僕達三人は揃って学校へと向かう。
でも、アスカと綾波のあり方は、昔とは違う。
中学の頃は、みんなで学校に通ってた。
でも、今は・・・・
もう、昔と同じようには出来なくなってしまったのだ・・・・
15万ヒット記念小説
『嵐の予感』
高校生になった僕達は、やはりそれなりに大人になったようで、いくら同じ学
校に通っていたとしても、わざわざそれぞれの家に出向いて一緒に登校すると
いう習慣は、いつのまにか無くなっていた。
まあ、それは考えてみれば当然かもしれない。毎朝遠回りをするほど、僕達は
暇ではなかったからだ。しかし、そうなったからと言っても、僕達の間が疎遠
になったのかというとそうでもなくて、その付き合いは年を経るごとにより親
密なものになっていた。
そんな訳で、僕達はよく登校途中で出会っては、仲良く並んで歩いたものだ。
だが、昔と変わらず並んで歩いても、昔と同じ訳には行かなかった。
それは、二組のカップルが誕生したからだ。
すなわち、僕とアスカ、そして、トウジと洞木さんであった。トウジと洞木さ
んの関係は、僕とアスカの関係が成立したよりも古かった。しかし、中学の頃
は、お互いに恥ずかしがって、ほとんどそれを表にはあらわしてはおらず、た
だ、僕達付き合いの深いものがそれを知るだけにとどまっていた。それが、高
校生になると一変して、それほど周りの目を意識をする事はなくなった。
トウジが吹っ切れたのか、洞木さんの押しが強かったのか、真実は誰も知らな
い。しかし、僕達はそれを聞こうとはせずに、純粋にこの二人を祝福していた。
それに変化が訪れたのは、僕とアスカとの関係が公のものとなり、しばらくし
て二人が籍を入れたという事が知られるようになってからだ。アスカと僕の関
係が、確固たるものとなって、綾波の存在がはっきりと僕から離れた。それを
知ったケンスケは、そんな綾波に対して、想いを寄せるようになっていたのだ・・・・
「今日もいい天気ね、シンジ!!」
アスカは僕に声をかける。別に話すべき事がなくとも、常にアスカは僕に何か
と話し掛けてきた。僕はそんなアスカの気持ちを察していたので、他愛のない
事でも、ちゃんと答えてあげる。
「そうだね、アスカ。暑いのは嫌だけど、雨が降るよりずっとマシだからね。」
「そうよね。暑いのはまだ我慢出来るんだけど、濡れるのは納得いかないのよ
ねぇ・・・・」
「傘も持たなくちゃいけないしね。」
「ほんと、そうなのよ。折り畳みだとしても、邪魔臭くて・・・・」
「ほんとほんと!!やっぱり天気はいいにこした事はないよ。」
「そうね!!」
楽しげな会話は、毎日のように繰り返される。
しかし、その会話に綾波が立ち入るような事は全くなかった。綾波は、くっつ
くようにして並んで歩く僕とアスカの後ろに位置して、ゆっくりと後について
くるのだった。
そして綾波は、僕やアスカが話し掛けようとしない限りは、絶対に家以外では
自分から人に話し掛ける事はなかった。
アスカはいつも僕に話し掛け、綾波はいつも堅く口を閉ざしている。
そこが、アスカと綾波、二人の違いであった。
しかし、綾波がいつも黙っていても、僕もアスカも、滅多な事では綾波に話し
掛けなかった。それは、僕もアスカも、綾波が沈黙を続けている訳を、ちゃん
と知っていたからだった。
綾波は、僕とアスカの関係を壊さないために、口を閉ざし続けていたのだ。綾
波が今になっても僕の事を想い続けているという事実は、綾波の僕への言葉を
熱いものへと変えてしまうのだ。それが現実となれば、僕達三人の関係に亀裂
が生じる。僕がそれを嫌っていると綾波が十分理解しているだけに、自分から
それを崩す事は絶対になかったのだ。
僕達三人の関係というのは、そんな綾波の気遣いによってかろうじて保たれて
いる、とても微妙なものであった。だが、僕達三人は、それが心地よかったの
で、それを保つ事に最新の注意を払っていた。だから、アスカが綾波と僕の毎
朝行われるおはようのキスを容認していると言う訳なのであった。
しかし、そんな僕達の関係に、割り込もうとしてくる存在があった。
それが、ケンスケであった・・・・
「おはよう、綾波!!」
ケンスケがいつもの場所で、僕たちを待っていた。
しかし、ケンスケは僕達の姿を見掛けても、綾波にしか挨拶をしようとはしな
かった。それは、ケンスケにとって綾波が僕とアスカ以上の存在である事を暗
に表していたし、友達としてはともかく、綾波を縛り続けている存在としては、
ケンスケが僕やアスカの事をそれほど快く思っていないのは事実だった。
「・・・・おはよう、相田君・・・・」
綾波が取り敢えず小さな声でケンスケに答える。それはどう見ても儀礼的なも
のであって、それ以上のものではなかったが、ケンスケは諦める事はなかった。
「今日も綺麗だね、綾波は。」
ケンスケはお世辞も上手かった。
かつて、ケンスケは同級生の女の子達よりも、年上の先生に憧れるところがあ
った。つまりは大人びた女性が好みという事で、今の見違えるように大人びた
綾波に魅かれたのは、当然の事なのかもしれない。
特に綾波は、背も高いし髪も美しい。そして、何より落着いた気品があった。
それは、他の同級生との違いを見せ付けるものであり、綾波はクラスでも際立
った存在だと言えた。
「・・・・・」
しかし、ケンスケの言葉は、綾波には何の感銘も与えずに、沈黙を返されただ
けであった。これは毎日のようなことだったので、僕たちはさしたる驚きもな
かったのだが、ケンスケにはつらい事であった。せめて、一言でも綾波が応え
てくれたらよかったのに・・・・
取り敢えず、ケンスケは綾波のとなりに並んだ。
しかし、前で聞いていても会話らしい会話は為されず、ケンスケ一人が綾波に
勝手にべらべらと話し掛けるだけであった。
綾波はそれに対して、ほとんど受け答える事はない。きっと、表情も全く変え
ないのであろう。そう僕が思えるほど、綾波が笑顔を人前で見せる事はなくな
った。綾波が笑顔を見せる時は、ただ、アスカと僕以外他に誰もいない時に、
僕の前で見せるだけであった。
そして、それほど貴重な綾波の笑顔を引き出そうとするケンスケの姿は、何だ
か昔の僕の姿に重なって見えた。
僕はそんな風にして、ケンスケの事を微笑ましく見ていたのだったが、ケンス
ケの方はそうではなかった。ケンスケは、綾波が僕にしか微笑まないという事、
そして、毎朝僕と綾波がキスしている事実を知って、僕に深く嫉妬していたの
だ。
確かに僕がアスカと結婚した今、綾波を独り立ちさせるべきであった。だから
ケンスケが、今の僕達三人の状態を、綾波を縛っているという様に捉えたとし
ても、不思議な事ではなかった。だが、ケンスケは、僕達が綾波を縛っている
のではなく、綾波が自分の意志で今の状況を保っているという事も知っていた。
それは、綾波の心がまだ強く僕の元にあるという事実を、ケンスケに見せ付け
る事になった。だから、ケンスケは僕達が綾波を縛っている悪い存在だと思い
込む事によって、自分を慰めていたのだ。そして、僕はそんなケンスケを、責
める事は出来なかったのだ。
僕はともかく、アスカは積極的にケンスケを支援していた。アスカから見れば、
ケンスケと綾波がくっつく事は、自分の地位をより確固たるものにする事につ
ながるのだろう。しかし、僕はケンスケを応援したい気持ちはあったが、それ
は出来なかった。そうする事によって、綾波の気持ちを踏みにじる事になるか
らだった。いくら僕がアスカを選択したのだとしても、それが綾波を傷つけて
いい原因とはならなかったのだ。
そしてケンスケも、そんな僕の気持ちと、それをうれしく感じている綾波の気
持ちの二つを知ることによって、よりつらいものにさせられていたのであった。
こうして、僕達三人の共和状態にケンスケが入り込む事によって、僕達の関係
は、更に複雑なものへと向かう兆しを見せていたのであった。
ケンスケが綾波にしゃべり、僕とアスカは、楽しく会話する。しかし、綾波は
ほとんど口を利かなかった。そして、そんな複雑な状態を保ったまま、僕達は
高校にたどり着いた。
校舎に入り、上履きを履き替える段になって、僕とアスカはしばしの別れとな
った。しかし、綾波はアスカにはついていかずに、何故か僕のところについて
きた。
「・・・・綾波?どうしたの?」
僕が綾波に不思議そうに尋ねる。すると、綾波は自分の鞄を開けると、一本の
折り畳み傘を取り出した。そして、それを僕に差し出して言う。
「・・・碇君、これ・・・・・」
「あ、ありがとう、綾波。でも・・・・・」
「今日、夕立があると思うから。だから・・・・」
「そ、そうなんだ。ありがとう。助かるよ、綾波。」
「ううん、碇君のためだもの、じゃあ・・・・」
綾波はちょっと顔を赤くしながら微笑んでそう言うと、僕に背を向けてアスカ
の後を追った。
「・・・・・」
ケンスケの表情は複雑だった。
綾波はアスカのいないところでこれを僕に渡したいという気持ちがあったらし
く、ここでという事になったのだが、一部始終を見せられていたケンスケは、
歯を食いしばりながら苦しみに耐えていた。
自分がどうやっても引き出すことの出来なかった綾波の微笑みを、僕がいとも
たやすく引き出している。ケンスケにとって、久し振りに綾波の笑顔を見る事
が出来たのは、大いなる喜びであったのだが、その原因が僕にある事は、ケン
スケにとって苦痛でしかなかったのだ。
「ケンスケ・・・・」
僕はケンスケの気持ちを察して声をかける。しかし、ケンスケはそんな慰めな
ど必要ではなかった。ケンスケに必要なのは、自分のためにされる、綾波の微
笑みであった。
「・・・・それ以上何も言うなよ。お前を殴っちまうかも知れないから・・・」
「・・・・・」
「お前を何度殴りたいと思った事か。しかし、お前を殴れば、綾波は一生俺に
は振り向いてさえくれないだろう。お前には俺のこの気持ち・・・わかるはず
がない・・・・」
ケンスケはそう言うと、僕に背を向けて立ち去っていった。
僕は三人の関係とは別に、友情関係においても亀裂が生じはじめている事を、
肌で感じていた。
それは、嵐の予感であった・・・・
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