夕立ちの日はほんの少しだけ、風が水の匂いを運んでくれる。
しかし打ち付けるような雨は、逃げ場を求める人間の背中を後押ししていた。
ここにもまた、雨をしのいで集った男女が二人。
雨はまだ、しばらく止みそうにもなかった。




夕立ち

Written by Eiji Takashima





薄暗いカウンターバー。
目を伏せて静かにグラスを磨き続ける初老のバーテンダー以外には、他に人影などない。
いい意味で雰囲気のある店だったが、若い女に連れられて入ってきた男は僅かに眉根を寄せて居心地の悪さを表現した。

「ウイスキーをストレートで。あたしと、それからこの人の分もね」

女はこの店に似つかわしくなかった。
むしろ、見た目だけで言えば連れの男の方が似合っている。
しかし、バーテンにとっては商売だ。
銘柄など訊ねようともせずに、言われるがまま国産のウイスキーをショットグラスに注いで差し出した。

「ありがと。はい、島田さんも。身体の心からあったまりますよ」

女は島田という連れの男にグラスを差し出した。
島田はあまりいい顔をしなかったが、それでもグラスを受け取って礼を言った。

「有り難う、神崎君」

そして、少しだけ口をつける。
アルコールで唇を湿らす程度に止め、島田はグラスを下に置いた。

「当分雨は、止みそうにもないな。こうしていても埒が明かない。僕がコンビニにでも行って傘を買ってくるから、神崎君はここで待っていてくれ。いいね?」

そう言ってまた雨の中に出て行こうとする。
が、神崎と言う女が島田の袖を掴んだ。

「駄目ですよ。凄い夕立ちじゃないですか。行くにしても、もう少し落ち着いてからの方がいいに決まってるわ」
「……それもそうだな」
「いいから座って少しお酒でも飲みましょ。島田さんと二人っきりで飲むなんて、滅多にないことなんですから」

突然の夕立ちにもかかわらず、心なしか彼女の表情は明るかった。
島田はそれについて何も言わなかったが、ただ椅子に腰を下ろして肯定を示した。

「じゃ、隣、失礼しますね」
「……ああ」

スツールにひょいとお尻を載せると、早速彼女は島田の方に顔を向ける。
彼は弄んでいたグラスを下に置くと、ほんの少しだけ腰をずらして神崎から遠ざかった。
彼女も彼の行動には気付いたが、敢えて口には出さずに笑顔でグラスを差し出してきた。

「ほら島田さん、かんぱ〜い!」
「……めでたくもないのに乾杯か?」
「もう、島田さんってばノリが悪いんだから。お酒を飲むときは、乾杯するもんなんですよ」

神崎の言葉に、島田はやれやれといった表情を見せながらも、チリンとグラスを合わせた。
そして彼女はぐいっと一気にグラスを空ける。

「ふうーっ、おいし!」
「……あまりいい飲み方じゃないな、神崎君」
「そうですか?」
「ああ、喉と胃を傷める」
「じゃ、次は気を付けますね」

島田の忠告もあまり届いていないらしい。
素っ気無い彼の言葉にニコニコしながら応じると、また神崎は飲み始めた。





「……そろそろいいだろう。雨ももう落ち着いたはずだ」

しばらく経って、ずっと黙っていた島田はおもむろにそう口を開いた。

「かもしれませんね、島田さん」

まだ一杯のショットグラスを空けていない島田に対して、神崎は既にかなりの量を飲んでいた。
酒に飲まれる女が好きではないのか、島田はあまりいい顔をしてはいなかったが、それ以上に心配の方が勝っているようで、余計なことを口走ろうとはしなかった。

「少しだけ、ここで待っていてくれ」

そう言って、スツールから降りようとする。
しかし、それを神崎の手が止めた。

「島田さんは……女を独りにさせる気ですか?」
「……すぐ戻ってくる」
「時間の長さは関係ありませんよ。ほら、島田さんがいない間に、あたしがこのバーテンさんに襲われちゃったらどうするんですか?」
「それはない。安心し給え」

そう答えて島田は軽くバーテンダーに会釈をする。
バーテンもよくあることだとわきまえているのか、顔色ひとつ変えずに視線で彼に応じた。

「ないなんて言い切れませんよ。男なんて、みんなケダモノなんですから」
「……そうだな。しかし、彼は男である以上にプロだ。そんなことは有り得ない」

島田は酔っ払う神崎を扱い兼ねていたが、無造作に捨て置くことはなく、穏やかに諭そうとした。
しかし、彼女は彼の言葉尻を捕らえていきなり訊ねる。

「じゃあ、島田さんは男以上の何なんですか?」
「……どういうことだ、神崎君?」
「だから、そういうことですよ。いい男がいい女を目の前にして指一本触れようとしないなんて……」

島田はようやく彼女の意図していることが理解できた。
そう、彼女は彼を誘惑しようとしていたのだ。

「確かに君はいい女だ。でも、それとこれとは話が別だろう。僕が――」
「抱いてくれ、ってあたしが言ったら、島田さんはどうします?」

神崎は島田の言葉を遮って、妖艶な眼差しで訊ねた。
明らかに、何らかの含みを帯びた危険な瞳だ。
彼は落ち着いて彼女の問いにしっかりと答えた。

「断る」
「どうしてです?」
「酔った女は苦手だ」

それは彼の心情そのものだったかもしれない。
実際彼は神崎に辟易としていた。
だが、そんな彼に悲しそうな声で呟く。

「やっぱり……女心がわからないんですね、島田さんは」
「……男だからな」
「無責任な発言」

ぶーっとむくれる神崎。
そんな彼女に優しくするわけでもなく、島田は冷たく言い放った。

「神崎君、僕が君の女心に責任を持つ謂れはない」
「そんなことはないですよ」
「何故?」
「あたし、島田さんのこと、好きみたいだから」
「……それこそ何故と問いたい気分だな。僕には君の嗜好が理解できない」
「あーっ、それってすっごく失礼な発言ですよ。お願いですからもっと自分に自信を持って下さい。いいですね?」

また少し酔いが回ってきたのか、幾分とろんとした目で島田に絡んでくる。
彼は彼女を軽く支えながら、再度我関せずのバーテンに頭を下げた。
そしてそんな島田の気配りにも気付かない神崎は、続けて彼に向かって言う。

「でもあたし、島田さんのそういうとこが好きなんですよね。女の子に冷たいって言うか……」
「そういうのを、カッコよく感じるのか?」
「違いますって。あたしのはそんなミーハーじゃありません。そりゃ、島田さん狙ってる女の子はうちの部にも他に何人かいますけどね。あたしは同じにされたくないです」
「……初耳だな」
「やっぱり。島田さんってば他人に興味なさそうな顔してて実際ホントに興味ないみたいだし、女の子なんて眼中にないんでしょうね、きっと」
「否定はしない」

島田ははっきりとそう言った。
彼自身にそういうところがあったのは事実だし、はっきりと言うことが神崎のためでもあった。
だが、彼女は懲りずに続ける。

「あたし、そういう大好きな島田さんの中で、ひとつだけキライなところがあるんですよ。何だかわかります?」
「さあ?」
「あたしの名前、フルネームで言えます?」
「簡単だ。神崎美春。違うか?」
「違いません。美春で合ってます」
「なら問題ないだろう」
「だからそういうのが嫌なんです。多分、ううん絶対島田さん、うちの部の女の子のフルネーム、覚えてるでしょうから」
「当たり前じゃないか。同じ職場で働いてる人間なんだぞ」
「でも、普通興味もなく名字でしか呼ばないのに下の名前なんて言えません」
「それは記憶力の問題だ」
「だから、記憶力の問題であたしの名前を語られるのが嫌なんですっ!」

大きな音を立ててカウンターを叩く。
重厚な木で作られたそれはか細い彼女の腕の力などに負けるものではなかったが、店の調度ひとつひとつを大切にしているバーテンは、微かに眉をひそめて不快感を露にした。
そのことに気付いた島田は、神崎を刺激しないように慎重にたしなめる。

「神崎君、乱暴なことはやめ給え」
「いーえっ、やめませんっ!」
「……困ったお嬢さんだ……」

酔いがかなり回ってきているのか、手が付けられなくなっている。
島田が呆れながらどうしたものかと思案していると、神崎は酒の勢いに任せて更に詰め寄ってきた。

「何ですか、ちょっとくらいカッコいいからっていい気になってっ。黙っていても女が寄ってくる人はいいですねっ!」
「別に、寄ってなど来ない」
「来てるじゃないですかっ!」
「誰が?」
「あたしがですっ!」
「……それもそうだな」
「もうっ……」

急に神崎の勢いがなくなる。
それがどういうことか、島田はよくわかっていた。





「ご迷惑おかけしました、マスター」
「いえ……」

神崎は酔い潰れてカウンターに突っ伏している。
そんな情けない姿を眺めながら、島田とバーテンは少しだけ、言葉を交わした。

「すぐ、出て行きますので。こういう飲み方はこの店には似合わない」
「……理解していただけて感謝しています」
「彼女も悪気があった訳ではないんです。ただ……」

つまり、元を辿れば島田自身に行き当たる。
そのことに気付いた彼は続きを口にすることが出来なかった。

「女心、ですか……?」
「……らしいです」
「難しいですな」
「ええ」
「よろしければこれを……」

そう言って、バーテンはカウンターの下から一本の傘を取り出した。

「これは?」
「お貸ししましょう。そのうち気が向いた時にでもお返しいただければ」
「宜しいのですか?」
「構いませんよ。傘はこれだけではありませんから」

軽く笑みをこぼす。
それは難題を持ち込まれた島田に同情してのものなのだろう。

「確かに、僕も彼女をこのままにしておくことは出来ない」
「でしょうね。この女性もそう考えて、何杯もバーボンをあおったのかもしれませんが」
「……女とは恐ろしい生き物です」
「でも、だからこそ面白い。違いますか?」
「確かに」
「なかなかに可愛い女性だ、と私は思いますが」
「否定はしません。ですが……」
「巻き込まれた方はたまったものではない、と」
「おっしゃる通りです」

しかし、こうなった以上、島田ももう他人事では済まされない。
彼はこの夕立ちを恨めしく思いながら、バーテンに傘を借りて外に出ることにした。

「では、明日にでもお伺いします」
「別にいつでも。宜しかったらそのままお持ち下さい」
「いえ、そういう訳には……」
「彼女に、ですよ」
「……考えておきます」

こうして島田は薄暗い街へと、神崎を肩で支えながら繰り出して行った。





幸い、島田の住むマンションは店から左程遠くはなかった。
会社の人間は誰も島田の住んでいる場所を知らない。
愛想の悪い彼は、自ら進んで誰かを自宅に招待することなどなかったからだ。

そこに、同僚の女性を連れ込むことになる。
たとえ酔い潰れているとは言え、あまり気乗りのしないことであるのには変わりなかった。
しかしホテルに連れ込むよりはまだマシだと思った島田は、結局自分の家に運ぶことにした。

「さてと……」

元来体力に自信がある方ではない島田だ。
酩酊状態の神崎をタクシーから降ろし、自分の部屋の前まで運ぶのはかなりの労力を要した。
呑気に全体重を預けてくる神崎を尻目に、ポケットから部屋の鍵を取り出す。
が、片手しか使えなかったせいか、上手く鍵穴に差し込めない。

「……くそっ」

微かな苛立ちを口に出す。
それは今、島田が置かれている状況全てに対してだろう。
誰にも聞こえていないと思って呟いたのだが、そんな彼に思わぬリアクションが返ってくる。

「あっ、島田さんでもそういうこと、言うんですね。ちょっと新鮮です」
「えっ!?」
「鍵、あたしがやります。貸して下さい」
「ちょ、ちょっと待て神崎君」

酔い潰れていたはずの神崎はまだ赤い顔をしていたが、動きは割と機敏で、島田の手からするりと鍵を抜き取ると、彼の身体にもたれ掛かったままの体勢で器用に鍵穴に挿し込んだ。
そして勝手に鍵をひねると、マンションのドアはあっさりと彼女の軍門に下った。

「じゃあ、お邪魔しまーす」

そのまま中に入ろうとする。
が、島田はそれを黙って見ている訳にはいかなかった。

「神崎君!」
「……はい?」

少しだけとろんとした目つきで怒り顔の島田を見上げる。
酔いが本当なのか否か、島田には判別しかねるところがあった。

「君は本当に酔っているのか?」
「酔ってますよ」
「……今の君は、少しだけ信じられない」
「じゃあ、信じられない少しだけの部分以外は信じてくれてるんですね?」
「信じたい……と思っている」
「なら信じて下さい。人間信じていた方が、絶対にいいと思いますから」
「……そうだな」
「それより……」
「何だ?」
「中、入れてくれないんですか?」
「……わかった」

島田は半ば神崎に丸め込まれる形で、彼女をマンションの中に入れた。
本当に酔っていたならこのまま放り出せないという思いが彼にはある。
それに、彼女にはどこか覚悟めいたところがあって、それがいつもは頑なな彼をも変えていた。

「へぇ……ここが島田さんの家なんですね……」
「あんまりじろじろ見ないでくれ。恥ずかしい」

本当に恥ずかしそうに言う。
しかし神崎は聞く耳持たずと言わんばかりに、体重を島田にかけながらわざとらしくしげしげと部屋の様子を眺めていた。

「そんな恥ずかしがらないで下さいよ。あっ、お水、もらいますね」
「好きにしてくれ。それともう自分で歩けるなら――」
「あっ、目眩がっ」

わざとらしい動き。
どう見ても島田の支えなど不要にしか見えない。
しかし彼は職場のように神崎を叱るつもりにもなれず、そのまま彼女のペースに流されていた。

「ふぅ……ようやく一息つけました。島田さんもおひとつどうです?」
「いや、僕は別に……君と違ってほとんど飲んでないから」

コップで水道の水を一気に飲み干して、神崎は島田にも勧めた。
が、冷静な彼は軽く手を振って断る。
ほとんど酔っていない状態で水道水など飲んでも美味いはずがない。
島田はその点で、やはり神崎は酔っていると思うことにした。

「でも、島田さんってばお部屋、綺麗にしてるんですね。とても男の独り暮らしとは思えませんよ」
「……それは皮肉か?」
「違いますって。何だか島田さんらしいなーって。ほら、島田さんって几帳面だし。やっぱりご飯とかも自分で?」
「まあ」
「スゴイですねぇ……もしかしたらあたしより料理上手だったりして?」
「そんなことはないだろう。所詮は男の手料理に過ぎない」
「そうですか? あたし、島田さんの手料理、食べてみたいなぁ……」

そう言って視線をキッチンと島田の顔で行ったり来たりさせる。
だが、彼はそれに応じずに冷たく神崎に言った。

「酔っ払いに食べさせるような手料理はない。君には食事よりも休息の方が必要だろう」

島田はずっと重かった神崎の身体を引き剥がし、ベッドの上に座らせた。
しかし、次の行動で彼は自分の失敗を悟ることになる。
神崎はおもむろにベッドに横たわると、転がっていた彼の枕を抱きかかえたのだ。

「島田さんのベッドだー。あっ、島田さんの匂いがする……」
「や、やめないか、神崎君。そんな――」
「安心して下さい。ちゃんとあたし好みのいい匂いですよ。適度に男の人の匂いがして」
「そういう問題じゃない。とにかく枕は放すんだ」
「あっ、もしかしてコンドームとか中に隠してます? だったら――」
「隠してない! いいから貸すんだ!」

挑発とも言えない神崎の無遠慮な言葉の前では、流石に島田も紳士を気取り続けることは不可能だった。
彼は彼女の抱いていた枕を掴むと、力づくで奪おうとする。

「……えっ?」

しかし、激しい抵抗を予想していた島田は、あっさりと手放された枕を見つめて一瞬放心状態になった。

「お返しします。あたしが欲しいの、枕じゃないから」
「神崎君……」
「枕じゃなく、このあたしを奪って下さい、島田さん。あたしは……あなたが好きです」

勢いに任せた告白。
でも、それが作為的なものであることを島田は既に承知していた。
明らかに、こうなることを考えて神崎は動いている。
それは笑ってしまうほど、見え透いていた。

「君は……卑怯な女だな」
「女の恋は燃えるくらいに熱いんです。少しくらい卑怯にもなりますよ」
「僕がそういう女が嫌いかもとかそういうことは、考えもしなかったのか?」
「あたし、こう見えても自信過剰なんですよ。島田さんにあたしを好きにさせること、出来ると思ってますから」
「なるほど、大した自信だな」
「最初は身体だけのお付き合いでも、いいと思ってます。それよりも……島田さんのことです」
「……何が言いたい?」
「島田さん、本当の自分を誰にも見せませんから。見ようと思えば思うほど、隠しちゃいますし」
「それは誰しも――」
「違いますよ。あたしはいつも、本音でぶつかってるつもりです」

まっすぐに島田を見つめる。
その神崎の真実の前には、彼も太刀打ちできなくなる。
彼は少し態度を軟化させて、彼女に向かって言った。

「……わかりやすいキャラだからな、君は。だから人気もある」
「嫉妬して、くれますか?」
「別にしない。僕は客観的に君を評したまでだ」
「またそういうことを言う……あたしは客観的になんて見て欲しくないです」
「なら、主観的に見てやったら満足するのか?」
「はい」

にっこり笑顔で答える。
島田はそれが心のどこかで悔しくて、本音が半分くらい入った嫌味を返した。

「君は我が侭な女だ。自分のためなら何でもするだろう」

しかし、神崎の笑顔は崩れない。
軽くうなずきながら島田に応えた。

「そうですね、おっしゃる通りだと思いますよ」
「開き直るつもりか?」
「別に……それがあたしの魅力ですし。島田さんはちゃんとあたしのこと、理解してくれてると思います」
「……何が言いたい?」
「こういうあたし、島田さんはお嫌いですか?」
「嫌いだ」
「本当に?」
「本当に、だ」
「ふふっ、島田さんって可愛いですね。頑固だけど少年みたいで。だからあたし、島田さんのことが好きなんです」
「なっ、何をいきな――」

神崎は島田の首に両手を回すと、そのまま引き寄せる。
彼女自身も少し首を持ち上げて、唇と唇を触れ合わせた。

「えへへ、キスしちゃった」
「えへへじゃないっ! どういうつもりなんだ、神崎君!?」
「どういうつもりもこういうつもりもないですよ、島田さん。子供じゃないんですからわかるでしょう?」
「君の言いたいことはわかる。でも、僕は君が嫌いだとはっきり――」
「だから言ったじゃないですか。あたしのこと、好きにさせてみせますって」
「だから抱かせるのか。僕は肉欲に溺れるほど、子供じゃないつもりだ」

島田は不快感を露にする。
割と潔癖症で生真面目な彼は、そういう爛れた身体だけの関係を肯定出来なかった。
しかし神崎は笑って彼の怒りを受け流す。

「違いますよ、島田さん。そういうんじゃないんです」
「じゃあどういうことなんだ?」
「誰かと触れ合うって、大事なことだと思うんです。人を信じることも、自分の気持ちを誰かに伝えることも、触れ合いのひとつですからね」
「……悪いが何が言いたいのかさっぱりわからない」
「いいから最後まで聞いて下さい。だから島田さんは、一番原始的な身体の触れ合いから始めるべきだと思うんですよ。本当の島田さんは可愛いんですから、素直になれば絶対いい感じになりますって」
「…………」
「そんな可愛さ、誰にも気付かせないであたしだけのものにしちゃいたいんですけどね。でも、それはあたしの我が侭だからやめときます。自分のことだけじゃなく島田さんのことも考えてあげてるなんて……あたしって偉いと思いません?」

軽くおどけて言う。
そんな神崎を前に、島田はひたすら沈黙していた。
だが、彼女はそれを許さない。
吐息が交じり合うくらいまでに彼の顔を引き寄せると、小さく一言、告げた。

「偉いって言って下さい。島田さんの、言葉で」
「……偉い」
「女がこんなこと言うなんて、そうあることじゃないんですよ」
「わかってる」
「だから今夜は、島田さんの好きにして下さい。痛くされても何されても、我慢しますから」
「…………」

神崎は島田の瞳を見つめたまま、少しも視線をそらそうとしない。
そんな中、彼女は着ていたブラウスのボタンに手をかける。
彼は彼女の手の動きに気付いていたが、押し止めることは出来なかった。

「あたしの色んなとこ、知って下さい。誰にも見せないところまで、見せてあげます。そうしたら……きっと島田さん、あたしのこと、信じられると思いますから」
「…………」
「踏ん切り、つきました?」

神崎が手を止め、島田の最終的な意志を確認する。
そんな彼女に対して彼は一言だけ、こう洩らした。

「……済まない」

それは謝罪の言葉。
神崎の顔は一瞬強張ったが、すぐに緊張を解いて穏やかに島田に応えた。

「いいんです、別に。あたしの――」
「いや、君が自分でブラウスのボタンを外すことはない。それは、僕の役目だ」
「し、島田さんっ!?」
「今、ここで君を抱きたい。いいか、神崎君?」
「は、はいっ……」

思わぬ展開に驚いていた神崎だったが、島田の真剣な眼差しと求めの言葉に、とろんとした目をして応えた。

「ここで君を抱かなかったら僕はただの愚か者だ。折角君が、ここまで言ってくれたのに……」
「……あたしのこと、好きになってくれますか?」
「悔しいが君の勝ちだよ、神崎君。そういうことだ」
「そんなんじゃ駄目です。好きだってはっきり言って下さい」
「好き……になりそうだ」
「わかりました。やっぱり島田さんも現金なんですね。しっかりえっちするまでは、好きだって言わないなんて」
「か、神崎君!」
「いいです、許してあげます。その代わり……名前で呼んでくれますか? その他大勢と同じで名字で呼ばれるの、ちょっと嫌なんです」
「わかった……美春」
「うれしいです、あたし……」

そのまま島田の首を引き寄せる。
彼は自らも神崎――美春に顔を寄せると、そのふっくらした唇にくちづけた。

「んっ……」

さっきの不意打ち紛いのキスとは違う。
美春は島田の舌を求め、彼もそれに応えた。
大人のキスは二人を酔わせる。
しばらく淫らなくちづけを交わしていたが、名残惜しそうに唇を離した後はもう、瞳がお互いを求めるようになっていた。

「美春……」

名前を呟きながら、ひとつずつ丁寧にブラウスのボタンを外していく。
だが、そんな島田を見ながらじれったそうに美春が言った。

「あんっ、ボタンごと引き千切ってもいいんですよ。乱暴にされるの、好きなんです」
「僕は嫌いだ。好きな人にそんな真似出来ない」
「うれしいです……今はいいですけど、あたしが望んだ時は、そうして下さいね」
「わ、わかった」

島田にはいまいち理解出来ない。
が、美春もそんな島田を理解しているようで、無理強いはしなかった。
美春は島田に脱がされている間にも、手を伸ばして彼の身体のあちこちを確かめるように触っている。
そんな彼女に疑問を抱いた彼は、手を止めて訊ねてみた。

「どうした、美春?」
「えっ、どうしたって?」
「僕の身体を触ってる」
「あっ、そのこと? 島田さんの身体を手で確かめてるんです。目で見えないところを手で感じて……」
「なるほど」
「島田さんに触られてたら感じちゃってそれどころじゃありませんからね。だから今のうち、なんです」
「……わかった。好きにするがいい」

笑顔でそんなことを言われては島田も何も言えなくなる。
結局気にしないことにして、再び美春を脱がせ始めた。

「少し、身体を上げて……」
「起こしてくれます?」
「我が侭だな」
「我が侭言った分は、ちゃんとお返ししますよ」
「……わかった」

島田は三春の背中に腕を回し、上体を起こす。
ボタンが全部外されたブラウスははだけ、火照った肌を覗かせた。
美春は人形のようにじっとして島田のなすがままになっている。
だが、その表情は小悪魔のようで、さも楽しそうに彼の行為を眺めていた。

「次はどうします? ブラにするか、それともスカート?」
「…………」
「島田さん、照れてる照れてる」
「う、うるさいっ」
「あっ、やっぱりブラから外すんですね。スカート穿いたままします?」
「黙っててくれ、気が散る」
「でも、話しながらえっちした方が楽しいですよ」
「……わかったわかった、もう好きにしてくれ」
「好きにしても、いいんですか?」
「ああ」

島田は自棄になっていた。
が、美春はそれを狙っていたのかもしれない。
彼の了承を受けるや否や、いきなり彼をベッドの上に押し倒した。

「ブラなんて外したくなったら自分で外しますからっ」
「か、神崎君?」
「駄目ですよ、美春って呼んで下さい。それと……」

美春は身体を反転させる。
彼女の下半身は丁度島田の顔の部分に来るようになった。

「もう、濡れてるから、気にせず激しくして下さい。う、後ろも平気です」
「…………」
「お、驚きました? でも、別に遊んでる訳じゃないんですよ。あたし、ただ人よりえっちなのと、好きになると何でもしたくなっちゃうだけなんです」
「そ、そうか……」
「シックスナイン、好きなんです。何て言うか、ドキドキするんです」

島田は完全に美春に圧倒されていた。
彼も別に知識がない訳ではない。
だが、こういう美春の姿は今まで少しも考えたことなどなかった。

「あのっ、最初はすぐにイッちゃうと思います。でも、気にしないで下さい。そう簡単には気絶とか、しないと思いますから」
「わ、わかった」
「パンティ、脱いでなくてごめんなさい。膝まで下げるか、そうでなければ引き千切っても構いませんから。気にせずしたいようにしてください。今だったら何をされても、きっと感じると思います」

島田は言われるがままに下着に手をかける。
それだけで美春は身体を震わせ、歓喜を露にした。

「んっ、は、はしたないって、思わないで下さいね。これも、島田さんが好きだから……」

下着を軽く降ろすと、すぐに言葉の意味がわかった。
ほとんど触ってもいないのに美春は既にかなり濡れており、粘度の高い愛液は透明の架け橋を築いていた。

「ゆ、指でも口でも……血が出ない程度だったら、噛んでもらっても構いません。あのっ、優しいのじゃ多分じれったくなるだけだろうから……」
「うっ……」

我慢して冷静さを取り繕っていた反動か、我を失いかけている美春は島田のズボンのバックルに手をかけ、器用に脱がせていった。
どうしていいか躊躇する彼を尻目に、美春はむき出しになった島田をいとおしそうに両手で包んだ。

「うわぁ、これが島田さんの……結構おっきいんですね」
「み、美春、あのっ」
「遠慮しないでいいんですよ、島田さん。我慢しないで出してくれた方が、あたしもうれしいです」
「そういう訳には……」
「ちゃんと飲んであげますから。それより早くあたしのも弄って下さい」

そう言って上になった美春は島田の顔に秘所を押し付ける。
彼の鼻の位置を探り当てると、半ば自慰でも始めるように腰を動かし始めた。

「んっ、むぐっ!」
「あっ、ぴくぴく言ってる……」

美春はぎゅっと握り締めると、そのまま口に咥える。
口に含んだまま舌で敏感なところを刺激し、吸い上げた。

「んぐっ!」

美春は頭を激しく前後に動かし、唾液との摩擦が卑猥な音色を奏でる。
同時に島田の顔全体に愛液を塗りたくり、彼を呼吸困難にさせていた。

「んっんっんっ……」

美春は島田を貪っていた。
彼を激しく吸い上げながら指を後ろに挿れて感じるところを探る。
痛みと共に感じた圧倒的な快感に、島田は感情とは無関係に今までにないくらい自分を大きく硬くさせた。
彼の反応を見て喜んだのか、美春は更に激しく頭を振り、島田を愛した。

「んっ、ああっ、み、美春、そろそ――」
「出して下さい! あたしに島田さんのを飲ませて下さい!」

美春は一時的に口を離すと島田に向かって叫ぶ。
そしてすぐにまた咥え直した。
ここまで激しくされては島田も長くは持たない。
情けなく腰を震わせながら、美春の口内へ大量に放出した。

「んっ、んぐっっ……」

喉の奥に何度も何度も叩き付ける。
苦しそうな表情を見せた美春だったが、口を離そうとはせずにそのまま島田の精を受け止めた。
そして少しもこぼさないように喉を動かす。
島田が出し終わってからも、彼女は吸いながら彼の全てを飲み干そうとした。

「美春……へ、平気か?」

ようやく解放された島田は、軽く身体をずらして美春の様子を窺う。
しかし彼女はあっけらかんと笑っていた。

「平気です。それより島田さん、溜まってませんでした?」
「な、何をいきなり……」
「凄い濃かったです。ひとりえっちとか、してないんですか? 何だかそんな感じしますよ」
「……たまに、その……しかし僕も青臭い子供じゃないんだ、自慰に溺れたりはしない」
「駄目ですよ、そういうの。独りでするのがカッコ悪いんだったら、あたしが手伝ってあげますから」
「なっ……」
「ううん、あたしのえっち、手伝って欲しいってだけですね。独りでするよりもやっぱり誰かに滅茶苦茶にされる方が感じますから」
「…………」
「駄目ですか? あたしは島田さんに、あたしの性欲満たして欲しいな」

美春の性欲を満たすことが出来るのか、島田には甚だ疑問だった。
元々彼は淡白な方で、この彼女の激しさを見せられると喜びを感じるよりも逆に尻込みしてしまう。
だが、圧倒的な美春の個性に魅せられているのも事実で、いつものような冷たい拒絶を示すことはもう、彼には出来なくなっていた。

「でも、これじゃ島田さんが持たないかな。今の島田さんの顔、鏡で見たら多分腰を抜かすと思いますよ」
「……なんとなく、想像はつく」

そう言って島田はべとべとになった自分の顔に触れてみる。
ぬめぬめとしていて、指を離すと糸を引く様子に、改めて唖然としていた。
そしてティッシュを取ろうとして手を伸ばすと、美春の制止の声がかかった。

「あっ、拭かなくてもいいですよ。あたしが綺麗に舐めてあげますから」
「えっ……?」

おもむろに引き寄せられる。
美春はべとべとになった島田の顔を優しく舐め始めた。

「お、おい……」
「自分のですから。それに、ちょっと強引だった分、申し訳なく思って」
「別に舐めなくてもいい。僕は怒ってないから」
「うれしいです。でも、あたしが舐めたいのは自分のぬるぬるじゃないんです。島田さんの顔を、舐めたいんです」
「……そうか」

美春は丁寧に島田の顔を舐めていく。
途中、汚れていない耳や首筋にも舌を這わせているところを見ると、その言葉は真実なのだろう。
耳たぶや鼻の穴、歯茎に至るまで舐め回した美春だったが、最後に躊躇している様子で島田の顔色を窺う。

「あ、あの……ちょっとだけ、あと一ヶ所、舐めたいところがあるんですけど」
「顔でか? 鼻まで舐めておいて……一体どこだって言うんだ?」
「え、ええと……眼球」
「はあっ!?」
「あのっ、目玉って舐められると気持ちがいいんですよ。でも、自分で舐めたことはまだないんです。だから、よかったら島田さんの目、舐めさせて下さい」
「……痛くないのか?」
「痛くなんてありません、すっごく気持ちいいんです!」

熱弁する美春。
相当眼球舐めをしてみたいらしい。
気持ちいいという言葉に気を許した島田は、彼女の好奇心を満たしてあげることにした。

「……わかった。もう今更だろう。好きにしてくれ」
「ありがとうございますっ」
「痛くしないでくれよ」
「わかってますって」

そして気合いも新たに美春が島田の顔に取り組む。
片手で頭を押え、もう片方の手で瞼を押し開く。
むき出しになった島田の眼球に、そっと舌を当てた。

「ううっ……」
「そっとしますから、安心して……」
「くっ……」
「どうです、気分は?」
「へ、変な感じがする。でも、取り敢えず痛くはない」
「よかった、感じてくれてるんですね」
「感じては……いない」
「その変な感じっていうのが、感じてるってことなんですよ。ほら、島田さんおっきくしてるし……」
「ば、馬鹿っ、それはさっきの……」
「おっきいだけじゃないです。すっごく硬いです。このままこれを、あたしのに突っ込んでかき回して欲しいくらい」

美春の声色が変わって行く。
反対の目を舐め始めた彼女は上半身はそのままだったが、下半身は太股をもじもじと擦り合わせて明らかに刺激を求めていた。

「あのっ、島田さん、あたしまださっきから全然島田さんに、弄ってもらってないんですけど……」
「いいのか?」
「い、いいんですっ! お願い、指で掻き回して!」
「わ、わかったから落ち着いて……」

そして、島田は言われるがままに手を美春の下半身に運んだ。
ぐちゃぐちゃになったそこを指で探り当てると、無造作に左右に押し広げる。

「くあっ、あああっ! ゆ、指っ、挿れてっ、挿れて欲しいんですっ!」

美春が乱れる。
島田は彼女の願望に無言で応え、ゆっくりと指を挿し入れた。

「あっ、も、もっと激しくっ! い、一本じゃ……もっと増やしてっ!」

黙って指を二本に増やす。
もう美春にゆとりはなくなっていて、島田の眼球を舐めるどころではなくなっていた。
ただ彼の指先だけを感じ、全身を震わせている。
何かを求めるように硬くなった島田を掴んではいたが、それは彼を感じさせるというよりも、ただしがみついている感じだった。
島田はただ美春を弄び続ける。
甲高い喘ぎが響く中、それに負けないくらいの水音が美春から洩れていた。

「んっ、もう少しでイケそう! 島田さんっ、あたし、あの、好き、大好きだから、あっ、ああっ、来る、イクっ、さっき、あたしイッてないから、ちょっと、あああっ、駄目っ、ご、ごめんなさい、あああああっっっ!!」

全身を激しく震わせて、美春は絶頂を迎えた。
脈を打つように収縮し、まるで島田自身のようにその指をきつく絞め上げていた。
それに合わせて愛液をどっと溢れさせている。
島田はただ優しく、美春が落ち着くまでその背中を撫で続けていた。

「あの、島田さん?」
「何か?」
「あの、あたしのこと……軽蔑しましたか?」
「どうして?」
「あたし、偉そうなこと言ってた割には自分だけ楽しんじゃってますし、その、凄くえっちですし」
「別に……そのくらいは。授業料だと思えばいい」
「授業料?」
「人の本当の姿を見ること見せること」
「ああ……」
「自分で言っておいて忘れたのか?」
「ちょっとだけ」
「仕方のない奴だな」
「ごめんなさい。でも、まだ授業は終わってないから」
「……まだするのか? 君は疲れただろう」
「このくらい序の口ですって。まだ挿れてもらってませんし、最低胎内で三回は出してもらわないと」
「……抱いた責任を取れ、ということか?」
「違いますよ。あたし、子供産めないんです」
「えっ……?」

さらっと言われた言葉。
しかし、男の島田にもそのくらいはわかる、重過ぎる言葉だった。

「初体験は高校の時でした。その頃好きだった人と毎日のようにえっちしてたんです。お互いに子供が出来たこと自体は喜べたんですが、やっぱり高校生だとちょっと……」
「…………」
「頭ではわかってたんです。その人も無茶を言うような人でもありませんでしたし。だから自分から堕ろすって言ってあげたんです。でも、いざとなったらなかなか踏ん切りがつかなくって……」
「もういい、美春。辛いことは忘れた方がいい」
「忘れたいけど忘れられないんです! だってあたし、もう女に戻れないんですから……」

涙はなかった。
もう、このことでは充分すぎるほどに泣いたに違いない。
ただ嗚咽を洩らすように語り、そして唇を噛み締めた。

「あたしが好きになった人には今まで全員に聞いてもらってます。全てを知った上で、あたしを愛して欲しいから」
「……強いな、君は」
「失うものがないから強くなれるんです。だから――」
「いや違うな。弱い本当の自分を見てもらいたいからなんだろう? やっぱり君は強くなんかない。ただ、強く振る舞おうとしているだけだ」
「……かもしれませんね。島田さんなら、そう思ってくれるだろうって思ってました。本当の島田さんはすっごく優しいんだって、あたし、わかってたんです」
「光栄だね」
「……続き、言います。いいですか?」
「聞かせてくれ」

そして再び美春は語り始める。
しかしさっきまでの悲壮な感じはなく、どこか穏やかだった。

「堕ろしたってずっと嘘をついてたんです。でも、やっぱりそのうち気付かれて、それが堕ろせるかどうかギリギリの時でした。あたしはこのまま産みたかったけど、彼に迷惑がかかるし、こうなったのもあたしの我が侭だったから、結局彼と一緒に産婦人科に行って堕ろすことにしたんです」
「…………」
「お医者さんには危険だって止められました。でも、あたしは無理言って堕ろしたんです。それで、後で子供が産めなくなっちゃたのがわかって……」
「そうか……」
「それから彼は変わりました。荒れて、自棄になって、彼に色々仕込まれたのもこの頃です。でも、結局あたしは彼を救えなくて、そのままあたしの元から消えていきました。あたしと一緒だと彼は忘れられないんですよね。だから、あたしも諦めたんです……もう随分前の話ですけどね」
「……それで、どうして僕を?」
「何だか放っておけない感じがして。それでずっと気にして目で追ってたら、いつのまにか好きになってたみたいで」
「そんなの少しも気付かなかった」
「だから放っておけないんですよ、島田さん。少なくともあたしはそう感じてました」

全てを言い終えた後で、改めて島田の目を見て言う。

「だからって言う訳じゃないんですが、島田さんには抱かれたいんです。島田さんの子供は産めないけど、それでも中で出して欲しいんです」
「美春……」
「セックスが子供を産むためだけの行為だなんて思いたくないんです。好きだから気持ちよくして欲しいし、相手にも気持ちよくなってもらいたい。中で出すのが気持ちいいのは知ってるから、だから……」

美春の言葉は混乱していた。
過度の感情が、理性の働きを妨げているのだろう。

「ご、ごめんなさい、こんなの言い訳ですよね。あたしは淫乱な女で、ただ島田さんにして欲しいだけなんです。抱いて欲しいから、口で出されても中で出されても我慢できるし、お尻でだって――」
「やめてくれっ!」
「で、でもっ!」
「別に途中経過がどうだって構わない。僕が君を好きで、君を抱く。それ以上に何を求める?」
「あ、あのっ……」
「こんなものは全部茶番だ。君を乱れさせるのは僕だから、君が恥じることはない。いいか、君が僕を抱くんじゃない、僕が君を抱くんだ」
「は、はいっ!」

そして島田は強引に美春を押し倒した。
抱かれたい心情とは反対に反射的に抗いを見せてしまった彼女だったが、島田は敢えてその些細な抵抗を自分で引き剥がす。
彼は美春の脚を大きく開くと、有無を言わさずいきなり突き入れた。

「くはっ、くううっ……」

満たされなかったものが満たされる。
美春は言葉にもならない喘ぎを洩らした。

「君を知ることが出来てよかった。僕は君を……美春っ……」

激しく濡れていた美春は島田を易々と受け入れる。
が、官能を引き出すとはとても言えない彼の乱雑な動きに美春は翻弄されていた。

「ああっ……島田さん、あたし、うれしいですっ……」
「僕が欲しいのは君の子供じゃない、君自身だ。だから僕は……」
「だ、抱き締めて下さいぃっ! 全身が砕けるくらいに、強く強くっ!」

きつく抱き締めながら激しく美春の中を突く。
二人ともがくがくと揺れながら、お互いを貪りあった。

「うああっ、いっ、いいですっ! 島田さんっ、もっと!」
「美春っ、美春っ!」
「もっとあたしを滅茶苦茶にしてくださいっ! 美春はずっと、島田さんにこうされたかったんですっ!」
「美春っっ!」

嬌声が響き渡る。
既に島田も冷静さを完全に失っていた。
島田は裂けんばかりに美春を蹂躪し、美春はそれに応えて島田の背中に爪を立てる。
微かな痛みはそれを大きく凌ぐ快楽によって埋め尽くされ、お互いの理性を麻痺させていった。

「美春っ、ぼ、僕はそろそろ……」
「あっ、な、中でっ、中でお願いしますっ! あたしが全部、島田さんを受け止めてあげますからっ!」
「わ、わかった」

美春の内壁に擦りたてる。
島田が彼女を抉る度、目を大きく見開いて声を上げた。
終末に向けて、彼は速度を更に上げる。
美春の全身を揺さぶり、自分を高めようとした。

「ああっ、島田さ、んんっ、いっ、あたしもっ、イキそ……も、もう少しっ、一緒にっっ!」

美春はぎゅっと島田の身体を引き寄せる。
膨らみは彼の胸板に押し潰されて形を変えた。
最後の最後まで離したくない、そんな想いが美春をそうさせていた。

「ひっ、い、イクっ、あたし、島田さん、駄目っ、ああっ、お願いだから、いいっ、あっ、いやっ、んっ、んんっ、んんんんーっっ!!」

島田よりも先に美春の方が絶頂を迎えた。
が、イクと同時に島田を締め上げる。
全てを絞り取られるような感覚に、彼も彼女に続いた。

「あっ、ああぁ……中で……」
「うっ、ううっ……」

一滴残らず掃き出すように、終わった後も腰を振り、美春の中に注ぐ。
美春はうっとりとしながら彼の放った精を受け止め、余韻に浸っていた。

「あたしの中……島田さんのでいっぱい……」

そっと目を細める。
美春は自分が傷つけた島田の背中をいとおしそうに指先でなぞっていた。

「別に……今抜かなくてもいいんですよ、島田さん。小さくなるまで、こうしてあたしの中で……。それでもおっきくなって来たら、その時は抜かずにそのままあたしを抱いて下さい。あたしはいつでも、島田さんに抱かれたいんですから……」
「美春……」
「でも、あたしはまだ物足りないかも? 島田さんのお尻に指、挿れてあげましょうか?」
「な、何をっ!?」
「冗談ですよ。でも、半分本気かな。お尻に挿れるあれ、思ったよりいいでしょう? 島田さん、癖になっちゃうかもしれませんね」
「……そうならないことを祈るよ」
「これから島田さんに色々教えてあげますね。人間の身体って、不思議がいっぱいなんですから」

穏やかにゆっくりと、時が流れる。
美春の笑顔が島田の心を融かし、それが愛情となって美春に注がれる。
島田は腕に抱いた美春の身体を抱き寄せると、そっとおでこにキスをした。

「あっ、おでこ?」
「ああ」
「唇の方がいいのに」
「愛し合う時はそれでもいい。でも、愛し合った後は、こっちのほうがいいだろう?」
「……そういうもんですか?」
「美春と唇でキスすると、そのままじゃ終わりそうにもないからな」
「あっ、そういうことですか。ふふっ、うれしいです、島田さん。なら今から唇で、します?」
「……それはしたいって言ってるのと同じか?」
「どっちでもいいです。あたしはただ、島田さんに愛して欲しいだけ」

そう言って唇を突き出すと、赤く濡れた舌を出してキスをおねだりする。
島田はやれやれと思いながらも、顔を近づけて美春の舌を唇で挟んだ。

「んんっ……」

始まる濃厚なキス。
これでまた、振り出しに戻った。
アスファルトに打ち付ける雨の音は、もう二人には届かない。
街のネオンも、窓越しにぼんやりと二人を照らしていた。
夕立ちは終わりを告げずに、そのまま普通の雨に変わる。
呼び名が姓の神崎から名前の美春に変わったように、二人の関係もこの夜、大きく変わった。
しかし今はそんなことは考えている暇などない。
ただ、玄関に置かれた一本の傘が、静かに見守るだけだった。




END


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