メール500通記念短編

『月夜の邂逅』


・・・・全てが終わった。
後に残されたものは何もない。
ただ、僕の命があるだけ。
でも、今やそれも虚しいものとなった・・・・

闘いは終わった。真実はどうあれ、そういう話だ。しかし、その結果として僕
に与えられたものは、苦しみでしかなかった。いや、僕は昔に戻っただけだ。
昔の自分、何もない自分、そう、そんな生きているのか死んでいるのかわから
ない自分に戻ったのだ。
僕は幸せを知ってしまった。それはほんの短い時間であったが、僕にとっては
永遠とも思える輝かしい日々だった。そして僕はこれからその思い出を胸に抱
いて生きてゆかなければならないのだ。僕がした事の代償、いや、ささやかな
褒美として・・・・

現実は止まった。世界は崩壊している。少なくとも僕の世界は。
僕の街、第三新東京市は壊滅状態にあり、今や住むものすらいない、ゴースト
タウンと化している。闘いの爪痕ははっきりと残り、その壮絶さを如実に表し
ている。時折車が通るが、それは大抵軍用車か、ネルフの専用車か、それとも
救急車であった。そんな中、僕だけが一人歩いている。誰もいない広い道を、
ただ一人で。
アスカは病院だ。僕は一度お見舞いに行ったが、それ以降は行けなかった。僕
もああなったら楽だっただろうが、僕はそうなれなかった。だから僕は歩いて
いる。僕には歩く事しかない。他には何もない。何も出来ない。
ミサトさんはいない。あれから見ていない。家にもいない。僕にはミサトさん
に気持ちが分かったような気がしたから、ミサトさんを責めるつもりはなかっ
た。そしてそんな僕も、出来るだけ家を空けた。ただ、夜遅くになって寝に帰
るだけであった。しかし、外にいてもする事などない。だから僕は歩いている。
疲れても疲れても、日が暮れて僕が倒れそうになるまで。
他の人達は知らない。リツコさんは監禁されているようだ。それはうらやまし
くもある。僕も誰かに縛られていれば、こうして街をさ迷い歩く事もないだろ
う。しかし、もはや僕を縛るものなど存在しない。僕がこうしていても、誰も
何も言わない。誰も僕の事など気にしない。しかし、そんな事はどうでもいい
事だ。僕の心は壊れ、後は命が終わるのを待つだけなのだから。
そして綾波。綾波は・・・・あれ以来見ていない。きっと僕と同じく、使い捨
てなのだろう。そう考えると僕と同じだ。綾波もあの人に捨てられるのだろう。
もはや僕たちには、存在価値はないのだから・・・・・

夜も更けた。街は死んだように暗く、ただ、月明かりだけが青白く僕を照らし
ていた。それはやけに明るく、照明の必要を感じさせない。青白い光は、僕だ
けでなく全てのものを包み込んでいた。それはまるで、僕の存在をこの世界と
一つにしているかのようであった。僕は月明かりのもとでは目立たない存在で
あり、僕はそれが心地よかった。
僕は一人歩いていた。どこに向かう訳でもなく、ただ足の赴くままに歩く。僕
にはもう、目的などなかった。しかし・・・・・

人影が見えた。人の姿を見たのは、何と久しぶりだろう。しかし、僕は話し掛
けるつもりなどなかった。余計なごたごたは御免だった。僕は一人でいたかっ
た。誰とも話などしたくはなかった。
だが、僕はそれに気付いてしまった。そして、相手も僕の存在に気付いた。

瞳と瞳が触れ合う。それは一瞬の事であった。相手は僕に何の感情も見せずに、
そのまま視線を変えた。夜空に浮かぶ、満月の方に・・・・

僕もそれにつられて、視線を月の方にやる。僕は今までずっと、月の青白い明
かりを感じ続けていたが、それに視線を向けた事はなかった。今日、初めて月
を見た。月は何も言わなかった。ただ、そこにあった。それだけだった。しか
し、僕はその存在を今まで以上に強く感じた。そして僕が月から視線を元に戻
すと、もう相手の姿はどこにもなかった。僕はそのまま家に帰って、眠りに就
いた・・・・

次の夜。今日も僕の目には、満月に見えた。昨日も実は完全なる満月ではなか
ったのかもしれない。だが、そんな事は僕にはどうでもよかった。
僕はまた、昨日と同じ場所にきた。しかし、彼女にもう一度会いたかったから
ではない。ただもう一度、昨日の月を見たかったからだ。昨日と同じ場所で、
昨日と同じ月を・・・・・

彼女は今日もまた、同じ場所にいた。そして昨日と同じく、月を見つめていた。
僕が彼女に気がつくと、彼女も僕に気がついた。
また、二人の視線が交わる。しかし、それも彼女の方からすぐに断ち切られた。
彼女は昨日と同じく、月に視線を向けた。そして僕もまた、月に視線を向けた。
僕が視線を戻すと、また彼女はいなくなっていた。そして僕は家に帰って眠る
事にした。

次の日も月が綺麗だった。もう、満月ではないようにも感じたが、それでもそ
の存在を貶めてはいなかった。僕はいつのまにか、月を気にするようになって
いた。僕の空っぽな心の中に、何かが生まれて来たような気がした。

今日もまた、彼女はそこにいた。いつもと変らぬ姿で、月明かりの下に佇んで
いた。彼女は僕の姿を認めると、いつもと同じように、すぐに月に注意を戻し
た。しかし、僕は昨日までと同じようには、月を眺めなかった。ただ、月を眺
め続ける彼女の事を見つめていたのだ。
彼女はしばらくすると、月を眺めるのをやめ、そのままここを立ち去った。僕
が彼女が消えるのを見たのは、これがはじめてだった。僕は彼女の後ろ姿が見
えなくなると、家に帰って行った。

次の日は少し雲がかかっていた。しかし、それでも月は見えた。僕は彼女がい
るかどうかを確かめるべく、いつもの場所に向かった。
僕がその場所に現れると、やはりそこには彼女の姿があった。僕は彼女を見つ
める。彼女は僕が来たのに気付くと、またいつものように僕に視線を向けた。
僕は彼女から視線をそらさなかった。彼女も視線をそらさなかった。彼女の瞳
は月明かりで紅く輝いていた。僕は今までにも見た事のあるそれを、はじめて
見るような気持ちがした。
僕と彼女はしばらく見つめあっていたが、なぜか二人ともそれをやめようとは
しなかった。しかし、二人の瞳には、何の感情もなかった。二人の間には、長
い長い距離があった。二人とも、それを縮めようとはしなかった。そして今日
は、そのまま二人は立ち去った・・・・

次の日の夜空は、昨日とは打って変わって晴れ渡っていた。そして僕はまた、
彼女の待つあの場所に向かった。
彼女は今日もまた、同じ場所に立っていた。僕は彼女を見つめた。彼女も僕を
見つめた。しかし、彼女は僕を見ても、何も言わなかった。僕も何も言わなか
った。ただ、視線を交わすのみであった。
僕は彼女に近づいた。ほんの少しだけ。彼女はそれを見ても、何の反応も示さ
なかった。それを見た僕は、もう少し近づいた。彼女は動かなかった。僕はま
た、少しだけ近づいた。こうして、僕たちの間の距離は徐々に短くなっていっ
た。僕は少しずつ、彼女に興味を持っていった。

昨日はそのまま別れた。そして今日、また僕はあの場所に向かった。しかし、
今日、彼女の姿は見えなかった。僕は少々寂しく思って、頭の上に輝く月を見
上げた。今日も月は綺麗だった。彼女はこの月を見て、何を思うのだろう。僕
は月を見ながら、彼女の事を考えていた。
時は過ぎた。僕は月を見るのをやめて、家に帰ろうとした。すると、そこには
彼女の姿があった。それも僕のすぐ近くに。僕は彼女が来ていた事など、全く
気付いていなかった。彼女は僕が彼女に気付いたのに気付くと、月を見るのを
やめ、僕の方に視線を下ろした。
僕と彼女は、今までにないくらい近くにいた。僕は一言彼女に声をかける。

「・・・・今日は遅かったね・・・・・」
「・・・・・」

彼女は何も言わなかった。そして彼女はそのまま立ち去った。僕も彼女がいな
くなると、そのまま黙って立ち去った。よく考えると、僕が人に話し掛けたの
は、久しぶりの事であった。彼女は僕に返事を返してくれなかったが、僕は全
く気にならなかった。ただ僕は、明日も彼女に声をかけようと思った・・・・

月は満月からだいぶ遠ざかって来ていた。それでも、月は月だった。僕は今日
もまた、いつもの場所に向かう。僕はこのささやかな邂逅の時が、何だか楽し
みになって来ていた。そして僕は、少しずつ変わって来ていた・・・・
僕がその場所についた時、ちょうど彼女もそこについたところだった。僕は黙
って彼女に近づいた。彼女も僕に近づいて来た。二人はまた、近くに立った。
そしてそのまま、いつものように月を見上げる。彼女もそうしているであろう
という事が、僕にはわかっていた。
僕は月を見たまま、月にでも話しかけるように、彼女に話し掛けた。

「・・・・綺麗だね・・・・・」
「・・・・そうね・・・・・」

交わした会話は、ただそれだけだった。しかし僕は、彼女が僕に応えてくれた
事が、何だかうれしかった。
しばらくして、僕は月を見るのをやめ、視線を下に降ろした。すると彼女も、
僕に続いて視線を下に戻した。彼女と僕は、目と目を合わせた。彼女の瞳の奥
には、何の感情もなかった。
すこしして、僕は彼女に別れを告げる。

「・・・・じゃあ、今日はこれで・・・・・」
「・・・・・さよなら・・・・・・」

彼女はそう言うと、そのまま僕に背を向けた。僕は彼女が立ち去る姿をずっと
見つめていた。彼女が見えなくなっても、僕の耳にはまだ彼女の声が残ってい
た・・・・

次の日も僕は彼女に逢いに向かう。今の僕には、この事しかなかった。僕は早
足で歩きながら、夜空に浮かぶ月を見て思う。この月があったから、僕は彼女
に逢うことが出来た。僕はずっと近くにいたけれど、遠い存在だった彼女。月
を通して、僕は彼女の本当の姿を知り始めたような気がしていた。
いつもの場所につくと、彼女はもう既に来ていた。彼女は僕が来たのに気付く
と、月を眺めるのをやめて、僕の方を向いた。僕はそんな彼女の近くまで来て、
彼女に声をかけた。

「・・・・今日は早いね。」

すると彼女は僕に返事をしてくれる。

「・・・そう・・・・」

それはそっけないものだったが、僕は更に彼女に話し掛けた。

「・・・・月は・・・・月は好きなの?」
「・・・・わからないわ。」
「・・・・・じゃあ、どうして毎日ここに来て、月を見てるの?」
「・・・・・・あなたはどうして、ここにくるの?」
「・・・・僕は・・・・君が・・・・綾波がここに来るから、ここに来るんだ。」
「・・・・・私はあなたを知ってる。」
「・・・僕も、君の事は知ってたよ。ずっと前から・・・・・」
「・・・そう・・・・・」
「・・・・・でも、月を見るまでは、君の事を知らなかったのかもしれない。
そして今、僕は君のことが分かるような気がする。」
「・・・・あなたは何を感じたの?」
「・・・月を・・・・月を感じたよ。君の中に・・・・」
「・・・・月・・・?わからないわ。」
「・・・・僕もよくわからない。でも、わかっているって言う、確信だけはあ
るんだ。」
「・・・そう・・・・・」
「・・・・君はどうして、月を見るの?」
「・・・・・・」
「・・・・答えたくないなら、無理に答えなくてもいいよ。」
「・・・・・・・・・私は一人だから・・・・ここにくるの・・・・・」
「・・・・・そう・・・・・なら・・・僕と君とは同じかもしれないね。」
「・・・・・・同じ?」
「・・・・僕も、一人になったから・・・・・」
「・・・・・そう・・・・・・」
「・・・・月の力が、一人の僕をここに呼び寄せたのかもしれないね。そして、
君も僕と同じく、月に引き寄せられて、ここに来たんだと思うよ・・・・・」
「・・・・・そうかもしれないわね。」
「・・・どうして月は、そんな事したのかな・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・もしかして、月は人が一人で寂しくしてるのを見てるのが嫌いで、
そんな寂しいもの同士を、一つに結び付けるのかもしれないよ。」

僕は思わずそんな事を言ってしまった。今まで悲しみに打ちひしがれていた僕
には想像も出来なかった事だ。僕は綾波と話が出来て、それがうれしかったの
かもしれない。僕はそんな自分がおかしくなって、ちょっと笑ってしまった。
そしてそれも、久しぶりの事だった。僕に笑いなど、絶えて久しいものだった
のだ・・・・
そんな僕の笑みを見た綾波は、僕に向かって言った。

「・・・・・変な事を言う人ね。でも、あなたの考えは、正しいかもしれない
わ・・・・」

綾波は言い終わった後、僕と同じように笑みを浮かべた。それを見た僕は、綾
波の閉ざされた心も、ほんの少しだけ開かれていったと思った。そして僕は、
自分が思わず口にしてしまった事も、あながち間違いではないと感じた。そし
て僕は月を見上げる。綾波も、僕と一緒になって月を見上げた。

僕はその月を眺めながら思う。
この月が、僕と綾波を引き合わせてくれたのかと。
そして今、僕は感じていた。
僕は一人ではない事を。
僕の隣には、綾波のいる事を・・・・

明日もまた、ここに来よう。そしてまた、綾波と話をしよう。
二人の間にはまだまだ壁があるけれど、いつかはそれも乗り越えられるだろう。
何の確信もない。
でも、僕にはわかっていた。それが真実である事が。

それは月の力であった。
月が僕たち二人をここに呼び寄せ、巡り合わせた。
僕はその力を信じる。
僕たちを結び付けてくれる、そんな不思議な、月の力の存在を・・・・・

<終わり>


作者コメント

こんにちは、高嶋です。今やかくしEVA恒例となったメール記念短編ですが、 早くも三回目です。で、栄えあるメール五百通目に当たったのは、山田さんで はなく、100話記念投稿にも投稿してくれた、もさゆら☆さんです。おめで とうございました。しかし、500通目も早昔、そろそろ700になろうとし ております。記念短編が大幅に遅れてしまいまして、申し訳ありませんでした。 深くお詫びいたします。 また、もさゆら☆さんは、1月3日がお誕生日だという事で、私からの少し早 い誕生日プレゼントとなりましたね。お誕生日、おめでとうございます。 しかし、遅れただけでなく、もさゆら☆さんには内容を「シンジ君とレイのら ぶらぶにさせてください」と私からわがままいったにもかかわらず、全然違う 話です。ううう・・・・ダークすぎます。どこがらぶらぶなんでしょうか?何 だか終わってますよね。申し訳ありませんでした。でも、これを書いたのは、 私がオートで惨敗してきた直後の事なので、仕方がないのです。むむむ・・・・ それに内容もあれですが、構成もあれですね。はっきり言って、『赤い月』に そっくりです。はじめにだらだら書いて、あとで飽きてきたかのように会話だ け続けてそれで終わりというやつですね。情けない事です。 ううう・・・・・次の記念イベントは、1000通目にします。私もきつすぎ ますから。では、今日のところはこれで。皆さんいつもいつもありがとうござ います。今後ともよろしくお願い致します。

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