私立第三新東京中学校 第三百六話・ 「……ん?」 ふと、足を止めた。 眉根を寄せながら考え込む姿は渚さんである。 「レイ、ちょっといいかな?」 深刻そうな様子。 だが、穏やかな様子はいつもと変わらない。 「なに?」 アスカとの歓談も一段落して、綾波にも余裕が出来ていた。 あまり仲のいいとは言えない二人だったが、今では渚さんが味方になったこと でいい関係を築こうとしている。特に二人とも近い境遇だっただけにお互いの ことがよくわかる。だから綾波にとってはともかく、渚さんにとっては一番話 のし易い存在だった。 「ああ、ちょっと……」 何かを言い出そうとする渚さん。 しかし、そこで一旦言葉を止めた。 「別に遠慮しなくてもいいわ」 渚さんの様子に何かを感じたのか、綾波は自ら言葉を促した。 「いや……なんでもないんだ。済まない、呼び止めてしまって」 「……別に。用はそれだけ?」 「ああ」 「なら、私は行くけど」 「そうしてくれ」 綾波は観察するように渚さんをじっと見ていたが、特に何も見出せなかったの か、軽く目を伏せて渚さんから遠ざかっていった。 渚さんはそれを確認してから、綾波に聞こえない程度の小声で呟く。 「気付かなかったのならそれでいい。むしろ、気付かなかったことを僕は喜ぶ よ、綾波レイ。以前の君だったら、僕以上にこういう気配には敏感だっただろ うから……」 一緒に登校しているとは言っても、全員固まって歩いている訳ではない。 僕は山岸さんと並んでちょっとした会話を交わしており、渚さんに呼び止めら れた綾波はまたアスカの元へと戻っていった。アスカは綾波がいなくなると素 早く洞木さんを捕まえ、話し相手としている。だから現状は渚さんを除く女性 三人がひとまとまりになっていた。 トウジとケンスケはいつものように仲の良さを発揮して下らない会話に興じて いる。ケンスケは専らトウジの発言に相づちを打つだけだが、それでも表情は 楽しそうだ。まあ、言うなればトウジがボケでケンスケがツッコミと言うとこ ろだろうか。ともかく二人はそんな定位置に落ち着いていた。 「でも、昨日は大丈夫だった、山岸さん?」 「ええ、まあ……」 「何だか悪かったね。みんなお酒が好きで……山岸さんもアスカとかに強引に 飲まされてたんでしょ?」 「惣流さんって言うよりも、葛城先生ですね。先生曰く、どうも私は気になる 存在だそうで……」 山岸さんは困ったように答える。 顔色は悪くないみたいだけど、絡んでいたのはあの酒癖の悪いミサトさんであ る。恐らく山岸さんも言葉よりもずっと辟易していたであろうと思った。 「気になる存在?」 「ええ。でも、アルコールが入ってましたので、それをそのまま受け止めてい いものかどうかはわかりませんけど」 「うーん、どうだろ? でもお酒が入ると人は本性を表すとも言うからね。山 岸さんはミサトさんにどんな風に言われたの?」 「それは……」 「言いにくい?」 「いえ、そういう訳じゃないんです。ただ、私のこと、かわいいって」 「はあっ?」 山岸さんは顔を赤くして照れている。 確かに面と向かってかわいいと言われたら、確かに照れもするだろう。でも、 相手はあのミサトさんだ。酒の席でのことと言うこともあるし、言った相手が 同性の山岸さんと来てる。ミサトさんにその手の趣味があるって話は聞いてな いけど……まあ、山岸さんは素直で真面目だし、僕やアスカ、綾波と言った癖 のある連中の相手をしていると、ミサトさんも山岸さんみたいな生徒がかわい く見えるんだろう。取り敢えず、今はそう思っておきたかった。 「だ、だから、冗談半分だったと思うんです、私も。私、今まで人にそういう こと、言われたことありませんし……」 「かわいいとか?」 「え、ええ」 何だか気まずそうに答える。 僕はアスカに女の子がわからないってからかわれるくらいだから、山岸さんの 戸惑いがいまいちピンと来ない。客観的に見れば山岸さんはかわいい部類に入 る女の子だと思うけど、それを僕の口から言うのもどうかと思われた。 「や、やっぱり慣れないことを言われると困りますよね。それに、葛城先生は 女性ですし……」 「まあ、だから生徒としてかわいいんだと思うよ。山岸さん、真面目だし」 「真面目、ですか……」 「うん。ミサトさんの周囲には問題児ばっかりでしょ。