私立第三新東京中学校・第三部あらすじ

 

第五十六話・人を好きになること

明日は日曜日、約束では綾波の服を買いにいくことになっているけれど・・・ どうしたら良いのだろうか、僕はみんなにうち明けた。 そうしたらやっぱりアスカは怒ってしまって、綾波とデートの約束まで取り付 けたのね、と勘違いし僕を責める。僕はアスカに「綾波は服を一着も持ってな いんだよ。」と言ったらなんだか信じられないといった感じの顔をしていてい た。でも何とか僕の言うことを分かってくれたみたいでよかった。 それからは洞木さんがうまくやってくれて、トウジやケンスケ達と一緒に綾波 の服を買いに行くことになった、こういうときの洞木さんは本当に頼りになる。 綾波も顔を真っ赤にして喜んでくれた。「私との約束、忘れていなかったのね」 と、僕と綾波がいわゆるいい雰囲気で見つめ合っていたら、アスカが割り込ん できた。そして、「アンタは人を好きになった事がある・・・?」という問い かけ・・・その問いに僕はとっさには答えられなかった。 アスカは僕の人を好きになったことのないという事実を受け止めてくれた。 いつか僕が人を好きになるときが来たら・・・そのとき自分が僕の一番近くに いられたら。と言い、その瞳は彼方を見つめていた。

第五十七話・ミサトさんと足りないお昼ご飯

アスカの言葉で教室に沈黙が走る、この暗い雰囲気を脱しようと、洞木さんが うまく話を切り出してくれた。そしていつも通りみんなと一緒に帰ることにな った。「綾波の家に明日午前十時に集合」アスカがそう提案したけど、どうし て綾波の家なんだろう?なんだかアスカと洞木さんが耳打ちしているけど・・ ・僕は気にしないことにした。人の秘密を探るのは良くないことだからね。 家に帰り冷蔵庫を開けると大したものはなかった。しょうがないから僕はチャ ーハンを作ることにした。結構うまくできてアスカも気に入ってくれたみたい だ。そして僕たちがそろって食べようとするとミサトさんが帰ってきた。 ミサトさんの分は作っていなかったけど、結局僕らは三人でチャーハンを分け て食べた。アスカはあまり気にくわないといった感じだけど、三人で仲良く食 事が出来て良かった。ミサトさんは忙しいらしく、また学校へ戻るらしい。 ミサトさんは僕たちの顔を見に来ただけと言っていたけど、実際の所、昼食を あさりに来たのではないのかな? 出かけ際に「二人っきりだからって、アス カに変なことしないように」なんて言うし・・・ 僕がそんな事するはずないのに、もうミサトさんったら・・・ ミサトさんのせいで僕はアスカと二人っきりでいることに変に意識してしまっ た。僕はなるべくアスカを意識しないよう、背を向けて洗い物を再開させた。

第五十八話・不安な気持ち

洗い物を終わらせて自分の部屋へと帰ろうとしたとき、アスカが僕に声を掛け た。僕が振り返ってもアスカはテーブルにうつむいたままだ。僕の顔を見よう としない・・・アスカは僕に「綾波のこと好き?」ときいてきた。 確かに僕は綾波のことは嫌いじゃない、むしろ好きだ。でも僕は人を好きにな ったことがないから、そういうことはよく分からない。 それでもアスカは僕が綾波を特別視していないことを知って嬉しかったらしい。 そしてアスカは僕の胸元に飛び込んでくる・・・・ 思えば僕が綾波の家に泊まった時からずっと不安ではなかったのか? そんなアスカの気持ちに気付いてやれないなんて・・・ やはり僕はどこかおかしいのかもしれない。 アスカみたいなかわいい女の子に好かれているのに、僕もアスカのことが好き になってやることができない・・・・・ 僕にはただアスカを、両腕で優しく包み込んでやることしか出来なかった。

第五十九話・空虚で悲しいキス

しばらくするとアスカもだいぶ落ち着きも取り戻してきたようだ。 目が生き生きとしている。僕はやっぱり元気なアスカの方が好きだ。 再び二人っきりになり、アスカは何かやらないかと提案する。 アスカは僕が何もしなくていいと言ったことには賛成しなかった。 僕はアスカが望むことなら何でも付き合ってあげるよ、と軽々しく約束してし まった。 「キス、して・・・・」 それがアスカの望んだ事だった。 僕は躊躇した、僕たちにはそういうのは早すぎる・・・ 早すぎるなんてアスカの言うようにただの「逃げ」なのかもしれない。 現に僕はアスカとは何度もキスしているんだし・・・ 僕はアスカにキスをするに値するほど、アスカに恋していないという事を自覚 している。アスカにキスをすれば、アスカをだます事になる。 僕にはアスカも自分も偽る事が出来なかった。 そんな僕の気持ちをアスカは察知していたようだ。 それでも、僕がアスカにキスしてくれる事を望む・・・ アスカが夜、ベッドの中で、悪夢にうなされないように・・・ 僕は自分が恨めしかった。アスカを追いつめてしまっていたのだ。 アスカの顔を見るともう他には何もないといったような、そんな顔をしていた。 そして僕はいきなりアスカを抱きしめると、強くくちづけをした。 僕は胸がいっぱいになり涙を流していた。 アスカも僕が泣いていることを知り、静かに目を閉じて、僕の背中に両腕を回 した。今のこの時を、決して忘れぬようにするかのように・・・・

第六十話・アスカらしさ

長いくちづけのあとも、僕はアスカを抱きしめている腕の力を緩めようとはし なかった。僕は謝ろうとしたけどアスカはそれを遮った、謝られるとよけい辛 くなるから・・・僕はアスカの言葉を聞き、これ以上よけいな言い訳をするこ とはやめた。それからのアスカはいつもの元気なアスカに戻ってくれた。 そして料理を教えて欲しいと言ってきた。でも材料がないので僕が一人で買い 物に出かけようとすると、アスカも一緒についていくという。 それからのアスカはすでにデート気分で僕の服装に文句をつけ、着替えてこい という。別におかしな格好じゃないのに・・・アスカもおしゃれするから待っ ててなんて張り切っているし・・・でも僕は内心ほっとしたんだ。 やっぱりアスカは沈んでいるよりも、輝いているアスカの方がいい。

第六十一話・口紅

アスカのいうとおり着替え終わった僕は、様子を伺おうとアスカの部屋の前に やってきた。ノックをしても返事がない・・・僕はアスカのことが心配になっ て、部屋の中に入った。そうしたら驚かれちゃって・・・勝手に部屋の中に入 ったことを怒られてしまった。でもアスカは僕が心配したことを喜んで、すぐ に機嫌を直してくれた。どうやらアスカは今まで服を選んでいたらしく、まだ 着替え終わっていなかった。僕は服なんてどうでも良いと思ったけど、アスカ はデートだからいい加減にはできないと、僕は部屋から追い出されそうになっ たが、ここの調子ではすぐに夜になってしまう・・・僕がアスカの服を選んで あげることにした。 僕が選んだのはあまり派手ではない服でアスカも納得したらしい。 僕は部屋の外でアスカの着替えを待つことにした。 着替え終わったアスカが似合うかどうか聞いてくる。僕はアスカはどんな服を 来ても似合うし、かわいいと思う。アスカにも自分に自信を持って欲しい。 早速買い物に出かけようとすると、アスカは髪をとかすからと言って、洗面所 の方へ行ってしまった。別にどうでも良いのに・・・戻ってきたアスカはいつ もと何か雰囲気が違う・・・アスカは唇に薄く口紅を塗っていた。 僕はアスカが口紅を塗っているのを見たのは初めてだけど、なんだかアスカが 大人びて見える。女の人はこういうものだと分かったような気がした。

第六十二話・思わぬ遭遇

忘れ物がないことを確認すると、僕らはようやく買い物に出かけることにする。 そしてアスカは腕組みをしようと腕を僕に差し出した。僕は恥ずかしいから断 ろうとしたけど、アスカはアスカで腕を組まないと一歩も先に進まないと言い 出し、腕を組まないのなら自分をおいて1人で買い物に行けって・・・ しょうがないからアスカと腕を組むことにした。なんだかアスカの策にはまっ たような気もするけど、誰かに見られたらどうしよう・・・ 最初、僕が自分のペースで歩いていたら、アスカを引っぱる形になっていた。 僕はアスカにもう少し速く歩いてよ、と言ったけどアスカは言うことをきかな かった。しょうがないので僕がアスカに合わせて、歩くスピードを緩めたんだ けど逆効果だった アスカは僕に「リードしてもらいたい・・・」 それをきいた僕は黙って歩く速度を速めた。 アスカも黙ったまま僕に引かれていた。しかし・・・ 「もしかして、アスカじゃない!?」  その言葉によって僕らの沈黙は引き裂かれた。洞木さんだ・・・そばには綾波 もいる。洞木さんは僕とアスカがデート中だと聞いて驚いている。 洞木さんは真面目一筋だからしょうがない事だろう、そして綾波はというと・・・ 僕がアスカとデート出来て良かったとの言葉を聞いて微笑んでいる。 その微笑みは誰が見ても作ったものなので、見ていて僕は辛かった。

第六十三話・アタシだけの腕

気まずい雰囲気が流れる中、洞木さんは僕とアスカがどこに行くつもりだった のか聞いてきた。アスカは洞木さんと同じくスーパーだと小さく言った。確か にデートの行き先がスーパーでは大きな声では言えないから・・・ 洞木さんが綾波に何か耳打ちしたらしい、落ち込んでいた綾波が僕の所へ来て 「待っているから」と、一言だけ言った。アスカは洞木さんに何を言ったのか 詰め寄っていたが、教えてくれなかったらしい。結局アスカは引き下がった。 それからは四人でスーパーで買い物をすることになった。 僕とアスカは腕を組んだままなので、僕はアスカに振り回されていた。 綾波は僕たちを見て微笑んでいたが、心の中では何を思っていたのだろうか・・・ 買い物が終わったあと、綾波は僕らの家について行きたいと言ってきた。 「一人で食事しても、おいしくないから。」・・・そして僕のそばにいたい・・・ アスカは猛反対したけど、僕には綾波をひとりで食事させる事なんて出来なか った。一人で食事を食べる辛さを一番よく知っているのは僕だから・・・ それから僕たちは洞木さんと別れてミサトさんのマンションへと向かった。 僕とアスカは腕を組んだままであり、綾波は複雑な表情をしていた。 幸せそうな表情を浮かべていたアスカと違って・・・

第六十四話・二つの湯飲み

家に辿り着き、僕とアスカはようやく腕組みをほどいた。 アスカはなんだか名残惜しそうにしていたけど、今日は楽しかった、生まれて 初めてデートの気分を味わえたんだし・・・ 僕がそう言うとアスカはとても喜んでくれて、また一緒にどこかに行こうと言 い出す。僕はついつい旅行へ行く約束をしてしまった。一波乱ありそうだなぁ、 二人っきりで出かけるとなると・・・ 着替え終わってリビングに行くと綾波がお茶を用意してくれていた。 僕は喜んで綾波の入れてくれたお茶を飲んだ。なぜか綾波は僕の事をじっと見 つめている。話を聞くと僕が今飲んだ湯飲みは綾波が使ったもので、いわゆる 間接キスだったらしい。綾波は恥ずかしがるどころか嬉しがっている。 僕は女の子らしく変わっていく綾波を見て、本当にこれでいいのだろうかと思 った。綾波は僕に言うことを忠実にきいて変わっていこうとしている、しかし それは綾波の意志ではない、綾波は自分の思いどおりになる人形じゃないのに・・・ 嬉しそうに微笑んでいる綾波の顔を見ると僕は辛かった。

第六十五話・料理する目的

着替え終わったアスカがリビングにやって来た。アスカは綾波が入れてくれた お茶をおいしそうに飲む。そして僕とアスカは料理をするために台所に向かっ た。綾波は僕を手伝いたかったらしいけど僕はそれを断った、今日はアスカが メインの日なのだから・・・そのかわり明日は綾波がメインの日という事で納 得してくれたようでよかった。 アスカは僕が綾波に「何でも言うことを聞いてあげる」と言った事を聞いて、 慌てて割って入ってくる。やっぱり言い過ぎだっかのかな。 綾波は明日、僕にどんなお願いをしようかと考えて込んでいるし・・・ 僕らは綾波が自分の世界に浸っているうちに、料理の練習に取りかかることに した。アスカがまず一人で作って、僕が悪いところを指摘する。 アスカは僕の卵焼きの味が出せなくて落ち込んだ。綾波には出来るのにと・・・ そんなアスカを見てアスカにも、何か誇りに思うようなものを見つけて欲しい と思った。僕が料理を生き甲斐にしているように・・・・・

第六十六話・変わった理由

僕とアスカが料理を続けていくとミサトさんが帰ってきた。珍しくリツコさん やマヤさんと一緒だ。ミサトさんはみんなとパーッとやろうとして連れてきた ようだ。アスカはミサトさんが勝手に決めたことに腹を立てていたけど、僕は ちょうどたくさん料理があることだし構わないと思った。ミサトさんが着替え のために僕らの前から姿を消すとリツコさんが綾波がここにいる理由を尋ねて きた。綾波は一緒に僕らと食事がしたいからついてきたのだ。 リツコさんは綾波が最近変わってきている事を不思議に思っていたけど、僕は そうは思わなかった。「人は変わるものだから・・・・・」 綾波は自分が変わったのは僕のおかげだと言ってくれた。 僕を見る綾波の眼差しは、何かを求めるような・・・そんな感じであった。

第六十七話・似た者同士

そして賑やかな食事が始まった。 最初、アスカは僕の料理ばかり誉められていたので不機嫌だったが、自分の作 った卵焼きがミサトさんに誉められたので、うれしさのあまり僕に抱きついて きた。人の見ている前で抱きつかれるんて、僕は恥ずかしかった。 そんな僕たちを見ていたミサトさんが思いがけないことを僕たちに言った。 僕がアスカと綾波を両天秤にかけてる?・・・・・ そんな噂が学校中に広まっているなんて、僕は知らなかった。 お昼休みに綾波が僕にキスしたという事実まで・・・ アスカと綾波はアスカの言ったように似た者同士なのかもしれない。 いくら僕を一方的に好きになっても僕からは何も返ってこない・・・ でもアスカも綾波もいつか、僕が自分を好きになってくれるという幻想を信じ てくれている。僕は何も言わずにただ、黙っていた。

第六十八話・強さ

嵐は過ぎ去り、綾波はリツコさんに連れられて帰った。綾波はもっとここに残 っていたいような顔をしていたけど、僕には綾波を引き留めることは出来なか った。そしてリビングには僕とアスカ、ミサトさんの三人だけになった。 ミサトさんは僕に、アスカや綾波に想いをかけられる事が重荷になっているの だといった・・・ 確信は持てないけどそうは思わない、僕は人に嫌われるのが恐いから、みんな に優しくしてる、ただそれだけなんだ・・・僕はこんな自分が嫌いだった。 でもアスカは誰よりも優しく、決して弱音を吐かないことが僕のいいところだ と言ってくれた、そして僕の強いところが好きだと・・・・・ そんなアスカに対して僕は、いつか人を好きになる事が出来たら・・そのとき が来たら、アスカの事が好きになっていてほしいと心から願った。

第六十九話・はずかしアスカ

次の日になった。今日はみんなで綾波の服を買いに行く日だ。 僕はいつものようにアスカを起こしに行く、アスカを揺さぶって起こすのは毎 朝やっていることだ。でも、そうしたらアスカは悲鳴を上げ、僕は部屋から追 い出されてしまった。綾波の家に向かう道でも今日のアスカはいつもと違う。 どうしたのだろう?僕と離れて歩いているし、昨日はあんなにおしゃれしてい て、しかも僕と腕まで組んで歩いていたのに・・・ 別に僕は腕を組んで歩きたいわけじゃないけれど・・・ 僕はそっと近づいて、アスカに声をかけた。 そうしたらアスカは驚いてしまって、顔を真っ赤に染め、僕から飛びすさった。 やっぱり今日のアスカはおかしい、なんだか恥ずかしがっているようだ。 昨日のことが原因なのかな?・・・恥ずかしがってアスカから手をつないでと か、キスしてとか言われなくなったのは、僕にとっては少しはいいことかもし れない。でも結局は、アスカが言えない代わりに、僕からアスカに言うことに なってしまった。 はずかしアスカ・・・アスカも変わってきている、でも僕が振り回される事に なることは確かであった。人前でやられるよりかは良かったけれども・・・

第七十話・歩きながら

僕はそんなことを考えながら歩いていたけど、何事もなく綾波の家に着いた。 早速チャイムを鳴らすとすぐに中から綾波が出てきた、どうやら僕をずっと待 っていたらしい、中にはトウジやケンスケ、洞木さんもいた。 みんなそろったことだし、僕たちは早速出かけることにした。 洞木さんはアスカが僕と離れて歩いていることを不思議に思っているようだ。 そのかわりに僕の隣には綾波がいる・・・今日は綾波がメインの日だ。 綾波は僕のためだけにいて、僕が望むことなら何でも出来る・・・ そして僕のためならどんなことでも我慢する・・・ 僕はある意味、その綾波の言葉に恐怖を覚えていたが、今日はなるべく綾波の 頼みをきいてやりたいと思う、僕に出来ることはそれくらいしかないのだから・・・

第七十一話・想いのかたち

それからしばらく綾波とつかつか歩いていたら、洞木さんに呼び止められた。 そういえばどこに行くのか決めていなかった。 とりあえず駅前に行こうとはしていたけど・・・ 洞木さんのいうように向こうに着いてから慌てないよう、今から目的地を決め ておいたほうがいいのかもしれない。 僕はデパートに行くことにした。そこになら何でもありそうだから。 綾波もアスカも僕についていくと言ってくれたし・・・ 行き先が決まったところで、洞木さんは綾波が何が欲しいのか尋ねた。 そうしたら、綾波は僕のことが欲しい、僕を自分一人のものにしたい・・・ 綾波はだんだんと人間らしくなってきたけど、やはりまだ普通ではない感じが する。しかし、それも綾波の想いのかたちなのだ。 アスカはアスカで、僕にとってアスカが一番の存在でいられたならそれで十分、 それ以上は何も望まないと言ってくれる。 僕はこの出来事でアスカと綾波の違い、想いの形の違いが分かったような気が した。

第七十二話・十一時の誤解

気まずい雰囲気が流れていたが、僕らは駅前に着いた。ゆっくり歩いていたせ いか、もうそろそろ十一時になるところだ。デパートは出来立てといった感じ でかなりきれいに見える。アスカは洞木さんと何だか楽しそうに話をしている。 僕はそんなアスカを見つめていたら、自然と顔がほころんだ。 アスカを見て笑っていることを綾波は不満に思ったらしい。 綾波は今日だけ、僕の微笑みは自分にだけ向けて欲しいと言った。 そんなやりとりをしていたら、僕たちは洞木さん達において行かれそうになっ た。僕は無意識のうちに綾波の手をつかんでみんなのところへと急いだ。 洞木さんは僕たちを見て黙ってしまった、僕と綾波は手をつないだままだった・・・ それから「バカシンジ!!」と、アスカのビンタ・・・・・ アスカは僕たちのことを誤解して、デパートの中に駆け込んでしまった。 綾波に僕の手をしっかりと握られていたため、すぐにはアスカを追いかけるこ とが出来なかったけど、トウジたちの説得もあり綾波は手を放してくれた。 そして僕はアスカを探しにいった・・・・・

第七十三話・風吹く屋上

僕と洞木さんはデパートの中を駆けずり回った、けれどアスカは見つからない。 そこで僕たちは二手に分かれてアスカを探すことにした。 アスカはきっと僕が来るのを待っている、僕はそう信じたい・・・ 僕は一階からくまなく探していった・・・そして、あとは屋上を残すのみとな り、屋上に上がるとそこにはアスカがいた。 アスカは屋上のフェンスに手をやり、外の景色を見ていた。 僕が話しかけてもアスカは振り向いてはくれなかった。 綾波と手をつないだことを謝ろうとしたけど、それは意味のないことだった。 それは単にアスカの機嫌を直して欲しいための言葉なのだから・・・ でもアスカは僕が悪くないっていうことが分かっていたらしい、ついカッとな って僕を叩いたこと、そして自分は嫉妬深い女であることを謝った。 僕はアスカのことを迷惑だとは思っていない、むしろ側にいてくれて嬉しい。 そういうとアスカはいきなり僕の胸に雪崩れかかってきた。 僕の胸に顔を埋めて、僕の名前を呼び、好きだという・・・ 強い風が、僕とアスカの髪をなびかせてはいたが、この間、僕たちの時は止ま っていた。

第七十四話・アスカの髪といじわるな風

アスカは僕の胸の中で泣いていたらしい、顔には涙の跡が残っていた。 泣きやんだアスカは自分で泣き顔もかわいいでしょ、なんて言っている・・・ 僕はあんまり女の人を外見では判断しない方だけど、確かにアスカは見違える ほどかわいくなったと思う。こればっかりはアスカに対して嘘はついていない と断言できる。 でも最近のアスカ、泣いてばかりだな・・・なんだか調子狂っちゃうよ。 見つめ合うアスカと僕・・・そのときアスカがポーズを取って、服が似合うと 聞いてきた。僕は当然似合うと思っていたので正直にアスカに似合うと言った。 でもこのときに「髪をしばった方がいい」なんて言ったばっかりに・・・ アスカは平然として僕に赤いゴムを渡す。どうやら僕に髪をしばらせようとし ているらしい・・・僕は自分でやれるのではないかと思ったけど、ここではあ えてアスカの言うことに従った。アスカも僕に甘えたいのだろう・・・ 僕はゴムを片手にアスカの髪に触れた。アスカは自分の髪はどうかと聞いてく るけど、僕は太陽にキラキラ光って綺麗だと思う。そういうとアスカは喜んで くれた。でも僕は女の人の髪に触れること自体初めてなので、しばるのにかな り手間取ってしまった。アスカもちゃんと出来るかと心配しているし・・・ さらにそこへ折からの強い風が吹いてきて・・・アスカの髪をちょっと引っぱ ってしまった。さらに突風が吹きアスカの髪がもろに僕の顔にかぶさる・・・ そのとき僕が変な叫び声を上げてしまったので、アスカに心配させてしまった。 結局作業は最初からやり直しなわけで、再びアスカの髪に触れた。 他の人が見たら僕は、アスカの髪の毛をいじくっているようにしか見えないだ ろう。アスカの「アタシの髪、好き?」という問いかけ・・・ 僕は髪の毛が長いのと短いのはともかく、アスカの髪は触っていて気持ちがい いと言った。。それを聞いたアスカに、僕は毎朝アスカの髪を結ぶことまで約 束させられてしまった。恥ずかしいからむろん、二人だけの秘密ということで・・・ またしてもアスカの策にはまってしまった。自分が情けない・・・アスカは一 度やるって言い出したら、絶対に後には引かないし、ああ、明日の朝が恐い・・・

第七十五話・おいかけっことその代償

もうすぐ十一時半、僕は洞木さんとの約束を思い出した。みんなが待っている・・・ 僕は急いでみんなのところへ向かおうとしたけど、アスカはもう少し僕と二人 っきりでいたいらしい。ほんの少しならいいか・・・僕はアスカのいうことを きいて、しばらくここにいることにした、アスカは息のかかるくらい僕に近づ いて僕の手に、そっと自分の手を重ね合わせてくる・・・恥ずかしさのためか、 僕もアスカも顔を真っ赤にしていた。そしてアスカは僕に話しかけてくる・・・ アスカは僕が綾波の服を選んであげることに対して、とてもうらやましがって いた。そういえば僕は今まで、女の人に服を選んであげたことはないし、まし てや一緒に住んでいるアスカにもしたことがない・・・・・ それにアスカは綾波は僕が選んだ服しか着ないだろうと言ってくる。 確かに綾波は僕が選んだ服しか着ないだろう・・・なんとなく分かる。  そしてアスカは自分の服も僕に選んで欲しいと言った。アスカは僕から顔をそ らしていたけど、アスカの手はしっかりと僕の手を取っていた。 僕はそんなにセンスのある方ではないけど、それでもアスカは僕に服を選んで 欲しいらしい、綾波と同じように・・・ 僕は少し綾波のことを意識しすぎではないかと思ったけど、気にしないことに した。ともかく、アスカの服も僕が選んであげよう・・・そう決まったのだ。 そして、僕らは洞木さん達のいるところへと向かうことにした。アスカは逃げ るようにして屋上の入り口へと向かって走った。僕はそんなアスカを追いかけ、 肩に手をかけた振り向きざまに、アスカにキスをされた。アスカは僕に捕まえ て欲しいと言い、また僕から逃げていった。 僕はいきなりアスカにキスをされたのでしばらく呆然としていたけど、我に返 ってアスカを追いかけることにした。全力疾走ではないのでアスカには追いつ けない。そしてみんなが待つところに着いた。アスカは僕がいじめるのでかく まってくれと言っているけど、僕には捕まえたらまたキスをしてあげるなんて 言っているし・・僕は複雑な気分だった。みんなの前で何言っているんだよ・・・ お遊びもこのくらいにして・・・ そのとき綾波が僕の代わりにアスカを捕まえた。そしてご褒美にと僕にキスを 迫る・・・僕はとっさに綾波のキスを避けてしまった。かわしきれずに唇の端 に綾波の唇が当たってしまったが・・・すると綾波は、元々白い顔を更に蒼白 にしている。僕からキスをして欲しいという、綾波の願い・・・僕はその願い だけは聞くことが出来なかった。それが綾波を傷つけることだと分かっていて も・・・・・

第七十六話・友達の意味

みんなは綾波のことを黙って見守っていた。みんなは綾波が僕のことが好きだ という事を知っている。綾波の言動は、僕に対する想いを如実に表しているだ けであったのに、それが今崩れ去ろうとしている。 僕はあわてて綾波をなだめるために必死に説得した。 「綾波のことが嫌いじゃなくて、単に僕は恥ずかしがり屋なんだ・・・」 僕には人前でキスするなんてできっこない・・・それは事実だけど、また綾波 から逃げてしまった。そして綾波に「・・・好きだよ。」と軽々しく言ってし まった。綾波は僕のその言葉を聞いたとたんに、青白かった顔を赤らめている。 どうやら納得してくれたようだ・・・僕はみんなにお昼も近いことだし、早く 綾波の服を選んであげようと促した。そのときに洞木さんが応じてくれて、綾 波を連れて先に行ってくれた。トウジやケンスケも洞木さんの後に従い、一瞬 そこには僕とアスカが残された。アスカはむっとした顔をしている。アスカに も言っていない「好き」だという言葉を、綾波に言ってしまったから当然かも しれない。残酷かもしれないけど、綾波に対して言った好きとは恋愛の好きで はなく、あくまで友達とか家族として「好き」なのであって、ある意味、僕は 嘘を付いていた。それを聞いたアスカはなんとか服を選んでやるということで 納得してくれたようだ。 嘘を付かれてまで「好き」と言ってもらっても空しいだけだから・・・・・

第七十七話・人のぬくもり

僕たちは綾波の服を探すために、デパートの中をさまよっていた。僕の隣には 綾波がぴったりとくっついていて、なぜか洞木さんも僕の隣にいる。洞木さん は僕と綾波が二人っきりになり、いろいろな問題が起こらぬよう心配してくれ るのだろう。洞木さんのこういう思いやりは、いつも感謝してもしきれない。 綾波がどんな服を選んでくれるのか聞いてきたけど、僕は考え事をしていたた めに、すぐには答えられなかった。そのとき洞木さんがこの店は?と言ってく れたので、取り敢えずみんなでその店にその店に入ることにした。店に入るな り、洞木さんとアスカは年頃の女の子らしく、服をいろいろと取り替えて、自 分の身体に合わせていたり、わいわいと楽しくやっている。僕やトウジやケン スケは完全に蚊帳の外だ・・・ここにいてもしょうがないので、綾波の服を選 ぶことにした。綾波もそれで良いと言ってくれたし、まず、みんなで一つずつ 服を持ち寄ろうということで、僕らは店の中に散った。 しかし、僕のあとに綾波がしっかりとくっついてきている。 綾波と二人りっきり・・・ここなら恥ずかしくないと、綾波はどうやらキスを ねだっているようだ。僕がなかなかよい顔を見せないでいると、心配したかの ように、尋ねてくる、なにならいいのか?・・・そう言われて僕は困ってしま った。すると綾波は僕に顔を近づけて、この時をずっと待っていたと言い、そ して心臓の鼓動を僕に聞かせるために、おもむろに僕の頭を両手に挟み、自分 の胸に僕の耳を押し付けた。 僕は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしていたけど、なんとか綾波は立派な人 間であると、返事をした。僕は本当のことを言ったまでだけど、喜んでくれた ようだ。そして、僕は黙ったまま、綾波に抱きしめられるに任せていた。それ がキスの代わりの綾波のお願いであるから・・・綾波は人のぬくもりを感じた のはこれが始めてのようだ。ずっと一人だったのは僕も同じで、綾波の言うこ とは痛いほど伝わる。 そして僕は一人でないことを知らせるために、抱きしめるのではなくて、手を 綾波の体に回した。綾波のぬくもりを感じ、綾波にも僕を感じてもらうために・・・

第七十八話・麦藁帽子の夢

不意にトウジの僕を呼ぶ声が聞こえ、パッと綾波から離れた。 周りを見回しても運のいいことに、誰にも見られてはいなかったようだ。 僕は安心してため息を一つつくと、トウジの前に姿を現した。 トウジは綾波の服を決めてきたようで、紙袋を持っていた。中身は真っ白なジ ャージであった。トウジらしいといえばトウジらしいけど、そんな物までこの デパートにあったんだというのが正直な感想で、トウジはすでにお金を払って きたようだ。よく考えると、トウジの言うように、普段うちで着る服も必要な わけで、綾波も僕が気に入ってくれたらそれでいいらしいし・・・僕が似合う よというと、綾波は小さな声で礼を言い、トウジからジャージを受け取った。 トウジは弁当のお礼として綾波にプレゼントするつもりだったらしい、これで ジャージの件は一段落ついたけど、僕が綾波にあげる服は決まっていない。こ ういうときに相談に乗ってくれる人がいると助かるけど、綾波は僕自身に選ん でもらうことを望んでいるだろうし・・・ 僕はトウジ達に別れを告げて、綾波の服を探すことにした。案の定というか、 綾波が僕のあとについて来ようとしたけど、選びにくいとか、もっと喜ばせた いとか、いろいろと理由を付けて、綾波を待たせることに成功した。だけど、 僕はあまり服の事や流行の事なども分からない・・・でも綾波には白いワンピ ースと麦藁帽子が似合うような気がする。白いワンピースは目立つのですぐに 見つかり、次に帽子屋へと向かった。しかしそこにはアスカがいて・・・ 綾波のために買おうとしていた麦藁帽子を自分に買ってくれと僕に頼む。 アスカは帽子のつばのところの赤いリボンが気に入ったらしい。 アスカは代わりに綾波のために、柔らかそうな、ちょっとクリーム色が帽子を 選んでくれた。確かに綾波にはそれの方が似合うかも知れない・・・。 それからのアスカは二人で逃げちゃおうか、なんて僕にいってくる。 はじめ冗談かと思ったけど、アスカの真剣な眼差しを見ていると何も言えなく なってしまった。僕が黙っていると、アスカは嘘だと、僕にそんな事が出来る わけ無いと・・・ 僕はアスカから頼まれた帽子の会計を済ませながら考えていた。 アスカの言った誰にも邪魔をされないところへの逃亡・・・アスカは嘘だと言 っていっていたけどあれはアスカの本心だったかも知れない・・・

第七十九話・二つの帽子、それぞれの想い

麦藁帽子をアスカに渡し、綾波を待たせていた店へと戻るとみんなが集まって いた。トウジは僕とアスカが一緒にいたことを不思議に思っていたけれど・・・ それはともかく、僕はみんなを白いワンピースのあった店に連れてゆき、早速 綾波に試着をしてもらうことにした。洞木さんもトウジも綾波には白が似合う といってくれているし、きっと似合うことだろう。 綾波が試着を終えるまで僕たちは会話していたのだけど、アスカはどうもトウ ジが日頃お世話になっている洞木さんには何もプレゼントしないで、綾波にだ け白いジャージを買ってあげたことに不服らしい、洞木さん自身は別にいいと 言っていたけど、それを聞いたトウジは洞木さんのために何か買ってあげる事 を決心したようだ。アスカはアスカで僕に帽子とは別に、服を選んで欲しいと 言っている・・・アスカはものすごく楽しみにしているようだ。 試着を終えた綾波はまるで見違えるように素敵だった。僕は綾波に先ほど買っ た帽子をかぶせてやる、すると綾波はすごく喜び、僕に感謝の言葉を言う。 それを聞いたアスカはむっとした様子で、麦藁帽子をひっかぶって黙り込んで しまった。アスカの気持ちも分かるけど・・・ 僕は女の子らしい服を着ることにより、綾波も普通の女の子に変わっていくこ とを願った。

第八十話・はじめてのキス

綾波の服を買い、僕らは店をあとにした。そろそろ昼食の時間だ。トウジはお 腹が空いているらしく、僕に何を食べるか相談してくる。綾波は肉が嫌いだか らとトウジに言うと、好き嫌いはいけないと綾波に説教する。綾波はトウジの 言葉には耳を傾けないので仕方なく、どうして肉が嫌いなのかを聞いた。 血の匂いがするから食べられない・・・・・ 僕にはそんな風には感じないけど、綾波がそういうのであれば、それで良いと 思う。綾波にはトウジとどこで食べるか相談してもらうことにした。 やっと1人になれたと思ったら、今度はアスカが服を選んであげるという件で 話し掛けてくる。僕はみんなから抜け出す方法を考えてとアスカに頼んだ。 アスカは嫌がったけど、ちゃんと服を選ぶとのことで話がまとまった。 綾波とトウジの方もお昼はラーメン屋ということに決まったらしい。 綾波は一度ミサトさん達と一緒にラーメン屋に行ったことを覚えていたのでは なくて、誰かに聞かされていたらしい・・・ 僕は改めて今の綾波は昔の綾波でないことを思いだした。でも過ぎ去ったこと よりも、これからのことの方が大切だから・・・ ラーメン屋での昼食を終えたあと、再びデパートの店内に戻って買い物をして いたが、しばらくするとアスカはトイレに行くという理由で、僕を連れてみん なのいるところから抜け出した。もちろん僕に服を選んでもらうために・・・ 早速僕らは近場の店に入った。アスカは健康的なイメージがあるからと、僕は 青の眩しいジーンズと、ちょっと大きめな赤いチェックのシャツを選んだ。 試着をしてもらいアスカは僕に似合うかどうかを聞いてくる。 僕が似合っているしカッコいいよと言うと、アスカも気に入ってくれたようだ。 僕はその服を買い、みんなのいるところへと戻ってきた。するとトウジがいな い・・・洞木さんは指摘されて初めてトウジがいないことに気づいたようだ。 洞木さんはトウジがいなくなったことが不安そうで、そわそわしていた。 しばらくしてトウジが帰ってきた。そして心からの贈り物だといって、 洞木さんに淡いグリーン色のエプロンを手渡した。洞木さんは感動のあまり涙 を流している・・・そしてに飛びついて、トウジのほっぺたにキスをした。 これが洞木さんのトウジに対するお礼だといって・・・

第八十一話・男らしくあるために

それからの二人の間には気まずい雰囲気が流れていた。トウジは胸を張って僕 達の先頭を歩いていたが一言もしゃべらない。洞木さんは一番後ろでうつむい たまま歩いている。アスカは心配して僕にどうするか話し掛けてきた。 僕たちにはどうすることも出来ないし、自然にしておけばいいと思うけど・・・ 結局僕らには何も出来なくて、このままトウジについて行くことにした。 他に予定は残っていなかったし・・・ すると綾波が自分にもエプロン・・・と話し掛けてくる。僕は不覚にもそのこ とを忘れていた。みんなに綾波のエプロンを買うことにつきあってくれないか と尋ねると、ケンスケとアスカはいいと言ってくれたけど、やはりトウジと洞 木さんは黙っていた。もう一度僕が尋ねると、トウジは構わないと応え、洞木 さんも真っ赤な顔で別に構わないと言った。トウジに視線を逸らさせられる洞 木さんはかわいそうだけど、トウジの恥ずかしい気持ちを考えると、僕には何 もでき無かった。エプロン売り場に着いても二人はお互いに視線を合わそうと しない。ケンスケとアスカは二人の様子が気になるようで、真剣にエプロンを 選らんでいるのは僕と綾波だけだ。 綾波に好きな色は何かと聞くと、僕に何色が好きに見えるかと逆に聞いてくる。 僕はイメージからいって、青色か白色かと答えたけど、綾波自身は別に好きな 色はないらしい。僕は綾波に淡い水色のエプロンを選んであげ、綾波もとても 気に入ってくれたようで、僕はそのエプロンを買った。 これで買い物も全て終わり、家路につくことにした。 帰り際に洞木さんはトウジにキスをしたことをトウジに謝っていたが、トウジ は別に気にしていない、と顔を真っ赤にして逃げ出すように立ち去った。 洞木さんはトウジの言葉が嬉しかったようだ。嫌われていないと・・・ 僕にはトウジの行動がとても男らしく思えた。

第八十二話・それぞれの苦しみ

綾波を家まで送り届けて、僕は帰ろうとしたら呼び止められた。 荷物がたくさんあるから手伝って欲しいと・・・アスカも手伝うと言って綾波 の家に入る。そして綾波が僕たちにお茶を入れてくれた。僕は礼を言うと綾波 に着替えてくるようにすすめる。アスカは綾波の部屋を見るのは初めてのよう で不安そうだ。確かに綾波の部屋は、以前よりはましにはなってはいるけれど、 何となく不気味なことは僕も感じたことがあるから・・・ 綾波が着替え終わって僕たちの前に現れる。その服は僕が選んだ白いワンピー スで、しっかりと帽子もかぶっていた。綾波に似合っているけれど、僕はジャ ージに着替えてもらうことにした。汚れてしまったりしたら大変だから・・・ そんな僕をアスカはやさしいねと言う。そして自分と綾波は僕にとって同じ存 在なのかと尋ねてきた。僕はアスカは家族だし綾波は友達だと思っているけれ ど、アスカとはただそれだけの関係ではない・・・と言っていたら、着替え終 わった綾波が割り込んで、きっぱり「それだけよ!!」と・・・僕とアスカは ただの同居人でそれ以上ではないと・・・アスカも反論するが綾波は今日僕と 抱きしめあったことをアスカに告白してしまった。アスカは僕に確認をするが、 僕が本当だというと外に駆け出してしまった。 僕は綾波に腕をつかまれて引き止められたが、振り切ってアスカを追いかけた。

第八十三話・真実の言葉

僕は全力で走って追いかけたが、アスカもかなりのスピードで走っている。そ の差はなかなか縮まらない。僕はアスカに声をかけながら必死に走った。 そしてアスカに追いつく・・・アスカは息を切らして立ち止まっていた。 僕はようやく追いつくとアスカの手首をぎゅうっとつかんだ。アスカは嫌がっ たが、僕はアスカがどこにも行かないようにするためにその手を離さなかった。 アスカは自分がどこに行こうが関係ない、などと言うが僕には関係がある。 アスカにはそばにいて欲しいし、いなくなって欲しくないから・・・ それに僕はアスカが好きだから。 アスカに恋をしているとは言えないけど、僕はアスカの事を一番大切に思って いる。それは綾波に対する気持ちとは同じではない。 僕が最初に好きになる人は、アスカであって欲しいと思っている。 ただ僕は綾波には普通の生活をして欲しいから、守ってあげたいから・・・ アスカは僕の言葉を聞いて目を潤ませている。 僕がはっきりしないせいで誤解をさせちゃって・・・アスカは自分が綾波と同 じに思われるのことが不安だったのだ。でも僕がアスカを選んだことを分かっ てくれて、今はそれだけで良いと・・・ 僕たちは前に一度二人で歩いた湖の小道へ寄りつつ家に帰ることにした。

第八十四話・歌と思い出

家に帰る途中、僕とアスカは同じような会話をやり取りしていた。 アスカが「シンジ?」と話しかけ、僕が「何、アスカ?」とそれに応える・・・ アスカはどこか行きたい所があるかと聞いてきた。、そういえばアスカと一緒 に遠くに出かけたのは温泉以外なかった。沖縄の修学旅行にも行けなかったし。 アスカは二人っきりで一泊旅行にでも出かけようと提案してきたけど、僕はさ すがにまずいと思った。そんな僕をアスカは自分を一人の女の子として見てく れていると喜び、旅行はあきらめると言った。 アスカは完全に落ち着きを取り戻していて、僕に心を開いて話し掛けてくる。 僕もまたアスカに心を開いて、それに正直に言葉を返していた。 アスカは僕に子どもは好きかと聞いてきた。僕は嫌いじゃないけどアスカの方 はあまり好きではないらしい、でも好きにはなれるかもと・・・ 今度は反対に僕がアスカのことを聞いた、ここに来る前はどうしていたのかと・・・ アスカはここに来る前の思い出は忌まわしいものでしかない、未来だけを見つ めていたいと言った。僕も第三新東京市に来る前は良い思い出は一つもなかっ たから・・・アスカと僕は似たもの同士、うまくやっていけるかもしれない。 さらにアスカは僕に聞いてくる。自分の子どもは欲しくないかと・・・その時 妙な雰囲気になったけどなったけど、アスカとの手はつないだままだった。こ こで手を離したらしたら、またアスカがどこかへいってしまう。追いかけたこ とが無意味になってしまうから・・・アスカの手はいつもよりも暖かかった。 知らないうちに僕らは湖のほとりに着いていた。 そこでアスカは音楽は好きかと聞いてくる。そういえば最近S−DATは聴い ていない。音楽を聴いていると一人でも一人じゃない気がして寂しくなかった から・・・でも今はみんなが・・・そしてアスカがいるから・・・聞く必要は なくなったんだ。 アスカは無性に歌いたくなったと言い出し、僕らは一緒に静かに赤トンボを歌 う。そこでアスカは「歌っていいわね・・・」と僕に微笑みかけながら言う・・・ アスカの言葉を聞いた僕は、僕のことを初めて好きと言ってくれた、そして僕 が殺した使徒・カヲルくんのことを思い出した・・・

第八十五話・あたたかな家庭

僕とアスカはようやく家に帰ってきた。ミサトさんはまだ帰ってきていないら しい。僕らは各自の部屋へ戻り着替えることにした。着替え終わった僕は、台 所へ行き夕食の準備をする。しばらくするとアスカは今日買ってあげた服に着 替えていた。僕がただ似合うとだけ言うと、アスカはもっと気の聞いたことが 言えないのかといって、頬を膨らませる。そういったやり取りをしたあと、ア スカも赤いエプロンを着けて、夕食の準備を手伝う。アスカにはジャガイモを むいてもらって、僕はもっと手の込んだ作業をしていた。 一通り料理が出来上がったあと、ちょうど都合良くミサトさんも帰ってきた。 アスカはお腹が空いたと言って、早速食べ始める。僕はミサトさんが着替え終 えるまで待つつもりだったので食べずにいた。 そんな僕をアスカは我慢強いというけど・・・そしてアスカは僕のことを我慢 していると、顔を真っ赤に染めて言った。場は一瞬静まり返る。 ミサトさんが着替え終わってやってきた。ミサトさんは楽しそうに話していた のに、痴話喧嘩とでもしたのかと聞いてきたけど・・・僕はそんなんじゃない としか答えなかった。 ミサトさんも来たことだし、僕はようやく料理に箸をつけることにした。 しばらくすると、ミサトさんはアスカの服に気づいてどうしたのか聞く。 アスカは僕に買ってもらったと言って嬉しそうに言うが、ミサトさんの方は、 最近加持さんとのつきあいが悪いらしい。 それを聞いたアスカはお互い男には苦労するわねと言う。僕はその言葉に反論 したが、ミサトさんも僕のことを優柔不断な男だと・・・ アスカは僕のことを好きになったおかげで苦労もしているが、幸せだとう。 ぼくもアスカもこんなにも楽しそうに笑うのは久しぶりだと思う。 ミサトさんに冷やかせられたりもしたが、僕はこうして楽しい食事のひととき を満喫していた。

第八十六話・携帯電話にのせて

食事が終わった後も楽しい会話が続いていた。そして就寝の時刻になり、僕と アスカはそれぞれの部屋に向かう。これで今日はお別れなんだ・・・ 僕たちはなんだか恥ずかしくなって顔を赤らめていた。 僕はアスカの問いかけにはっきりしない返事をしていた。そうしたらアスカは もっと寂しそうにしなさいだって・・・別に明日になればまた会えるのに・・・ そういっていたら、アスカはいきなり僕に抱きついてキスをしてきた。 僕はいきなりのことに呆然としてしまったが、アスカはキスを終えると僕の瞳 を見つめて一言、おやすみシンジ・・・といい、自分の部屋に消えていった。 僕はしばらく茫然自失だったが、それから自分の部屋に戻り、今日あった出来 事を思い浮かべていた。 アスカとは何とかうまくいって良かった。でも綾波には悪いことをしてしまっ た。アスカを追いかけるのに振り切って家を飛び出してしまったから・・・ もしかして綾波は一人で泣いているのかもしれない。僕は居ても立ってもいら れなくなり、偶然目に付いた携帯電話で綾波の家にかけることにした。 なかなか出ない・・・・・綾波は今日のことを気にしているのだろうか、それ とも電話には出ないつもりなのだろうか。諦めようとしたらようやく回線が繋 がった。綾波は僕に嫌われたのではないかと気にしていたらしい。嫌われて当 然なのは僕の方だ・・・綾波を置いてきたんだから・・・ 綾波は自分に僕がいることを信じさせるために、僕の声をきかせて欲しいとい い、僕はいうとおりに名前を呼んであげた。綾波・・・レイ・・・と・・・ それからの綾波は興奮気味に話していた。僕のことが好きだと、僕が欲しいと・・・ 電話を切った後も僕は綾波のことを考えていたが、取り敢えずは元気になった ことを知ってほっとした。そしていつの間にか深い眠りについていた・・・

第八十七話・輝ける朝

次の日の朝、眠っている僕はアスカにキスをされて起きた。 アスカはなかなか起きなかったから・・・などと言っているが外はまだ薄暗い、 時計を見るとまだ朝の5時半だった。寝坊をしたわけじゃないけど、どうして こんなにも早く起きる必要があるのかをアスカに聞こうとした。 アスカははっきりとは答えない・・・そういえば昨日デパートの屋上で、僕が アスカの髪を毎日結ぶという約束をしたような・・・ アスカの髪を見るといつものようにきちんとは結ばれてはいなかった。僕がこ れからやるのかとめんどくさそうに尋ねると、アスカは機嫌を損ねたように、 自分の髪の毛に触れるのは嫌なのかと問いつめる。僕は別に嫌いじゃないけど、 時間がないのではないかと思った。するとアスカは朝ご飯とお弁当の準備は自 分一人でしたと言う。二人でリビングに移動すると本当に準備が出来ていたの で僕は驚いてしまった。食事はいつもと違って洋風だったが、大したものだと 思う。僕は冷めないうちに食べた方が良いかと、ミサトさんも起こそうとした が、アスカは寝かせておいてやった方がよいと・・・そういえばまだ朝早いし、 ミサトさんも疲れているようだから、僕はアスカのいうとおりにすることにし た。アスカの自分たち二人で十分・・・という言葉には感じるものがあったが・・・ アスカは焼けたパンにマーガリンとジャムを塗って僕に差し出した。僕は正直 驚いてしまった。アスカにもこういうところがあるのだと・・・ そういうとアスカは照れて顔を赤くし、おかずも食べなさいと言う。 ベーコンエッグにソーセージ・・・お世辞ではなくて本当に美味しいとアスカ を誉めた。こうしてアスカとの楽しい朝食を終えた後、僕たちは部屋に戻り学 校へ行く準備をすることにした。そして僕はこれからのこととさっきの朝食に ついて、考えを巡らしていた。 アスカは目に見えてかわいくなったが、人は幸せになると輝いて見えるのだろ うか、僕や綾波は人から見て輝いているのだろうか・・・ いつの間にか僕は深く考え込んでいた。

第八十八話・近づく瞳

ドアをノックする音がする、アスカが呼びに来たようだ。僕は我に返ると返事 をした。了解を取ったアスカが部屋の中に入ってくる。いつもだったらお構い なしに僕の部屋に入ってくるのに・・・アスカも変わったのかな。きれいにな ったし輝いて見える・・・ しばらくアスカの顔をじろじろ見つめていたらアスカは恥ずかしがった。 アスカは自分が元気なのは僕のおかげだと小さく言い、自分の部屋に来て欲し いと手を差し出す。僕はアスカに導かれて部屋を移動した。 アスカの部屋はもともと僕の部屋だったので何となく懐かしい気がするけど、 女の子の部屋らしい雰囲気が漂っていた。アスカはブラシや髪留めなどをベッ ドの上に置き、座ると僕に髪をとかしてといってくる。 僕はいきなりやれっていわれても、どうすれば良いのか分からなかった。 そうするとアスカは一つ一つ口で説明するからと言い、僕もそれに従うことに した。僕は言われたとおりにアスカの髪をやさしく丁寧にとかす・・・アスカ は浸ってしまって、時々声をかけないといつまでとかしていれば良いのか分か らなかった。時間がかかったが、アスカの髪は何とか見栄えのするものに出来 上がった。アスカも自分で髪をチェックする。あまり大掛かりな修正の必要は なかったようだ。アスカも初めてにしては上出来だと僕を誉める。そして今度 はお礼に僕の髪をとかしてあげると・・・ 僕は断ろうとしたけどアスカは真剣だ。取り敢えずやってもらうことにした。 最初アスカは髪をとかそうとしないで、僕の髪を手で撫でていた。アスカは僕 の髪の毛のことを、堅いと言ってくるけど僕も一応男だから・・・ しばらくするとアスカは僕に時間を聞いてきた。僕はなぜこんなことを聞いて くるのだろうと、アスカのことが心配になった。様子もおかしいし理由も分か らない・・・・・するといきなりアスカが後ろから抱きついてきた。 アスカは体重を預けてきたので、僕は横倒しにされてしまう。 そしてアスカは真剣な眼差しで「好き・・・・」だと・・・

第八十九話・恐れ

アスカのベッドの上で、アスカは倒れている僕に抱きついていた。あまりにま ずい状況だということは、僕でも何となく分かっていたのでアスカを引き剥が そうとするが、アスカは興奮状態で僕の言葉に耳を貸そうとしない。放しては くれなかった。そして好きだといってキスをしてくる。この時のアスカのキス はいつもの唇と唇を合わせるだけのものではなかった。アスカの舌が僕の舌に 触れたとき、僕は思いっきりアスカを突き放してしまった。しかし、アスカが 僕の上に馬乗りになっているという体勢は変わらない。僕が黙っていると、ア スカが先に口を開いてきた。 「アタシ・・・はじめてだから・・・・」 僕はアスカのいうことの意味が最初は理解できなかったが、すぐに気づいてア スカを説得する。僕たちにはそういうのは早すぎるから・・・でもアスカは体 はもう大人だと言って、僕のいうことを聞かない。アスカは僕に抱かれて・・ ・そして身も心もひとつになりたいと・・・そうして着替えたばかりの制服を 脱ごうとする。僕はそんなつもりはなかったので、アスカに服を脱ぐのをやめ させようとした。すると今度は僕の服を脱がそうとしてシャツに手を伸ばす。 僕はかたくなに拒んだ。するとアスカは僕の瞳をのぞき込んで尋ねてきた。 「・・・どうしてなの・・・・?」 僕はこういうのに興味はなくはないが、とにかくなんだか嫌だった。アスカと はこういった関係ではいたくないし、何より体だけ結ばれてもしょうがないか ら・・・そう言ってアスカの下から抜け出すと、僕は自分の部屋に戻ることに した。その時のアスカはおとなしく、僕が出ていくのを黙って見つめていた。 自分の部屋に戻った僕は想いを馳せる・・・アスカがああやってきたことは嫌 ではなくて、実は純粋に恐かっただけなんだ・・・ 僕は以前カヲル君に他人との一時的接触を極端に恐れていると言われたことを 思い出した。どうしてあんなに恐かったのか・・・僕には理由が分からなかっ た。これからもこういうことが起こると思うと僕は不安だった。

第九十話・分かち合うこと、そして変わらない二人

ドアが開く音がする。振り返るとアスカが目を伏せがちにして立っていた。 アスカが中に入ってこない理由は何となく分かるので、僕はアスカに部屋の中 に入るよう促した。アスカは沈んだ表情をしている。 僕は怒っていないとアスカに微笑みかける、それからアスカの気持ちに応えて あげなかったことを謝った。アスカを拒んだのは嫌いだとかそういうことでは なくて恐かった、そしてアスカから逃げたんだと・・・僕はいつの間にか自分 の考えをアスカに吐露していた。 それを聞いたアスカは、苦しいことや悲しいことがあったら二人で分かち合お うと・・・そしてアスカは僕に涙は似合わないと・・・いつの間にか僕は涙を 流していた。そんな僕をアスカは胸に抱きしめる。ひとのあたたかみも、人に 甘えることも全部自分が教えてあげると・・・こうして僕はアスカのあたたか みを感じていた。目は開けたままで・・・ それからの僕はなんだか恥ずかしくって顔を真っ赤にしていた。 アスカはふざけてまた僕の頭を自分の胸に押しつける。僕は顔面をアスカの胸 に押しつけられていたので、返事が出来なかった。するとアスカは僕の脇の下 をくすぐりにかかる。僕もアスカをくすぐり返してやった。このように僕たち が騒いでいたので、ミサトさんが起きてきた。ミサトさんは僕たちを眺め回す と冷やかすように、何をやっていたかと聞いてくる。 僕は真っ赤な顔で、ただくすぐりあっていたとミサトさんに答えるが、アスカ の方は、まだ何もしていないと余計なことを・・・ 僕はミサトさんに何もしていないと必死に説明する。ミサトさんは最初から僕 にそんな度胸がないことを知っていてからかっていただけらしい・・・ 僕とアスカはミサトさんの朝食に相伴し、お茶を飲むことにした。 そしてみんなが迎えにくるまで、楽しく話をしていた。

第三部あらすじ完


作者の岩田さんのページはここ:エヴァンゲリオン補完計画

そして御感想はこちらまで:s952205@gifu-kyoiku.ac.jp
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