「シンジ君、お願いがあるんだけど・・・・」

全てが終わったかに思えた時、深刻な顔をしたリツコさんが僕に話して来た。
今にして思えば、それが僕の全ての始まりであったのだ・・・・



メール1000通記念短編

『101人レイちゃん』

「何です、僕にお願いって・・・?」 僕はリツコさんに尋ねた。 「あなた、レイの事はよく知ってるでしょ?」 「・・・・はい。」 あのことだ。僕は知っている。 「それに、レイもあなたに一番なついてるし・・・・あの娘を引き取ってくれ るのは、シンジ君しかいないのよ。だからお願い。私もあの人も、レイを預か る資格もないから・・・・」 リツコさんの言った言葉はあいまいだったが、僕にはよくわかった。 「わかりました。じゃあ、僕が綾波を引き取ります・・・・」 僕は自信満々で、リツコさんに応えたものだ。 しかし、僕のこの時の認識は甘すぎるものだったのだ。 そして今は・・・・・ 「綾波、ちょっと・・・」 僕がうっかり綾波を呼ぼうとすると・・・・ 「なにー、碇くーん!!」 101人の綾波が元気な声で返事をして、先を争って僕のところに駆けつける のだった。トホホ・・・・ 僕がリツコさんに返事をした時、リツコさんはにやりと妖しい笑みをもらして、 僕を奥の部屋に連れていった。そこで僕が見たものは、たくさんの綾波の姿だ った。 「リ、リツコさん、これは・・・・」 唖然としている僕に、リツコさんは答える。 「レイよ。私があの時壊したもの以外に、あの人が隠し持っていたのよ。それ がこれだけなんだけど・・・・計100人よ。」 「ひゃ、百人・・・・ですか・・・・」 「そ。ちゃんと住むところから何から、ネルフで提供するわ。だからシンジ君 は安心してこの100人のレイと、それから最後に残された三人目のレイ、合 わせて101人のレイとのハーレム生活を楽しんでちょうだい。」 「・・・・・」 僕は呆れて声も出ない。しかし、今更僕が断る訳にも行かなかった。 リツコさんの話は無茶なものばかりであったが、僕が断れば綾波が行き場を失 う。それに、僕の責任を人に転嫁したりするのは嫌だった。だから、誰かがし なくてはならない事なら、この僕が・・・・ と言う事で、僕はネルフの特別大型バス2台で、与えられた宿舎に向かった。 ここで僕の隣に座ったのは、あの「三人目」の綾波だった。 「碇君、これからよろしく・・・・」 「う、うん。こちらこそよろしく。」 「あの娘達は私みたいに赤木博士から教育を受ける暇がなかったから、ほとん ど何も知らないけど、最低限の事はちゃんと私からしっかりと教え込んでおい たから・・・」 「そ、そうなんだ・・・いや、ありがとう、綾波。」 僕は新しい事実を聞かされて、戸惑いながらも少し興味を覚えた。 「で、どういうことを教え込んだの?」 僕がそう綾波に尋ねると、綾波は自信満々の声で僕に答えた。 「もちろん、碇くんが一番大切な人だという事よ。」 「・・・・も、もしかして・・・・・それだけ?」 「ううん、これが一番大事な事で、あとは包帯のきれいな巻き方とか、雑巾の 絞り方だとか・・・・」 「・・・・・」 嫌な予感がした。 もしかして、日常生活について何の知識も持たない綾波を100人、いや、1 01人も抱え込まなければならないのか・・・・ しかしもう、時既に遅し、であった。 バスが僕達を運んだ先は、まるでお城のような豪邸だった。 周りには他の建物の姿もなく、森の中の静かな別荘と言った感じだ。 僕が中に入ってみると、外見と同じで中も立派なものだった。 「へー、凄いところだなー・・・・」 僕は思わず歓声を上げた。が・・・・ 「わーい!!ひろいひろいー!!」 大勢の綾波が、立ち止まる僕もお構いなしに中へなだれ込んでいった。 そして、後に残されたのは、衝撃のあまり何も言えずにいる僕と、僕の隣にひ っそりと佇んでいる三人目の綾波であった。 「ごめんなさい、碇君。あの娘達、少し元気がよすぎるみたいで・・・・」 「そ、そうだね・・・ま、まあ、元気がいいのはいい事だよ。」 「ありがとう。さ、私達も中に入りましょ。」 「う、うん・・・・」 僕は綾波に促されて、その豪邸の中へと入っていった。 そして僕が最初に目にしたものは、整った調度品とは対照的な、混沌とした1 00人の綾波の様子であった。 「こ、これは・・・・」 ひたすら広い室内を駆けずり回る綾波、 早くもカーペットに顔を埋めて眠り込んでいる綾波、 ほっぺたをつねりあっている二人の綾波、 それから巨大な壷を頭の上に掲げている綾波・・・・って、え!! 「ちょっとストーップ!!綾波!!」 投げつけられてはたまらない。僕は大声でその綾波に呼び掛けた。 が、それに応じたのは100人全ての綾波だった・・・・ 「碇君だ碇君だ!!」 「わーい、碇君が私の名前を呼んでくれたー!!」 「碇くーん!!」 壷の綾波はおろか、眠っていたはずの綾波までが、僕の元に殺到して来た。 「あわわ・・・」 数え切れない綾波に囲まれ、その中の数人の綾波に抱き締められ、そして一人 の綾波にほっぺたにキスされ・・・って、え!! 「ちょ、ちょっと綾波・・・・」 僕がそう言うと、キスをしてきた綾波は、すぐにそれをやめて僕に謝ってきた。 「ご、ごめんなさい、碇君。つい・・・・」 その綾波は顔を赤くしながら恥ずかしそうにしていた。 僕はその様子を見て、ある考えに思い至った。 「も、もしかして・・・・三人目の綾波?」 「・・・うん・・・・」 なんてこったい!! 一番まともなはずの三人目の綾波までが、他と大して変わらない事をしている。 僕はこれからの生活に不安を思いっきり感じながら、天を仰ぎ見たのだった・・・ 取り敢えず「綾波」と呼んでしまうと、全員が集まって来てしまうので、これ からそう呼ばない事に決めた。そして、番号で呼ぶのもなんだか嫌すぎるので、 僕はそれぞれの特徴ごとに愛称をつけてそれで呼ぶことにした。特徴があいま いでその他の綾波は・・・・個人的に呼び掛けることもないので、残念ながら 愛称はない。まあ、仕方のないことだろう。 しかし、僕がこの101人の綾波の中で一番好きなのは、他の誰でもない、三 人目の綾波だった・・・・ この三人目の綾波は、他の大勢の元気いっぱいの綾波の世話に苦労する僕の隣 にいつも控えていてくれて、僕を励ましてくれた。 この人里離れた豪邸で、綾波の事情から学校にも行けず、他の人々とも付き合 えない僕は、一番人間らしさを持っているこの綾波が唯一のまともな話し相手 であった。だから僕は他の綾波のいないところでだけは、この三人目の綾波を、 「綾波」と呼んでいた。そしてその事は、僕と「綾波」に深い安らぎと喜びを 与えてくれたのだった・・・・ そして今、僕はこの奇妙な環境にも慣れ、大分落着いた生活を送っている。 まあ、普通の人から見ればとんでもない生活だけど、取り敢えず何も問題はな い。しかし、生活能力を著しく欠く人間を大勢世話するのに、僕一人の人員し かいないというのはあんまりだと思う。クローンという状況を鑑みれば、やむ なしと考えなければならないのかもしれないが、ミサトさんやリツコさんが時 々顔を見せてもいいのに・・・と思うくらいに、誰もここを訪ねて来てはくれ なかった。 しかし、寂しいなどとはとても思えない。 むしろ賑やかというくらいだ。この広い広間にも、歓声が絶えない。 ここに来た当日から常に駆けずり回っている「激走」綾波、 やはりこれと同じくひたすら惰眠をむさぼる「居眠り」綾波、 大して字も読めないくせに、片時も本を手放さない「読書」綾波、 「読書」とは違い、早くも字を覚えいつも僕に本を読んで聞かせる「語り」綾波、 テレビにはまり、一歩もテレビの前から動こうとしない「テレビ」綾波、 朝から晩までお風呂に入っている「風呂」綾波・・・・ まあ、他にも色々迷惑な綾波、変な綾波が大勢いるのだが、中でも一番面倒な のは「キス」綾波である。僕があの「綾波」にキスされていたのに興味を示し たのか、僕の隙をついてはキスしようと狙っているのだ。 「綾波」はそれを阻止せんと僕の側にぴったりと張り付いて離れないのだった が、「綾波」は他の綾波達に比べれば色々細々したことが出来るので、何か仕 事をしている時などは、「キス」綾波がここぞとばかりにやってくるので、僕 は困ってしまっている。 はっきり言って、この大勢の綾波に行動に一貫性というものはまるで見られな いのだが、共通点がいくつかなくはない。 一つはもちろんクローンということで外見。二つ目は、無邪気で子供っぽい点。 で、最後に「綾波」が教え込んだという、僕が一番大事だと言う事である。 一見わがまま放題の綾波達であるが、僕がひとこと注意をすればたちどころに 言う事を聞く。その徹底ぶりは凄まじく、「綾波」の教育の凄さが思いやられ た。 「じゃあ、買い物に行くとするかな・・・・」 僕が唯一下界に下りられる時間、それが買い出しに行く時間だった。 本来ならネルフが徹底して僕と綾波達を閉じ込め、食料その他もここに運んで くるのが自然なのだが、僕の精神状態を考えて外出出来るようにしてくれる。 「なら、私も・・・・」 そう僕に言ってくるのは、あの「綾波」だ。 ついて行きたがる他の綾波もいるのだが、「綾波」以外の綾波は、世間知らず だから何をしでかすのかわからないと言う事で、僕はいつもこの「綾波」を連 れていった。 が、そうした理由はそれだけではないと思う。 普通の生活に戻りたいという僕の気持ちが、こうして昔を思い出させるような 状況を作ろうとしているのだろう。唯一人の綾波と、昔のような楽しい生活を して・・・・ 「碇君・・・・」 綾波は屋敷を離れてしばらくすると、小さくそうつぶやいて僕に腕を差し出し て来た。 「綾波・・・・」 僕はひとことそう言って、差し出された腕に腕を絡める。すると、綾波はほっ として僕の腕にすがり付いてくる。 「・・・ほっとするね、綾波。」 「うん・・・・」 二人とも、疲れていた。 大勢の元気な綾波の世話で、好き勝手なことは出来なかったのだ。 だから、こうしていることは、僕と綾波にとってひとときの安らぎであった。 「おかえりー!!」 「おかえり、碇君!!」 「やっと帰って来た!!」 「遊んで遊んで!!」 僕と綾波が荷物を一杯抱えて帰ってくると、100人の綾波が出迎えてくれる。 「ただいま、綾波。」 「ただいま・・・」 「綾波」はこの時、少し残念そうな顔をする。 しかし僕は、こんな元気な綾波達を嫌うことは出来なかった。 「何買って来たの!?」 「遊んでよ、ね!?」 「お風呂一緒にはいろ、碇君!!」 「私、おなかすいた。」 待ちかねたのか、綾波達は機関銃のようにしゃべりまくる。 そんな綾波達に対して、僕はやさしく応える。 「はいはいはい。もうすぐご飯にするから待っててね。お風呂も遊ぶのもその 後だよ。」 僕がそう言うと、大人しく綾波達は散っていった。 そして、後には僕と「綾波」が残される。 「・・・・じゃあ、食事を作るとしようか、綾波達に・・・・」 「うん!!」 「綾波」は嬉しそうにそう応えた。 僕と「綾波」は大きなキッチンに向かい、102人分の夕食の支度をするのだ。 何だか苦労させられることも多いけど、取り敢えず、今の僕は楽しく過ごして いる。綾波達は元気いっぱいで楽しいし、それに、何と言っても僕には「綾波」 がいてくれるから・・・・だからこれからも僕は、頑張り続けようと思う。 101人の綾波のために・・・・ <おしまい>

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