初夏の土曜日の昼下がり。
心地よい日溜りを駆け抜ける風が、そっと髪の毛をなびかせた。
平和過ぎる日常が僕をまどろみへと誘って――少なくともそうなる予定だった。
しかし、こんな時に限って問題の種は笑顔でやってくる。
可愛らしい顔をして、僕に難題をぶつけて来るんだ。




みえないそよかぜ

Written by Eiji Takashima





「おにーいちゃんっ!」
「……またか」

僕はうんざりして顔を上げる。
妹の真菜は中学二年生。
本来ならこれくらいの年頃の女の子は、兄貴の存在なんて邪魔にしか思わないものだ。
でも、この真菜はどういう訳か妙に僕になついている。
羨ましい話かもしれないけれど、ここまで度が過ぎると正直疲れる。
今回も適当にあしらって退散してもらおうと考えていた。

「またかはないでしょ、またかは」
「でも、実際そうだろ?」
「そうなんだけどね」
「で、用件はなんだ? これから出掛けるのか?」

そんなことは微塵も思っていない。
これは半分嫌味のようなものだ。
このまま大人しく外出してくれることを、僕は心から願っている。

「出掛けないよ、真菜は」
「そっか。でもいい天気だぞ。なんて言うか、サイクリング日和じゃないか」
「それもいいんだけどね。だけどちょっとこれからじゃ遅くない?」
「程度によりけりだろ。自転車ならそれなりに帰りの時間を算段できるし」
「じゃあ……一緒に行く、お兄ちゃん?」
「またその目をする……」

真菜の目は結構反則だ。
この潤んだ瞳で見つめられておねだりされると、何とも言えない気分になる。
しかも自分でその効力を理解して行使しているのがまた小憎らしい。
僕は何度もこれで痛い目を見てきているから、今日はその手には乗るまいと固く心に誓っていた。

「えへへ、綺麗でしょ、真菜の目」
「ああ、否定はしないよ」
「あっ、お兄ちゃんがそういうのって珍しいね。今日は機嫌いいの?」
「……いいように見えるか、これが?」

そう言って軽く睨む。
睨むとは言っても本気で怒っているような奴じゃない。
どっちかって言うと、軽くたしなめるような目つきだ。
しかし、真菜はそんなことなどお構いなしで話を進めた。

「見えないね。お兄ちゃんってば素直じゃないから。まあ、そこがかわいいとこなんだけどね」
「またそう言う。お兄ちゃんのことを可愛いなんて言うんじゃないって何度も言っただろ」
「だってホントのことなんだも〜ん!」
「ったく……まあいい。とにかく僕は行かないからな。今日は一日ゆっくりしてるつもりだ」
「うんうん、それがいいよ。今日はお父さんが休日出勤で、お母さんはお友達とショッピングだもんね」

そう言う真菜の目は妙にキラキラしている。
何か期待に満ちたような、僕にとってはあまりよろしくない瞳だ。

「……変なこと考えてるんじゃないだろな?」
「大丈夫だって。そりゃ真菜もお兄ちゃんとえっちなことしたいけど……何だかそういう雰囲気じゃないしね。真菜だって馬鹿じゃないんだから、そのくらいのことはわかるよ」
「宜しい。それだけはっきりしてれば、僕も何も言うことはないな」
「って、もしかしてお兄ちゃん、真菜のこと恐がってたとか?」
「なっ、何をっ!? そんなことある訳ないだろが!」
「もー、真菜を抱くときはすっごく激しい癖して、そういう雰囲気になりそうだと思うといっつもびくびくしてるんだよね。真菜、お兄ちゃんのことがよくわからないよ」
「ばっ、馬鹿っ!」

僕は顔を真っ赤にして声を上げる。
半分裏返っていて、かなり情けない感じだ。
こうなると完全に真菜のペースで、ずるずると身体を重ねてしまう。
しかし今日は真菜の方から否定してくれていたので、若干僕の方にも落ち着きがあった。

「お兄ちゃんったら……ふふっ、真菜の勉強机の引き出しにコンドームの箱が入ってるって知ったら、きっとお母さん腰抜かすよね」
「か、鍵締めとけよ」
「声が震えてかわいいよ、お兄ちゃん。安心して、ちゃんと鍵してるから。でも、枕の中にいっつもひとつ忍ばせてるんだよ。いきなりお兄ちゃんが真菜のこと欲しくなってもいいようにね」
「……そ、それはない。冗談でもそんなおっかないことするなよ」
「そんなこと言って〜。やっぱりお兄ちゃん、中出し派なんでしょ? いいんだよ、隠さなくっても。この前そういう話ちゃーんと聞いたんだし」
「ば、馬鹿っ、それは一般論でだなぁ……」
「いいんだって。真菜も中で出されるの好きだよ。ホント、お兄ちゃんに言われて真面目に基礎体温とか計ってるんだから、安全日には毎晩真菜とえっちして、いっぱい気持ちよくなって欲しいな」
「……そんなに僕をいじめるなよ、真菜。頼むからさぁ……」

もう完全に僕の負けだ。
真菜は僕を弄んでいるだけなんだけど、時々これを実現させようとするから油断出来ない。
僕もいい若い男なんだし、女性の身体については興味もある。
でも、僕からそういう姿勢を見せると真菜は絶対調子に乗って来るだろうから、ここは兄として厳しく接する必要があった。

「ふふっ、わかったよ、お兄ちゃん。じゃ、お遊びはここまでね」
「ああ。ったく、いつもながら意地が悪いな、真菜は」
「そういうことは言わないの。今日はね、お兄ちゃんにお願いがあって……」
「えっちなことでなければ聞くぞ」
「うん。実はね、これからお友達が二人遊びに来るんだ。だから――」
「わかったよ。邪魔するなってことだろ? 例の穴の件もあるし、自分の部屋じゃなくってリビングでテレビでも見てるよ」

僕は真菜の言葉を代弁してそう言った。
変な話にならないのであれば、僕はいつでも真菜にとって優しいお兄ちゃんでいたい。
真菜がかわいいのは事実だし、そのお願いは出来る限り聞いてやりたかった。
しかし、真菜は笑って首を横に振る。

「違うんだってお兄ちゃん。早とちりしないで」
「じゃあ、何だ?」
「お兄ちゃんにも手伝って欲しいの」
「手伝う? 模様替えでもするのか?」

我ながら間抜けな発言だ。
真菜は笑いながら否定して、真実を告げてくれた。

「あははっ、違うよお兄ちゃん。実はね……」
「実は?」
「真菜ね、今、麻雀を勉強してるんだ。でも、面子が足りないの。お兄ちゃんは麻雀くらい出来るでしょ?」
「な、なんだ……って、女子中学生が麻雀なんて良くないぞ」
「いいじゃない、お金かけるわけじゃないんだし。それにゲーム性はかなり高くて面白いよ」
「……わかったよ。でも、お母さん達が帰ってくる前にはお開きな。僕はまだいいとしても、普通の親なら卒倒もんだろ」
「うん! やっぱりお兄ちゃんって優しい!」

喜び余って真菜は僕の首根っこに抱きついてくる。
僕はそんな真菜を受け流しながら、やれやれと思っていた。
えっちのことや麻雀に興味を示したと言っても、やっぱりまだまだ子供だ。
そんな僕の楽観的な考えが後で大きく裏切られることになろうとは、僕もこの時は露ほども思っていなかった。





「紹介するね、これが真菜のお兄ちゃん」

しばらくして、自室待機していた僕は真菜に招かれて妹の部屋に入った。
そこで早速友達二人に紹介させられる。

「初めまして、真菜の兄です。いつも真菜がお世話になってます」

ぺこりと頭を下げる。
すると片方の娘が僕の挨拶に応えた。

「初めまして、真菜ちゃんの友達で榊綾乃と申します」
「あ、ご丁寧にどうも」

妙に礼儀正しい女の子だ。
僕も何だか年上にすら感じてしまう。
そして若干圧倒されている僕に、脇から真菜が補足説明をしてくれる。

「この真面目でお嬢様なのが通称『綾ち』ね」
「おい、僕にもそう呼べって言うのか?」
「まさか。これは女の子同士の呼び名だよ。お兄ちゃんは……ええと、綾ちに任せよっか。どうする、綾ち?」

周囲に同性の友達がいるせいか、真菜も幾分いつもとは雰囲気が違う。
僕はそれを新鮮に感じながら、『綾ち』と呼ばれた女の子の言葉を待った。

「任せるって言われても……私は別に、お兄さんにも『綾ち』でいいけど……」
「駄目駄目、綾ちはそれでいいかもしれないけど、ほら、お兄ちゃんってば堅物だから。『綾ち♪』って呼んでくれなんて言ったらきっと困っちゃうよ」
「そう? それなら、綾乃と呼び捨てにしてもらえれば……」
「却下。お兄ちゃんの呼び捨て権は真菜だけのものなんだから」
「もう、じゃあどうしたらいいのよ、真菜ちゃん?」

困った声で聞き返す。
やっぱり真菜は愛嬌があるのと同時に、かなり無茶な我が侭持ちだ。
実の兄ですら困り果てているのに、よくもまあ友達付き合いをしているもんだと感心してしまう。

「そうだねぇ……」
「じゃあ、彼女のことは榊さん。それでいいだろ、真菜?」
「え、あ、うん、そうだね、お兄ちゃん」
「君もそれでいい?」
「はい……お兄さん、それで結構です」
「ならよかった」

これで一安心。
僕はこんな下らないことで時間を浪費するのはうんざりだった。
こうして軽く溜め息を漏らしていると、榊さんがそっと僕にだけ聞こえるように言ってくる。

「……お兄さん、やっぱり真菜ちゃんに聞いた通りの優しい男性なんですね」
「へっ?」
「よく真菜ちゃんが楽しそうに言うんですよ。うちのお兄ちゃんは優しいって」
「そうなんだ……」
「ええ、ですから……真菜ちゃんのいないところでは綾乃って呼び捨てで呼んでもいいですよ、お兄さん」
「え? あ……」

榊さんはにこっと笑って見せる。
真面目で大人しそうな娘かと思いきや、やっぱり真菜の友達なだけはある。
どこか不思議なところのある女の子だった。

「あーっ、綾ちっ! お兄ちゃんは真菜のだからねっ!」
「わかってるわよ」
「お兄ちゃんもっ! 綾ちの髪の毛綺麗だからって、勝手に触ったら怒るからねっ!」
「さ、触らないって、真菜」
「綾ちにお願いされてもだよっ!」
「そ、そんな馬鹿な……ねえ、榊さん?」

僕は協力を求めて顔を榊さんの方に向ける。
しかし、彼女はにこにこするばかりで応えようとはしてくれない。
どうにも掴みどころのない少女だった。



「もう……わたしのこともお兄さんに紹介してよ、真菜」

もうひとりの真菜の友達がいい加減痺れを切らしたのか、真菜にそう言った。
真菜は榊さんのことにかかりっきりになっていて忘れていたらしく、慌ててその求めに応じた。

「あっ、ごめんごめん、こっちの子が――」
「初めまして、葛西千佳って言います」
「もう、真菜の先に言わないでよ。っと、この子が千佳。通称も千佳ね」
「はいはい。じゃあ千佳ちゃん、宜しくね」
「はいっ!」
「……何だか千佳ちゃんは簡単に呼び方決まっちゃいましたね」

ぼそっと横から榊さんが言う。
しかしその表情ではプラスに考えているのかマイナスに考えているのか掴みきれない。

「えへへ、お兄さんにちゃん付け……綾ちよりも好感度は上かな?」
「そういうこと言うんなら真菜の方が上だよ。だって呼び捨てだもん」
「当たり前でしょ、真菜は実の妹じゃない。わたしや綾ちがお兄さんの彼女にでもならない限り、真菜の方が上なのは当然だよ」
「……そんなこと、言われなくてもわかってるよ、千佳」

この時の真菜の一言は、事情を知らないはずの他の二人にも、どこか重いものとして受け止められた。
僅かに沈んだ空気が沈黙と共に流れる。
僕は誤魔化すために、意識して明るい声を出した。

「さあ、こんなことしてても始まらないだろ。とっとと準備して始めようか!」
「……そ、そうだね、お兄ちゃん。じゃあみんな、準備手伝って」

こうして何事もなかったかのように、女子中学生三人を相手にした麻雀大会が幕を開けることとなった。
しかし――

「ったく、こんなことだろうと思ったよ、真菜」
「えへへ、お兄ちゃんってば役得役得♪」
「そういう問題じゃない。お兄ちゃんはだなぁ――」
「見るだけだよ、お兄ちゃん。見るだけ。だから気にしないで」
「ったく……」

一体どういうことなのか。
つまり、僕はまた真菜に騙されたってことだ。
この麻雀大会はただの麻雀大会ではなく、何を血迷ったか僕以外の三人娘の間では、脱衣麻雀だというのが前提だったらしい。
千佳ちゃんに榊さんが振った時、いきなり上着を一枚脱ぎ出したのを見て、僕はようやくその異変に気付いた。
当然抗議はしたけれど、真菜にかかっては何を言っても糠に釘。
それに、あとの二人もそんな真菜の後押しをしていた。

「もう知らんぞっ、僕はっ!」

僕は既に自棄になっていた。
真菜に騙されたのも腹立たしいけれど、それをどうにも出来ない自分も腹立たしい。
取り敢えず今は全てを忘れて麻雀に徹しようと思った。



そしてしばらく時間は経過して――

「あははっ、お兄ちゃんってば麻雀弱いんだね」
「うるさい、僕はこういうの嫌いなんだ」

女の子相手の脱衣麻雀なんて男にとっては嬉しいだけのはずだったけど、現実はそう甘いものではなく、僕は順調に負け続けて既にパンツ一枚にさせられていた。

「そうだよね。お兄ちゃん、真面目だもん。それとも真菜を脱がせたくないから、負けてくれてるのかな?」
「違う。お前の友達二人の裸を見るのはマズイだろ。それが理由だ」
「どうだか? でも、千佳はともかく綾ちは……ふふっ、綾ちもお兄ちゃんと同じで、賭け事弱いからね」

真菜の言った通り、榊さんは結構負けが込んでいた。
勝負事だから仕方がないと割り切っているのか文句ひとつ言わないけれど、真菜と千佳ちゃんがまだ肌を見せていないのに比べて、榊さんは既に上下とも下着姿だった。

「綾ちは恥ずかしがり屋さんだからね。お兄ちゃんもあんまりじっと見つめちゃ駄目だよ」
「わ、わかってる。脱衣麻雀とわかった以上は、もう卓の上以外に視線を向けるつもりはない」
「だってさ、綾ち。お兄ちゃんって優しいでしょ? 綾ちはちょっと不安みたいだったけど、うちのお兄ちゃんなら下手な女の子よりもこういう相手に向いてるんだから」

真菜はにこにこしながら言う。
どうも僕のことを自慢したいらしい。
そんなにいい兄貴とは言えないと思うけれど、そう思ってくれていること自体は嬉しかった。

「もー、またそれ? 真菜のお兄ちゃん自慢はもう聞き飽きたよ」
「いいじゃない、千佳だってこんなお兄ちゃん持ったら自慢したくなるって」
「まあ、確かに真菜のお兄さんって普通の男の人とどこか違うけどさ……」
「素直に羨ましいって言いなよ。綾ちもそう思うでしょ?」

賛同者を求めて真菜が榊さんに振る。
が、彼女はただ真っ赤になって口を閉ざしていた。

「あー、綾ちの顔、真っ赤」
「おい、真菜。榊さんは恥ずかしいんだよ。お前や千佳ちゃんならともかく、僕みたいな男に下着姿見られてるんだぞ」
「お兄ちゃん、さっきの発言と矛盾してるよ。卓だけ見てるって言ったじゃない」
「あ、それはだなぁ……と、ともかくっ、勝ってるお前に榊さんや僕の気持ちはわからん。いいからそっとしといてやれよ」
「……ぶー、わかったよ、お兄ちゃん。でも、あんまり綾ちに優しくしないでね。綾ち、こう見えても惚れっぽいから」
「って、おいおい……まあ、榊さん、男の僕が言うのもなんだけど、リラックスして……そうだね、伸びでもしてみるとかどう?」

榊さんは僕の発言に顔を上げる。
僕と目が合うと、また顔が真っ赤になる。
しかしそれを責めてもしょうがないから、僕はなにも言わずに待っていた。

「……はい、じゃあ、そうしてみます」
「うんうん」
「あの、目、閉じててもらえますか?」
「わかった」

そして榊さんは僕が目を閉じるのを待って、それから伸びをした。
が、何も見えない僕の耳に、小さい悲鳴が聞こえた。

「キャッ!」
「ど、どうした?」

目を開けてみると、榊さんが伸びをしすぎたのか、後ろにひっくり返っている。

「もう、綾ちってばドジなんだから……」
「でも、運がいいよね綾ちも。後ろにベッドがあってさ」
「うん」

榊さんは真菜のベッドの横にこてっと身体を倒している。
両腕をベッドの上に投げ出した彼女はまだ肉付きの薄い肢体をここにいる全員に晒していた。
僕は慌てて視線を逸らす。
その時、僕の耳に榊さんの小さな驚きの声が届いた。

「あっ、あ……」
「ん? どうしたの、綾ち?」
「あ、あの、真菜ちゃん、これ……」

僕は何事かと思い、視線を戻す。
榊さんがその手に持っていたものはなんと――

「あっ、コンドームだっ!」
「あ、あ、綾ちっっ!!」

大きな声でその包みの正体を明かしてくれる千佳ちゃん。
いきなりのことでうろたえた真菜は、榊さんの手からコンドームをひったくった。

「み、見なかったことにしてっ!」
「真菜ちゃん……」
「まーなーぁ、ちゃーんと説明してくれるんでしょうねぇ?」

申し訳ないことをしてしまったと言わんばかりの榊さん。
それに対して千佳ちゃんはしてやったりという顔をしている。

「綾ち、それ、どこで拾った?」
「……真菜ちゃんの枕から出て来たの」
「そっか。んじゃ、いつでも準備オッケーって訳だ。しかし真菜もやるわねぇ。えっち済みだとは聞いてたけど、まさか自分の部屋でやってるとは夢にも思わなかったわよ」
「い、いいじゃない、どこでえっちしても。千佳には関係ないでしょ?」

真菜は開き直って千佳ちゃんに突っかかる。
しかし、それを受けた千佳ちゃんも真菜に負けじと開き直っていた。

「ええ、そうですよーだ。どうせ真菜みたいに素敵なお兄さんも彼氏もいないから寂しくひとりえっちしてるわよ」
「ち、千佳ちゃん……ほら真菜も落ち着いて……」
「…………お兄ちゃん……ごめんね」

真菜はしょんぼりとしている。
強がってはいても、こういう時にはやっぱり普通の女の子だ。
一旦仮面を剥がせば繊細な少女の素顔を見せる。
そして真菜がこうなった時こそ、僕が兄としての顔を見せる時だった。

「二人とも、悪いけど今日はこれでお開きにしてくれないかな。真菜、ちょっとショック受けてるみたいだし……」
「……はい、わかりました。ごめんね、真菜。月曜にまた……ほら、綾ちも行くよ」

少し熱も冷めたのか、千佳ちゃんは僕の言葉を素直にそのまま受け入れて、引き下がろうとした。
しかし、千佳ちゃんに促された榊さんは、思いもかけない台詞を僕に向かってぶつけてくる。

「あの……お兄さんはいいんですか?」
「え、いいって?」
「大事な妹の真菜ちゃんがこのベッドで見知らぬ男に身体を預けてるんですよ」
「それは……」
「それじゃ真菜ちゃんが可哀想です。私も真菜ちゃんの言葉を信じてたし、実際に会ってみて本当に優しい人だと思ってました。でもこれじゃ……」
「…………」

僕には何も言えなかった。
真菜をこのベッドの上で何度も抱いていたのは見知らぬ男でもなんでもなく、この僕自身だった。
しかし、ただでさえ真菜は今、傷ついている。
ここで自分の正当性を守ろうとするよりも、非情の兄として榊さんになじられることを僕は選んだ。

「私、お兄さんのこと、少しだけ憧れてたんですよ。真菜ちゃんがこれだけ褒めるお兄さんって、どれだけ素敵な人なんだろうって。だから今回真菜ちゃんに誘われた時も、相手がお兄さんだから行くことにしたんです。でも……本当は真菜ちゃんの誤解だったんですね。きっとここで真菜ちゃんがえっちしてる時の声を隣の部屋で聞きながらひとりえっちでもしてたんじゃないですか? ほら、私の下着姿を見て興奮してたように……」
「……弁解の余地はないよ、榊さん」
「お、お兄ちゃん!」
「真菜は黙ってろ!」

僕は真菜を一喝する。
こんなに大きな声で真菜に怒鳴ったのは数年振りのことかもしれない。
でも、ここで僕がこれだけ強く言わなければ、真菜は僕を庇って真実を話しかねなかった。

「済まなかった、榊さん。全面的に僕が悪い。君の言う通り僕は真菜が言うようないい兄貴じゃない」
「…………」

僕がはっきりとそう言うと、榊さんは露骨に厭わしそうな目を向けた。
そして慌てて自分の脱いだ服を掴むと、僕の視線から肌を隠そうとする。
明らかに、僕はもう彼女にとって汚らわしいケダモノにまで成り下がっていた。

「出ていってください。服を着て、帰りますから」
「……わかった」

僕は反論しない。
静かに答えて自分の服を拾うと、そのまま部屋を出て行こうとした。
が、そんな僕の背中に声がかかる。

「待って、お兄ちゃん!」

そして、背中に小さくて柔らかい感触が。
振り返るまでもなくわかる、真菜の身体の感触だった。

「真菜、もういいから」
「よくないよっ! またお兄ちゃんはそうやって真菜のために自分をおとしめる! お兄ちゃんは優しすぎるよっ。でもね、その優しさが今は真菜を辛くさせるの。真菜は、真菜は……」

そこからは、真菜のすすり泣く声に変わっていった。
状況が掴めずに無言でいる榊さんと千佳ちゃん。
僕は二人を見て覚悟を決める。
真菜を傷つけないようにするのは僕の役目だけど、それ以上に真菜に涙を流させるのは嫌だった。

「真菜を抱いたのはこの僕だ。真菜が抱かれているのは見知らぬ男にじゃなく、僕に抱かれてる……」

正面から、包み込むように真菜を抱き締める。
真菜は僕の胸の中で小さくなってその抱擁を受けていた。

「えっ、あの……じゃあ……」
「君達に真菜が自慢げに話していたことは、全部僕とのことなんだ。実の兄とこういうことしてるって知られたら真菜が傷つくから、秘密にしていたかったんだけど……」
「……ご、ごめんなさい、私、そんなこと知らずにお兄さんにひどいこと言ってしまって……」
「いいんだよ、榊さん。実の妹、しかも中学生だ。それを手にかけるなんて、どっちみち酷い兄貴なのには変わりないんだから」

開き直って真実を明かすのは心地よかった。
反対に榊さんは小さくなって僕の話を聞いている。
そんな中、千佳ちゃんがぼそりと呟いた。

「わたしは……別に気にしないけどな。たとえ兄妹だとしても、お互いに愛し合ってるならえっちしたって当然じゃない。綾ちはどう思う?」
「……うん、私も。お兄さんに対してなんてお詫びしたらいいのか……」

ひたすら榊さんは恐縮する。
そんな彼女に千佳ちゃんは笑いながらおもむろに提案した。

「綾ちの初めてでもあげたら? ほら、真菜が自分の彼氏を自慢してた時に言ってたじゃない、そんな人になら処女をあげてもいいって……」
「駄目っ! お兄ちゃんはぜーんぶ真菜のものなのっ!」

聞き捨てならない台詞に、真菜は急に顔を覗かせて千佳ちゃんのアイデアを却下した。
そしてそのまま雰囲気のままに猫なで声で僕を求める。

「お兄ちゃん、それよりもキス……ねっ、キスしてよっ」
「お、おい、真菜、みんな見てるだろ」
「真菜はお兄ちゃんに抱かれてるところだったら誰に見られてても平気だよ。ねっ、お願い〜」
「ふ、二人とも真菜に何とか言ってくれよ。いっつもこうなんだ」

僕の助けを求める姿を見て、榊さんと千佳ちゃんは思わず顔を見合わせる。
その数秒後、いきなり二人同時に大笑いした。

「あはははっ、なーんか心配すんのも馬鹿らしくなっちゃったわよ」
「ほ、本当よね、真菜ちゃんの彼氏が務まるのはやっぱりお兄さんしかいないと思います」
「綾ちの言う通り。お似合いのカップルのあつあつぶりを見せつけられちゃったわね」
「やっぱり真菜ちゃんのお兄さん、想像通りの方でした。だったら私も……」

そう言ったかと思うと、榊さんはおもむろにブラジャーの肩紐をずらした。

「ちょ、ちょっと榊さん、一体何の……」
「お兄さん、処女はお嫌いですか? 真菜ちゃんみたいにお兄さんに綾乃のはじめての人になって欲しいんです……」
「綾ちっ! お兄ちゃん誘惑しちゃ駄目っ!!」
「真菜ちゃんもこの前言ってたじゃない、別にいいよって」
「そ、それはお兄ちゃんなら絶対そんなことしないと思ってたから……」

榊さんの言葉に真菜はしゅんとなる。
でも、それは一瞬のことでしかなく、すぐにいつもの真菜に戻って僕の耳元で叫んだ。

「お兄ちゃん、綾ちの誘惑に負けたら承知しないからねっ!」
「わ、わかってるって……」
「わかってない! さっきの綾ちの言葉、真菜はちゃーんと憶えてるんだからねっ!」
「さ、さっきの言葉って?」
「お兄ちゃんが綾ちの下着姿見ておっきくしてたって……」
「あ、そ、それは……」
「許せない!」
「おい、あれはただの生理現象でだなぁ――」
「問答無用!」

いきなり真菜に唇を塞がれる。
ただ唇を強く押しつけるだけのキスだったけれど、一般の中学生からしてみれば衝撃的な光景だったらしく、周囲からの歓声が漏れ聞こえていた。

「わぁ……ホントにキスしてる……」
「真菜ちゃん……」

観察モードに入る二人。
そしてギャラリーが出来たことに煽られたのか、真菜もそのまま少し気分を入れたキスに移行させてきた。

「んっ、おにい……ちゃんっっ……」
「んん……」

真菜の湿った舌先が僕の唇をいとおしそうに数度撫でてから、そのまま割り込んで口内に侵入しようとしてきた。
僕は確かに真菜がよく言う「優しいお兄ちゃん」として見事に振舞ってしまっただけに、僕をからかいながら性行為に持ち込もうとするいつもの流れとは違い、真菜が妙に興奮しているのもわからなくはない。
現に、ここに榊さんや千佳ちゃんがいなければ、僕は真菜の求めにそのまま応じてしまったに違いない。
しかし、今は違う。
正直真菜がどう思おうと、他人に見られるのは嫌だった。

「ちょ、ちょっと待て、真菜!!」
「ん、んん〜、お、お兄ちゃん、どうしたの? まだお兄ちゃんの嫌がりそうなことはしてないけど」

半ば強引に縋りついてくる真菜を引き剥がす。
真菜は既にスイッチが入ったのか、とろんとした目をして僕に軽い非難の言葉をかけた。

「って、まだって何だ、まだって。お前、またよからぬこと考えてたのか?」
「違うよぉ。今は純粋にお兄ちゃんに抱かれたいだけ。第2ラウンドは、少し色々実験するかもしれないけどね」
「……やめてくれ、お兄ちゃんの身体で実験するのは」

真菜の行為には当然沢山の愛がある。
しかし、それと同時に性への強烈な好奇心もある。
その両方を満たさないと真菜は満足しないので、僕はいつも苦々しい顔をしているって訳だ。
真菜はどこからそんな知識を会得してくるのかわからないけど、大抵何がしかの実験は付き纏ってきていた。

「うん……今日はやめたげる。だから……ねっ、今日はとことんしよっ? 真菜、今日はお兄ちゃんでいっぱいになりたい感じなの」
「真菜……」

こういう真菜を見るのは久し振りだった。
それだけに僕も感慨深い。
こんな潤んだ瞳の真菜に求められて、あの日僕は初めて妹を抱いた。
今ではおねだりしてくる真菜にすっかり諦めモードの僕だけど、いつも心のどこかに妹を抱き、抱かれていると言う禁忌を胸に抱いていた。

「真菜、お前の気持ちはわかる。でも、今日は……な?」

そっと傍らの二人に視線を向ける。
黙ったままの二人は、僕に見られて少しだけ身じろぎした。

「嫌。今すぐ抱いてくれないと、真菜おかしくなっちゃうよ。真菜はお兄ちゃんを押し倒すんじゃなくて、お兄ちゃんに押し倒されたいんだもん」
「真菜」

少し強く、その名を呼ぶ。
僕の意図は伝わっているはずだ。
それがわからない真菜でもない。

「あの……お兄さん、わたし達、お邪魔だったら退散しますけど……」
「あ、いや、そういう訳じゃなく――」

雰囲気を察して自ら申し出てくれた千佳ちゃん。
しかし今から真菜を抱くから帰ってくれと言っているようで、僕は千佳ちゃんの気遣いをそのまま受け入れられなかった。
が、そんな僕と千佳ちゃんをよそに、今まで沈黙を守ってきた榊さんがぼそりと僕に向かって呟いた。

「あの……お兄さん、私の処女はもらっていただけないんですか……?」
「へっ!?」
「あ、綾ち、なに今更そんなこと言ってんのよ。二人のこと、少しは察してあげなさいよ」

千佳ちゃんが榊さんをたしなめる。
こう、割と常識を理解してくれる子が一人いるだけで、僕も随分と助かるというものだ。
しかし、榊さんも真菜と同様、物腰に似合わず結構無茶な性格らしく、聞く耳持たぬと言わんばかりにおもむろに千佳ちゃんに説き始めた。

「でも、私は真菜ちゃんのお兄さんには借りがあるから。お兄さんの辛い事情も知らずに勝手に酷い言葉で責め立てて。だからお兄さんが私を抱きたいんだったら、いつでもその身を委ねるつもり」
「そう……綾ちの言い分はよ〜くわかるよ。でもね、愛する妹がいるってのに、ここで綾ちを抱くと思う?」
「…………うん」
「って、綾ち!!」

榊さんは僅かに千佳ちゃんから目を逸らして、小さくうなずいた。
それまでの短い時間の間には、多くの逡巡があったように見受けられる。
そんな榊さんの葛藤を理解した上で、千佳ちゃんは彼女をたしなめた。

「だって……お兄さん、素敵だったから。だから私、お兄さんにはじめての人になってもらいたくて……」
「綾ち……」
「ねっ、真菜ちゃん、駄目かな? 真菜ちゃんのお兄さんを取るつもりなんてないの。ちょっとだけ、真菜ちゃんのその魅力的なお兄さんを借りたいだけ」

榊さんは、この友人二人のやり取りを聞いてぶすっとしていた真菜に懇願した。
しかし、当然の如く独占欲の強い真菜が応じる訳がない。

「だーめっ! お兄ちゃんは真菜だけのお兄ちゃんなんだから。いくら綾ちだって、勝手にお兄ちゃんに触ったらただじゃ置かないからねっ!」
「そんな……真菜ちゃんずるい」
「ずるくないもん!」
「ずるいわよ。だって、こんな素敵な男性を独り占めして……」
「だってお兄ちゃんは真菜のものだもん。そんなの関係ないよ」

そう言って真菜は僕にぎゅっと抱きつく。
これくらいの接触は僕達兄妹にとっては日常のスキンシップレベルでしかないので一向に気にならない。
真菜も今はすぐにどうこうするという感じではなくなって、ただ僕達の関係を強くアピールすることに終始していた。

「あっ、いきなりずるい! お兄さんだってたまには違う女性を抱きたいって思ってるかもしれないじゃない」
「ふふ〜んだっ! 綾ちは知らないかもしれないけどね、お兄ちゃんは今時にしては天然記念物並に淡白なおとこのこなんだよ。真菜一人ですら持て余してるんだから」

それは当然。
僕だって別に淡白なつもりじゃないけど、真菜にかかってはたじたじだ。
真菜は自慢げに僕に身体をすり寄せ、榊さんに見せつけている。
榊さんの表情があまり変わっている様子はなかったけれど、その口調は少し悔しそうだった。

「それは真菜ちゃんが熱烈だから。その点私はお兄さんを押し倒したりなんてしないわ」
「ま、真菜だって……」
「それは否定できないよな」
「お、お兄ちゃん!!」
「ほら。真菜ちゃんのことだからどうせお兄さんを無理矢理奪ってるんでしょ?」
「違うもん!」
「違うの?」
「そ、そりゃ、たまにはそういう時もあるけど、でも、お兄ちゃんは真菜が可愛く、抱いて、って言えば、優しく抱いてくれるんだもん」
「そう……」

真菜の言葉に納得した様子を見せる榊さん。
しかし、少し考え込む仕草をしてから、僕に向き直ってこう言った。

「あの……抱いて下さい、お兄さん……」
「えっ!?」
「私、お兄さんに抱かれたいんです……」
「綾ちっ!!」

真菜は榊さんを睨み付ける。
が、榊さんは伊達に真菜の友達をやっている訳ではないらしく、平然と視線を返してこう言った。

「ごめんね、真菜ちゃん。でも、事実なの」
「そ、そんな開き直られても……」
「でも、真菜ちゃんだってお兄さんは素敵だって思うでしょ? だったら私の気持ちもわかってくれたっていいじゃない」
「そりゃ……お兄ちゃんは真菜の贔屓目に見てもかっこいいよ。だから真菜は、お兄ちゃんにお願いして、いつも抱いてもらってるんだもん」
「ほら、真菜ちゃんはいつも抱いてもらってるんでしょ? 私は一度だけでいいの。まだ誰にも抱かれたことがないから、はじめてはこの人にって……」

僅かに榊さんは真菜に詰め寄った。
僕の目から見ても、今の真菜は榊さんにこのまま押し切られてしまいそうだった。
常識的に考えればこんな無茶な話はまかり通らない。
が、既に僕と真菜は常識から逸脱した立場にいるんだ。
そんな真菜がいくら常識を振りかざしたところで全く意味がないのは、真菜も何となく感じているだろう。
だからこそ、真菜は考える。
榊さんの想いを否定することは自分の想いをも否定することに繋がるだけに、冷たく切り離すことは出来ない。

「でも……」

でも、真菜は肯定することが出来ない。

「……でも、真菜だって、そのつもりだったんだもん。綾ちの言葉、信じられないよ……」
「そのつもりって?」

榊さんが静かに聞き返す。
真菜はそれに応えるでもなく、小さく語り始めた。

「お兄ちゃんには何度も何度も言われてきたんだし、真菜だって考えなしじゃない。兄と妹がこういう関係になることがどういうことか、よくわかってるつもりだったよ」
「真菜……」

それは、僕の知らない真菜だった。
僕は真菜に近親相姦の禁忌を説き、真菜は僕に常識の無意味さを説いた。
それは何度となく繰り返され、その度に僕は真菜を説得し切れず、真菜の求めに応じていた。
そう、真菜は禁断の兄妹愛を否定しようとする僕を馬鹿にすらしていたんだ。
でも、真菜は語る。
真菜の真実と、自分を偽ることでしか成立し得なかった悲しい真菜の恋について。

「真菜だってお兄ちゃんを苦しめたくない。だから、一回だけのつもりだった。おんなのこにとってはじめては一回こっきりだもんね。真菜の想いは叶わないかもしれないけど、それでも大事な大事なはじめてだったから、真菜はどうしてもお兄ちゃんにもらって欲しかったんだ……」

僕は今でもあの時の眼差しを忘れない。
偽りだらけの今の世の中で、唯一真菜の瞳だけが信ずるに足り得るものにすら思えた。

「そして、お兄ちゃんは真菜に応えてくれた。夢だと思ってたのに、お兄ちゃんは真菜を抱いてくれた。多分、お兄ちゃんは真菜が拒めば傷つくと思ったから、辛くても真菜を抱いてくれたんだと思う……」

真菜はそのまま潤んだ瞳で僕を見上げて言う。

「……そうだよね、お兄ちゃん?」
「馬鹿……僕は真菜が好きだから、お前を抱いたんだよ」

そんな僕の答えを聞いて、真菜は嬉しそうに目を細める。

「真菜はそういうの好きだよ、お兄ちゃんの優しい嘘……」
「嘘じゃない、真実だ」
「さっきも真菜のこと、かばってくれたよね。お兄ちゃん、嘘つくの大嫌いなのに……」
「それは……」
「真菜だってね、お兄ちゃんに辛い思いはさせたくないんだよ。でもね、とまらないの……」

すうっと涙がこぼれた。
普通はぽろぽろとこぼれるものなのに、音もせず一筋流れた。

「真菜……」

真菜の笑顔は悲しい笑顔だ。
流した涙が、それを証明している。
そして僕は妹の悲しみに今まで気付いてやれなかった馬鹿な兄貴だ。
真菜の表面上の明るさに誤魔化されて、一番大事なことを、見失っていたんだ。

「真菜はお兄ちゃんが好き……。一回抱かれただけじゃ嫌なの。ずっとずっと、何度も何度もお兄ちゃんに愛されたい。一回だけで、後は我慢するつもりだったのに……」
「ごめんな、真菜……お兄ちゃん、真菜がそんな風に思ってたなんて、全然知らなかったよ……」

僕が謝ると真菜は嬉しそうに笑う。
やっぱり真菜は、笑っている時が一番だ。

「うん、お兄ちゃんに気付かれないようにしてたもん、当然だよ。お兄ちゃん、すっごく鈍感だもんね」
「そっか。でも、妹の苦しみに気付いてやれないようじゃ、僕も兄貴失格だよな」
「そんなことないよ。これは真菜が求めた苦しみだもん。だからお兄ちゃんのせいじゃないし、お兄ちゃんにだって癒すことは出来ない……」
「でも……」

僕が反論しようとすると、真菜は僕の唇に指を当ててそれを遮った。
そして、そのまま続けて言葉を紡ぐ。

「お兄ちゃんはね、ちゃんといいお兄ちゃんしてるよ。だから安心して」
「真菜……」
「お兄ちゃんってば鈍感な癖して、結構真菜の辛い時とかには敏感なんだよね。いつもいつも、優しくかばってくれて……」
「真菜のこと、いつも見てたからな」
「うん……わかってた。だから、派手に鈍感でも真菜をかばえるんだよね? お兄ちゃんの取り柄ってそれくらいだもん」
「って、そこまで言うか、真菜?」
「うん。真菜はお兄ちゃんにそれ以上求めないもん。お兄ちゃんは真菜だけを見てて、辛そうだなって思ったら、ぎゅっとしてくれればいいの。それだけでいいんだから」

確かにそうかもしれない。
僕は真菜の兄であることを除けば、ただのどこにでもいそうな高校生で、取り立てて何がどうと言うこともない。
でも、僕は真菜の兄だった。
真菜は小さい頃から気が強くておてんばだったけど、どこか抜けているところがあって、僕は放って置けないと感じていたものだ。
その性格からか真菜は両親だけでなく誰にでも好かれていたし、僕なんかよりもずっと期待もされていた。

でも、真菜はやっぱり僕の妹だった。
僕はずっと真菜を見てきたから知っている。
真菜はちょっとしたことですぐ泣くし、一見大雑把そうに見えて実は人一倍繊細な心を持っていた。
どうして誰もそれに気付かないんだろうと思ったりもしたけど、それも当然かもしれない。
真菜は僕の前でしか、涙を見せなかったから。

普通、他人には涙を見せない。
涙をそっと拭ってくれる奴なんてそうはいないからだ。
流した涙を拭いてくれるのは、家族か恋人か、そんなもんだ。
そして、流した涙を拭かせるのは……本当に自分が心を許した相手にだけだろう。

「真菜……悪い、今、ハンカチ持ってなくて……」

僕はそう真菜に謝りながら、そっと目尻に指を運ぶ。
真菜は微笑みながら、残った涙の雫を僕に委ねた。

「真菜は知ってるよ、お兄ちゃんがいつもハンカチ持ってないことくらい」
「これから気をつけるよ」
「ううん、気をつけないで。ハンカチ持ってて欲しいなら、真菜はとっくの昔にお兄ちゃんを矯正してるよ」
「おいおい……」
「真菜はね、お兄ちゃんの指がいいの。ハンカチなんかで真菜の涙を吸い取ったら、けっとばしてやるんだから」

そう言って真菜は蹴り飛ばす仕草を見せる。
ようやくいつもの真菜に戻った。
真菜にはいつもしてやられてるけど、泣いてる真菜より百倍いい。
だから僕は真菜にからかわれてはぶつぶつ言ってても、心のどこかでそれを喜んでいるんだ。

「それよりお兄ちゃん、ぎゅっとして……」
「ああ……」

僕は求められるがままに真菜に両腕を回し、ぎゅっと抱き締める。
真菜は身を小さくして、僕の抱擁を静かに受けていた。

「――そして兄は妹を押し倒し、その小さな膨らみに手を……」
「こういう風に愛を語らってから、真菜ちゃんはお兄さんが自分を抱くように仕向けるんですね……」
「って、二人とも!!」

つい、忘れかけていた。
真菜の独白を聞かされて、僕も少し麻痺していたのかもしれない。
ともかく状況は少しも変わりなく、榊さんと千佳ちゃんは僕達の様子をじっと観察していた。

「仕向けてないもん!」

真菜も榊さんと言い争いをしていたのを思い出して口を尖らせる。
が、流石に榊さんも真菜の想いを聞いて少し態度を改めたらしく、あからさまな敵対の姿勢にも応じることなく、友好的に真菜に話しかけた。

「まあまあ真菜ちゃん……私もお兄さんにはじめてをもらってもらうのは諦めたから」
「本当に?」

真菜は明らかに信用していない表情を見せる。
そんな真菜に榊さんは軽く笑いかけながら説明して見せた。

「本当だって。真菜ちゃんみたいに無理矢理お兄さんを奪っても、真菜ちゃんに包丁で刺されちゃうから」
「うんうん」
「だからその代わり……見てていい?」
「えっ?」
「だから、お兄さんと真菜ちゃんがするのを」
「そ、それは……」

真菜は少し迷ってから、僕の判断を仰ごうとこっちを見上げた。
こういう真菜は珍しいけど、僕にとっては好都合だ。
僕は当然の如く、真菜に首を横に振って答える。

「……駄目だって。ごめんね、綾ち」

真菜が済まなそうに榊さんに謝る。
すると榊さんは僕の瞳を覗き込むように見上げて訴えかけてきた。

「お兄さん、真菜ちゃんを犯罪者にしてしまってもいいんですか?」
「は?」
「見るのが駄目って言うなら、私、榊綾乃はお兄さんを押し倒して処女を奪ってもらうしかありませんから……」
「へっ!?」
「わっ、綾ちってば過激〜」

一人今回のことを客観的に見ることの出来る千佳ちゃんが楽しそうに囃し立てる。
僕にとっては笑い事じゃ済まされない問題だ。
真菜も榊さんの発言に困った顔をして僕に訊ねた。

「お兄ちゃん、どうしよう……?」
「どうしようって言われてもなぁ……」
「綾ちに見せちゃ、駄目?」
「駄目、って言いたいところだけど……」
「真菜、綾ちを包丁で刺したくないよ。だから――」

見せてやってくれ、と言いたいらしい。
真菜が味方についたことを知った榊さんは、上目遣いの視線で僕に無言の懇願をしてくる。
ふと視線を変えると、千佳ちゃんがさも面白そうににやにやと笑っていた。
正直、もうここに僕の味方をしてくれる人は誰もいない。
まさに四面楚歌だった。

「……真菜は友達に見られてても平気なのか?」
「真菜は平気だよ。綾ちも千佳も一番の親友だし、恥ずかしいことしてるわけじゃないもん」

真菜はあっけらかんとして答える。

「ただ真菜はお兄ちゃんが嫌がるんなら可哀想だなーって思って。嫌がることはしたくないし」
「僕はいつも嫌がってるぞ」
「うん、だから可哀想だね。でも仕方ないよ」
「……ってことは、今回も仕方ないのか?」
「そういうことになるかな。ごめんね、お兄ちゃん。これも妹を犯罪者にしないためだよ。我慢してね」
「結局僕が我慢するのか……」

これもいつものことだ。
でも、今回はいつものように真菜の我が侭を聞くのとはちょっと勝手が違う。
僕はまだ少し、渋った態度を見せた。
すると真菜は何か思い付いたのか、ぽんと手を叩いて僕にこう提案する。

「あっ、じゃあお兄ちゃんが恥ずかしくないようにすれば問題ないよね?」
「……それはどういうことだ?」
「綾ち達に見られてるってわかんなければいいんだよ。うん、名案名案♪」
「そんな無茶なこと言うなよ、真菜。そんなこと――」
「無茶じゃないよ。あっ、千佳、そこの机の一番右下の引き出し開けてくれる?」

真菜は真菜らしく、勝手に事を進める。
千佳ちゃんは真菜に言われて勉強机の右下の引き出しを開けた。

「どういうつもりだ、真菜?」
「えへへ、内緒」
「あー、そっかー、そういうことか……」

引き出しの中を見て、千佳ちゃんは何か気付いたらしい。
そしておもむろに何かを取り出す。
それは――

「お母さんのミシン借りたんだよ。一応、真菜のお手製」

真菜は嬉しそうに言う。
千佳ちゃんから真菜に手渡されたそれは、黒くて細長い、はちまきのような代物だった。

「おい、真菜、それって……」
「うん、目隠し。今度お兄ちゃんと楽しもうと思って、こっそり作っておいたんだ」
「真菜ちゃん、過激……」

榊さんはおもむろに引き出しから目隠しが出てきた事実に嘆息する。
が、僕も溜息をつきたいくらいだった。

「あっ、これは別にお兄ちゃんに目隠ししようと思って作った訳じゃないんだよ。逆なんだから」
「僕が真菜に目隠しするのか?」
「うん、そのつもりだったんだ。お兄ちゃん、真菜を抱くのにいつも遠慮してたから。真菜の視線がなければ、思いっきり無茶なことも出来るでしょ?」
「ってなぁ……」
「でも、今回はそのための準備がいいところで役に立ったよね。はい、お兄ちゃん、後ろ向いて……」

僕に逆らう権利はないようだ。
真菜は自分が目隠しされるつもりだとは言ったけど、今では僕を目隠しすることに興味津々な顔をしている。
恐らく、ここで反対意見を口にしようものなら、三人がかりで目隠しをされてしまうことは火を見るよりも明らかだった。

「……わかったよ。でも、痛くするなよ」
「わかってるって。お兄ちゃんは気持ちいいだけだから安心して」

安心できるか!と声を大にして言いたいけどそうも行かない。
僕はもう石像にでもなったつもりで大人しく従うことにした。

「……んっと、このくらいでいいかな。お兄ちゃん、きつくない?」

真菜が僕に目隠しをしてから具合を訊ねる。

「きつくない」
「うん、わかった。じゃ、始めるね」

そう言って真菜は開始を宣言する。
しかし、さっきはそういう雰囲気だったけど、正直今はそうじゃない。
視覚が閉ざされていることもあって、僕は不安そうに真菜に訊ねた。

「おい、真菜、始めるねって……僕はどうしたらいいんだ?」
「お兄ちゃんは見えないんだから何もしなくていいよ。真菜がお兄ちゃんを気持ちよくしてあげるから」

そんな真菜の答えを聞いた後、すぐに唇に柔らかいものが触れる。
僕は少しびっくりして反射的に逃げようとしてしまった。

「あっ、お兄ちゃん、これは真菜の唇だから逃げないで。真菜の感触、お兄ちゃんならわかるでしょ?」

正面から真菜の声が聞こえた。
言葉には出さないけれど、確かにこれは真菜の唇だ。
僕は覚悟を決めて、恐る恐る唇を軽く差し出す。

「あっ、お兄ちゃん震えてる。可愛い……」

そんなことを言ってから、再び僕の唇に柔らかいものが触れた。
真菜も僕の目が見えないことを考えてか、キスの流れ自体もいつもの性急なものではなく、ゆっくりとしている。

「んっ、んっ……」

僕の唇を辿りながら、真菜の甘い声が洩れ出る。
そして湿った柔らかいものが閉じた僕の唇の間を探り、僕はそれに合わせて軽く唇を開いた。

「凄い……」

恐らく榊さんと思しき声が聞こえた。
真菜の舌が僕の口内に侵入し、僕も真菜の熱烈なキスに応じる。
お互いの唾液が奏でる湿った音が、周囲の空気を一気に加速させた。

「んっ、お兄ちゃん……んんっ!」

僕と真菜にとって、濃密なキスはファーストステップだ。
こうして舌を絡め合いながらお互いの情感をどんどん高めて行く。
いつのまにか真菜は僕を放さぬようにきつく抱き締めていたし、僕も真菜に倣って腕を背に回していた。

「ま、真菜、そろそろ……」

息も切れ切れで僕は真菜を引き剥がす。
真菜は放っておくと往々にしていつまでもキスに夢中になっていることが多い。
真菜のキスに終了の合図をするのは僕の役目で、真菜もこの時ばかりはちゃんと僕の言うことを聞いた。

「う、うん、お兄ちゃん……好きだよ、だ〜いすき」

真菜は僕に愛の言葉を投げかけることを忘れない。
僕の耳元でそんな可愛いことを言いながら、子猫のように頬擦りをしてきた。

「ねっ、お兄ちゃんも言って。真菜のことが好きだって」
「あ、ああ。好きだよ、真菜」
「んー、もっと。もっと何度も!」
「好きだよ、真菜、愛してる」
「えへへ、真菜も。真菜もお兄ちゃんのことが大好き!」

真菜が僕のほっぺたをぺろぺろと舐める。
僕が大人しくしているせいか、真菜はいつも以上に甘えた様子を見せていた。

「ねっ、お兄ちゃん、真菜はここにいるんだよ。見えなくても、ちゃんとわかるよね?」
「ああ」
「今、真菜はお兄ちゃんのほっぺを舐めてるから……顔の位置はお兄ちゃんと変わらないかな」
「確かに」
「じゃ、お兄ちゃんも真菜を好きなように触れるよね。胸とかあそことか、場所はわかるでしょ?」
「……大体は」
「むー、もう、お兄ちゃんってばじれったいなぁ。真菜がなにをして欲しいか、わかってるくせに」
「わかってるよ。ったく……」

僕はぶつぶつ言いながら、ゆっくりと手を伸ばす。

「んっ、服の上からってあんまし感じないね。ちゃんと後で脱ぐけど、取り敢えずごそごそやって下から手を入れてくれる?」
「ああ」

僕は真菜に言われた通り、服の裾から手を入れると再度真菜の小さな膨らみに触れた。
少し緩めのブラジャーを上にずらすと、直接胸を刺激する。

「んっ、あっ、そうだよ、お兄ちゃん。やっぱり言われなくてもちゃんとわかってる……」

ありがとう、の印なのか、真菜がまたぺろぺろと僕の頬を舐める。
そのくすぐったさに身じろぎしたけど、取り敢えず真菜を感じさせることにした。

「ああん、んくっ、あん、んんっ……」

真菜の熱い吐息が僕の頬に当たる。
早くもその存在を主張している真菜の先端を指先で弄ぶと、いつもと同じ反応をちゃんと返してくれた。

「うんっ、お兄ちゃん、お兄ちゃんっっ……」

手持ち無沙汰の真菜は僕と同じように服の裾から手を突っ込むと、その小さな手で僕の身体を撫でさすった。
特に感じさせたい訳でもなく、ただ触れていたいだけ。
そんな真菜の気持ちが柔らかい掌を通してよく伝わって来ていた。

「真菜、真菜っ!!」

僕も真菜の名を呼ぶ。
別に愛し合うのに形式は必要なかった。
身体を重ねなくてもいい。
ただ、そこにいてくれさえいればそれだけで充分な愛も確かに存在していた。
しかし、血で繋がり心で繋がり言葉で繋がり視線で繋がり、残っているのは身体だけ。
身体の繋がりだけを残し続けることに何の意味があるだろうか?
真菜はそんな僕の問いに答えを与えてくれる。
こうして抱き締めて、キスして、そしてお互いに触れ合って。
それは快楽と共に別の何かで僕をいっぱいに満たしてくれる。
その心地良さが僕を幸せにし、真菜に微笑を与えていた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」

真菜が僕の耳たぶを甘噛みする。
時折僕の責めに震え、歯を立てた。
でも、僕の感覚は麻痺している。
真菜の熱い呟きが僕を融かす。
僕はより深く真菜を求めて、きつく抱き締めた。

「くっ! んんっ……」

真菜も僕のそれに応えてか、次の段階へと移ろうと下に手を伸ばした。
ズボンのボタンが外され、ゆっくりと脚から抜き取られる。

「あっ、ああっ、んっ、お兄ちゃん……」

抱き締めたことによって真菜の身体が密着する。
お互いに服は上にずり上がっているようで、真菜の尖った胸が僕の胸に当たって押し潰された。

「真菜っ……」

トランクスも完全に脱がされた。
外気にさらされて少し涼しく感じる。
真菜は僕の背中に意図的に爪を立て、痛くならない程度に背骨の凹凸をなぞる。
僕もそれに倣って、真菜のすべすべした背中の感触を堪能した。

「お兄ちゃん、キス……」

真菜がキスを求める。
場所はわからないけれど、僕は求めに応じて唇を突き出した。

「うれしい、お兄ちゃん……」

すぐにお互いの唇が触れ合う。
目隠しをされている僕と違って、真菜はいつでも自分から僕にキスをすることが出来る。
しかし、僕が真菜に唇を差し出すということが重要だった。
真菜が僕の唇を求め、僕も真菜の唇を求める。
お互いに求め合って、そしてひとつに繋がった。

「んんっ、お兄ちゃんのキス、だいすき……」

既に僕の顔は通常のキスが意味をなさないくらい真菜に舐められまくってべとべとになっているようで、このキスももうキスと言うよりもなめあいっこでしかない状態だった。

「くっ!!」

僕は真菜との多少野性味溢れたキスに暫し溺れていたけれど、その不意を衝くように僕の下半身が温かいものに包まれた。
挨拶するかのように一度口に含んでから、すぐに取り出して今度は少し確かめるように湿ったものがなぞって行く。
そして真菜はそれに呼応するように僕の唇をついばんで……。

「えっ?」

おかしい。
ふとそのことに気付いて僕は声をあげた。

「お兄ちゃん、どうかした?」

喘ぎとも違う僕の声色に違和感を感じた真菜が僕の耳元で問い掛ける。
確かに真菜の唇はここにあるはずなのに、僕は現在進行形で下半身を責められていた。

「うっ、ま、真菜、僕、まだ真菜に入れてないよな?」
「当然じゃない。いきなり何を……」

と、そこで真菜の声が途切れる。
そしてすぐさま大きな声が響いた。

「綾ち、いったい何してんのよっ!!」

ちゅぽんと唇のようなものから解放される。
そして下の方から声が聞こえてきた。

「お兄さんにお口で……」
「って、見ればわかるわよっ!!」
「あ、あの、真菜、これはどういう……?」
「ご、ごめんね、お兄ちゃん。真菜がお兄ちゃんとのキスに夢中になってる間に、綾ちが勝手に口でしてたの」
「な、なるほど……」

道理で。
いくら目隠しをされていても、真菜の中と口とを間違えるはずもない。
しかし、それはともかく、これはとんでもないことだった。

「綾ちは見てるだけのはずでしょ。約束破るの?」
「お兄さんに処女をもらってもらわないってことは言ったけど、見てるだけとは言ってなかったはずだけど……」
「そ、それはそうだけどっ!」

真菜は怒っている。
しかし、さもありなん。
気付かないうちに榊さんが先に僕を口で責めていた事実は、真菜にとってもショックだろう。
しかし榊さんはしれっとぷりぷりする真菜に応えて言った。

「お兄さん、苦しそうだったから。真菜ちゃんはキスばっかりしてて、全然お兄さんを気持ちよくしてあげようとしないし……」
「お兄ちゃんはキスでもしっかり感じてくれるもん!」
「でも、こっちの方が感じるでしょう?」
「……うくっ!」

榊さんがそう言ったかと思うと、また僕は温かいものに包まれた。
感じから言って恐らくこれは、榊さんの口内の感触だろう。

「あっ、またお兄ちゃんの勝手に咥えてるっ! どうして綾ちは千佳みたいにひとりえっちで満足できないのよ!?」
「えっ?」

ひとりえっち?
と、確かに今まで耳元で真菜の喘ぎが聞こえていたせいで気がつかなかったけど、少し離れた場所で荒い呼吸が聞こえている。
恐らく僕が見えないからと思って、千佳ちゃんがそういう行為に及んでいるんだろう。
そんな見えないところでの背徳的な行為を想像して、僕は一瞬どきりとした。

「あっ、お兄さん、少し大きくなった……」

嬉しそうな榊さんの声が聞こえて、また僕は包まれる。
そして湿った音を立てながら榊さんが僕を唇でしごき立てた。

「ちょっと綾ちっ! お兄ちゃんもはじめての綾ちに責められて感じてないでよ!」
「そ、そんな無理……うっ、言うなって……」

榊さんの責めが加速する。
そして息継ぎのためか再び僕を解放すると、とろりとした声で僕にこう言った。

「……お兄さん……好きな時に出して結構ですから。はじめてなので全部飲めるか自信はないんですけど……」
「お兄ちゃんのは一滴残らず真菜のだからねっ! もう、綾ちはあっち行ってて!」
「あん、真菜ちゃんの意地悪……」

どうやら榊さんは実力で真菜に排除されたらしい。
流石に僕の精液を争う気にもなれなかったのか、さっきまで榊さんの声が聞こえていたところから、今度は真菜の声が聞こえてきた。

「ごめんね、お兄ちゃん。真菜がついていながらお兄ちゃんの、綾ちの口に犯されちゃった。今度はちゃんと真菜のお口で綺麗にしてあげるからね」
「うっ……」

じゅぷりと音がして真菜の口に包まれる。
真菜は僕を確かめるようにゆっくりと動かしてから、少しずつ動きを速めた。

「んっ、んふっ……」

真菜の髪の毛が僕の太ももに当たる。
その動きが、真菜の動きを僕に想像させた。

「ま、真菜、出そう……」

さっきまで加減を知らない榊さんに容赦無く責められていたせいか、絶頂がすぐに訪れそうになる。
真菜はそんな僕の訴えに言葉で返すことが出来ずに、優しく数度太ももをさすって返事をした。
このまま真菜の口で出すのを嫌がって引き剥がしたところで、真菜に厳しく叱責されるのは目に見えている。
だから僕はそんな愚挙に出ることもなく、震える手で真菜の頭を撫でてあげることにした。

「んっ、んっ、んっ……」

喜びが真菜の動きに反映される。
より熱のこもった責めに、僕はすぐに絶頂を迎えた。

「……ま、真菜っっ!!」

びくっと震える。
同時に僕は真菜の口の中に全てを吐き出していた。

「うっ、あううっ、うっ……」

一度震える度に真菜の中に出している様子が感じられる。
真菜も口をすぼめながら僕の精を静かに受け止めていた。
そして全て出し終えると、真菜はゆっくりとこぼさぬように口から僕を抜き取り、こくりと小さく喉を鳴らして飲み干した。

「はいっ、お兄ちゃん、気持ちよかった?」
「あ、ああ……。ありがとう、真菜、飲んでくれて」
「ううん、お兄ちゃんのだもん、真菜は好きで飲んでるんだし、気にしなくてもいいんだよ」

真菜もその口調から少しは気が晴れたらしい。
見えないながらも幸せそうな雰囲気が僕にも伝わって来ていた。

「もう、綾ちなんかに絶対飲ませないんだから。お兄ちゃんのが咥えられただけでも許せないってのに……。綾ち、もう二度とあんなことしないでよね!」
「まあまあ……」

前言撤回。
僕が知る真菜は、やっぱり根に持つタイプだ。
僕は後で榊さんが真菜に報復されないように、少しだけフォローしてあげることにした。

「もう、お兄ちゃんもまあまあなんて余裕かまさないでよ……」
「わかったわかった。でも、真菜も榊さんを許してやらなきゃ駄目だぞ」
「ぶー、どうして?」
「お前は榊さん達に見せびらかしてるんだ。既にその時点で負い目はある」
「……お兄ちゃん、目隠しされててそんなこと言ってもあんまし説得力ないよ」
「ううっ……」

確かに。
しかし今更この目隠し状況を変更することも出来ない。
目隠しを外せば千佳ちゃんはもちろんのこと、榊さんだってあられもない姿でいることだろう。
それにちょっと今は、榊さんとは顔を合わせづらい。

「でも、お兄ちゃんの言葉だもんね。たとえ目隠しじゃなくてロープでぐるぐる巻きになってても、真菜はきちんとお兄ちゃんの言うことを聞くよ」

真菜は素直な一面を見せる。
しかしそこにざくりと千佳ちゃんのツッコミが入った。

「真菜こそそんな格好で言っても説得力無いんじゃない?」
「いいの! 真菜とお兄ちゃんの愛の力は全てに説得力を持たせるんだもん!」
「はいはい、わかりましたよ……」

今の真菜には何を言っても無駄なのがすぐにわかったのか、敢えて反論することもなく千佳ちゃんは引き下がった。
そして真菜はそれを二人の愛の力が勝利した結果だと思ったのか、妙に嬉しそうに僕に語った。

「お兄ちゃん、千佳を撃退したよっ! 残るは綾ちだけだよねっ!」
「そ、そうだな……」
「うんうん。それよりお兄ちゃん?」
「何だ?」

真菜が甘い声を出して言う。
そんな真菜の変化に僕は少し身構えて聞くことにした。

「うん……お兄ちゃん、今日の、ちょっと濃くなかった?」
「……へっ?」
「お兄ちゃん、溜まってたんでしょ? そういう時はちゃんと真菜に言わなきゃ駄目だよ」
「……言ったらどうなる?」
「真菜が気持ちよくしてあげる」
「って、僕の精液は常に薄くないと駄目なのか?」
「当然♪ でも、お兄ちゃんは若いんだし、毎日出してあげないとすぐ濃くなっちゃうのかな?」
「さぁ?」
「じゃあ、今度真菜が実験してあげる。一日何回まで平気なのかとか……」

とんでもない話だ。
このまま放っておいたら僕は真菜の手にかかってへろへろにされかねない。
しかしそんな僕の内心を知ってか知らずか、真菜はさも楽しそうに僕に言って聞かせた。

「まあ、実験って言っても真菜が基礎体温を計るのと同じようなもんだよね。それに真菜のは別に気持ちよかったりとかそういうことはないけど、お兄ちゃんは気持よくなるんだし……」
「……お前はそれで正当化しているつもりか、真菜?」
「うん」
「気持ちいいかもしれないけど、それじゃ疲れるだろ」
「真菜のお口が?」
「違うっっ!!」

からかわれているのかどうなのか。
ともかくそんなことは容認できるはずもない。
でも、今すぐにどうこうっていう問題でもなく、この目隠しされて真菜に主導権を握られているこの状態では、何を言っても無駄なように思えた。

「ふふんっ、次もまた飲んじゃおーかなーっと♪」

真菜は僕を手で弄びながら鼻歌混じりにそんなことを言っている。
僕は呆れて真菜に気付かれないようにこっそり溜息をついていると、おもむろに耳元で声が聞こえた。

「……お兄さん、真菜ちゃんってひどいですよね……」

榊さんの声だ。
返事をしようと思ったら、いきなり真菜が僕をきゅっと握ったらしく、その勢いで僕の出しかけた言葉は奥に引っ込んでしまった。

「私なら、ちゃんとお兄さんに主導権を与えて差し上げられるんですけど……」

真菜は僕を弄ぶのに夢中で、榊さんの様子に全く気がつかない。

「キス、してあげましょうか? 真菜ちゃんはお兄さんの飲んじゃいましたから、その口でキスするのは問題ですよね?」

前に口移しで自分のを味見させられたことがあるなんてことは、流石に口が裂けても言えない。
僕はそのことを思い出して、つい口をつぐんだ。
その僕の無言を榊さんは肯定と取ったのか、続けて僕の耳にこう囁いた。

「……下の方が先になっちゃいましたけど、実は私、キスもまだなんです。お兄さん、私のファーストキス、もらってくれますか?」
「えっ、あっ……」

返事も待たずにそっと僕の唇が塞がれる。
さっきのいきなり僕を咥えた行為が大胆だったのに対して、このキスは本当に優しいキスだった。
そして軽く唇と唇を触れ合わせるだけのキスを終え、榊さんが再び囁く。

「有難う御座います、お兄さん……」
「あ、あの、榊さん……?」
「綾乃、と呼んで下さい。真菜ちゃんに聞こえないように……」

しかし、名前を呼ぶ口はすぐに榊さんの唇によって塞がれた。
今度は探るようなキス。
僕を確かめるキスだった。

「……少しだけ、頑張っちゃいました。次は……舌、入れても構いませんか?」
「だ、駄目……」
「綾乃、って呼んで下さい。でないと罰を与えちゃいます」

そう可愛い声で囁いてくる。
しかし内容は完全に僕に対する脅迫だ。
まるで真菜を相手にしているようなこの状態に、僕はどうしていいのか完全に迷ってしまった。

「ぶっぶー、時間切れですよ、お兄さん。じゃあ……」

再び榊さんの唇が触れる。
少し舌先で僕の唇の合わせ目をつついた後、中へと割り込もうとしてきた。
が、流石にこれは守らないと後で真菜に何をされるかわからない。
慣れない舌捌きで僕の口内に侵入しようとしていた榊さんだったけれど、僕は彼女の奮闘を少しだけ確認してから、空いている両手でついと押し返した。

「えっ、あ……」
「……ごめん、榊さん」

小さく小声で謝る。
そしてこんなやり取りが行われているとも知らずに僕を責めている真菜に向かって言う。

「あと、真菜、ちょっと助けて」
「……ふぇっ?」

真菜は変な声を出して僕を口から出すと顔を上げる。
そして目に入った光景を見て、僕の助けて発言が何を指しているのかをすぐに悟った。

「あ、綾ちっっ!!」
「……ということ。でも怒るなよ、真菜」
「怒るよっ! どーせ綾ちがお兄ちゃんの唇を奪おうとしたんでしょ!!」

既に奪われてはいるけれど、敢えてそれを口には出さない。
榊さんも僕に拒まれた事実と真菜に見つかった事実にぶつかって、ただ口を閉ざしている。

「だから真菜に助けを求めたんじゃないか。それより……」
「それより何よ?」
「それより、もう目隠し外してもいいだろ、真菜?」
「……お兄ちゃんは目隠しプレイ、嫌?」
「そういう訳じゃない。でも、僕はちゃんと真菜をこの目で見て、愛してやりたいんだ」
「お、お兄ちゃん……お兄ちゃんがそう言うのならもちろんだよ」

僕がこういう風にはっきり真菜を求めるのは珍しい。
それだけに、真菜はとろんとした声で許可の言葉を発した。

「あと、榊さんと千佳ちゃんが僕に見えないように。背中の方にでも移動させてくれればいいから」
「うん、わかった。ほらほら、千佳も綾ちもお兄ちゃんの命令だよっ。お兄ちゃんは滅多なことじゃ命令しないんだから、黙ってすぐに従って!」
「……ふふっ、はいはい」

千佳ちゃんは従ったようだ。
そして榊さんは無言ながらも、次の真菜の言葉で後ろに回ったことが証明された。

「お兄ちゃん、目隠し取ってもいいよ。今なら真菜しか見えないから」
「ああ……」

そして僕は目隠しを取ろうと後頭部に両手を回す。
が、その僕の手は、別のもうひとつの手に当たった。

「え?」
「お兄さん、私が外してあげます……」

それは榊さんだった。

「あ、ああ……」

どういうつもりでの行動なのか僕にはわからなかったけれど、敢えて拒むほどのことでもないと思ってそれを受け入れた。
すると榊さんは結び目を解きながら僕に向かって囁く。

「ごめんなさい、私……」
「…………」
「お兄さんに無理矢理……これじゃ真菜ちゃんのことをとやかく言う資格なんてありませんね」
「いや……」

僕だって、榊さんを責める資格なんてない。
いくら目隠しをされていたとは言え、榊さんにキスされてしまったし、そのことを真菜に伏せた。
真菜に榊さんを責めさせないためのちょっとしたことってだけだけれど、それは真菜にとっては単なる言い訳にしか過ぎない。
でも、僕は今ここで、しっかりと榊さんに言う必要があった。

「ごめん、僕は真菜を愛しているから……」
「えっ、お兄ちゃん?」

小声じゃなく、真菜にも聞こえる声で。
いきなり愛していると言われて、真菜は驚きの声を上げた。

「だから僕は今、真菜を抱く。誰にも否定させない」

解けかけた目隠しの結び目がするりと解ける。
そしてようやく僕の視界は自由になった。

「真菜……」
「お兄ちゃん……」

そこには小さい頃からずっとずっと愛し続けた真菜の姿があった。
真菜も僕の瞳をじっと見つめる。
そして暫し見つめ合ってから、真菜はゆっくりと口を開いた。

「……お兄ちゃん、真菜を愛して。そして真菜の全部を、お兄ちゃんだけのものにして」
「ああ、真菜」

僕は真菜に応えて少し荒っぽくその華奢な身体を押し倒した。
ベッドなんてない、ただのカーペットの上。
いつも真菜に接する時には壊れ物に触れるようにしていただけに、僕にも真菜にもちょっとした衝撃だった。

「お、お兄ちゃん?」
「ごめん、真菜。でも今は、こうしたい気分なんだ」
「うん……いいよ、お兄ちゃん。何度も言ったと思うけど、真菜はずっと、お兄ちゃんに滅茶苦茶にして欲しいって思ってたから……」

それが僕にとっての免罪符になる。
常に良心の呵責に駆られている僕にとっては、大量の免罪符が必要だった。
真菜を抱く度に僕はまた罪を重ね、その度に真菜に許しを請う。
そして今回の僕は3つの新たな罪を作っていた。
ひとつは妹の真菜を抱くこと。
もうひとつはそれを真菜の友人に見せていること。
そして最後のひとつは、榊さんに僕がどれだけ真菜だけを愛しているかを残酷なまでに見せつけようとしていることだった。

「あっ、ああっ、お兄ちゃんんっ!!」

だから僕は真菜を必要以上に激しく抱く。
既に真菜は僕を口に含んでいた時点でかなり濡れていた。
まだ真菜の身体が完全に大人になり切っていないことを考慮して、いつもは真菜の中に入れる前に充分過ぎるほどの愛撫をしていたし、一、二度行かせておくことは割と当然のこととしてまかり通っている。
でも、今回は違う。
真菜も男の身体を受け入れることに馴れ始めているとは言え、いきなり荒々しく抱かれれば痛みを感じる小さな少女の身体だった。

「いっ、痛っ……」
「ごめん、ごめん……」

僕の意図が真菜にどれだけ伝わっていることか。
恐らく真菜には少しも伝わっていないことだろう。
こんなカタチでしか自分の愛情の激しさ、独占欲を表現できない不器用な自分を情けなく思う。
そして、真菜に痛い思いをさせているという純粋な悲しみ。
それが僕に何度も何度もうわ言のように謝罪の言葉を呟かせる。

「うっ、あうう、い、痛くなんかないよ。真菜はっ……つっ、真菜はね、お兄ちゃんにこうされてうれしいんだから……」
「ごめん、真菜、ごめんっ……」

痛くないはずはない。
必死に僕の背中に縋りつく真菜の指先がそれを証明している。
真菜の爪が背中の皮膚に食い込む。
でも、真菜はそれ以上に痛みを感じているに違いない。
そして僕の背後には息を呑んで僕達兄妹の姿を見守っているであろう榊さんと千佳ちゃんがいるはずだった。

「うあっ、お、お兄ちゃん、これ以上真菜に謝ったら……ぶ、ぶつよっ! 大好きなお兄ちゃんだけどっ、ホントにげんこつでぶつからねっ!」
「真菜にならいくらだってぶたれるさ。でも、今は謝りたいんだ……」
「も、もうっっ、お兄ちゃんはずるいよ。お、お兄ちゃんは、あうっ、真菜がお兄ちゃんのこと、ぶてないの知ってて……」

快感と痛みがない交ぜになったこの感覚。
程度の差こそあれ、僕と真菜は同じものを感じている。
そしてこれは僕達の関係に深く通じるものがあった。
愛する女性を抱く快楽と、妹を抱くという苦しみ。
真菜は同じように僕に抱かれる快楽に溺れながら、両親に隠れて兄に抱かれるという葛藤に苛まれている。

「ううっ、お、お兄ちゃん、やっと満足に……んううっ、ぬ、濡れてきた……みたいだよっ……」
「あ、ああっ!」
「だ、だからっ、もう……謝んなくても……いいんだからっっ!!」

いつもはふざけて僕に絡み付いてくる真菜だけど、きっと大事なことはわかっていると思う。
兄が妹を抱き、妹が兄に抱かれるということは、傍から見る以上に壮絶なものなんだ。
そして僕はそれを榊さんに伝えたかった。
ただ快楽を貪っているだけに見える僕達の行為の影には後ろ暗いものと、想像を絶する覚悟があるんだと言うことを。

「あっ、ああっ、うああっ、お兄ちゃん、真菜っ、そろそろっ!」
「真菜っ、真菜真菜真菜っっ!!」
「そっ、外で出そうとなんてしないでよっ! 真菜、いっぱい、うあっ、お兄ちゃんをっ、んんんっ!」
「ああっ!」

そして、男と女が肌を重ねるということ。
それは決して遊びじゃない。
真菜は女の本能でそれをちゃんと知っているから、僕は敢えて真菜を抱く。
そして真菜も、ひたすらに僕を求めて行く。

「お兄ちゃんお兄ちゃんっっーーー!!」
「うっ、あうっ、うううっ!!」

僕と真菜は同時に昇りつめ、真菜の最奥で果てる。
真菜の中は僕をいざない、僕は真菜を求めて震えた。
真菜は恍惚とした表情で僕に組み敷かれ、僕の全てを受け入れている。
僕は一滴残らず真菜の中に出し切ると、ちょんと真菜の唇に挨拶のようなキスをしてから、ずるりとまだ硬さの抜け切らない自分を抜いた。

「あんっ、お兄ちゃん……まだ硬いなら抜かずにもう一回してもいいのに……」

真菜は荒い息をしながらも、可愛い声ですぐに抜いてしまう僕を非難する。
僕はそんな真菜の鼻先にキスすると、優しく説明してあげた。

「ごめんな。でも、もう榊さん達には充分みたいだから……」
「えっ、あ……」

僕の言葉を聞いて、真菜はようやく我に返る。
真菜が視線を向けると、二人とも呆然とした顔を見せていた。

「うん、お兄ちゃんの言う通りだね……。真菜とお兄ちゃんは、見世物じゃないんだし……」
「ああ」

真菜はようやく真実に気付いてちょっとうな垂れる。
僕はそんな真菜に小さくうなずいて応えるだけだった。

「真菜こそごめんね、お兄ちゃんのこと、傷つけちゃって」
「いや、別にいいんだって。僕と真菜はこれからずっと、傷つけ合って行くんだし……」
「もう、そんな悲観的に言わないでよ。傷つけ合うけど、それ以上に愛し合えるからいいじゃない」
「ま、そうだけどな」
「あん、お兄ちゃん、キスして……」

お互いの愛を確かめ合って、真菜は僕にキスを求める。
僕は無言でちょんと突き出された真菜の唇へと顔を近づけた。

「今日のお兄ちゃん、何だか妙に優しい……夢じゃないといいんだけど……」

真菜はうっとりと両のまぶたを閉じて僕のキスを受けてから、そのまま呟くようにそう言った。

「夢じゃないよ、真菜。これが……僕達兄妹の現実なんだ……」
「うんっ……」

そしてまた、僕と真菜は唇を重ね合う。
あとはもう、何も見えなかった。
ただここに僕がいて、いつも隣に真菜がいる。
そんな何よりも自然で当たり前だけど、凄く幸せな関係。
僕達兄妹の間を流れる微風は誰にも見えないけれど、優しく真菜の髪を揺らし、そっと僕の頬をくすぐる。
誰にも邪魔されない二人の距離。
近すぎて痛みを感じることもあるけれど、僕達は敢えてこれを選んだ。

「お兄ちゃん、大好きだよっ……」
「真菜、愛してる……」

そしてこの真菜の笑顔があればそれでいい。
たとえ何が起ころうとも、僕にはそれだけで充分幸せだった。
あとは静かに、穏やかな時だけが二人の間を流れて行く……。



おしまい


戻る