「ただいまー!!」

あの人の声が聞こえた。
とうとうこの楽しかったひとときも終わり。
もう少し、もう少しだけ、帰りが遅ければよかったのに・・・・



かくしEVAルーム半周年記念短期集中連載

『二人だけの休日』Epilogue

「シンジ、シンジ、シンジ!!」 あの人が慌てて碇君を探してリビングにやってきた。 「おかえり、アスカ。結構早かったんだね。」 碇君はこんな人にも、やさしく微笑みながら穏やかに話しかける。 でも、この人にとっては、そんな碇君の穏やかさがもどかしいらしくて、大き な声で碇君を詰問した。 「早かったね、じゃないわよ!!アタシはアンタが心配で心配でしょうがなか ったんだから!!」 「そ、そんな心配するような事は何もないのに・・・・」 碇君はこの人を安心させようとする。 でも、この人にはそんな碇君のやさしさなんて全然伝わらないみたい。 私はこんなに強く、碇君の心を感じていると言うのに・・・・ 「とにかく、レイに何もされなかったでしょうね!?」 「大丈夫だって・・・・」 「ほんとでしょうね!?」 「ほ、ほんとだってば・・・・」 「本当に?怪しいもんよね・・・・」 「ど、どうしてさ?」 「アンタがうそつきだってアタシは知ってるし、それにそもそもアタシがいな いところでレイが何もしないはずないもんね。」 碇君がうそつきっていうのは許せない!! 碇君は私がこの人にいじめられないように、かばってくれているだけなのに。 でも、この人のいないところで、私が碇君に何もしないはずがないって言うの はほんと。私にとっては、これが最大のチャンスだったから・・・・ 「そ、そんなのはアスカの思い込みに過ぎないよ。」 「・・・・」 「だから・・・ね?」 「・・・・じゃあ、その唇についてる、紅いものは何なの?」 「え!?」 碇君はこの人の言葉に慌てて唇に手を当てた。 私は口紅なんてつけてないのに・・・・ それにしても、この人はいつもながらずるい。 碇君をしょっちゅう騙して、碇君を困らせているんだから・・・・ 「アンタ、認めたわね。レイとキスしたって。」 「あわわ、こ、これはつまり・・・・」 「言い訳無用よ!!アンタが唇に手を当てたって事は、レイとキス、しかも唇 でしたって事を、証明してるんだから!!」 「・・・・・」 「したんでしょ、キス!?さっさと白状なさい。もうネタはあがってるんだか ら・・・」 碇君はこの人の責めにうつむいてしまっていた。 碇君、可哀相・・・・ 碇君はとうとうこの人の追求に負けて、私とキスした事を白状してしまった。 「・・・・しました。」 「やっぱり!!このバカ!!アタシが留守なのをいい事に浮気するなんて!!」 この人は大きな声で碇君を怒鳴り付けると、私が止めるまもなく碇君を手で思 いきりぶった。 「やめて、碇君をぶたないで!!悪いのは私なんだから!!」 私はこれ以上碇君がぶたれるのを黙って見ていられなかった。 だから、碇君とこの人の間に割って入った。 すると、この人は私に向かってもこう言う。 「わかってんじゃない!!アンタももちろん同罪よ!!」 そして、私も碇君と同じように、この人にぶたれた。 痛かったけど、碇君と同じ痛みを共有していると思うと、何だかそれほど苦し くもなかった。 「アンタのした事は、はっきり言って卑怯な抜け駆け行為なのよ!!自分に自 信があるんだったら、アタシのいない時に姑息な真似をするんじゃなくって、 もっと正々堂々と来なさいよ!!」 「・・・・・」 この人の言う事は、もっともな事だった。 私は自分が碇君にした事が悪い事だとは思わないけど、私のした事がこの人に とってまさに卑怯な抜け駆け行為であり、ずるい事なのだった。 私はそう思うと、ちょっと反省してこの人に謝った。 「・・・ごめんなさい。」 「謝ればいいってもんじゃないのよ。これからは、こういうずるい真似は無し よ!!いいわね!!」 「・・・・うん・・・・・」 私がうなずいてそう言うと、この人は少しだけ表情を和らげてくれた。 やっぱり碇君が想いをかけるだけあって、この人も悪いだけの人じゃないと思 った・・・・ 「ほら、アタシは着替えてくるから、アンタ達は冷たい水で顔でも洗って、頭 を冷やして来なさいよ!!」 この人はそれだけ言うと、そそくさと私と碇君を残して部屋を出ていった。 そして私と碇君は、この人に言われたように、洗面所に行って叩かれた頬を冷 やしてくる事にした。 「二人とも、アスカに怒られちゃったね。」 碇君は洗面所でタオルを二本水で濡らすと、一本を私に渡しながら話してくれ た。 「うん・・・・」 「綾波はアスカのビンタ、僕みたいに慣れてないから痛いでしょ?これでほっ ぺたを冷やすといいよ。」 「ありがとう、碇君・・・・」 そして、碇君と私は揃って濡れタオルで頬を冷やしながら話をした。 「何だかアスカには、悪いことしちゃったね。」 「・・・うん・・・・」 以前の私なら、そうは思えなかったけど、今の私は何となく、碇君の言葉を受 け入れる事が出来た。 「別に悪い事をした訳じゃないんだけど、結果としてアスカの留守をいい事に キスをしたって事になったんだから・・・・」 「うん・・・・ごめんなさい、碇君。」 「いや、綾波が悪い訳じゃないよ。言わば、僕達は共犯だね。だから、僕だけ でもなく、綾波だけでもなく、二人ともがアスカにぶたれたんだから・・・・」 「・・・・・」 碇君の言った「共犯」と言う言葉。 いい言葉じゃなかったけど、私は碇君と一緒だということが、何だかうれしか った。でも、だからってここで微笑むのは碇君に失礼だから、私は黙って碇君 の言葉に耳を傾けていた。 「じゃあ、これ以上アスカの機嫌を損ねないように、二人で何かおいしいもの でも作ってあげようか!?」 「うん!!」 私はまだ、碇君と一緒にいられる。 あの人が私と碇君の間に入ってきたとしても、私は構わない。 あの人がいても、碇君を私の事を忘れずにいてくれるし、ちゃんと気にかけて くれる。 碇君と私が二人きりで、あの人がいない時には、碇君があの人を案じていたよ うに・・・・ 私はそう思うと、あの人と私は、おんなじなんだと思った。 だから、何だかあの人を憎む気持ちが薄れて、親近感が湧いてきた。 碇君とあの人が一緒にいる時に私がいつも味わっている気持ちを、あの人も今 日、味わっていると知ったのだから・・・・ 「シンジ!!レイ!!何してんのよ!!早くこっちに来なさいよ!!」 あの人のうるさい声。 でも今日は、それもなんだか嫌な気持ちはしなかった。 「行こう、綾波。アスカがうるさいから。」 今の碇君の言葉をあの人が聞いたらきっと怒るだろう。 でも、碇君の顔を見れば、碇君の気持ちなんてすぐわかる。 碇君はあの人の事、うるさいなんて思ってない。 そう思ってたら、こんないい顔は絶対に出来ないもの。 でも、私はそれを知っても悲しくはならない。 「うん、碇君!!」 私は最高の微笑みを向けて、碇君に応えた。 ここにこうして私がいる。 碇君と、あの、アスカさんに包まれて。 それは私にとって、喜び以外の何物でもなかった。 だってここは、私にとって最高の場所なのだから・・・・

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