に色々言われて、碇君は自分の悪いところについて考えていたの だと。そして赤城先生のことを心配してしかるべきなのに自分のことを考えている 自分勝手な自分を責めていたのだって・・・。そしてあの人は碇君を励ましたの。 いざっていうときは必ず本気の優しさをみせてくれているんだから碇君は自分勝手 じゃないって。

私は・・・。私は碇君のことが心配だった。それはあの人と同じ。でも私は碇君を 心配に思いながらも碇君を見つめることしか出来なかった・・・。あの人は違う。 やり方は乱暴だけど、碇君の心に呼びかけ、碇君の考えていることを知ろうとし、 そして碇君の心が軽くなるよう、あの人なりの言葉を碇君に掛けてあげた・・・。 今の私はそういう点であの人には敵わない。でも・・・。私も碇君の悩みや苦しみ を共有して碇君の心の負担を軽くしてあげたい・・・。私のことを分かってくれる 碇君のように、私も碇君のことを分かってあげたい・・・。そして碇君はあの人が いなくなった後、呟くように言ったの。普段に本気で誰かを想えるようになりたい って・・・。碇君・・・。碇君がそうなれるよう、私は碇君の力になりたい。私は どうすれば・・・。

第百七十六話・綾波の使命、綾波の価値

お昼休憩になった。相田君は、いつも購買部でお昼御飯を買っている。その事につ いて相田君が嘆いていると、鈴原君が相田君も彼女を作ったらいいと言い始めた。 あの人がその話を耳にして、碇君に他の女の人に気をつけろと言っている。私が碇 君を常に守るから大丈夫だとあの人に言うと、あの人は私に守れていないと言う。 確かに・・・。私は私なりに出来る限りの事をしているつもりでいる。でも現実は ・・・。あの人が指摘するようにあれから碇君の唇を守ることが出来なかった。あ の人が碇君に色々していることも知っているけど、それらにすべて割り込んでいる 訳でもない。・・・もちろんその気になれば私はそれらをすべて防ぐ自信がある。 昔の何も感じない私に戻って、誰が何と言おうと常に碇君の側にいてボディーガー ド役に徹し、碇君に近づく全てのものを排除すればいいのだから。・・・でも私に は出来ない。私は碇君が好きだから・・・。こんな私に仲良くしてくれるみんなが 大切だから・・・。そんなことをしたらきっと碇君やみんなに嫌われてしまうだろ う。私にはそうなることが堪えられない。

私は私が碇君に何らかの感情を持っている以上、碇君を守り切れないことは分かっ ていた。碇君を守る・・・。その任務を遂行するにはあの人の力も借りた方が確実 であると考え、私はあの人にもその役目の一部を委ねたの。ただし、あの人でも碇 君を守ることが出来ない状況。そして唯一私だけがその状況でも碇君を守れる場合 を除いて・・・。それは私だけ許された使命であり、私の存在価値なのだから・・ ・。

第百七十七話・トウジと大きな弁当箱

鈴原君は、私達が話している間、相田君に相応しい彼女のことについて考えていた ようで、あれがいいんじゃないかって言ったの。あの人と鈴原君は意見が一致した ようで、そのことで話が盛り上がっている。碇君は洞木さんを気にしている。私は 碇君の視線につられて洞木さんの方に目をやった。・・・洞木さん、嫌なのね。今 の鈴原君が・・・。洞木さんは話の輪から外れて、机の準備を始めた。碇君もつら れるようにそれを手伝いに行く。私も碇君のお手伝いをしている方が良かったので 碇君についていったの。

準備が出来て相田君を除いてみんな席についた。碇君がサンドイッチを広げると鈴 原君がそれを見ていつもの通り欲しがったの。私にはそんな鈴原君を洞木さんが良 く思っていないことが感じられたので、どうなるかと心配したのだけど・・・。鈴 原君は洞木さんを、みんなを大切に思っているのね・・・。鈴原君は洞木さんに叱 責されて、いつもの鈴原君らしさを取り戻した。形は違っても、私も碇君とあんな 関係になれたら・・・。

第百七十八話・勉強の秘密

相田君が戻ってきた。碇君は相田君にサンドイッチを勧める。相田君は碇君のサン ドイッチを食べ始めた。碇君は相田君が食べるのを見ているだけで、サンドイッチ を手に取ろうとしない。あの人は碇君がサンドイッチを手に取らないのを気にして 、碇君に食べるよう促している。・・・碇君はこのサンドイッチに自信が無いみた い・・・。きっと不本意なものを作ってしまったことでまた自分を責めているのね ・・・。今朝も手抜きだって言っていたもの・・・。私はまた心配になって碇君を 見つめた。その時気付いたの。これじゃまたさっきと同じだって。だから私は行動 することにした。碇君には悪いけど確認のために先にちょっと食べてみたの。・・ ・美味しい。これなら大丈夫、と思った私は、早速碇君に有無を言わせずサンドイ ッチを持たせたわ。そして碇君に美味しいことを告げ私が食べてみせたの。碇君は 少し驚いていたみたいだけど、私につられてサンドイッチを食べたわ。そして私は 碇君を褒めたの。碇君はまだ自信を持てずにいたみたいだったけど、更に私が思っ ていることを言い、洞木さんも賛意を示してくれた。それを聞いて、ようやく碇君 は自信を持てたみたいで、嬉しそうな顔をしてくれたの。・・・良かった。洞木さ んの言葉もあったとは言え、私でもあの人と同じように碇君を元気付ける事だって 出来るんだから・・・。

私達の話の輪には入れないあの人は気に入らなそうな顔をして私達を見ていた。そ して碇君に嫌味を言って、司令の家に引っ越した後、また料理を教えろと言い始め たの。・・・これで何回目かしら。結局碇君の足を引っ張るだけで全くものになっ ていないのに・・・。みんなは私達が引っ越すことを知らなかったようで皆一様に 驚いていたわ。

あの人はあの人と碇君だけで良かったのにと、どう見ても私を挑発しているとしか 思えないことを言ったの。私は逆に私と碇君だけで十分だと思っていたので、その 事をあの人に言い返したの。碇君のお手伝いなら私で十分だし、勉強だって教えて あげられるもの。あの人は苦し紛れに碇君に女の子の気持ちを教える教育係として 行くのだと言い始めたの。・・・確かにそういう面では私よりあの人の方が優れて いるかもしれないけど・・・。やっぱり私の方が碇君と一緒にいく理由の方がしっ かりしている。でも碇君は私とあの人が口論するのが嫌そうだったので、これ以上 あの人と口論するのは止めたの。

最後にあの人は言ったの。私には家政婦としてついて行く理由がある、あの人が奥 さんで、私がお手伝いさん・・・。私は別にお手伝いさんでもいい。私は知ってい るもの。妻の知らないところでお手伝いさんと恋に落ちるのが自然だということを 。プライドが高いばかりで何も出来ないヒステリックなあの人よりも、やさしくて 家事の上手な私に碇君が次第にひかれるようになるのは必然・・・。あの人は驚い て私がどうしてそんな事を知っているのか聞いたけど、教えるわけにはいかないわ 。あの人は人の心の機敏や男と女の色々なことと言う分野では、私に勝っていると 思っているみたいだけど、いつまでもそうだと思ったら大間違い。私だって、密か に色々勉強しているんだから・・・。

第百七十九話・受け継がれる時間

お弁当を食べ終わったら、雑談の時間になる。私はほとんど聞いているばかりだっ たけれども、色々参考になることが聞ける。みんなが何に興味を持っているのか、 物事をどういう風に考えるのか、そしてどんな悩みを抱えているのか・・・。私は 鈴原君に、碇君と鈴原君と相田君の話に加われと言われたの。私は突然のことで戸 惑ったけど碇君がついていてくれると言うので、頑張ってみようと思ったの。取り 敢えず話を聞いていると、突然鈴原君に客観的に女として相E當君をどう思うか言っ てやってくれって言われたの。そんなこと言われても・・・。そう思っていると碇 君が助言してくれた。だから私は思っていることをそのまま言ったの。碇君が友達 として大切だと思っているあなたのことを、私も大切だと思っていると・・・。相 田君はどう反応していいのか分からないようだった。だから私は言ったの。笑えば いいって。いつ教わったのか分からない。でも教えてくれたのは碇君。それだけは 確信できる。笑うことで自分の喜びを表すということを・・・。

第百八十話・心を偽る不完全な僕達

学校が終わり、私達は家路を急いでいた。今日中に荷造りを終えて司令の家へ行く 予定だから。特にあの人の荷物は多そうなので、碇君があの人を手伝おうかと申し 出たのだけど、あの人は断ったの。でもあの人はやっぱり碇君に手伝ってもらいた かったのね。碇君の優しい言葉に、結局あの人は本当は手伝って欲しかったのだと 言った。その言葉を聞いた碇君は、私にもあの人のことを手伝ってあげてくれって 言ったの。私は碇君の頼みならどんな事でも聞きたいけど、あの人は嫌かもしれな いし・・・。私がそう思っていると、あの人は言ったの。私のことを別の意味で特 別に思っているし、嫌ってもいない、碇君のためでもあるから手伝って欲しいって 。碇君のため・・・。私はその言葉を聞いてあの人を手伝うことにしたの。それに しても、あの人の言う別の意味で特別に思うってどういう事・・・。

碇君は安心したのか気楽な言葉を言ったの。その言葉が気に入らなかったのか、あ の人が碇君に注意したわ。私達がこうしているのも碇君が引っ越したいという事が 原因なんだから、その事を忘れないでいて欲しいって。

第百八十一話・心、すれ違い

私達は家に着くと早速荷造りを始めた。私はダンボール箱を二つ持って葛城先生の 部屋に入り、部屋の中を見回す。私の持ち物・・・。本やその他の小物を箱に入れ る。ダンボールの半分くらいで終わってしまった。残りの半分と一箱分で衣類も収 まった。少ない私の衣類を片づけながら考えたの。碇君はあの人が色々おしゃれを して工夫しているのを見ても、それほど興味や関心を持っているようには見えない ・・・。でも一般的に考えて、少なくともおしゃれに無関心な女の子よりも、少し でも関心を持っている女の子の方が良いに決まっている。あの人はたくさん服を持 っているし、日ごろからファッション雑誌とかも読んでいるみたいだし・・・。こ れからおしゃれについても勉強しなくちゃ・・・。きっと碇君も喜んでくれるに違 いないから・・・。

早々に私の荷造りは終わってしまった。碇君はあの人を手伝ってあげてくれって言 ったけど・・・。碇君を先に手伝って、その後あの人を手伝っても同じ事だと考え た私は碇君を手伝いに碇君の部屋に向かったの。碇君は私にあの人を手伝ってあげ てくれと言ったけど、私の思ったことを言うと碇君は納得してくれた。良かった。 でも何だか碇君様子が変・・・。何かあったのかしら。

第百八十二話・碇君のために

私は早速荷造りのお手伝いを始めたの。碇君に目をむけると碇君はダンボール箱を 前にして何か考えこんでいる様子。心配になった碇君に私が声を掛けると碇君は我 に返った。どうしたのかしら。私は再び作業を始めた。横目で碇君の様子を確認し ながら作業していると。また碇君の手が止まった。心ここにあらずといった感じ・ ・・。やっぱりおかしい。碇君・・・、あの人のことを考えているの・・・。私は 碇君に尋ねた。碇君はついさっきあの人と喧嘩したことでその事が気になっている のだと言ったの。碇君はあの人と喧嘩していることを悔やんでいるといった。碇君 が私に心を開いてくれたことは嬉しかったけど、その内容は私にとって辛いものだ った。でも碇君にあの人と仲直りするよう言ったの。碇君が謝ると同時にあの人の 謝罪も受けてあげてって。私はあの人と碇君の仲がうまく行くことを望んでいるわ けじゃない。でも碇君のために・・・。私はいつもの碇君に戻って欲しいから・・ ・。きっと碇君は私の気持ちも汲んでくれると思うから・・・。

私は碇君の部屋で待つ。・・・複雑な気持ち。昨日あの人が碇君に、私を元気付け るためにキスしてあげなさいと言ったそうだけど、あの人も今の私と同じ気持ちだ ったのかしら・・・。しばらくしていると碇君が戻ってきた。まだ仲直りは出来て いないけど、大丈夫だと思う、と碇君は言った。・・・嬉しくない。私はその感情 を紛らわすために、碇君のため、と自分に言い聞かせながら、作業に集中したの・ ・・。

第百八十三話・アスカの印

碇君の荷造りが終わった。碇君はあの人のところへ行ってまず仲直りしてくると言 ったの。それからからあの人を手伝って欲しいって。碇君はそれまで休んでって言 ったけど、私は夕食の支度をすることにした。何もしないでいると、あれこれ考え てしまって辛いだけだもの。碇君、元気が出てきたみたい・・・。良かった。私は 心の中でそう呟いたけど、その言葉はとても乾いたものに感じられた。碇君が元気 になればなるほど、私の心は沈んでいく・・・。私は碇君が部屋を出るのを待たず に台所へ向かったの。

私は冷蔵庫の中を覗く。ほとんど何も無い・・・。私としたことが買い物するのを 忘れていた。これではご飯と味噌汁とほうれん草のごま和えくらいしか出来ない・ ・・。取り敢えず私はお米を研ぐ。炊飯器にお米をセットすると、私は鍋に湯を沸 かす。鍋の中の音に耳を傾けながら考える。碇君・・・。私はこんなにも碇君のこ と想っているのに・・・。どうして私のことを見てくれないの・・・。確かに一方 通行の愛情は迷惑なだけ・・・。でも私は出来るだけ碇君の迷惑にならないように しながら、碇君が私だけを見てくれるよう色々頑張っている。でも碇君はあの人の ことを私以上に気に掛けているのが現実。私に辛い思いをさせても、碇君はあの人 のことを気に掛ける。

・・・やっぱり私じゃだめなのかしら。私はその思いが心に浮かぶたびに絶望的な 気持ちになる。碇君だけが私の望みなのだから・・・。もしそうだとしたら・・・ 。私は自らの死を願うことになるだろう。生きていることに何の望みも無くなって しまうのだから・・・。生きて行こうという意志さえあればと言うけれど、その意 志を支えるには夢や希望が必要だもの。

私は暗い考えに落ち込みそうになりながらも辛うじて自分を保っていた。今朝碇君 が言っていた、碇君の心の穴・・・。これが塞がらない限りは碇君が本当に他の人 を愛することは出来ない。まだその穴が塞がっていない以上、あの人と私とは多少 の差こそあれ、基本的には碇君にとって大差無いはず・・・。重要なのは碇君が司 令の愛によって碇君自身を、そして他人を好きになれるようになった時、その対象 として私を選んでくれるか、と言うこと・・・。だから絶望するにはまだ早すぎる 。そう私は自分に言い聞かせ、その暗い考えを頭から振り払ったの。

第百八十四話・つらいって叫んで、苦しいってわめいて

カツオのだし汁を取る。ほうれん草をさっと茹でる。ほうれん草を水にとって水気 を絞る。あっさり目の味付けでほうれん草とごまを和えて皿に盛り付ける。温まっ ただし汁に味噌を溶き、賽の目に切った豆腐を入れる。豆腐が浮き上がってきたと ころでわかめを入れてひと煮立ちと。味噌汁が出来たところであの人が碇君を引き 連れて台所へやってきた。あの人の声は活き活きしている。私はその時点でうまく 仲直りできたことを知った。私にとってはその事実だけで十分。その事については これ以上触れたくないし考えたくも無かった。でも無視するわけにもいかないので 、碇君とあの人に目を向けたの。あの人と碇君は手をつないでいる・・・。私の心 が震える。碇君の顔に目を向ける。・・・碇君の額。あの痕は何?

あろうことかあの人は碇君の額にキスマークをつけたと言うの。何てことするの・ ・・あの人は。嫌がる碇君に無理矢理したに違いない。碇君が困るとかそういうこ とを考えないの?あの人は、碇君の愛を信じているから碇君は困らないはず、碇君 があの人を受け入れていくれる証として碇君に印をつけたのだと言った。・・・本 当に碇君の愛を信じているのなら・・・。碇君に印をつける必要は無い・・・。あ の人も辛いのね・・・。碇君を信じることが出来ずに・・・。碇君が一番想ってい るのは、私じゃなくてあなただと言うのに・・・。それともあなたは碇君の想いを 感じることが出来ないの?その価値が分からないの?私が欲して止まないそれの価 値を・・・。私は言わずにはいられなかった。それを私にくれって。

私の言葉にあの人は激昂して私に言ったの。絶対にあげないって。そして私の方が もっと辛いはずなのにどうしてそれを表に出さないのかと。だから人形だと言われ るんだって。・・・私は人形じゃない。私は誰の人形でもない。私にだって感情は あるもの。私だって碇君に私の気持ちを分かってもらいたい。私だけを見て欲しい 。でも出来ない・・・。碇君を困らせたくないから・・・。私の気持ちを碇君にぶ つけても碇君は困るだけだもの。

私の言葉にあの人は言ったの。私の気持ちを碇君にぶつけない限り、碇君の気持ち は私には動かないって。私の気持ちに応えてくれないって・・・。その言葉に私の 心は大きく揺れた。碇君は優しいから、普段から私を気に掛けてくれている。そし てあの人が間に入ってくると碇君の気持ちが私よりもあの人に傾くのは、私がそれ だけ成長して、碇君が気を遣う必要性が薄れてきたからだと言うことも分かってい る。私は同情心じゃなくて本当の碇君の愛が欲しい。だから辛くても碇君が他の人 に愛を注げるようになるその日まで我慢するつもりでいた。でももう駄目。例えそ れが本当の愛じゃなくてほとんど同情心であってもいい。とにかく碇君の心が私の 方を向いて欲しい。私は碇君の声を聞くと思わず碇君の胸に飛び込んで私の気持ち を叫んでいたの。そして碇君の胸の中でただ泣くだけだった。

第百八十五話・アスカと綾波

碇君は私を、そして私の言葉を受け止めてくれた。碇君は私を強く抱きしめてくれ た・・・。でもその時間は長続きしなかったの。あの人が横の方でぶつぶつ言い始 めたから。本当に私の為を思っているのなら、今は私達をそっとしておいて。私に 言うだけ言わさせておいて、横から邪魔するような卑怯なことはしないで。私は心 の中で叫んでいた。でもあの人は止めない。碇君の気持ちが急速に私から離れてい くのが分かる。碇君はあの人の言葉に気を取られている。私は碇君の胸の中にいな がら寂しさを感じていた。もう碇君の心はここには無い。私の言葉も碇君の心を一 瞬私の方へ向かせることが出来ただけだった・・・。

あの人は言葉を続ける。あの人の家族のこと、そして私のこと・・・。あの人は本 当に独り言のつもりなのか私達に聞かせたいのか分からない。私はもはや抱き合っ ているとは言えない状態であの人の言葉に耳を傾けたの。

あの人にとって、私は家族みたいなものかもしれないと言った。私を見ていると保 護欲を掻き立てられるのだと言った。家族って何?家族には保護欲が働くの?それ は碇君が私達に感じているのと同じ同情心と使命感から生まれるものなの?・・・ 私は家族という人間関係がまだ良く分からない。でも同情心や使命感で家族と言う 人間関係が成り立っているのではないことぐらいは分かる。それではあの人は私に 何を感じていると言うの・・・。

「だから、レイがシンジに抱き締められてるんだってわかってても、それがレイに 幸せをもたらすのなら、少しくらい我慢してあげようっていう気持ちになっちゃう のよね。ばかげた話だけど・・・・・」

・・・あの人、私のことを愛してくれている。私はあの人の言葉を聞いてその瞬間 理解したの。そしてあの人のやさしさを感じた。碇君とは少し違う私へのやさしさ を。そしてそれはこれが初めてじゃない事に気付いたの・・・。私はそれに気付か ず今まであの人の事を少しも考えずに来た。私はそんな自分が恥ずかしく思えた。 アスカをあの人だなんて呼んでいた自分を・・・。だから私はアスカとアスカと呼 ぶことにしたの。そしてあの人の気持ちを考えて、碇君の胸をアスカに貸してあげ ることにした。碇君には悪いけど、今のアスカにはそれが必要だと感じたから・・ ・。

第百八十六話・幸せの味

碇君と台所に立つ。ご飯も炊きあがり、ほうれん草のごま和えと味噌汁も出来上が っていた。しかしこれだけでは余りにも寂しいので、碇君と悩んでいたの。あの人 ・・・いえアスカが後ろの方で催促している。実際問題もう材料が無い。どうしよ うもないと悟った私達は、これにふりかけを加えて晩ご飯にすることにしたの。ア スカは信じられないといった様子で、碇君に不平を言うので、私は碇君の気持ちを 察してあげるようにアスカにお願いしたの。アスカは承知してくれたわ。何だかア スカは人が変わったみたい・・・。でも良かった。碇君のことを分かってくれて。

碇君は食事は侘びしいけど、こういうのも何だか良いと言ったの。アスカも同意し ていたけど、私には良く分からなかった。アスカは説明してくれたの。私とアスカ の関係がより直接的になったことで私達の一体感がより強くなり、その一体感が侘 びしい食事をおいしく感じさせるのだと。私達は冗談を言い合いながら楽しい食事 をしたの。冗談でも碇君がアスカにはまっている、というのは認めないけど。

第百八十七話・不思議な一体感

食事が終わったので、アスカには引き続き荷造りのほうをやってもらって、私と碇 君で速やかに後片づけをしてから、アスカの荷造りを手伝おうと思ったんだけど・ ・・。 アスカは後片付けはアスカと碇君でやるからと言って、私にお茶を渡して休んでい るように言ったの。私は仕方がないのでお茶を飲みながら、二人の片づけの様子を 見ていたのだけど・・・。二人は何だか楽しそう。・・・面白くない。二人の世界 に入っていかないように、私はわざとお茶を大袈裟に音を立てて飲んでいたの。

その内アスカが引越しの段取りがどうなっているのか心配し始めた。碇君はそれを 受けて電話番号を調べたりしていたけど、結局よく分からなかったみたい。私は別 に寝る部屋とか布団が無くても構わない。・・・否、もしそうなったら碇君の側で 眠れるかもしれない・・・。かえってその方が私としては嬉しい。退屈なのでそう いった事を取り止めも無く考えていると、碇君が私の方を見た。どうやら片づけが 終わったようなので私は残ったお茶を全部飲み、三人でアスカの部屋に向かったの 。

・・・全然片付いていない。私や碇君が自分の荷造りをしていた時何やってたのか しら・・・。碇君がアスカに指示出して、と言っているけどあの人は戸惑っている 。これではいつ荷造りが終わるか分からない、と判断した私は問題の無さそうな場 所から片づけ始めたの。するとあの人は見られたくないものもあるから、と言って 私の作業を中断させ、碇君だけ部屋の外に出した。

・・・何なのかしら。私がいぶかしんでいると、あの人はクローゼットの中から一 着の洋服と取り出して私に差し出したの。そして私に着てみろと言う。こんなこと している場合じゃないのに・・・と思ったけど、アスカも言い出したら聞かないの で着てみたの。ちょっと私には大き目だったけど着れない程でもなかった。すると アスカがこの服をくれるって言うの。アスカは悔しいけど良く似合っていると言っ てくれた。碇君はどう言ってくれるかな・・・。鏡の中の私を見ながらそう思って いると、アスカは封筒から写真の束を取り出し、その中の一枚を私にくれたの。そ の写真は碇君と私の写真だった。碇君も私も笑っている。その写真を見たとたん、 私の胸の中が熱くなるのを感じた。嬉しい・・・。これは私の大切な宝物。私はア スカに心からお礼を言ったの。アスカは何だかうろたえていたけど、どうしたのか な?

アスカが碇君を呼んだ。碇君は良く似合うって言ってくれたの。そして写真も良か ったねって。碇君が他のも見たいと言ったので、私が碇君に渡してあげようと思っ たらあの人が邪魔したの。床に散らばってしまった写真には、碇君がアスカとあん なことやこんなことや・・・。私が固まっていると碇君は私達三人が写っている写 真を一枚手に取ったの。今の碇君の気持ち・・・。三人で仲良くってことね・・・ 。そして私達は荷造りに取り掛かったの。

第百八十八話・意地っ張り

ようやくアスカの荷造りを終えた私達は司令の家に向かった。最後に葛城先生にお 礼を言いたかったのだけど、結局葛城先生は帰ってこなかった。碇君も私もアスカ も葛城先生の家で過ごした日のことを大切に思っている。特に私は初めて他の人と 暮らした場所として・・・。するとアスカにとっては碇君と一緒に暮らし始めた場 所として大事だとアスカは言ったの。それは私も同じなので私もそう言おうとする と、アスカは早い者勝ちだし真似するな、と言ったの。私はどうしても言っておき たかったけど、アスカにわがまま言うなと言われた。私がしょんぼりしていると、 アスカがまた私に写真をくれたの。今度は碇君と私がキスしている写真。ちょっと 恥ずかしいけどこれも私の大切な宝物・・・。

ところがアスカは他にもまだ私と碇君の写真を持っていることが分かったの。私は てっきり偶然持っていただけかと思っていたのだけど・・・。アスカは私に渡すべ き写真を渡していなかったと言うことね。私はその写真を受け取るのは当然の権利 だと思ったのでアスカにその写真を要求したの。碇君もアスカも何だか私を怖がっ ていたけどそんな事はないわ。私は写真を受け取ると、後で碇君と一緒に見ること にしたの。だってこれからの二人の気持ちを確固とするには、今までを振り返るこ とも大切だもの。私がそう言うとアスカは案の定文句を言ったわ。アスカだってそ うしてもいいと言ったのだけど、アスカは絶対しないと言ったの。した方がいいの に・・・。

私が二人から離れて歩いていると、あの人は碇君に何か言っている。まったく素直 じゃないんだから・・・。

第百八十九話・つながり

私達は迷いながらも少しずつ司令の家には近づいているようだったので、私は碇君 の頑張りを信じて何も言わなかったのだけど、アスカは我慢できなくなったのか碇 君に荷物を持たせて先導を務めることにしたの。碇君は荷物が辛そうだったので私 がお手伝いを申し出ると、碇君は喜んでくれた。そして私のことを褒めてくれたの 。でもそれから碇君はアスカの事ばかり話す・・・。せっかく碇君とお話できる機 会なのにどうして私のことを話してくれないの?私は我慢できなくなって碇君にそ の事を言った。

碇君は私の言葉を受けて、私のことを料理が上手くて、やさしくて、家庭的だと言 ったの。やっぱり私はそれだけなのかしら・・・。私はそれらはすべて碇君やアス カの真似事だと言ったの。でも碇君はそれを否定した。誰でも最初は人まねから入 るものだと。そしてそれを自分の物とするかどうかは自分の判断によるもので、そ れが自分らしさと言うものだって・・・。だから、今の私は、私が取捨選択した結 果なのだから、自分らしさと思っていいって。そして私らしい私が一番好きだって 。碇君・・・。私はそう言う風に言ってくれる碇君を嬉しく思って私の気持ちを伝 えたの。そんな碇君が好きだと。

第百九十話・風

私達はようやく碇司令の住んでいるマンションらしき建物の近くにたどり着いた。 アスカが学校へ行くのは大変じゃないか、と心配していたので私は大丈夫であるこ とを伝えた。明日からみんなとは場所を決めて落ち合うことになるわね・・・。

私と碇君は、アスカの荷物を二人で持っていたの。碇君は私のことを気遣ってくれ たけど、私は好きでやっていることだし、アスカにも何か考えがあってのことじゃ ないかと言ったの。でも碇君は否定した。今回の場合はアスカは単に楽したいだけ だって。・・・そうだったの。私は碇君の言葉を聞いてアスカは荷物を持つべきだ と思ったのでアスカにそう告げたの。

アスカは一瞬険悪な顔をしたけど碇君の所へ行って荷物を持つと言ったの。私何か 悪いことを言ったかしら・・・。そう思って二人を見ているとアスカが碇君を怒り 始めた。碇君がアスカのことを思って荷物を持ってくれてたと嬉しく思っていたの に、私に悪口を言っているとは、私よりアスカの事を好きだと言った碇君の言葉が 信じられなくなってきた、女の子の純情を玩んだんだって。

碇君はそうじゃないことを示すと言ってアスカにキスしたんだけど・・・。アスカ は碇君の態度を厳しく叱責したの。そしてアスカは言ったの。いままで碇君になん でも求めすぎていたって。これからは碇君に出来るだけ求めないようにするって・ ・・。

第百九十一話・親子

私達はマンションに着いた。アスカがずいぶんセキュリティーの甘いマンションで あることを気にしていたので、私がセキュリティーをいくら厳しくしても司令を狙 う人には無意味であること、またガードがいる様子も無いことを言った。アスカが 私にどうしてそんな事が分かるのかと聞いたので、アスカに言ったの。最近だんだ ん物事が良く見えなくなってきたって。それは私の持つ力が弱まってきた証拠では ないかと。そして碇君に言ったの。ひょっとしたら私は碇君を守り切れないかもし れない。でも許して欲しい、私は碇君の子供を作れる普通の自分が好きなんだって 。

私達は司令の部屋を見つけた。碇君はかなり緊張しているようだったけど、アスカ の後押しもあって無事司令の家に入ったの。司令は相変わらずだったけれど、私達 の部屋をちゃんと用意していてくれた。私は碇君と別の意味で司令が恐くて小さく なっていたけど、アスカがリードして話を進めてくれたので何とか私は自分の部屋 に入ることが出来た。これから私はこの家で上手くやっていけるのだろうか・・・ 。私は強い不安を感じながらも、碇君が私達を本当に愛してくれるようになるため に必要なことなんだから、と自分に言い聞かせたの。

第百九十二話・それぞれのベクトル

私は部屋に入ったのはいいけど、部屋の中で言い知れぬ恐怖感にとらわれた。この 部屋の物にあの人を感じる。私はそれが根拠の無い思い込みだと分かっていたけど 、どうにもしようが無くて部屋の真ん中に座っていた。しばらくするとアスカと碇 君が私の部屋に来てくれたの。

私は私の不安を言い碇君の部屋に行きたいと言った。アスカはアスカの部屋に来る ように言ったけど、やっぱり碇君と一緒の方が落ち着くので断ったの。碇君には絶 対何もしないことを誓わされた後、碇君の部屋でしばらく過ごす事を許されたの。 私にそう言うという事は、アスカも自分を縛る事になる。私がその事を指摘すると 、アスカはそれでも構わないと言ったの。碇君の自主性に任せようと言う事ね・・ ・。

それから私達は、家の中を探索したの。

第百九十三話・変わりゆく存在

私達はお風呂にたどり着いた。アスカは一人で入るのは恐いだろうから、と私と一 緒に入ろうと言ってくれたの。その申し出は嬉しかったけど、私はどっちかと言う と碇君と一緒に入る方が良かったのでそう言ったら、アスカに拒否された。碇君も 駄目だって言ったけど、愛し合っていれば問題ないと考えた私は、その事を言うと 碇君は困ってしまった・・・。そこへアスカが出てきて情けないと言って碇君を追 求し始めたの。

碇君は前にも言っていたけど、アスカの前進思考に憧れを抱いているから私よりア スカの事が好きなんだと言ったの。そして碇君はアスカのようになりたいって努力 しているんだって・・・。でも現実は私の事を傷つけたくないばかりにあれこれ考 えてしまうと。そしてそれを何とかしたいとも思っていると・・・。

私はそういう風に私の事を考えてくれる碇君の事が好きなのに・・・。私は碇君が 自分を変えたいが為に碇君のその優しさを失ってしまう事を恐れて碇君に言ったの 。碇君はアスカにはなれないし、そもそも人間は完全にはなれないものだって。私 には碇君の優しささえあれば十分、それ以外の事は構わないって。

するとアスカは言ったの。アスカが変えたいのは碇君の悪い所だって。人は完全に はなれなくてもそうなろうと努力すべきだし、それによって人が変わっていく事は 誰にも妨げる事はできない。人は変わりゆくものなんだって。

第百九十四話・頼って頼られて

結局私はアスカと一緒にお風呂に入ったの。お風呂から出て碇君を呼びに行くと碇 君は台所にいた。かなり広い台所・・・。私はこれからはいつも一緒に碇君と料理 が出来ると言う事に気付いて嬉しくなってその事を言ったの。今までは碇君は一人 でやりたいと言う時もあって、それを私は寂しく感じていたから・・・。ところが アスカは逆の事を言ったわ。狭い方がくっ付き合えて良いって。

・・・確かにそういう利点もある。そう考えていると、碇君はお風呂に入ると言っ て台所を出て行こうとしたの。それをアスカは呼び止めて、逃げだとまた碇君を糾 弾し始めた。私は大した事じゃないと思って碇君を庇ったんだけど・・・。碇君は 私が以前に碇君を守ると言った事を言ったの。私の知らない私と碇君の思い出・・ ・。碇君が前の私と今の私を重ねて見ている事に寂しさを感じていると、碇君は私 に言った。辛い時は気を遣わずに碇君やアスカを頼ってくれって。解決できない問 題でも苦しみや悩みは分かち合う事が出来るだろうからって・・・。

第百九十五・百九十六話・ひとことの愛〜沈黙

碇君はお風呂に入った。私達は部屋に戻った。アスカはアスカの部屋で待っている ように私に言ったのだけど、私は碇君の部屋で碇君の帰りを待つことにしたの。だ ってその方が良いもの。

私は碇君が戻ってくるのを待ちながら、床に座って考える。碇君のさっき言ってく れた言葉・・・。

碇君が戻ってきた。確か好きな人を迎える時は・・・。私は今までの秘密の勉強の 成果を実践してみることにしたの。まずはドアを開けてあげて部屋に招き入れるの よね。それから碇君に座布団を勧めて・・・。ってここには座布団はないから取り 敢えず椅子を勧めてと。それからお風呂の湯加減を聞くんだった・・・。私はその 一順の手順を終えることが出来て満足していると、碇君はアスカにもらったパジャ マのことについて聞いてくれたの。私は大きすぎるのではないかと心配していたの だけど碇君は似合っていると言ってくれた。良かった。

それから碇君は話を変えて私に布団を持って来ていない事を指摘したの。私は最初 から碇君と一緒の布団で寝るつもりでいたのだけど碇君は駄目って言うの。でも私 はこれだけは譲りたくなかったので何とか碇君に許してもらったわ。そして私達は 床に就いたの・・・。

碇君は私に背を向けて横になっている。私は碇君に声を掛けた。私は碇君と同じ普 通の人間である証が欲しいって。そして碇君の背中に抱き付いたの。私が碇君と同 じ血の通った温もりのある人間なんだって分かってもらうために。そして碇君の温 もりを感じたいために・・・。私は碇君がこういうの嫌がるってこと分かってたけ ど、どうしても碇君の温もりを感じたかったの。逃れようの無い私の忌まわしい力 の存在を忘れたかったから・・・。私は碇君の温もりに安らぎを感じながら深い眠 りに落ちていったの。

第百九十七話・眩しい朝の光

私は碇君の温もりの中で目が覚めた。いつもと違う朝・・・。私は碇君を起こさな いようそっと布団から出ると、制服に着替えエプロンを着けると台所に向かったの 。私はキッチンの勝手を色々調べてから、材料を確認して朝食と弁当の容易の段取 りを考えていると・・・あの人が台所に入ってきた。私はあの人と話したくなかっ た。すぐに台所から出ていって欲しくて思わずATフィールドでコップを切り、あの 人をを威嚇したの。それでもあの人は出て行かず私に聞いたの。碇君の事を好きか って。そして人にあらざる力を持つ私は決して碇君と結ばれる事はないと言ったの 。酷い・・・。私はあの人と碇君を同じ様に言うあの人を許せなかった。そして私 が目を背けている現実を突き付けるあの人に憎しみを抱いている自分に気付いた。 私の憎しみは我を忘れさせ、あの人と重ねあわせたコップを再び真っ二つに切った 。碇君に必要なのは愛を注げる父親。この人は碇君の実の父親だけど、この人は碇 君に注げる愛を持ち合わせていない。いえ、碇君を傷つけるだけで碇君に何ももた らさない。私は激昂していた。そんな私を見ながらあの人は言葉を続けた。あの人 は、あの人の人類補完計画のために私達を必要としている、その後は私の自由にす れば良いと言ったの。そしてあの人は台所を出ていった。

私は我に返り、コップの破片を片づけ始めた。すると碇君がキッチンに入ってきた の。聞かれた?私は血の気が引いていく自分を感じた。でも碇君は何事も無かった ように、その辺りに散らばったコップの破片を片づけるのを手伝ってくれたの。碇 君の様子はいつもの碇君と同じように見えたけど、いつもより私を包み込むような 優しさに満ちていた。そして碇君は私の好きな卵焼きを作ろうと言ってくれたの。 碇君・・・。聞いていたのね。でもいつもと変わり無いやさしさを私に注いでくれ る碇君・・・。私は再び明るい気持ちになってきた。そこへアスカも起きてきたの 。私達の事が気にかかって良く眠れなかったのだと言っていたけど・・・。

私の現実はどうする事も出来ない。でもそのことで思い悩むのは止めにしよう。だ って私には大好きな碇君と、アスカとがいるんだから・・・。

そして私達は三人で朝食を作り始めたの。今日と言う日のために。

第五部あらすじ完






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